• 『履き忘れたもう片方の靴』
  • 河出書房新社　1994.01
  • 　記念すべきデビュー作。
  • 　ほとんどポルノのような内容だが、しかし敢えて言おう。この作品にもまた大石圭の全てが詰まっているのだ！
    　タイトルの『履き忘れたもう片方の靴』は後の作品でも繰り返し語られるテーマである。
    　主人公の人生観の無常さも、現在に到る作品群に通じる。
    　意図的にかそうでないのか、ぼんやりと靄がかかったように薄められた世界観の描写は、シーメールという設定も相俟って『出生率０』のようなＳＦ的終末感さえ感じられる。
  • 　濡れ場が延々続くので、ちょっと読むのが辛かったりするのだが（電車で読んでしまった）、ファンは必読です。
    
    
• 『いつかあなたは森に眠る』
  • 幻冬舎　1995.03
  • 　後の作品にも通じる「ババ専」志向が大爆裂。
  • 　大石圭作品に共通する批判として、「全部の作品がどこか似ている」「他作品にもあった描写が別作品で繰り返される」というものがある。が、『殺人勤務医』にも登場するこの志向に関しては、この作品の方が遥かに深く描かれている。確かに色々と似てはいるんだが、それでもやはり全てを読まねば大石作品を理解したとは言えまい。
  • あとがき……「オーナー」
    
    
• 『出生率０』
  • 河出書房新社　1996.09→文庫化　河出文庫
  • 　現在のところ、唯一のＳＦ作品。
  • 　あまり本筋とは関係ないのだが、途中に「女子格闘技」のシーンがある。そこで描かれているのは、「絶対」という概念のない勝負の世界と、一瞬の差が明暗を分ける無常さ。荒唐無稽な内容を描いているように見えて、大石圭が「リアリズム」に拘泥している部分が垣間見える。
  • 　特に決まった主人公はいないのだが、『自由殺人』のあとがきでは、ラストを飾るジュンが主役であるかのように書かれている。ただ歩いているだけで主人公とは、横着な奴である（冗談です）。
  • 　文庫版ではエピローグが割愛。まあ蛇足であったろう。
    
    
• 『死者の体温』
  • 河出書房新社　1998.05→文庫化　角川ホラー文庫
  • 　トラウマも悪意も動機もない、史上最悪の連続殺人。
  • 　著者自身も「ターニングポイント」となった作品と語っているが、後の作品にも受け継がれている執拗なまでの描写は、すでにこの作品で頂点に達している。
    　『殺人勤務医』の後に読んだためにいささか印象が良くないが、こちらがオリジナルであり、完成度もやや上か。
    近作にも新機軸は盛り込まれているが、文庫化を機に未読の方にはぜひオススメしたい作品。
  • あとがき……僕と「彼」。
  • 文庫版あとがき……跳び箱の中の僕。
    
    
• 『処刑列車』
  • 河出書房新社　1999.10→文庫化　角川ホラー文庫
  • 　後の『自由殺人』につながる殺戮エンタメ路線第一弾。
    自分たちを「彼ら」と呼ぶ？謎の武装集団に占拠された列車。正体を隠して乗客に紛れ込んだ犯人グループは、ある目的でもって乗客たちを間引いて行く。彼らの目的とは？　乗客の運命は？
  • 　常人には理解不能の犯人グループの行動目的と、それに振り回される凡人たち。
    　全作品通して根底に流れる人生観の無常さに目が行きがちだが、登場人物の行動の書き込みの丹念さを見ていると、社会性とでもいうべきものをまったくないがしろにしていないこともわかる。
  • あとがき……なし
  • 文庫版あとがき……祖母のプランター
    
    
• 『アンダー・ユア・ベッド』
  • 角川ホラー文庫　2001.03
  • 　現時点での最高傑作と思われる、バカさ加減で『殺人勤務医』を凌ぐ恐るべき怪作。
  • 　ストーカーVSドメスティック・バイオレンス。ひそかにつきまとう男と暴力亭主、果たしてどっちがましか？
    　１１年前に一回コーヒー飲んだだけの女を探し出し、ストーキングを始めた男。だが、かつて美しかった女は日常的な夫の暴力にさらされる日々を送っていた。夫婦のベッドの下で、男は女が殴られ罵られる音を聴き続ける……。
    　これまた妙なお題目を掲げるわけでなく、彼女のそばにいたい、だからストーカーする。クライマックス、夫の暴力に追い詰められた女が、部屋に仕掛けられたことに気付いた盗聴器に「助けて……」と囁く様は圧巻です。
  • 　恐るべきストーカー大絶賛小説、どうせストーカーするならいいことをしよう！？　このインモラルさが最高なのだ。
  • あとがき……なし
    
    
• 『殺人勤務医』
  • 角川ホラー文庫　2002.03
  • 　オレが大石圭初めて読んだ、記念すべき作品です。
    　センスないタイトルと、美形のサイコ医者という設定に、ものすごく安っぽい印象を受けますが、どうしてどうして。細やかなディティール、リズミカルな文章、独特の人生観、実に上手い。
  • 　でもって中身も最高。最高にバカ。
    　３０超えたばかりで、超美形のカリスマ堕胎専門産婦人科医が、食い物を残した女や、鯉のいる池に洗剤をまいた男などを、自宅に監禁して処刑しまくる。妙なお題目を掲げるわけでもなく、殺したいから、不快だから殺す。その日常を、抑えた筆致で淡々と描く構成が心地よい。
    　妊婦、カラス、幼児、犬には優しい、「サイコ」ヒーローとでも申しましょうか。身近なところにいるバカをこの男に消してもらいたいが、逆に自分が処刑されないように日頃の行いに注意しようと、固く心に誓う僕でした。
  • あとがき……僕たちはすぐに、いなくなる。
    
    
• 『自由殺人』
  • 角川ホラー文庫　2002.09
  • 　何者かによって贈られて来たスーツケース入りの爆弾。思い掛けない力を手にした人間は、エゴそのままに行動するものなのか？　だが元マラソンランナーの朝香葉子だけはそれをためらいなく警察に届ける。そんな彼女に爆弾の主は、あるゲームを仕掛ける……。
  • 　主人公の人物像や、マラソンへのこだわりが笑える。雨の日、嵐の日の最強ランナー。よくこんなことを思いつくなと思わしてくれる素晴らしき設定。
  • 　無差別爆弾テロという手垢がついたネタは、ハリウッド映画でもお馴染み。だが、書き方によってはまだまだいけるのだ。
  • あとがき……絶望的なハッピーエンド。
    
    
• 『湘南人肉医』
  • 角川ホラー文庫　2003.11
  • 　もうタイトルからしてワクワクが止まりませんでしたが、やはり最高です。
  • 　主人公は超デブの整形外科医、人肉ディナーで気味悪さは『殺人勤務医』の数段上。キャラクターへのシンパシーはさすがに下がるが、それでも砲丸投げやらボランティアを交え、読む気を失わさせない、あざといまでのキャラクター設定。
  • 　そして、あまりにもおぞましく美しい詩的でさえあるラストシーン。ラストの素晴らしさは今までの大石圭作品でもベストか。
    　でもってあとがきも最高。切り取って作中に挿入しても、一切違和感がないであろうところが怖い。
  • あとがき……なくしてしまった片方の靴。
  • 映画版『最後の晩餐』感想。
    　低予算映画なので、誰が褒めてもまるで信じていなかったのだが、意外にも（失礼！）面白かった。もちろんセットの使い回しや特撮シーンに予算の少なさは如実に現れているが、それなりに撮影の技巧と演出でごまかしが利いており、違和感なく楽しめた。
    　がっつりいただきました、と言える人肉食のオンパレードとボリューム感も良く、主人公の飢餓感と満足感双方が上手く描かれていた。原作に囚われずにやったという後半の展開も、不整合なところもなくスムーズに展開されていた。
    　ただ、大石作品ならではのテイストは、映像的にまとまったが故に薄れ、作品自体が一般的水準のサイコ・スリラー映画に収まってしまったようにも思う。
    　やはりデブだな。福々しいデブがきびきびと画面を横切り続けたら、もっと異様なムードが出たに違いない。
    　とは言え、初の映画化としては大いに恵まれたのではないか。今後にも期待したい。
    　ちなみにパンフレットは８００円もしたが、監督、加藤、大石圭の三者対談も載っていて、ファンは買う価値ありだ。そして聞き捨てならない大石氏のこの発言。
    
    　「僕の作品は、女の子のファンは多いので、上品にしてもらって嬉しかったですよ」
    
    　おおーっとおーっ！　日頃の謙虚なコメントはどこへ！？　ビッグストーンがビッグマウスを叩いているぞーっ！？
    　しかしついに映画化、敷石の下の虫の快進撃は留まるところを知らない。今後も続々映画化期待です。
    
    
• 『復讐執行人』
  • 角川ホラー文庫　2005.7
  • 　大石圭の描く作品は、復讐が大きなテーマになっているものが多い。『殺人勤務医』でも積極的な目標でないにしろ主人公の復讐劇が描かれたし、『処刑列車』も対象が限定されていないだけで、根幹にあるのは虐げられたものの生者への復讐であった。
    　今作の主人公は家族を殺され、「目には目を」の考えのもと、犯人への復讐を誓う。だが、家族を奪った犯人の行為こそがそもそも復讐の発想に根ざしたものであることが、次第に明らかになっていく。
    　犯人を「人生で何も得る事が出来なかった人間」と捉えたら、このテーマは読み取れない。逆に「与えられてしかるべきものを、何も与えられなかった人間」と認識すれば、その憎悪が見えてくる。
    　我々は、暖かな家族や親しい友人、優しい恋人がいて、それがある意味当たり前になっている（え？　おまえは独り者で友達も少ないだろうって？　まあそれはそれとしてだよ）。だが、それは果たしてなぜ得られたものなのだろうか？　自分の努力故か？　まあそういう面もあるかもしれない。が、他人がなぜ自分を愛しているのだろう、と考えた時、その問いは必ず暗礁に突き当たる。「家族だから」……とか、そういう回答は本末顛倒だ。家族が自分を愛するとは、必ずしも言えないからだ。もし誰にも……本当に誰にも愛されなかった人間がいたとして……その人間が誰かに愛されている人間を憎んだ時……その憎悪を「逆恨み」と言い切れるだろうか？
    　正当とも言えないだろう。理由がわからないならば、なおさら当人の「罪」ではない。だが、孤独な人間の、世界全てに対する憎悪の深さを思う時……それがその人間以外の「世界」の一部である我々の誰かに波及したとしても、不思議ではないように思う。
    　孤独な……本当に孤独な人間は、我々とはまったく違う存在なのだろうか？　
    　殺す側と殺される側に書き分けられた描写は、特に殺される側に鬼気迫るものがあり、読むだけで深い喪失感が伝わってくる。それゆえ、今作は「殺す側」の理不尽な動機へと非難が集まるかもしれない。が、私などは『殺人勤務医』や『湘南人肉医』において「殺す側」の行動にむしろ快哉を叫びつつ読んでいた。それは「殺される側」の内実が描かれなかったからだったのかもしれない。が、だからこそ私は、これまでの作品と同じく、殺人者を安易に否定することはしまい。
    　そもそも私は、いくら感情移入「だけ」したところで、所詮どちら側でもないのだから……。
    　全体として、作者は難しいところに入り込んでしまったなあ、という印象。復讐は欲望であるというが、日本的価値観ではどこか「義務的」な捉え方もされてしまう。そこらへん、作者と読み手の受け取り方の乖離が、今作では大きく出るかもしれない。
    
    
• 『１３０３号室』
  • 河出書房新社　2005.8
  • 　著者初のオカルト長編（ただしオリジナルでは、という但し書きがつくが……）。
  • 　格闘技でもそうなのだが、キック主体の選手がいきなりパンチを練習してスタイルを変えても、なかなかうまくいかないものだ。『呪怨』のノベライズを経たとはいえ、新路線への進出には、ファンとして不安を感じていた。
  • 　得意の執拗な描写は、オカルトな内容を含んでいてもうまく機能するはず、と予想していた。
    　いや、出ましたよいきなり「それ」が。序盤は緩やかなペースで日常を描き、徐々に恐怖を盛り上げていくオーソドックスな構成を想像していたら、始まってすぐに「それ」が出て来た。こういう地縛霊ネタ小説は「はよ引っ越せよ」と突っ込みを入れてしまうことがしばしばあって、うまく書くのは難しいと思うのだが、入居数日でぶち殺されるという恐るべき衝撃。これなら引っ越す間もなしだ。
    　でもって恐怖の中身がとことん物理的だ。身体感覚とリアルな肌触りを重視する著者だけあって、もっとも恐ろしいのは身体に痛みを与え傷を付ける「暴力」であると知っている。夜中にいきなりガス栓を開けられる怖さときたら！
  • 　現在の時間軸と並行して、「それ」の正体であると思しき女の半生が語られる。こちらはもはや手慣れたもので、世界の狭さに起因した憎悪と復讐心を鮮烈に描いている。惜しむらくは、これと近い内容をすでに『呪怨』での伽耶子の描写に使用してしまっていたことか。だが「椅子」について書かれた部分の迫真性は素晴らしい。言われた人間にとってはあまりに不条理で、理由を知ったとしてもまるで納得できない、だがそれがある人間にとって世界の全てであるという事実。これは恐ろしい。
  • 　この作品には、幾つかの恐怖が重層的に積み重ねられている。一つは、怪物に襲われる恐怖。ある人間が世界を知らず愛を知らず孤独に蝕まれていく恐怖。だが、私がもっとも恐ろしいと感じたのは、最後に明かされたものの存在だった。作中で影のように立ち回り、人の孤独を笑い、恐怖を煽り、手を下すことなくして最悪の結末へと導くもの。あまりに得体の知れない、悪意そのもののような存在。しかしそれを生み出したのも、自分と同じ人を憎み、怖れ、蔑み、傷つけ続けた人間そのものであり、積み重ねられた人の業と恐怖の連鎖は永遠に断ち切れないということ。この世はすでに永久の闇に閉ざされているという、残酷な事実。
  • 　予想をいい意味で裏切り、素晴らしい作品だった。間違いなく大石圭の新境地であると言える。『復讐執行人』で描かれた殺される側の恐怖は、ぜひともこちらの路線で描き続けて欲しいものだ。そして、出来れば次は、今作のようなテーマを含みつつもぜひ「絶望的なハッピーエンド」を描いて欲しい。
    
    
• 『死人を恋う』
  • 光文社文庫　2005.9
  • 　書き下ろしのホラー作品に力を入れ、角川ホラー文庫にも劣らぬ質の高い作品を出版している光文社文庫。ここから本を出したのは、今後の大石圭にとっても大きなプラスになると思う。
  • 　自殺者の死体を持って帰って死姦する……と実にディープな内容である。『殺人勤務医』を単にカタルシスを与える読み物としてしか捉えないような読み手にはきつかろう。ただ、描写や内容のマンネリを指摘されがちだった著者が今後の方向性として選ぶのは、新ジャンルへの挑戦と、テーマ及び描写の細密化と深化であり、今作品はその後者にあたると思われる。
    　要はどんどん暗く、重く、一般受けしなくなるということだ。
  • 　その割にラストは「いつものオチ」だったので、ちょっとほっとしたようながっかりしたような……。
    
    
• 『飼育する男』
  • 角川ホラー文庫　2006.7
  • 　裏表紙のあらすじがまるごとプロローグの引用。これは素晴らしい。変に筋を書いてしまっても、陳腐化するばかりだ。大石作品の素晴らしさは表現できないぜ。
  • 　内容は相変わらずのマンネリズム爆発、大石圭作品を愛好する人間にはたまらん描写ばかりだ。気にいった女を監禁し、調教する、それが可能な財力、体力、孤独。全てにおいて満たされているのに、どこか欠落を抱えた人間。しかしこのまま延々と監禁描写を続けるのかと思いきや、いきなりこの主人公に娘がいることが発覚。いや、思わず手に汗握ってしまった。変態描写を日常のごとくなにげなく読み、単に娘と会って会話するシーンで何をしゃべるのかハラハラドキドキ。あまりに鮮烈な価値観の逆転。
  • 　調教の最中にも無機質かつ丁寧な物腰を崩さない主人公が、別れた妻との会話ではまったく心を許していないにも関わらず、やや饒舌に、くだけた感じになるところが面白い。こういうささやかなリアリズムが、荒唐無稽な展開を支えているのだ。
  • 　相変わらずの動物好きが最後には報われるラストシーンにも、心洗われるな。
  • 　同じような描写が頻発するあたり、やはりあまり引き出しの多い作家ではない。ただ、あらかじめある映像やストーリーに束縛されるノベライズよりも、オリジナル作品からは同じような描写でも創作の過程でそれが薄くなめらかに広がっていくのが感じられる。コップに入った水と、量は同じでも床にぶちまけられた水……どちらが魅力的だろうか？
  • あとがき……邪悪な生き物。
    
    
• 『水底から君を呼ぶ』
  • 光文社文庫　2006.9
  • 　『１３０３号室』に続くオカルト作品、ということで超期待であった。結論から言うと、これは円熟期を迎えた大石圭の、今後のオカルト路線のクオリティを完璧に保証した記念すべき作品だ。必読！
  • 　序盤で感じる、主人公の妻に対する微妙な不快感が絶妙。普通なら読み飛ばすところだが、そうはいかないぞ（笑）。ただ、これが後々の大きな伏線になるところまでは読めなかったが……。
  • 　全体の構成が実に端正で、二つの視点が絡み合って進行する形式は『１３０３号室』でもおなじみなのだが、より洗練された感あり。終盤に明かされる真相がやや唐突に感じられるのは、冒頭にもう少し伏線がないといかんところだろうか。
  • 　南国の描写が美しく、驚くべき開放感に満ちている。怨念さえも開放感に溢れ、意外にもあっさりした殺戮描写は、最後に浮かぶ花も含め、むしろ人間を超えたものが矮小なものを「プチリ」と捻り潰す「慈悲」のようなものさえ感じさせ、悲壮感がまるでない。人間を超えた「復讐者」が使命を終えた時にたどり着く「許し」の境地……入れ墨の意匠も含め、すべては悲しく、切なく、それでいて爽快感に溢れた鮮烈なエンディングにつながっているのだろう。
  • 　入れ墨の話は漫画の「ナニワ金融道」でも似たような話があったなあ。大石圭が読んでいるのかどうかは謎だが……。
  • あとがき……光と影。
    
    
• 『邪な囁き』
  • 角川ホラー文庫　2007.5
  • 　かつて、「……超美形のパイロットが、家に帰ったら殺人鬼である、というおなじみの内容だったらどうしようなあ。「職場」じゃやたらとスッチーにもてたり、「命」を輸送する自分の仕事について考えながら、操縦中に「僕がこのレバーを少しひねるだけで、何百人もの人間が死ぬのだ」とか、日頃やってる殺人との効率の差を計算したりしてな。いやあああ！　いや、読むけどね。」……と作品の内容を予想したのだが、ほぼその通りだった。
  • 　作品の構成として、「邪悪な生き物」を飼っている男がたまたまパイロットという職業についた……ということで、必然性に欠けるのがやや不満。しかしそれを割り引いても、フライトのシーンの圧倒的な迫力が、この「生き物」の存在の危険さ、リアルな肌触りを一層に引き立てていることは間違いない。
  • 　そして、光文社の作品ならばあるいはオカルトに流れたかもしれない「あいつ」は、驚くほどに現実的な正体を見せる。これ以外の結論ならば絶対納得できなかったろうが、それがいとも簡単に提示されるのは衝撃的だ。
  • あとがき……「そいつ」。
    
    
• 『人を殺すという仕事』
  • 光文社文庫　2007.9
  • 　しかし律儀なまでに、二社から交互に本出してるよなあ……。
  • 　妊婦……老人……子供……謎の人物「C」の指示で、一見罪のなさそうな人間を殺していく主人公。指示に逆らえば家族が犠牲になる。趣味的な匂いを漂わせた今までの作品に対し、今作は主人公、ひいては読者たる我々にも強烈なジレンマを投げかける。不思議と、その殺人は発覚しない。リスクがないが故にモラルが問われる。徹底された設定だ。どこにも逃げ場はなく、作者は読み手と同時に、自分自身をも追い込み、常に問いかけ続けているのではないか。
  • 　その中で、主人公はあくまで今を生きることを選択する。人間が生きるため、あるいはエゴによって数々の生き物を滅ぼしてきたのと同様、彼もまた人を殺すことによって自分と娘たちを生きながらえさせようとする。
  • 　今までの作品の中でも、最も深いテーマに踏み込んだ作品。どこまでも主人公の内面に入り込んでゆくような本編に対し、エピローグの一歩離れた視点の透徹した雰囲気が胸に残る。
  • あとがき……もうひとつの人類
    
    
• 『檻の中の少女』
  • 角川ホラー文庫　2008.1
  • 　興味ないと言ってたはずのロリ作品。……これが興味ない人間の書く内容かよ（笑）。会社の休み時間に読みはじめて、一瞬自分までロリにはまりそうになり、あわてて放り出したじゃないか。
  • 　しかしながら濃密な描写と裏腹に、金や肉体関係でしか愛情を表現できない主人公の浅薄さ、歪みも表現され、それは過去の作品にも通じるもの。言うなれば相手が熟女であってもそう変わらないわけで……。さらに主人公と少女の関係に隠された秘密が明らかになるにつれ、関係性は別の側面を見せ、結果としてロリコンというテーマは希薄になった。
  • 　主人公の行動は作品を重ねるに連れて欲望に忠実化し、より先鋭化され、もはやそこに安直なヒロイズムを「誤読」する余地はない。しかしながら対象が「ロリータ」になっただけで嫌悪を覚える、というのも、それは単に趣味嗜好の問題に過ぎないだろう、とだけ言っておこう。
  • あとがき……子供

ノベライズ

• 『呪怨』
  • 角川ホラー文庫　2003.1
  • 　ノベライズだが、『殺人勤務医』の三倍は売れているらしい。
  • 　映画版からは一切読み取れなかった「伽椰子」のキャラクター性を、生い立ちから死までを描くことによって人物像を完成させている。
    　ビデオ版及び映画版の『呪怨』シリーズは、作品が重ねられるごとに神秘性が薄れ、もう『１３日の金曜日』シリーズなどと同じく、おなじみ恐怖の親子がドッキリとともに人を殺すだけの物になっている。
    　もっともビデオ版第一話などの恐怖感も、一番恐ろしいのは「得体の知れなさ」であった。当初から作り手は、モンスター物が作りたかっただけなのかも知れない。
  • 　そういった意味で、映画版と乖離し大石圭の「作家性」さえもが浮き出ているこのノベライズは意外に面白い。
    特に映画版の内容にわかりやすい解説を求める人は、楽しめるのではないか。ストーカーの描写や、小説オリジナルのエピローグなどはいかにも大石圭らしい。
    　伽椰子の死の描写などは、映像版にはなかったシーン。これなどは確実に映像を凌ぎ、小説ならではの味わいで恐怖感を出している。ただ、純粋に映画的な恐怖の再現、ビジュアル的ショッキングさをノベライズに求める人にはオススメしない。
    
    
• 『呪怨２』
  • 角川ホラー文庫　2003.07
    
    
• 『THE JUON 呪怨』
  • 角川ホラー文庫　2005.01
  • 　もうこのシリーズのノベライズも三作目となった。映像作品としても五作目である。
  • 　映画版を試写で観る。当然、初見のインパクトはないし、大筋も映画版第一作に沿っているため、先の展開も全て読めている。
    　だが、これが思いのほか面白い。キャストが外国人に代わった他はセットも何も同じで、何ら変化がないように思えるのだが、実は予算は数十倍。非常に細かいところに金がかかっている。押し入れを覗き込んだ時のカメラのアングルなど、前回までは決して見られなかった角度の映像などあり、またきっちりフィルムで撮ったと思しきシーンの鮮明さと、相変わらずデジカメで撮っているらしい部分のボケボケ加減が、いい対比になっている。
    　ＣＧの作り込みなども良くなっているが、むしろ細かい演出の方を評価したい。ビデオ版第一話の再現など、今までのシリーズを観ていない初見の人に、ぜひ楽しんでいただきたい内容である。
  • 　ビジュアル面の向上を意識してか、ノベライズ版のショッキング描写もそれに合わせて多少表現が代わっている。
    　が、同じシーン同士で読み比べたら、まったく同じ文章があったりして笑ってしまった。映画版がまるで同じシーンなのだから、ノベライズが同じ文章を書いて悪いわけではなかろうが。
  • 　今回のノベライズは大石圭オリジナルの部分が極端に少なくなっているので（本来ノベライズというのはそういうものなのだろうが）、さらに食い足りない内容となっている。
    　あとがきも普通に内容紹介のみ。もっとおもしろいこと？を書いて欲しいものである。
    
    
• 『呪怨 パンデミック』
  • 角川ホラー文庫　2007.07
    
    
• 『輪廻』
  • 角川ホラー文庫　2005.12
    
    
• 『４人の食卓』
  • 日本テレビ放送網　2004.5
  • 　まず先に映画版を観ることにする。予告編は非常に面白そうで、この映画のショッキングな見どころがコンパクトに集約されていたと思う。
    　映画の冒頭、予告編と同様にいくつもの「なぜ」が提示される。
    　なぜ、男には少女の死体が見えるのか。なぜ、女は飛び下り自殺した女と目があったのか。男の夢に現れる光景は、失われた七歳以前の記憶なのか。
    　作中で、その解答は一つ一つ、緩やかなペースで提示されていく。それらの解答は、基本的に主人公である男女だけが持つある「能力」にまつわるものだが、各エピソードの発端はそれぞれまったく違うものなので、当然ながら全ての解答が一度に提示されるわけではない。
  • 　いくつか気になった点がある。
    　主人公の男・ジョンウォンは、電車の中で死んだ幼女の、幻覚を見る。それ実は幻覚では無く、彼の持つ能力ゆえに見えるわけなのだが、毒物死したはずの幼女がなぜか焼けただれた死体になって見える事がある。結果から言うと、男には幼い頃、自らの過失で妹を焼死させた過去があり、そのトラウマがそういう形となって現れているようなのだ。
    　ここらあたりの表現には非常に疑問が残る。「能力」故に見える霊的「真実」と「精神的外傷」故に見える過去の「幻像」が、同じ感覚で同じ方法で処理されているからだ。
  • 　それに対してヒロインのヨンはもう少し明解だ。母親に同じ能力があったという本人の言及、知りようがなかったはずの隣人の過去を知ったという事実、墜死する女と目があったという超常体験、全てが彼女の持つ常人と違う「能力」の存在を示唆している。
  • 　同じ能力を持つ、という同族意識から、２人の距離は徐々に縮まっていく。結果、ジョンウォンの過去はヨンの能力によって暴かれ、ジョンウォンは知りたくなかった現実を知ってしまう。ジョンウォンは自分が頼んだにも関わらず、辛すぎる過去を知らしめたヨンにわずかながらも恨みを抱いてしまう。同族と思っていたジョンウォンから、かつての隣人のような常人のごとく拒絶され、ヨンはついに絶望し、死を選ぶ。「飛び下りる私の目を見て」と言いながら。
  • 　ジョンウォンはヨンの目を見る事はなかった。見えたのは落ちて行く影だけ。二人は結局のところ、分かり合う事はなかった。
  • 　ラストシーン、ダイニングの食卓に、４人の人影がついている。
    　ジョンウォン、電車の中で死んだ二人の幼女、そしてヨンだ。ヨンはジョンウォンに優しく笑いかける。
  • 　見ていて、非常に釈然としない感覚の残ったラストだった。ヨンはついに最後までジョンウォンを信頼しきれずに終わったのではないのか？　彼女の魂は最後まで孤独なのではなかったのか？
    　ラストには、非常に中途半端に、矛盾した形で「救済」が提示されていたように感じられてならない。
  • 　直後、大石圭のノベライズ版を読む。『呪怨』二作を経て、ノベライズに関してはもはや「書き慣れた」印象さえ受ける。
  • 　疑問の残ったラストと、そこへ到る流れは、大石圭流に「絶望的なハッピーエンド」として処理されている。
    　ヨンとジョンウォンの距離はより近くなり、映画版では婚約者とヨンの間でどちらつかずで揺れていたジョンウォンは、最終的に確かにヨンを選ぶ。
    　映画版では曖昧だった部分には綺麗に道筋がつけられ、結末は変わらないが、映画に無いシーンが加わった事で、構図は同じでもより切なく感動的なシーンに仕上がっている。もともと、ちょこちょことモノローグが多かった映画であるだけに、心理描写の分量が多くなってもさほど気にはならない。もっとも大石圭的「モノローグの洪水」を期待する向きには物足りないのだが……。
  • 　ここで終わればめでたしなのだが、映画版、ノベライズ版、両方を消化した上で、私的な『４人の食卓』解釈を付け加えたい。「ジョンウォンには、本当に他人と違う「能力」があったのか？」という疑問である。映画版の中には、本来彼が見えるはずのないものを「見た」と証拠づけるものが希薄なのだ。
    　食卓に現れる幼女の死体は、彼が報道によって彼女らが死んだと知った直後に現れている。彼は、かつて妹を死なせた罪の意識と重ね合わせ、霊的存在ではない幻覚を見たのではないか？
  • 　後に登場したヨンが、同じように食卓に座った幼女を見ている。これによってヨンとジョンウォンが同じ「能力」を持っていると決めつけてしまいがちだが、これにも疑問を呈しておく。ヨンは人の過去が見える。彼女は、単にジョンウォンの過去の記憶を見ただけなのではないか？
  • 　幼い頃のジョンウォン。轢き殺された子供の死体の隠された場所を、「見てないのに見えた」とノベライズにはある。
    　その能力を利用しようとしたした父が「神童菩薩に仕立て上げた」ともある。が、映画版の映像だけを取り出すと、ジョンウォンが轢かれた子供を目撃→離れた距離から運転手が何かしているのを見る→車が走り去った後、その場に駆け寄るジョンウォン→足下のマンホールから覗く子供の指に気付く、という流れに見て取れた。これだけのことなら、「能力」が介在する余地はない。
    　そして、神童菩薩の商売が、目に見える成果を残したということも描かれてはいない。
  • 　映画版で唯一、明確にジョンウォンの「能力」の存在を示唆していると思えるのが、天井の配線の位置を言い当てたシーンだろう。小さなシーンだが、これだけは本人がまず知りえなかった事実であると言える。
    　だが、彼はその工事にしばらく携わり、その直前に一度外れを引き当てている。これが、偶然、あるいは技術者としての経験則が無意識に言い当てたものと言い切れないことはないのではないだろうか。
  • 　そう考えると、ヨンの墜死のシーンもその意味がはっきりしてくるように感じられる。かつてヨンは墜死する女と目があった。これは特別な「能力」ゆえのことだろう。だがジョンウォンはヨンと目を合わす事はなかった。それはなぜか……？
  • 　死の瞬間、ヨンもまたこれと同じ疑問を抱き、身をもってこれを解きあかそうとした、と考えたとするのは、すこし穿ちすぎだろうか？
    　ジョンウォンがヨンの目を見れば、彼女は孤独ではない。だがもし目が合わなければ……。
  • 　ラストシーン。ダイニングの食卓に、一人の人影がついている。ジョンウォンがたった一人だけ。
    　幼女の姿は彼にしか見えない。彼だけの罪の意識が見せたものに過ぎないからだ。
    　そして、彼に微笑みかける女も。最期の最期まで絶望して死んでいったはずの女が、なぜそんな笑みを見せるのか？
    　幻に過ぎない。罪の意識から逃避する彼の心が見せた幻に過ぎない。
    　『４人の食卓』は幻想である。
  • 　現代における孤独感、それでも身を寄せ合わずにはいられない者たち。非常に重いテーマを孕んだ作品であります。娯楽作品としては未成熟な部分もありますが、今後の可能性を感じさせる内容でした。
    
    
• 『オールドボーイ』
  • 角川ホラー文庫　2004.9
  • 　映画版を観た。カンヌ映画祭でグランプリを取った作品だが、なるほど、確かに上質な内容である。
    カンヌと言えばどことなくすかした印象があるが、今回の審査委員長は我らがタランティーノだ。復讐、格闘技、純愛、はっきり言ってしまって、バカの……俺のようなバカの興奮する要素が満載だ。
    　そして、映像にむらなく張り巡らされた伏線の数々を見れば、監督と脚本が優れているのもわかる。細かい内容に突っ込むならば、「催眠術」のあたりには疑問符が付くところだ。だが、事件の真相の衝撃度を考えれば、そんな点は容易に許容出来てしまう。
  • 　充分面白かったのだが、どうにも釈然としない印象が残った。テーマを完全に回収し切れていないラストに、大きな不満を感じた。個人的に、「知らなければそれでいい」という発想が、反吐が出るほど嫌いなのだ。
    　忘れてしまえば、知らなかったならば平気だというなら、そもそも最初からそこまで衝撃を受ける事もなかったのではないか。タブー意識が眉唾なものに変わってしまった。
  • 　ノベライズ版『４人の食卓』のラストはいささか甘く感じたが、今作のラストに関しては明らかにノベライズの方が上だろう。
    　映画版にあった疾走感や、少しばかり猥雑な感じが、ノベライズ版からは感じられない。オ・デスのキャラクターも、随分と上品になった。
    　個人的にもったいないと思ったのは、映画版でオ・デスが出前持ちのバイクを追い掛けるシーンが、出前持ちが歩きだったように改変されていたことだった。どれぐらいの距離を走ったのか知らないが、映画ではバイクに追い付いてしまう。観ていて「ありえねー」と思って笑ったのだが、キャラクターの持つパワーの表現として面白いと感じた。
    　性格設定が改変されながらも、大石圭の描く「モンスター」の力はいささかも衰えていない。ぜひともここはそのままにして欲しかった。オ・デスなら出来る、「モンスター」なら出来る、奴なら出来る、あんたなら書ける……！
  • 　「犯人」の描写は、大石圭お得意のものだろう。彼だけが一人称になっている辺りにも、思い入れや力の入れ様が感じられる。「それでこそ、わたしのモンスターだ」。平凡な表現だが、作品全体からワンセンテンスを超えて伝わってくる情念がある。
  • 　ただ、どうしても小説として密度が足りないような印象を受ける。端的に言って物足りない……。理由としては、大石圭オリジナルの作品に対して、全体の分量の中でストーリーの占める比重が高いためではないだろうか。『４人の食卓』でも書いたが、大石圭的「モノローグの洪水」は、単純なストーリー展開に倍する量があってこそのものだと思う。逆に言うならば、今作ぐらいストーリーが練られている作品ならば、もっと全体の分量は増えてもいいはずなのだ。
  • 　トータルが５００ページを超える大石圭作品……どういったものになるのだろうか？　いずれにせよ、ノベライズは大石圭フリークには食い足りない。題材がきっちり選ばれているから、今のところは安心して読めるのだが。
  • 　蛇足だが、この『オールド・ボーイ』という作品の真相の肝になった○○○○に関して、『想い出のマルセイユ』というイヴ・モンタン主演のフランス映画をご紹介しておきたい。おフランス野郎の○○○○に対する考え方がよくわかる衝撃作で、私は小学生の時にこれを見てしまい、今でもトラウマ（大袈裟）になっている。倫理観や宗教観の違う人が観たら憤死するかも知れない内容である。
    
    
• 『親切なクムジャさん』
  • 角川ホラー文庫　2005.10
  • 　どこまで行っても途切れない謎の連続だった『オールド・ボーイ』だが、今作は最後のどんでん返しを除けばシンプルなストーリー。それゆえにノベライズも書きやすかったのではないか？　ただ、やはり監督と脚本の猥雑なコメディセンスと、大石圭的ロマンチシズムは、完全には噛み合っていない。
  • 　映画は終盤の展開が大きなみどころとなっていて、ノベライズも終盤の展開はほとんど変わらず。ラストは違うのだが、確かに映画を見た時は、「これは許されちゃっていいのかなあ」と思ったものであるが、ノベライズを読んだ時は「別にええやん」と思ってしまった。