『源氏は、親しい家司四、五人だけを伴い、夜明けに京を立って出かけた。郊外のやや遠い山である。三月の三十日だった。京の桜はもう散っていたが、途中の花はまだ盛りで、山路を進んで行くに従って、溪々をこめた霞にも都の霞にない美があった。』

これは私が大好きな『源氏物語』の一節で、若紫が登場する序の部分です。源氏にはたくさんの美しい恋人がいましたが、作者の紫式部が桜にたとえた女性は源氏の最愛の妻である紫の上だけです。紫式部がこよなく愛した花、桜の美しさは多くの花々の中でも別格です。

花見のシーズンになると日本中が桜前線の話題で盛り上がります。桜並木の花びらが舞い散る中で感じる幸福感はなぜ生まれてくるのでしょうか。

今回は日本人が愛してやまない桜の魅力をその香りから探ってみることにします。


陽光_新宿御苑_2000


匂い桜

桜の花に香りがあるのでしょうか。答えはイエス、すべての桜の花に香りがあります。とはいえ、桜の香りはとても弱く、残念ながらアロマテラピーのエッセンシャルオイルは作れないそうです。

繊細な芳香の桜の中で、伊豆半島に分布するオオシマザクラやヤマザクラ系の桜は例外的に香り高く、「匂い桜」と呼ばれています。匂い桜はソメイヨシノの出現まで大切に扱われ、「御所匂い」「八重匂い」「千里香」などの銘がつけられていました。なかでもスルガダイニオイはその代表的な品種です。

江戸時代に駿河台の庭園に咲いていたことから名づけられたこのスルガダイニオイは、純白の一重咲きの可憐な花で、気品と清涼感がある女性的な香りです。ヒヤシンスの香りに似ているとも言われています。

一度は姿を消したこのスルガダイニオイは住民の努力で現在の駿河台の桜並木として復活しています。他にもいくつかの名所で見ることができますので、今年の花見ではスルガダイニオイの香りを堪能してみませんか。ソメイヨシノよりも遅咲きの桜です。


八重桜_仙川_1999


桜の芳香成分

桜の主な芳香成分は、ベンズアルデヒド、β−フェニルエチルアルコール、アニスアルデヒド、クマリンなどです。ベンズアルデヒドはビターアーモンドやバニラなどに含まれ、中華デザートでおなじみの杏仁豆腐のような甘くちょっと粉っぽい香りがします。β−フェニルエチルアルコールはローズの主成分で、甘くて深いフラワリーな香りです。アニスアルデヒドはアニスやフェンネルなどに含まれ、ベニスアルデヒドよりマイルドで甘味が強い香りです。クマリンは桜餅のあの甘い香りです。これらが少しずつ微妙に混ざり合った香り、それが桜の香りです。いかがですか、イマジネーションが湧いてきますでしょうか。

桜の香りの効能としては、喘息を抑え、痰をとり、咳止めに効果があり、熱をとり、解毒作用があり、二日酔いに効くと言われています。さらに、血圧を上げたり、抑うつ作用もあるそうです。また桜の葉は、胃腸を整え、下痢を止める作用があるとして昔から用いられています。

桜はバラ科の花のひとつです。そのせいか効能もローズのエッセンシャルオイルに近いようです。抑うつ、悲しみ、不安といった感情をほぐし、心を明るく高揚させ、幸せな気持ちにさせてくれます。とても女性的なイメージがあり、女性性に自信がないときにも桜は力づけてくれそうです。


染井吉野_井の頭公園_1998


桜の香りの味わい方

桜のエッセンシャルオイルはありませんが、桜の花びらや桜湯をお風呂に浮かべたり、花びらをハンカチに忍ばせて香りを嗅いだりすることによって、自宅でも桜の香りを堪能することができます。花びらを直接煮出すことによって、桜の香りのするコスメやフレグランスを作ることができるかもしれません。

そんな桜の香りを直接口で味わいたい方には…。そう、春といえば桜餅。桜餅って見た目と味を楽しめるのはもちろんですが、いい香りがしますね。あの香りの元となるのがクマリンという物質です。クマリンはブドウ糖の衣を着ているために生のままでは匂わず、塩漬けにして、一年かけてゆっくり発酵させることによって、酵素がブドウ糖の衣をはずし、あの甘い芳香が顔をだします。つまり、今年食べる桜餅は昨年の若葉を使ったものなのです。柔らかい葉に沁みこんだ塩味と桜の香りが、餡の甘味を抑えて奥深い味覚を引き出します。その控えめで上品な味わいは日本人の豊かな感性が生み出したものなのです。

また桜の花の味わい方のひとつに桜湯があります。桜の花そのものを梅酢と塩で漬けたものに、白湯に入れた飲み物で、結納や結婚のめでたい席に用いられます。桜の香りとともに桜の花びらが水中花のように湯に浮かぶ、これは日本オリジナルの素敵なハーブティーのひとつです。


陽光_新宿御苑_1999


さらにいろいろ、桜の楽しみ方

桜をもっといろいろと味わいたい方には、桜酒や桜のジャムなどのオリジナルレシピに挑戦してみてはいかがでしょう。眺めるだけでも楽しい薄紅色のオリジナルレシピは、春の一日をとても豊かなものにしてくれることでしょう。

桜酒のレシピをご紹介します。

桜 (八重桜の花弁のみ、香りの強いもの) /30g
ホワイトリカー /300ml
砂糖 /15g

ボールに入れた水の中で指の腹を使って花弁を洗う。
ざるに上げ水を切り、さらにキッチンペーパーで水気をとる。
砂糖、花弁の順に瓶に入れホワイトリカーを注ぐ。
風通しのよい室温の低い場所に2ヶ月置き、花弁を漉して別容器に入れ熟成させる。

桜餅同様にすぐに頂くことはできませんが、翌年の桜に思いを寄せて作ってみるのも一興です。桜を愛でつつ、桜の香りのお酒を頂く、とっても風流な一日です。

そんな面倒なことはしたくないという方には、桜の花びらで色づけされたワインがあります。CAFE DE PARIS − Les Blancs de SAKURA − という銘柄のワインです。ラベルもワインも桜色で、お姫様気分を味わえるワインです。お酒が飲めない方には、桜の花が入った桜の香りの紅茶もお薦めです。


八重紅枝垂_神代植物園_1998


いかがでしょうか。
どこからか桜の香りが漂ってきましたでしょうか。

桜は見て楽しい、匂って楽しい、食べて楽しい、とても魅力的な花です。桜のすべてを受け入れて五感をフルに使うことによって、私たちは優しい気持ちになったり、元気が出たり、身体が癒されます。これもアロマテラピーのすばらしさです。

桜の花に酔いしれて、日本人としての感性を深めてみませんか。



追加情報

「駿河台匂」とか「万里香」の香りを確かめたいけど、どこに行けばあるの? というお問合せを多数いただきましたので、追加情報としてご案内いたします。
駿河台匂は染井吉野よりも遅咲きですが、開花の時期はその年の気象状況などによりますので、お出かけ前に下記の各ページでご確認いただければ確実です。

駿河台匂、万里香など、いろいろな種類の桜の香りを一度に確認できる場所としてお薦めなのが、高尾にある「多摩森林科学園」です。
ここの「サクラ保存林」には、各地の著名な桜の遺伝子を保存するために、江戸時代から伝わる栽培品種や国の天然記念物に指定された桜のクローンなど、全国各地からの桜が8haの保存林に約1,700本植えられています。
桜の花が咲く時期は種類によっていろいろで、2月下旬から5月上旬にかけて順次見頃となります。桜以外にもいろいろな樹木がありますので、ハイキングも兼ねて訪れてみてはいかがでしょう。
なお、駿河台匂は私がよく行く「神代植物公園」にもありますが、花の位置が高くて香りが確認できません。「新宿御苑」や「上野公園」にもあるそうですが、こちらは未確認です。

多摩森林科学園の「駿河台匂」
多摩森林科学園の「駿河台匂」
多摩森林科学園の「万里香」
多摩森林科学園の「万里香」



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