アロマテラピーの大きな楽しみのひとつにエッセンシャル・オイルのブレンドがあげられます。芳香浴でもトリートメント用のオイルを作るにしても、どのエッセンシャル・オイルを用いるか、あるいはどういうブレンドにするかとあれこれ考えるときに、アロマテラピストとしての大きな歓びを感じるのではないでしょうか。

エッセンシャル・オイルを選ぶときの視点はアロマテラピストひとりひとりで微妙に異なります。そのときの心身の健康状態とエッセンシャル・オイルの効能とをじっくり見極めて選ぶことが多いですが、同時に重要なのはインスピレーションではないでしょうか。「直観」「第六感」とでも言いましょうか。言葉や文字で表わせないなにかがエッセンシャル・オイルを選ばせることがあります。

今回はそんなインスピレーションの導くままに遊んでみましょう。皆さんがよくご存知の有名な西洋絵画をとりあげ、そこから得られるインスピレーションに従って「これだ!!」と思うエッセンシャル・オイルを選んでみようと思います。


Leonardo da Vinci
   "Mona Lisa (La Gioconda)" 1503-06
   Musee du Louvre


Leonardo da Vinci_Mona Lisa_1503-06_Musee du Louvre

まずは、ルネッサンスの時代にタイムスリップ。ルネッサンスの3大画家と言えば、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロですね。その中から、まずレオナルド・ダ・ヴィンチの名画『モナ・リザ』を選んでみました。

謎めいた微笑み、まったく飾り気のない喪服のような服、なんともいえない優雅さを持って重ねられた手のドラマ性、煙のように深く消えゆく背景、画面全体に光と影が織りなす美しい調和がこの絵を忘れられないものとしています。

この絵のモナ・リザの神秘的な微笑は、右半分の顔が哀しみの表情を、左半分が喜びの表情を浮かべていると言われ、内面の複雑な感情を表しています。そのためか、ダ・ヴィンチが喪に服したひとりの女性を慰めるために楽師を雇って演奏させたという話も生まれています。

この神秘性ゆえに、私はこの絵の背景に「フランキンセンス」の香りを感じます。「フランキンセンス」は妖しい、一度嗅ぐと忘れられない香りです。「フランキンセンス」には呼吸をスローダウンする働きがあり、この働きによってあのなんとも神秘的なモナ・リザの微笑があふれ出ているのかもしれません。


Sanzio Raphael
   "Madonna del Cardellino (Madonna of the Goldfinch)" 1505-06
   The Uffizi


Sanzio Raphael_Madonna del Cardellino (Madonna of the Goldfinch)_1505-06_The Uffizi

次にラファエロの『ひわの聖母』を観てみましょう。

なんて穏やかでやさしい慈しみのある表情なのでしょう。女性でも男性でも誰もが憧れる母性像ですね。朱のやわらかく暖かいマドンナの衣装、ふっくらと伏せられた瞼、その側にはちょっといたずらっぽいイエスと聖ヨハネがいます。

女性が本来持つ母性的な成熟と、失われることのない穢れなき清純さが、この絵にふわりとした愛すべき美の調和を与えています。この絵は「自然の聖性」とも呼ばれ、平俗的でもないが、かといって超越的過ぎるわけでもない「神秘なき 神秘」を感じさせてくれます。

私はこの作品には「ローズとネロリとラベンダーのブレンド」がふさわしいと思います。ローズの女性性、ネロリの純潔性、ラベンダーの持つやさしさが、この名画をより際立たせてくれるような気がします。


Johannes Vermeer
   "Girl with a Pearl Earring" 1665-1666
   Mauritshuis


Johannes Vermeer_Girl with a Pearl Earring_1665-1666_Mauritshuis

さて、時代はルネッサンスからバロックへと移っていきます。
ここでは私の大好きなフェルメールの『青いターバンの少女』をとりあげたいと思います。

昨年の春に大阪市立美術館で「フェルメールとその時代展」が開催され、直接鑑賞する機会に恵まれた、記憶に新しい作品です。まるで「ちょっと、こっち見て」と言う声に応えた少女が振り返った瞬間を切り取ったような瑞々しさです。

「北方のモナ・リザ」とも言われるこの作品は、くりっとしたまなざしの鮮やかな白と黒、わずかに開いた唇の赤、耳飾りの真珠の輝き、頭頂部から垂れた布や上着の黄色、そしてターバンの青の美しさなど、色彩の鮮やかさとその見事な対比が印象的です。ターバンの青はアフガニスタンで産出されるラピス・ラズリという鉱石を砕いて作られた、とても高価で気品のある天然顔料です。

このピュアな印象の作品に「ネロリとシダーウッドのブレンド」はいかがでしょうか。ネロリの奥ゆかしい中性的な香りと、シダーウッドの神秘的で力強い香りが絡まりあってどんどん引き込まれていくことでしょう。


Jean Ingres
   "Grande Odalisque" 1814
   Musee du Louvre


Jean Ingres_Grande Odalisque_1814_Musee du Louvre

バロックから19世紀に入り新古典主義へ。この時代の代表的な画家といえばアングルですね。私は『グランド・オダリスク』という作品が大好きです。

この絵は「実際よりは脊椎骨3個分ほど身体が長い」という批判を受けたようですが、正確なデッサンよりも作品のもつ一瞬の煌めきが重要だと思います。

半身を大きくうねらせ振り返る女性の裸身のなめらかな曲線に注目してください。背中のラインの艶めかしさを見事に表現しています。艶美なその表情は高貴でプライドが高いシャム猫のようです。

この作品に「パルマローザとブラックペッパー」はいかがでしょうか。甘くそしてどこかクールな感じのパルマローザと、鋭くそして暖かく刺激するブラックペッパーのブレンドは、この作品のもつ危険な香りを高めてくれるような気がします。


Paul Signac
   "Red Buoy" 1895
   Musee D'Orsay


Paul Signac_Red Buoy_1895_Musee du Orsay

次はおなじみの印象派の時代へ。印象派といえば日本人には特になじみが深く、モネ、ルノアール、ドガなど皆さんおひとりおひとりにお気に入りの画家がいることでしょう。ここでは私が特に好きなシニャックの点描による『赤いブイ』をとりあげます。

(本当はメトロポリタンにあるコリウール(Collioure)の港の風景画を載せたかったのですが、Webに見当たらなかったので…)

この明るい色彩の乱舞が見る角度によって微妙に変化していく様子は、まさにここに太陽あり、という感じです。濁りのない色調はきらきらと輝いています。見続けていると、どこか暖かい港町に自分がいる錯覚さえ覚えて幸せな気持ちになります。

こんなシニャックの港の絵にはどんなアロマが似合うのかしら。「ベルガモット」はいかがでしょうか。ベルガモットの誰にでも愛されるさわやかで明るい香りは、シニャックの絵を観るときの気持ちをより幸せに包んでくれるでしょう。温かい紅茶とともにのんびりと浸りたいものです。


Pablo Picasso
   "Guernica" 1937
   Museo del Prado


最後にとりあげさせていただきますのが、20世紀を代表する画家ピカソの『ゲルニカ』です。
(すみません。著作権上の問題がありそうなので、画像は載せられません。)

ナチス・ドイツの爆撃を受けたゲルニカの町、恐怖と戦慄、肉体に刻まれた痛みと哀しみ、叫びと怒り……。この作品はあえて白と黒だけで構成されています。ピカソは言いました。「いや、色は、いらないのだ」。なぜ色が必要なかったのか、私たち平和な時代に生まれてきた人間はもう一度考え直すべき時期が来ているような気がします。ゲルニカ空襲の報を聞くや、縦3.5m、横7.8mの巨大な壁画をわずか1カ月で描きあげたピカソ。その激しい告発は今も全世界の人々の心を揺さぶっています。

この作品を前にして、「香りは必要なのだろうか?白と黒の作品に対して無音、無臭、その方がふさわしいような気がする。でもそれでは癒されない」と気持ちは千々に乱れます。

「ベチバーとイランイラン、ネロリ、オレンジ、コリアンダーのブレンド」はいかがでしょう。ベチバーの地から湧きあがってくるような力強さに、イランイランの強い緊張をほぐす力、ネロリのショックを和らげる包容力、オレンジのストレートな暖かさ、コリアンダーの衰弱した心身を回復させる刺激、これらのエッセンシャル・オイルが不思議な相乗効果をもたらして、この絵画のメッセージをより強いものにしてくれるのではないでしょうか。


すっかり気ままに絵画によって引き起こされるアロマのインスピレーションを書き連ねてみました。この文章を読んで、それはおかしい、あるいは私ならこう感じるという人も、もちろんいらっしゃると思います。そんな十人十色の感じ方こそがアロマの楽しさなのでしょうね。

私の友人は「良い絵画を見ると音楽を感じる。」と言っていました。なるほど、それもありだなぁと感心しました。香りも絵画も音楽も、感性で味わうものにはなにかの繋がりがあるのかもしれません。おもしろいですね。

文化予算がフランスとは比較にならないくらい少ないのは事実ですが、日本にも無料で観られる良いギャラリーがたくさんあります。運が良ければ、お茶やお菓子も頂けて、画家に直接お話を伺うこともできます。楽しくギャラリー巡りをして、絵画のアロマを感じてみませんか。


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