今、僕はマダガスカルに来ている。 マダガスカルはフランスの旧植民地であるためか、フランス人のために観光開発されている部分があるらしい。 とはいえ、チュニジアやモロッコほど観光業に比重が高いわけでもなく、観光客をターゲットにしたビジネスはあまり発展していないようだ。 Nosy Beはマダガスカル北部にあるビーチリゾート。 ビーチリゾートとはいえ今はオフシーズンの3月で、フランスからの観光客は少ない。 まして観光客がお金を使うような状況もあまりなく、その点ではまだまだ観光開発は途上中といえる。 カジノやレストランもほとんどなく、点在する海辺のホテルもひっそりとしたものばかりだ。 ここはハネムーンやデートのためにのんびりするための場所らしい。 僕がホテルには僕以外に5組の客がいる。 年代は違えど、すべてカップルだ。 手をつないだり腕を組んだりキスしたりしている。 僕はいらない子ですか? 一人で来ている僕はこの青い海で入水自殺したほうがいいですか? 初日の夜、僕が一人で食事をしていると、隣のテーブルに50代と思しき男女が座った。 話し声を聞く限りではどうやらドイツ系らしい。 そのカップルはひとしきり談笑したあと、僕のほうを向いて、 男性: 「こんばんは。日本人ですか?」 僕の『孤独オーラ』を感じ取ったのか、男性が声を掛けてきてくれた。 ええ僕は今からあなた方の養子になってもいいですだから僕にかまってください! 僕: 「こんばんは。ええ、日本人です。好物はトンカツとカキフライです。好みの女性はスレンダーでショートカットが似合う明るい人ですがこの際どうでもよくて明るい人ならそれでいいです僕は長男ですが家は継がなくてもいいので親と同居する必要はありません」 あふれそうになる涙をこらえながら僕は言った。 男性: 「…。そうですか。で、ここには、おひとりで?」 やはりここは一人では来てはいけないところなのだろうか。 クリスマスのディズニーランド、バレンタインのディズニーシー、カラオケボックス。 一人で行ってはいけない場所にはそういう看板を立てておいてほしい。 男性: 「それとも、これからどなたかとご一緒されるんですか?」 やはり一人で来るべき場所ではなかったのだ。 僕は、月明かりに照らされる海を眺めながら、静かな声で 僕: 「ほんとうは、彼女と来る予定にしていて、3か月前から二人で楽しみにしていて・・・。でも・・・。もう、もうこの世にいないんです」 僕は何を口走っているのだ? 男性: 「それはそれは…。悪いことを聞いてしまったようだ。すまないね」 僕: 「いえ、いいんです。僕がここに来たのは彼女の冥福を祈るためなんです。彼女がとても来たがっていたから、彼女の想い出の品の一つをこの海に流そうと思って」 作り話にもほどがある。 ドイツ人夫妻は先ほどまでの幸せそうな表情とはうってかわって、とても沈鬱そうな顔で、 男性: 「じゃあ、ワインを一本頼もうじゃないか。そして私たちもその彼女のために祈らせてほしい」 男性はボーイに白ワインを注文した。 注がれていくワインを見ながら、 女性: 「そのガールフレンドの方のお名前は?」 僕: 「マサミ、です」 長澤まさみさん、ごめんなさい。 男性: 「じゃあ、マサミの冥福を祈って、乾杯」 僕: 「ありがとう、マサミに」 僕らは日本の若手女優の冥福を祈ったが、それは本人にとってハタ迷惑以外の何物でもないだろう。 マダガスカルのNosy Be。そこはカップルがゆったりとした幸せな雰囲気を楽しむ場所。青い海とキャンドルに囲まれた静かな、しかし朗らかな笑い声が約束されている場所。 そこで僕はドイツ人夫妻の楽しい雰囲気をぶち壊しにして、ワインをおごってもらっていた。 その日以来、彼らは見掛けるたびに優しい言葉をかけてくれるようになった。 しかし、食事のテーブルは必ず遠いテーブルだった。 |