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  トンガの民主化


 この回の授業では、多文化主義と民主主義の普遍性について考えてました。これは、夏休みの宿題にした近代社会と文化の多様性というテーマを、もう一度、民主主義というから考えてみたいと思ったからです。授業では、トンガの社会を例にみていくことにしました。なぜ、日本でなくトンガなのかといいますと、トンガでは現在進行形で自分たちの社会を民主化するのか伝統を維持するのか議論がおこっていることと、日本の政治状況に比べてその論点が明解であるためです。
 なお、授業では、民主主義が難しい政治思想ではなく、みんなで決める「決め方」であることを説明し、その後にトンガについてのビデオと両者の主張をみました。
 
●ビデオ 1995.5 NHK「ワールドレポート」豪ABC制作 トンガの民主化をめぐる論争
 
 トンガでは、数百年にわたって王政が続いている。国王はたんなる象徴ではなく、現在も強い権力を持ち、トンガの政治を動かしている。国民が政治的な要求をするときには、国王に豚やカボチャなどのささげものをして、国王にお願いをするという形をとる。また、議会は国王が指名した貴族議員によってしめられている。しかしその一方で、トンガの国王は、温厚な性格の持ち主で、国民から絶大な尊敬と支持を受けている。また、その経済政策はうまく行っており、国民の教育レベルも高い。そのため、トンガ国民には外国に留学して博士号を持つ者も多い。
 
 このような外国への留学経験者たちは、欧米の民主主義にふれることで、トンガの政治状況に疑問をもつようになる。彼らの中には、議会の改革や王権の縮小などの民主化運動をする者もあり、しだいに、その運動は広まりつつある。それに対して、トンガの伝統的な政治を守るべきだという勢力もある。彼らは、西洋の民主主義をトンガに持ち込んでもうまく行くはずがないし、トンガの王政はうまく機能しているのだからこのままでいいと主張する。
 
 また、国王はインタヴューの中で、国民に政治をあずける民主主義の危険性と欠点をあげ、自分にはそのような危険から国民を守る義務があるのだと語る。しかし、民主化運動の広まりについては、トンガも少しずつ変わっていくだろうとも答える。
 
●参考意見(ビデオの中で闘わされる2つの主張。)
 
■改革派 確かに、文化や社会によって、人間のくらしは色々と違っている。しかし、文化や社会に関係なく、すべての人に共通していることもある。例えば、なぐられれば痛いし、親しい人が死ねば悲しいし、バカにされれば腹が立つ。これと同じように、自由で平等な社会であってほしいという気持ちも文化や歴史をこえてすべての人に共通のものだ。だから、民主主義は西洋だけのものではなく、すべての人間に共通の目標だ。
 
■保守派 それぞれの社会には独自の伝統文化や価値観がある。民主主義だけが正しい社会のあり方じゃない。それに、民主主義や人権という考え方は西洋でつくり出されたもので、西洋の文化や歴史と結びついているものだ。だから、アジアやアフリカの国に民主主義を持ち込んでも、うまくいくはずがない。それぞれの社会はそれぞれの伝統に根ざした社会をつくっていくべきだ。
 
 
 生徒のレポート
 
民主化に賛成のという考え
 
●昔からの風習や文化を次の世代につたえることも必要だと思うけど、正しいことが別にあれば、取り入れていくことも必要だと思います。
 
●トンガは、王様がすべてを決めている国だと思った。王様はトンガの国はうまくいっていると言っていたが、そうは思えなかった。貴族が利益を独占しているという話もあったし、身分差別もあるみたいだった。
 
●私は賛成派。でも、民主主義の国が本当にみんなのことはみんなで決めているかというと、実際はそうではないからとても難しい。
 トンガのカウバイ島みたいに、島全体がまとまっていれば、民主化運動はたぶんうまくいくと思うけど、日本のように問題は「えらい人」にまかせてしまうような社会では、だめだと思う。
 
●王様一人に決められたら、一般の人には不利なことばかりになる。人間はみんな平等だと思う。
 
●私は民主化に賛成したい。理由は、たとえ立場が違っても、同じ人間でみんな平等だと思うから。家系や血筋で国王になり、そういう人が国を動かすというのは何か変だと思う。国民全員にかかわることは、国民全員が決定に参加できるようにするべきだ。
 それに、「西洋で作り出されたから反対」っていう人もいたけれど、西洋の良いところを取り入れながら、自分たちの伝統の良いところを残して、よりよい国づくりをすることは可能だと思う。
 
●民主主義を世界に広めるのに僕は賛成だ。
 すべての国民は自由であるというのは、とても良い考えだと思う。アフリカやアジアに民主主義を持ち込んでもうまくいくはずがないという意見があるが、本当にそうなのだろうか。
 何も、ヨーロッパやアメリカの民主主義をそっくりそのままの形で、取り入れなくてもいいと思う。民主主義の良い部分や基本的なところを取り入れていけばいいのではないか。民主主義だって完全なものではないのだから。 欠点があるからといって、民主主義を全面的に否定するのは、何か違うと思う。
 
●どれほどりっぱな人でも、権力を独占すれば、自分につごうの良いように政治をやるものだ。だから民主主義のしくみは必要だ。国民が政治家を見張っている必要がある。
 そのためには、まず国民がかしこくならなければならないし、民主主義や社会のしくみについての知識もいる。そうでないと、だまされていても気づかないということもありえる。だから、時間はかかるが、民主的な社会には教育が大事だと思う。
 
●トンガの王様は、トンガが民主的な国になるのがいやなのではなく、自分の「王」という位を失うことがいやなだけに見える。
 民主化に反対の人たちは、自分の利害がからんでいるようで、説得力を感じなかった。
 
●どちらかと言えば……民主化に賛成である。人権を守ることは大切だし、国民一人一人の意見の中に重要なものもあると思うからだ。
 でも、民主主義だという日本の状況を見ると、国民みんなで政治を決めているというより、専門家が決めているだけに見える。そう考えると、トンガとあまり変わらないと思う。
 
●トンガの政治は、とりあえず、うまくいっていると思います。それは、王や貴族が上に立っていても、国民が意見を言えているからです。でも、やはり、おくり物なんかしなくても、意見を言えるようになった方が断然いいと思います。
 
●私は絶対賛成!日本はまだ、民主主義のしくみが成り立っていないけど、これからどんどん変えていけばいいと思う。それに、民主主義は西洋でつくられたものだからといって、日本やトンガになじまないなんてことはないと思う。
 「えらい人」にだって「ふつうの人」にだって、みんな同じ権利がある。えらい人にばかりまかせないで、何か大きな問題があるときには、みんなの意見を聞いて、多くの人の意見をとりいれていけたらいいと思う。
 
●私は賛成派です。いくら王様が良いことをしていたって、王様を支持する人がたくさんいたって、王様の命令で動かされる国民は、まるでロボットみたいだからです。
 
●トンガの民主化はうまくいくはずがないという人がいたけど、うまくいくかどうかはやってみなくちゃわからないと思います。それに、強い立場にいる人の考えは何でも正しく、まわりの人はその考えにしたがわなきゃいけないというのは、おかしいと思います。
 
●民主主義は西洋の文化だから、アジアやアフリカにはなじまないという意見があった。でも、人間は西洋でも東洋でも同じ地球に住んでいるのだから、それはまちがっていると思う。
 
●どんな社会でも、やはり民主主義はある程度必要だと思います。
 日本の国民は、「えらい人」にまかせがちで、決めたら決めたで文句を言う。民主的な社会にするためには、政治家たちが市民にアンケートをとって、市民と話し合いながら決めていくといいと思います。トンガも同じで、王様と村の代表者が話し合うようにするといいと思います。
 
●みんなにかかわることは、みんなで決めるべきです。一人の人が決めたら、その人のつごうのいいようにしてしまうだろうし。それに、一人の人が決めても、その人の考えにしたがうことはでません。その人と同じ考えの人はいいけど、国民全員が同じ考えなんてことはあるわけがないんだから、一人一人が自分の意見を言えるようにするべきです。
 
●私は賛成する。最初は民衆の意見を聞いてもうまくいかないかもしれない。けれど、何度も、「自分たちの生活を良くしよう」と話し合っていくうちに、だんだんいい答えがでてくるはずだ。それに、はじめからダメだと言いきって、何もしないより、少しでも何かやってみなければ、何も変わらない。民主化の意見が出ているということは、今のトンガの社会に不満をもっている人がいることをあらわしているのだから。
 
●今までは王が権力をにぎって、いばってきたのだから、これからは国民全員が協力して自由な社会をつくっていくことが大切だと思う。国民一人一人が責任を負わなければならないぶん、なれるまで時間はかかると思うが、少しずつ変えていけばできるはずだ。
 日本も「半民主主義」のような気がするので、人事ではないと思った。
 
民主化には反対という考え
 
●私は反対派の意見だ。みんなで決めたことだからといって、それが正しいとは限らないし、その結論に反対の人たちだって大勢いるはずだ。 平等な社会にするため、その国独自の文化を無視し、民主主義にしたのでは、かえって、まとまらなくなってしまう。日本だって、実際にはそんなにうまくいっていない。
 無理に世界中の考えを統一するより、その国独自の考え方で進めていく方が、これから先、うまくいくと思う。
 
●ビデオを見る限りでは、国民も国王も共存しているし、この国のやり方を変える必要はないと思う。西洋的な民主主義だけが正しいやり方ではないし、国王が言うように、政治に関してシロウトの国民が国を動かすようになったら、取り返しのつかない失敗をするかもしれない。
 国王は、今のところ、あまり失敗はないし、国自体も特に問題はないのだから、民主化には反対だ。
 
●反対派です。全世界が民主的になったら、何をすればいいのかわからなくなってしまう。
 
●トンガはトンガらしく、今までどうりでいいと思う。
 急に社会のしくみを変えると、混乱がおこるし、もめ事を起こしてまで民主主義にしようなんてやめた方がいい。それに、民主主義の社会になっても、話し合いでみんなが納得することなんてないし、多数決で決めてしまうのなら、王様にまかせていてもいいと思う。
 確かに、みんなが責任を負う社会は、一人の人にまかせてしまう社会よりましだとは思う。でも、その場合、一人一人がちゃんと考えていなければ意味がないし、実際に考える人は少ないと思う。
 
●民主主義といっても、実際は多数決で、少数の意見は無視されることが多い。だから、独裁政治とあまり変わらないのではないか。
 
●私は民主主義には反対だ。なぜならば、自分で自分の行動を決めることなんて、ほとんどの人ができない。人間の集団なんて、烏合の衆に近いものだと思う。学校だってそうだ。ある程度の規則や、統率者がいなければ良い学校にはならない。
 日本は民主主義の国だときいた。ならば、なぜ、首相という人がいるのだろうか。逆に、ほんのひとにぎりの人が政治を動かしている日本が民主主義の国だといえるのだろうか。
 
●この国の人の大半が、王様をしたっていて、とても幸せそうに見えました。
 だけど、いつか王様のやり方に不満をもつ人が増えたら、その時に、民主化すればいいと思います。
 
●色々な文化があるのだから、それにあわせて社会のしくみも色々あっていいと思う。色々な特徴のある社会があつまって、世界が成り立っていくと思う。すべての社会が同じように自由をめざすわけではないと思う。民主主義がいいと決めてしまっているのもおかしいと思う。民主主義でない国を批判するばかりでなく、理解するようにするべきだと思う。
 
●民主主義だけが正しいとは思えません。それぞれの国には独自の伝統文化や価値観があるのに、ヨーロッパをまねて、民主主義にしてもうまくいかないと思います。
 
●自由・平等もいいけど、そればかりではないと思います。
 
●トンガが急に民主国家になったとしても、日本のように形だけの民主主義で、社会の中身や国民の意識は今までと変わらないのではないか。法律や社会のしくみは変えられても、人々の考え方や人間関係は急には変わるものではないからだ。
 そういう中途半端な社会になるのなら、今のままで良いと思う。
 
●私はどちらかというと反対派です。でも、民主主義が日本やトンガの社会に「なじまない」とは思いません。
 ただ、民主的な決め方では、決定までにすごく時間がかかると思います。それに、みんなが話し合いに参加したって、むずかしい専門的な話をされたら、わかるのはごく一部の人だけだと思うのです。そう考えると、完璧に民主的な決め方というのは現実的ではないと思うのです。だから、今の日本のようなやり方でいいと思います。
 
●政治にも色々あるのだなと思った。一人の老人がひとつの国をまとめ、国民からのお願いで国を動かすというやり方もあるのだなと思った。
 これに対して、日本の政治にしくみは、選挙で政治家を選び、その人たちにまかせる。しかし、日本の国民は政治に対して、積極的に参加する意識がない。ただ選ぶだけで、後はまかせっきりで、何もしない。薬害エイズやO?157で、大臣がカイワレ食ったり、土下座したりしているが、国民の多くは無関心だ。沖縄の基地からステルス機が8機も出撃しようが、ほとんどの人が知らない。このままだと、日本の将来がどうなってしまうのか心配で
す。 今の日本の状況を見ると、民主主義は、権利と権利との間に生まれた矛盾なのではないかと思う。
 
●国王が言うように、国民みんなで政治を行ったら、一人一人が勝手なことを言いだし、国がばらばらになってしまうと思う。それに、国民みんなで決めたからといって、常に正しい答えが出るわけではない。ドイツのヒトラーだって、国民の支持を受けて、民主的な選挙で選ばれたわけだし。
 
●みんなで考えるよりも、専門家や知識のある人にまかせた方が本当に正しい答えが出ると思う。
 
●私は民主化に反対です。 社会はみんな共通じゃないし、それぞれの文化は違うものだから、民主主義はすべての人間に共通の目標じゃないと思います。
 
●私も民主主義だけが正しい社会のあり方じゃないと思います。
 民主主義は話し合いが基本といっても、話し合いでまとまらなければ、多数決で決めちゃうし、多数決で出した結論は必ずしも正しいわけじゃないと思う。
 ある国が独自の政治をおこなっている場合、その国とまわりの国との間では、政治のしくみや国民の考え方が大きく違ってしまう。そういう場合でも、まわりの国や地球環境に迷惑をかけなければ、かまわないし批判されることではないと思う。
 
保留
 
●ちょっと賛成派か反対派か決められない。
 確かに、えらい人にまかせるのは楽かもしれないが、その人が確実に正しい答えを出すとは限らない。しかし、選挙や多数決でも、正しい答えが出るわけではない。もうどっちかわからない。
 
●もっと民主主義はむずかしいものだと思っていた。しかし、話し合ってみんなで決めるだけということなので、意外と簡単なしくみだと思った。
 その一方で、ひとつの社会を民主化するかどうかを決めるのはむずかしいと思う。
 
●話し合って、全員が納得するなら、民主主義ってすごくいいものかもしれない。
 でも、話し合い程度で納得することは、まずないだろうし、その場合、多数決で決めてしまうのなら、民主主義っていってもたいしたものじゃないと思う。
 民主主義を否定すると、一部のえらい人に決めてもらうってことになるのかな?本当に、その二つしかないのかな?もっといい方法があるのではないかと思う。だから、私は民主主義には反対だけど、人に決めてもらうのにも反対です。じゃあ、どうすればいいのか。答は簡単。自分の考えをおし通せばいいんですよ。
 
【授業担当者の感想など】
 
■少し僕の考えも書きます。考えを押しつけるつもりはないので、ひとつの意見だと思って読んでください。僕は賛成派です。確かに、社会によって色々な文化があります。でも、文化の違いをこえて共通の部分もあると思っています。例えば、人は何かを食べないと生きていけません。どんな物を食べているかは、文化や個人的な好みによって違いますが、「食べる」という行為はすべての人に共通です。「自分の考えを言う」ということも、この「食べる」ということと同じだと考えています。どんな意見を言うかは人によって違いますが、自分の考えがあってそれを言うというのは誰にでも同じだと思います。もちろん、その考えや意見がまちがっている場合もあります。色々な人が意見を言っても、レベルの低い議論しかできないこともあります。でも、それでもかまわないと思います。たとえ烏合の衆になったとしても、誰かの言いなりになって生きるよりも、ずっといいと思うのです。
 
■たしかに、専門家の意見や情報は大事です。それを無視して勝手な意見を言えばいいとは思いません。でも、専門家といっても、神様ではありま
せん。まちがえることもあるし、公平な判断ができないこともあります。だから、その意見は、あくまで自分が判断するための参考にすぎないものです。 賛成派のレポートに「いくら王様が良いことをしていたって、王様の命令で動かされる国民は、まるでロボットみたいだ」という意見がありました。
短い文章でしたが、今回もっとも印象に残ったレポートでした。僕もそう思います。専門家の意見にしたがった方が正しい場合が多く、社会が効率良く
動くとしても、一人一人が自分の意見を言えることの方がずっと大切だと思うのです。
 
 というわけで、僕は、一人一人が自由に判断ができて、その意見が平等に反映されるような社会であってほしいと考えるわけです。 そもそも、そう考えているから、こうしてみんなに意見を書いてもらっているわけです。
 
■日本の憲法には、人権と民主主義の考え方は「人類普遍」の原理とあります。にもかかわらず、現実の日本の社会に民主主義が根づいているとは言いにくい状況です。この理念と現実との間には、民主主義に対する次のような疑問が横たわっているのではないかと思います。すべての社会が民主的になることは本当に良いことなのか?民主主義以外に良い社会をつくる方法はないのか?民主主義のしくみに欠点はないのか?民主主義を普遍化することは西洋文化の押しつけではないのか?日本をはじめとしたアジアやアフリカの伝統文化には、民主主義はなじまないものではないのか?
 
■日本の近代の歴史は、西洋で生まれた近代文明を合理的に判断して取り入れてきたわけではありません。そのため、ある時は西洋人や西洋文明を嫌い、ある時は西洋一辺倒という風に、両極端の感情で揺れてきました。これから先、このような混乱を防ぎ、日本に民主主義を根付かせていくためには、近代の社会を合理的に判断していく必要があると思います。
 
【授業で使った参考図書】
 
●斉藤 規『正義とは何か・多数決は正しいのか』ポプラ社
●大江健三郎『あいまいな日本と私』岩波新書
 

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