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  東京都外国籍職員訴訟


 この回の授業は、2005年1月に最高裁判決の出た東京都外国籍職員訴訟について考えました。
 裁判の経緯は次のようなものです。

 在日韓国人2世の女性、鄭香均(チョン・ヒャンギュン)さんは、1988年から保健師として東京都の保健所に勤務してきた。6年間保健所で働いてきた経験を生かして自分なりの保健プランを立てたいと考え、1994年に都の管理職試験を受験しようとする。ところが、都から日本国籍のないものには管理職の受験資格がないとして門前払いを受ける。東京都の見解は、管理職のすべてと一般事務職・一般技術職などについては、公権力の行使や公の意思の形成にかかわる立場なので、日本国籍をもたない職員がつくのは認められないというものだった。つまり、管理職職員は都の行政のかじ取りをする立場なので、国民主権の原理から国籍による制限を設けているというもので、この考え方を「当然の法理」という。しかし、鄭香均さんは、東京都がいう「当然の法理」に納得できない。いままで保健師として働いてきたが、国籍が業務の障害になったことは一度もない。具体的な法的根拠のない「当然の法理」によって自分の生き方が制限されるのは、平等権と職業選択の自由を侵害するものだと考え、1994年に東京都の提訴に踏み切る。裁判は、原告の鄭香均さん、被告の東京都の双方ともに憲法を主張の根拠として法廷であらそわれることになった。

【原告の主張】
・「当然の法理」は法律の規定ではなく、具体的にどのような職種かも定められていない。
・自分は保健師として都の保健所に勤務しており、国籍が業務の障害になったことはない。
・保健所の役割は地域の健康促進や感染症の予防対策をおこなうことであり、管理職に国籍条項を設ける合理性はない。
→ 正当な理由のないまま国籍による制限を設定し、外国籍職員から受験機会をうばうことは、憲法に規定された平等権と職業選択の自由への侵害であり、国籍による差別である。

【被告の主張】
・都の管理職は公権力を行使する立場にあり、外国籍の職員がつくことは国民主権の原理から認められない。
・在日外国人に地方参政権が認められていない状況で、外国籍の公務員が公権力を行使する立場につくことは、矛盾が生じる。
→ 国籍による受験の制限は合理的なもので、差別ではない。

 第1審の東京地裁の判決は都の主張を支持、鄭香均さんの訴えを棄却する。第2審の東京高裁の判決では、逆転し、鄭香均さんの訴えが認められ、都に損害賠償の支払いが命じられる。地裁への提訴から11年経過した2005年1月のの最高裁判決では、さらに逆転し、都の言い分が支持され、鄭香均さんの訴えは棄却されることになった。

 授業では、裁判の経緯を解説し、1審の判決直後に収録・放送されたNHKのドキュメンタリー番組を見た後、次のAとBの参考意見を紹介してから、生徒の考えを聞きました。生徒の反応は、「最高裁判決を支持する」が2割、「支持しない」が8割でした。生徒の多数意見は、「原告のように日本の植民地政策にルーツを持ち日本で生まれ育った人についてまで、ひとくくりに外国人として制限するやり方は形式主義的で、永住資格を持つ人たちの実態に即していない」というものでした。(「では、原告の鄭香均さんのように、日本の植民地支配が原因で日本に暮らすことになり、戦後、「外国人」とされた人々やその子孫については、公務員への就職や地方参政権のような限定的な権利保障だけでなく、日本国籍自体を保障して二重国籍を認めたらどうか」という問いかけをしたところ、賛否ほぼ半々でした。)



【課題】 次の資料は、東京都外国籍職員訴訟の最高裁判決についての新聞記事です。この判決について、次のAとBの主張を参考にして、あなたの考えを述べなさい。

【新聞記事】都管理職試験、国籍制限は合憲・最高裁大法廷
日本経済新聞 2005.1.27
 東京都が日本国籍を持たない職員の管理職試験の受験を拒否したのは違憲だとして、都保健師の在日韓国人、鄭香均(チョン・ヒャンギュン)さん(54)が都に慰謝料などを求めた訴訟の上告審判決が26日、最高裁大法廷(裁判長・町田顕長官)であった。大法廷は「受験拒否は合憲」と判示し、都側敗訴の二審・東京高裁判決を破棄、鄭さん側の請求を棄却した。鄭さん側の逆転敗訴が確定した。
 大法廷は「地方公務員法は地方公務員への外国人の任用を禁じていない」としたが、「公権力の行使や重要施策に関する決定を行う職務、またはこれらに参画する職務については、国民主権の原理に照らし、我が国の法体系は外国人の就任を想定していない」との初判断を示した。その上で、どのような任用制度を構築するかについて自治体の裁量を認め、「都の管理職は公権力行使などを行う職務への就任が当然の前提とされており、日本国籍を資格要件とするのは合理的な理由による区別で合憲」と結論付けた。15裁判官のうち滝井繁男、泉徳治両裁判官は「受験拒否は違憲」とする反対意見を述べた。 (19:49)
A  この最高裁判決は当然の判断である。都の管理職は、政策決定権を持つ立場であり、国民主権(憲法前文と1条)の点から国籍による制限には合理性がある。参政権の国籍による制限と同様に、公的な決定への参加と公権力を行使する立場は、国籍と一体化したものだからである。近代国家の基本原理は、国民・領土・主権から成り立っている。つまり、「その国に所属する人々=国民」が公の意志を形成し、それに基づいて国家が主権(公権力)を行使するしくみである。外国籍の人々が公の意志決定に参加し、公権力を行使する立場につくことは、この基本原理から外れることになる。都庁の管理職は、都議会議員や都知事と同様に、東京都の政策に深く関わる立場にある。外国籍の人々の地方参政権が認められていないにもかかわらず、外国籍の職員が地方自治体の管理職につくことは、あきらかに矛盾しており、認められるものではない。公権力を行使するような社会的に責任のある立場につこうとするなら、まず、日本国籍を所得するべきである。
 現在、東京都では、管理職すべてと一般事務や技術系の職員などを「公権力を行使する立場」と見なし、国籍条項を設けている。都の行政の中で、公権力を行使する立場が具体的にどのような職種なのかをもっとも良く理解しているのは、当事者である都の行政にかかわっている人々のはずである。したがって、どのような職種に国籍条項を設けるかについて、自治体の判断にまかせるとした最高裁の判決は、妥当(だとう)な判断である。

B  この最高裁判決は、ふたつの問題をはらんでいる。ひとつは国籍による制限には合理性があるとした判断である。憲法が定める国民主権とは、主権が「天皇」ではなく「民」にあることを示すものであり、日本国籍のない人々を排除するためのものではない。原告は、長年、保健師として都の保健所に勤め、地域の健康にたずさわってきたという実績がある。保健所の役割は、地域の健康促進や感染症の予防対策をおこなうことであり、日本国籍をもたないことが保健所の管理職として支障になるとは考えにくい。総理大臣や外交官のような国の利益を代表する立場とは根本的に異なる。また、原告が日本国籍に帰化するかどうかは、当人の個人的な心情の問題であり、日本国籍を所得しないからといって原告が日本社会への責任感に欠けているとは言えないはずである。原告のように、日本に生まれ育ち、長年、保健所に勤め、能力・実績ともにある人物が、ただ国籍のために管理職試験が受験できないという状況は、法の下の平等(憲法14条)と職業選択の自由(憲法22条)に違反し、重大な人権侵害である。現在、自治体のほとんどが外国人に採用の道を開き、その職種も拡大しており、自治体によっては管理職につくことも認めている。今回の判決はこうした公務員の国籍条項の撤廃の動きに反するものである。
 もうひとつの問題点として、「公権力を行使する職種」が具体的にどのようなものかを判決で示さないまま、自治体の判断にまかせてしまっていることがあげられる。法律で「公権力を行使する職種」を具体的に定めず、最高裁も判断を放棄している状況では、役所の裁量しだいで外国籍の人々の基本的人権が制限できる状況が続いてしまう。もともと日本は行政の権限が大きい社会であり、しばしば官僚国家と批判されてきた。今回のような行政訴訟で、司法が具体的判断を示さず、行政の裁量にゆだねてしまうことは、三権分立による権力相互のチェック機能を失い、行政権の肥大化をまねく危険性がある。


【資料】
・ETV特集「在日外国人と人権1 国籍という壁」 NHK 1996





外国籍職員の昇任試験拒否、大法廷で憲法判断へ 最高裁
朝日新聞 2004.9.1
 日本国籍がない職員に対し、東京都が管理職昇任試験の受験を拒んだことの当否が争われた訴訟をめぐり、最高裁第三小法廷(藤田宙靖裁判長)は1日、今月28日に開く予定だった弁論を取り消し、15人の裁判官全員で審理するよう、事案を大法廷に回付した。小法廷がいったん決めた弁論の開催を撤回し、改めて審理を大法廷に回すのは異例。公務員の採用や管理職登用で国籍条項が全国的な議論になるなか、最高裁全体として見解を示し、憲法判断をする必要があると考えたとみられる。

 上告された事件は、三つある小法廷のいずれかで審理され、多くはその場で決着がつく。しかし、(1)判例を変更する場合や新しい憲法判断、違憲判断をする場合(2)小法廷の裁判官の意見が分かれ、決着がつかない場合(3)重要な事案のため、大法廷で審理をして判例を残した方がふさわしいと判断した場合――には大法廷に回付される。  この訴訟をめぐり、第三小法廷は今年6月、双方の主張を聴く口頭弁論を今月28日に開くと決め、関係者に通知した。下級審の判断を維持する場合には弁論を開く必要がないため、「法の下の平等と職業選択の自由を定めた憲法に違反する」との判断を示した二審・東京高裁判決を見直すとみられていた。
 しかし、今回、大法廷に回付されたことで、審理は最初からやり直されることになる。
 訴訟の原告は、東京都の保健師で在日韓国人2世の鄭香均(チョン・ヒャンギュン)さん。
 鄭さんは88年に採用され、94年に課長級以上の昇進資格を得るための管理職選考試験に申し込んだ。しかし、日本国籍が必要として拒まれたため、受験資格の確認と200万円の損害賠償を求めて提訴した。
 96年の東京地裁判決は「憲法は外国人が国の統治にかかわる公務員に就任することを保障しておらず、制限は適法」として請求を退けた。しかし、二審・東京高裁は97年、「外国籍の職員が管理職に昇任する道を一律に閉ざすもので違憲」との判断を示して一審を覆した。
 鄭さんの代理人を務める金敬得(キム・キョンドク)弁護士は「二審判決を根本から覆すような、時代の流れに逆行する判決は出ないと期待している」と話した。



国籍条項訴訟:大法廷で弁論、初の憲法判断へ 最高裁
毎日新聞 2004.12.15
 日本国籍がないことを理由に東京都の管理職試験の受験を拒否された在日韓国人で都職員の保健師、鄭香均(チョンヒャンギュン)さん(54)が、都に200万円の賠償などを求めた訴訟で、最高裁大法廷(裁判長・町田顕長官)は15日、双方から意見を聞く弁論を開き結審した。過去に公務員登用時の国籍条項を巡る最高裁判決は一度もなく、判決では初の憲法判断が示される見通し。
 鄭さんは94、95年度、管理職に昇進する資格を得るための試験を受験しようとしたところ拒否された。東京地裁で96年5月、請求を棄却され、東京高裁で逆転勝訴した。
 東京高裁は97年11月、違憲判断を示し、都に40万円の支払いを命じている。【小林直】



外国籍職員訴訟、昇任試験拒否は合憲 都側が逆転勝訴
朝日新聞 2005.1.26
 日本国籍がないことを理由に東京都が管理職試験の受験を拒否したことが憲法の保障した法の下の平等に違反するかどうかが争われた裁判の上告審で、最高裁大法廷(裁判長・町田顕長官)は26日、「重要な決定権を持つ管理職への外国人の就任は日本の法体系の下で想定されておらず、憲法に反しない」との初判断を示した。その上で、都に40万円の支払いを命じた二審判決を破棄し、原告の請求を退ける逆転判決を言い渡した。原告側の敗訴が確定した。
 原告は、都の保健師で在日韓国人2世の女性、鄭香均(チョン・ヒャンギュン)さん(54)。都に対して、慰謝料の支払いなどを求めていた。外国籍の人の地方公務員への採用や管理職登用の動きは全国で広がりを見せる一方、採用職種や昇進を制限する自治体もなお多数を占めている。判決はこうした制限を結果的に追認し、自治体の裁量を幅広く認めるものとなった。
 多数意見は13人の裁判官による。これに対し、2人の裁判官がそれぞれ、「外国籍の職員から管理職への受験機会を一律に奪うのは違憲だ」と反対意見を表明した。
 外国籍の人が地方自治体の公務員になれるかどうかについて法律には規定がなく、公務就任の範囲をどこまで認めるかが争点となった。
 多数意見はまず、「職員として採用した外国人を国籍を理由として勤務条件で差別をしてはならないが、合理的な理由があれば日本人と異なる扱いをしても憲法には違反しない」と述べた。
 今回の受験拒否のケースが合理的かどうかを判断するうえで多数意見は、地方公務員の中でも住民の権利義務を決めたり、重要な政策に関する決定をしたりするような仕事をする幹部職員を「公権力行使等地方公務員」と分類。これについて「国民主権の原理から、外国人の就任は想定されていない」という初めての判断を示した。そのうえで、こうした幹部職員になるために必要な経験を積ませることを目的とした管理職の任用制度を自治体が採用している場合、外国籍公務員を登用しないようにしたとしても合理的な区別であり、憲法が保障した法の下の平等には違反しない、と結論づけた。
 これに対し、滝井繁男裁判官は「都の職員に日本国籍を要件とする職があるとしても、一律に外国人を排除するのは相当でなく違憲だ」と反対意見を表明した。
 泉徳治裁判官も「在日韓国・朝鮮人ら特別永住者は地方自治の担い手で、自己実現の機会を求めたいという意思は十分に尊重されるべきだ。権利制限にはより厳格であるべきなのに、今回の受験拒否は合理的な範囲を超えたもので法の下の平等に反する」と述べた。 (01/26 22:05)


【リンク】
→ 鄭香均さんの最高裁判所意見陳述 2004年12月15日 最高裁判所大法廷
→ Wikipedia「国籍条項」


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