ドメスティック・バイオレンスから逃れて



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 毎晩なかなか寝付かれず、真っ暗な中で起きていると気が狂っていくような恐怖があり電気を消すことができませんでした。急に感情のコントロールができなくなり、所構わず泣き出してしまうこともよくあり、信号待ちの交差点では車に飛ぴ込みたい衝動に駆られました。何をどうしていいか判らずただ混乱して苦しく、食べることができなくなり、頻繁に胃痙攣を起こし吐血もしました。ただでさえ痩せ気味だった身体は、体重が38キロまで落ち、真っ直ぐ歩くことさえ困難なことがありました。

 「もうだめかもしれない。」そう思い始めた頃、東京にいる親友に電話をしました。この電話が最後になるかもしれないと思っての事でした。
たわいもない話をしていて、ふと彼女が「―何か、とても白っぽい感じがする。生きている人と話している気がしないんだけど…」と言い出しました。そして「あなたは今とても危険な状態だと思う。私は離れていて何もしてあげられないけど、明日の朝になったらどこでもいいから専門家のところにいって。カウンセリングでも病院でも、とにかく助けを求めにいって。絶対にそうして」と被女は続けました。

 翌朝、電話帳で調べた街中のクリニックにいきました。自分でも、もう、一人ではどうにもならないと、どこかで感じていたのを友人に背中を押された形でした。
受付けで問診票に記人し、少し待って通されたのは、ごく普通の内科の病院と変わりない診察室でした。とにかく苦しいのでなんとかしてほしいことを私は訴え、医師からは身体や気持ちの状態について幾つかの質問があったあと、治療は週に1・2度、通院精神療法(カウンセリング)で今まで生きて来た中での出来事とそれに伴う自分の感情を整理することを中心に、不眠・不安、それに潰瘍になりかかっている胃の症状を薬で和らげていくという説明がありました。

 当初はカウンセリングでも泣くことしか出来ず、2時間のあいだ何も話せず泣くだけだったこともありましたが、主治医のT医師はそういう私に辛抱強くつきあってくれました。
いつも気を張っていた私にとって泣ける場所ができたのは大きな救いになりました。 通院を続けるうち、身体は少しずつではあるけれど回復してきましたが、カウンセリングのなかで自分の心の中に抱えていた問題(家族に対してのわだかまり、葛藤など)があきらかになることでの辛さもあり、情緒不安定は一進一退という感じで、処方された睡眠薬・抗鬱剤・精神安定剤はあいかわらず手放せない状態でした。

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* 作成 by T,kasai (7/28,2000)   無断転載禁止