ドメスティック・バイオレンスから逃れて



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 私は、家族や恋人とのことを深く考えたり、その人達との関係や自分を振り返ることができずに、たまたま出会ってしまったその男の存在に、依存していたのかもしれないと思い始めました。 「私がいなけれぱこの人は生活できない」 (すべての生活費は私が賄っていたし、複雑な環境で育ったその人には、帰ることのできる実家はありませんでした。)

そのことを自分の存在証明にして、深く考えることから逃げていたんじゃないかと。
そしてまた相手も、暴力で従わせることで自分の存在を無理矢理にでも認めさせ、そんなことでしか自尊心を保てない、矮小な人間である事。私とその男は、共に目分の問題から逃げて凭れ合っているだけの、共依存の関係なのだと判ってきました。

 逆上させることが判っていながら、私は自分の意見を言うようになりました。結局もっと酷い目には遭うのですが、反撃もしました。変わってほしいと思いました。
このままで終わらせられないという、妙な責任感がありました。

 それでも男は相変わらず私に執着し、依存したままでした。それどころか、私が絵を描くことで外に世界を広げ始めたことに危機感を持ったのか、以前にも増して、私の行動を制限し、監視するようになりました。
ある日、展覧会の打ち合わせで会った友人が、前髪で隠したつもりの私の額の傷に気が付いて、どうしたのか尋ねました。

 大した事ではないというように私は曖昧に笑って答えました。
実はとても危険な状況になっていることを、認めるのが怖かったのかもしれません。
その数日前に私は、首を締められ失神する、という目に遭っていました。
10日後に予定している展覧会を中止しろと言われたのに対して、 「作品を創ることは私が生きていくうえで必要なことだから辞めることはできないし、展覧会も中止しない」と答えたことで男を逆上させ、ドライバーで額を刺されました。かなり出血していましたが、もう出ていく、警察にいく、と立ち上がると「出ていかないでくれ」と首を締められました。
意識を失った私を見て、我に返ったようでしたが、それまでは、私がどんなに暴れても、苦しんでいても手の力を緩めることはなく、感情が激すると制御が利かないその男は、次は本当に私を殺すのだろうと感じました。
友人は、その男に対して嫌悪感を露わにして言いました。

「あんたは全然間違っていない。何も悪くない。そいつの頭がおかしいんだ。間違ってるのはそいつのほうだ」 いつも「他人のことなんて興味ない」そんな顔をしているその人が、真面目な顔で、きっぱりそう言ってくれました。
 その一言で、目が覚めたような気がしました。

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* 作成 by T.kasai (7/28,2000)   無断転載禁止