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  臓器移植法の改正


 この回の授業は、臓器移植法の改正案について考えました。
 日本の臓器移植法は、1997年の成立・施行から10年が経過しました。この臓器移植法の特徴として、次の点をあげることができます。

・脳死を一律に「死」とはしない。
・臓器提供は自発的な意思表示によるものであるため、ドナーカード等の書面での本人の意思表示と家族の同意の両方が必要になる。
・ドナーカード等で脳死段階からの臓器提供を本人が意思表示し、家族も同意した場合のみ脳死判定がおこなわれ、脳死と判定された場合は「死」と見なし、臓器提供が可能になる。
・脳死段階からの臓器提供を希望しない場合は、脳死判定自体が行われないため、実際には脳死であったとしても心臓停止までは生きているとされる。

 この特徴は、脳死移植について次のような状況をもたらしました。

・各種世論調査では、脳死を「死」と考えていない人たちが依然として約30%を占めており、脳死を一律に「死」と定めていない日本の臓器移植法は、こうした多様な死生観に配慮されているといえる。
・その一方で、脳死移植までの条件がきびしいため、移植件数はきわめて少ない。
・また、ドナーカードの普及率も10人にひとり程度しかおらず、日常的に携帯している人は20人にひとり程度である(内閣府2004)。3人にひとりがドナーカードを携帯しているというイギリスの状況とは大きな差がある。
 → 臓器移植に関する世論調査 (内閣府大臣官房政府広報室2004)
・さらに、脳死段階からの臓器提供を本人と家族が希望する場合にのみ脳死判定するという制度なので、大きな医療機関に勤める医師・看護師でも、脳死判定や脳死移植の経験者はきわめて少ない。脳死判定や脳死移植が日常的な医療行為になっている欧米の医療機関とは、大きく状況が異なっている。そのため、医療関係者にも脳死や脳死移植への理解は普及しておらず、医療関係者を対象とした世論調査では、「脳死は妥当な死の判定方法か」という問いに対して、「わからない・無回答」の割合が47%にのぼっている。(厚労省「病院意識調査」2005)

 とくに、ふたつめの脳死移植件数の少なさは、欧米各国と比較して際立っています。10年前に臓器移植法がはじまったときに、「この制度では臓器不足がおきるのははじめからあきらか」という指摘がされましたが、法律施行から10年間経過し、合計の件数でわずか50件程度という状況が生じています。アメリカでは年に6000件程度の脳死移植が実施されているのとは対照的で、臓器移植法はあるものの、実際には、臓器を待つ人たちのほとんどが手術を受けられないという状況が続いています。移植用臓器が圧倒的に不足する中、フィリピンで貧しい人から臓器を買って手術を受けるという臓器売買の問題や病気で摘出した腎臓を移植するというケースも生じています。国会では、臓器移植を待つ人たちからの臓器移植法の改正を求める声を受けて、2005年以来、改正案が審議されています。この改正案の特徴は次のようなものです。

・脳死の疑いのある患者については、臓器提供に関係なくすべて脳死判定する。
・脳死と判定された場合は一律に「死」とする。
・ドナーカードを廃止し、家族の同意だけで脳死状態からの臓器提供をできるようにする。
・脳死患者が15歳未満でも、家族の同意があれば、臓器提供ができるようにする。

 授業では、臓器移植法の改正案について解説した後、次のAとBの参考意見を紹介し、生徒の考えを聞きました。生徒の反応は、改正に賛成が約4割、反対が約6割で、反対する理由のほとんどが「ドナーカードを廃止してしまって、本人の意志を確かめないやり方は乱暴だと思う」というものでした。



【課題】 現在、臓器移植を待つ患者を中心に、臓器移植法の改正を求める声があがっています。改正のポイントは、脳死の疑いのある患者については一律に脳死判定をすること、ドナーカードによる本人の意思表示がなくても家族の同意さえあれば脳死段階からの臓器提供ができること、患者が15歳未満の場合でも臓器提供ができるようにすることです。この改正によって、日本国内での脳死からの臓器移植が数倍に増加することが予想されます。しかしその一方で、脳死を死とすることに抵抗を感じる人もいます。そのため、脳死や臓器移植への理解を求める活動が不足したまま、政治主導で制度を変えてしまうことへの批判も出ています。脳死を一律に死と定め、家族の同意だけで臓器提供が可能になるこの改正案について、次の新聞記事とAとBの主張を参考にして、あなたの考えを述べなさい。

【新聞記事】臓器移植法改正案、2案を提出 今国会の成立は微妙
朝日新聞 2006年03月31日16時52分
 与党の有志議員を中心に論議されていた臓器移植法改正案2案が31日、議員提案で衆議院に提出された。脳死を一律に人の死とするかどうかや、本人意思の尊重についての意見が割れて一本化できなかった経緯があり、採決時には党議拘束をかけない方針。ただ、今国会で成立するかどうかは微妙だ。
 一つは、河野太郎衆院議員(自民)が主にまとめた案で、現行法と異なり、脳死を一律に人の死とする。また、本人の拒否がない限りは家族同意だけで臓器提供を認める。
 もう一つは、斉藤鉄夫衆院議員(公明)が主にまとめた。脳死を臓器提供の場合に限って人の死とする現行法の枠組みを維持し、本人が意思表示できる年齢を現行の15歳以上から12歳以上に引き下げる。
 両案とも親子や配偶者に対する優先的な臓器提供を新たに認める点では一致している。2案は、昨年8月8日にも一度、衆議院に提出された。しかし、同日の国会解散を受けて廃案になっていた。
 現行法は97年に成立、施行された。
A  この改正案を可決するべきである。医学的には脳死が死であることは常識であり、提供される臓器の不足は各国共通の問題である。多くの国は1990年代末に法律を改正し、ドナーカードを廃止して、すべての国民に対して登録制にしたり、家族の同意のみで移植が可能になるしくみを採用しており、より臓器提供しやすいようにしている。携帯したドナーカードで本人の意思を確認するやり方はもはや日本だけである。また2009年には、各国での臓器不足の状況を受けて、国連WHOで海外移植の規制が決議され、日本の臓器移植法改正は待ったなしの状況になっている。
 日本の臓器移植法は1997年に施行されたが、脳死患者からの臓器提供は年にわずか10件程度しかなく、臓器移植を待っている人のほとんどは手術を受けられないまま亡くなっている。海外で移植手術を受ける人もいるが、その場合は1億円くらいの費用がかかってしまう。また、WHOの決議によって、今後、海外での移植手術は受けにくくなるはずである。こうした状況を改善するためには、臓器移植法を改正し、国内での移植手術を活性化する必要がある。欧米では、脳死状態からの臓器移植手術はすでに一般的な医療であり、大きな病院では日常的に行われている。これと比較すると、日本の状況は先進国の中で異例である。
 現在、検討されている臓器移植法の改正案では、本人がドナーカードで臓器提供の意思表示をしていなくても、家族の同意だけで脳死からの臓器移植が可能になる。内閣府が2004年に行った世論調査では、日本人の約35%が「もし脳死になったら臓器提供をしても良い」と考えている一方で、「実際にドナーカードに記入してふだんから持ち歩いている」と解答した人は5%くらいしかいない。臓器移植法の改正によって、こうしたズレを解消し、日本での臓器移植件数を大幅に増加させることが期待できる。また、この改正によって、15歳未満からの臓器提供も可能になるため、いままで国内で手術を受けられなかったこどもの移植希望者にも対応できるようになる。ドナーカードの廃止について、本人の選択権がなくなると批判する声があるが、本人が書面で臓器提供を拒否する意思表示をしていれば、臓器の摘出は行われない。このようなやりかたは、アメリカ、イギリス、ドイツ、オランダ、カナダ、オーストラリア、韓国などで採用されており、国際的な流れといえる。今回の改正案もそうした世界的な動きにあわせるものである。

B  臓器移植法の改正にはもっと慎重になるべきである。脳死を死とみなすかどうかは、ひとりひとりが生命や人間の存在をどのようにとらえているかという問題であり、医学が一方的に決めることではない。現在、日本では2割から3割の人が脳死を死とすることに抵抗を感じている。そういう状況で、脳死を一律に死と定め、本人の意思表示がなくても、家族の同意だけで臓器移植が可能になるやり方は、あまりにも乱暴である。また、家族との関係がうまくいっていない人や何十年も家族と会っていない人も大勢いる。家族の同意だけで可能になるやり方では、本人とほとんど面識のない親族がいきなり臓器提供について判断をせまられるという理不尽な事態も生じるはずである。
 本来、臓器移植は、提供者の自発的な善意が基本である。しかし、ドナーカードによる意思表示を廃止するこの改正案が実現したら、臓器提供は自発的な善意によるものから、制度にしたがわせるものになってしまう。本人については原則同意で、拒否する場合にのみ書面に残しておくというやり方は、「提供者の善意」という臓器移植本来のあり方から外れるものである。いくら移植用の臓器が足りないからといって、このような法律改正はあまりにも強引である。
 臓器提供者を増やしていくためには、まず、ドナーカードを普及させ、臓器提供について人々の理解が得られるよう地道な努力していくべきである。しかし、臓器移植ネットワークは、法律改正を急ぐあまりドナーカードの普及に力を入れてこなかった。臓器移植法が施行された当初は、コンビニやスーパーのレジなど、人目につくところにもドナーカードが置かれていたが、その後、まったく見かけなくなってしまった。いままで一度もドナーカードを見たことがないという人も多い。臓器移植法のような人間の生命に関する重要な問題について、人々の理解を得ないまま、政治家を動かして制度の改正を進めようとするやり方は、本末転倒であり、民主社会にふさわしくない。現在、日本でドナーカードに記入してふだんから持ち歩いているという人は、5%くらいしかいない。「もし脳死になったら臓器提供をしても良い」と考えている35%の人が全員ドナーカードを持つようになれば、それだけで提供者数は数倍に増えるはずであり、法律改正よりもドナーカードの普及にもっと力を入れるべきである。
 たしかに臓器移植は生命を救うという考え方が根底にある。移植手術を待っている人やその家族にとって、切実な問題である。しかし同時に、他者の死を前提とした医療であり、慎重で冷静な判断が必要である。助けられる命を優先させるという発想で、「どうせ死ぬんだから」「もう人間として役にたたないんだから」と脳死患者の命を軽く見ることはファシズムにつうじる危険な考え方である。現在、中国では、処刑した死刑囚から強制的に臓器を摘出することまでおこなわれているが、このようなやり方は人権を踏みにじるもので、断じて認められるものではない。臓器提供者数を増やすために「制度にしたがわせる」というやり方をした場合、こうした事態をまねく危険性をはらんでいる。臓器提供については、あくまで本人の自発的な善意という原則を守るべきである。


【映像資料】
・臓器移植法成立を目前にした国会議員の様子 TBS「ニュース23・特集脳死」1997.4
・臓器移植法施行を2日後にひかえて テレビ朝日「ニュースステーション・脳死とドナーカード」1997.10
・脳死と臓器移植、アメリカ・オランダ・イタリアの様子 NHK「ワールドドキュメント」2006
・フィリピンの臓器売買の実態 NHK「クローズアップ現代」2007
・臓器移植法の改正 NHK「クローズアップ現代」2009














【資料 新聞記事】
臓器提供の意思、夏から携帯やパソコンでも手続き
朝日新聞 2006年04月06日15時51分
 脳死や心停止になった際、臓器移植のための臓器提供を望むかどうかの意思の登録手続きが、今夏から、携帯電話やパソコンからもできるようになる。従来通り有効となるには意思表示カードなどの書面に署名が必要だが、ネットを使うことで幅広く希望者を集められるうえ、家族の要望を受けて検索し提供意思の確認を早くできるメリットもある。
 新システムでは、登録希望者がパソコンや携帯電話から、社団法人「日本臓器移植ネットワーク」のサイトにアクセスし、名前や生年月日、住所、メールアドレスなど必要事項を入力し、脳死下と心停止下での臓器提供に同意するか、どの臓器を提供するかを選ぶ。逆に、提供したくない意思も登録でき、変更もできるようにする。
 ただし、臓器移植法では本人の「書面」による意思表示が必要とされているため、登録後、ネットワークから郵送される意思表示カードに署名するか、登録画面を印刷した書面に署名して初めて有効になる。
 これまで、臓器提供の意思確認は、コンビニエンスストア、郵便局などで配られているカードによって行われており、持っていることを家族に伝えていなかったり、記載不備で提供意思が生かされなかったりするなどの問題もあった。
 今後、ネットを使って登録すれば、カードの有無が分からなくても、家族の要望があれば検索し、意思を確認することができる。
 内閣府の04年調査では、カード所持率は10.5%。厚労省によると、臓器提供意思のネット登録は、英国やオーストラリアなどで導入されている。



脳死移植、臓器移植法改正で4倍に・移植ネットワークが試算
日本経済新聞 2005年3月20日 朝刊
 臓器移植法の改正で、脳死段階での臓器移植は年間14件程度増える――。社団法人「日本臓器移植ネットワーク」(東京)は19日までに、今国会への提出が検討されている同法改正案が施行された場合の試算をまとめた。脳死移植が年間5件前後で低迷する現状の打開が法改正の最大の目的だが、改正後は件数が4倍程度になると推計。一連の論議にも影響を与えそうだ。
 自民党の「脳死・生命倫理及び臓器移植調査会」(会長・佐藤泰三参院議員)がまとめた臓器移植法改正案に基づいて試算した。改正案は、本人が拒否の意思表示をしていなければ、家族の承諾だけで臓器提供できるようにすることなどが柱。



脳死は妥当? 現場の半数「わからない」
朝日新聞 2005.1.10
 臓器提供に関連する全国の医療スタッフ約5000人を対象に、「脳死は妥当な死の判定法か」と質問したところ、半数近くが「わからない」と答えたことが、厚生労働省の研究班(班長・大島伸一国立長寿医療センター総長)の調査でわかった。欧州での同様の調査では8割が「妥当」と答えており、日本の医療現場では、脳死の受け入れや理解が低いことがわかる。
 調査は、脳死や心臓死からの臓器提供が国内でなぜ伸びないかを探るのが狙い。01〜04年にかけて、脳死から臓器提供ができる病院や腎臓移植に携わる全国の病院のうち29施設の医師や看護師、事務職らに質問。欧州8カ国で実施された同様の調査と比べた。
 「脳死は妥当な死の判定法か」に「はい」は日本で39%、欧州で82%。「わからない・無回答」がそれぞれ47%、11%、「いいえ」が15%、8%だった(小数点以下四捨五入、以下同)。
 「わからない・無回答」を職種別にみると、日本では医師が23%、看護師が50%を占めた。欧州では医師は5%にとどまっており、日本では死を判断する医師でも、脳死の受け止め方に開きが大きいことがわかる。
 また、臓器提供の賛否について、「一般論では賛成」は68%だが、自分の家族が提供者になることに賛成は45%、自分が提供者となることに賛成は34%に低下。自分の子どもが提供者になることに賛成の回答者は4%にとどまった。欧州では、自分の子どもの提供に賛成が42%、それ以外はいずれも80%以上の賛成という結果だった。
 調査では、脳死判定や臓器提供の申し出に関する訓練を受けたことがある医師は、全体の10%以下との結果も出た。大島班長は「医療者の脳死の理解が予想よりもはるかに低かったのはショックだ。臓器提供の話を進めるには医療関係者への教育が必要だ」と話す。
 医学的、社会的に人の死をどこで線引きするかは臓器提供のみならず、終末期医療のあり方にも通じる。医療現場の意識は、今後の臓器移植法や尊厳死法案の議論の中で重要なポイントとなる。 (01/10 14:21)



クローズアップ2005:臓器移植法改正案 賛否「死の定義拡大」
毎日新聞 2005年4月7日 東京朝刊
 「脳死は人の死」と一律に定める臓器移植法の改正案が、国会に提出されようとしている。患者や家族が認めなくても、医師の判断で脳死判定や死亡宣告・治療打ち切りができる。改正の本来の狙いは、脳死移植で助かる患者を増やすことだが、影響は広く救急医療現場にも及ぶ。臓器提供の推進を期待する声と、脳死での死亡宣告を押し付けられる懸念。改正案に対する賛否は分かれている。【高木昭午、山本建、宇城昇】

 ◇命助けたい…提供増加期待/脳死認めぬ人へ…配慮必要
 移植を受けた患者らで作る「日本移植者協議会」の大久保通方(みちかた)理事長は「以前から望んでいた改定案だ。臓器提供の増加を期待する」と歓迎する。
 全国心臓病の子どもを守る会の梶原早千枝・副会長も「一人でも多くの子どもの命を助けていただきたいという立場から法改正に期待したい」と賛成。ただ「提供者の家族の心情への配慮が欠けたり、救急医療がおろそかになる事態は、あってはならない」と注文をつけた。
 一方、脳死を死と認めない人もまだ多い。
 高校生の娘を交通事故で失った「全国交通事故遺族の会」の井手政子さんは「私は脳死になった娘の体を必死にさすったが、体は温かいし尿も出た。脳死を死と決めるのは絶対反対です」と訴える。
 日本小児科学会は本人の意思に基づいて脳死提供を可能とする年齢を引き下げるべきだとの立場で、同学会の衛藤義勝理事長は「すべての脳死を人の死とすると、親の同意だけで子供の臓器提供が可能になる。場合によっては親が児童虐待を隠ぺいする懸念がある」と警鐘を鳴らす。
 法学者も意見が分かれる。上智大法学部の町野朔教授は「例外なく脳死は死、と定めてこそ法的一貫性がある」と賛成。神戸大法学部の丸山英二教授は「脳死を死と認めない人への配慮が必要だ」と反対意見を唱えた。

 ◇法施行後7年、臓器提供36件−−希望者に足りず
 現行の臓器移植法は97年10月に施行されたが、脳死での臓器提供を「提供者本人が、文書で提供の意思を示している場合」に限った。世界一厳しい制限だ。
 脳死者は年間3000〜8000人とされるが、法施行後の約7年で、脳死での臓器提供は計36件。現在、全国で心臓病患者72人、肺の患者約102人が移植の希望を登録している。臓器は圧倒的に足りない。
 また、現行法では15歳未満の子は「本人意思の表示ができない年齢」とみなし、脳死提供ができない。心臓病などの子供が移植を受けるには、海外に行くしかないのが実情だ。改正案では小児からの提供も可能になる。
 自公両党は改正案を昨年11月に作っていたが、「脳死は人の死」とする規定を表に出すのは避けていた。議論を呼ぶテーマだけに調整に時間をかけていたとみられる。

 ◇医療現場に影響−−家族の意思なく治療打ち切りも
 改正案が成立すると、家族の意思と関係なく、医師が脳死と判定して死亡を宣告し、人工呼吸器を外すなど、治療を打ち切れるようになる。呼吸器を付けてほしいと希望しても、脳死後の措置には保険の適用はなく、自費での「治療」となる。
 脳死を死と定める内容で94年に国会に出た法案には「脳死判定後の“治療”は健康保険で負担する」と付則があった。今回の案にはない。脳死と心臓死を同じ死とみなす法制度で、これが欧米では一般的だ。
 救急医療の現場でも影響を心配する声がある。東京都立墨東病院の濱邊祐一・救命救急センター部長は「脳死を死と定めると、脳死で治療を打ち切る医師が現れ、家族とトラブルになると予想される」と不安を示す。
 改正で臓器提供者はどれだけ増えるのか。心停止した後の腎臓提供は現行法でも家族の意思だけで可能だが提供者は年70人程度だ。改正法が成立しても、心臓などの臓器の提供は家族に抵抗感が強く、単純には比較できない。このため、移植関係者は、提供者は心臓移植で現在の5人程度より、やや多い年9人、肺で年7人と試算する。



臓器移植法:「脳死は人の死」一律に定義−−自公、来月にも改正案提出
毎日新聞 2005年4月7日 東京朝刊
 自公両党が検討を進めてきた臓器移植法改正案の詳細が6日、明らかになった。臓器移植の推進を目的に「脳死は人の死」と一律に定義したうえ、本人の事前の意思がなくても遺族の同意だけで臓器提供を可能とする内容で、来月にも議員立法での国会提出を目指す。現在、死亡宣告は通常、心臓停止で行われ、脳死は臓器を提供するドナーに限って認められている。脳死を例外なく人の死と規定することは、医療現場などへの影響が大きく、さまざまな議論を巻き起こしそうだ。
 改正案は、肝臓の一部を父親に提供した経験を持つ河野太郎衆院議員(自民)らが中心になって作った。年5件程度しかない脳死臓器提供を増やすため、提供の条件を緩めるのが狙い。
 具体的には、現行法が求める「本人の提供意思」を外し、本人が事前に提供を拒否していない限り、遺族の同意だけで提供を可能にする。
 ただ遺族の同意だけでの臓器提供には、脳死となった人を死者として扱う法律規定が別途必要になる。そうでないと生きた患者から家族の同意で臓器を摘出することになり、厚生労働省臓器移植対策室は「人権侵害の恐れがある」という。
 このため改正案は「脳死体とは、脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定された死体をいう」との規定を置き、「脳死は人の死」と明確に定めた。
 また現行法は脳死判定の実施には脳死者本人の意思と家族の同意を義務付けているが、改正案はこの規定を削除。家族や本人の意思と関係なく、医師の判断で脳死判定・死亡宣告ができる制度にする。
 さらに改正案は、臓器提供者本人が、生前に書面で自分の親族への移植を意思表示した場合、それを認める規定を新設している。
 現行法のガイドラインは、公正な移植の実現のため、移植を受ける患者を医学的な優先順位などに基づいて選ぶと定めており、この点も議論となりそうだ。
 脳死を一律に人の死とすることは現行法の成立過程でも衆参両院で議論されたが、脳死を死と認めない意見も根強く、見送られた経緯がある。【高木昭午、山本建】

 ■ことば 脳死と心臓死
 心臓死は3兆候死とも言い、心臓停止、呼吸停止、瞳孔の散大固定が条件だ。脳死は脳全体の機能が停止し元に戻らなくなった状態を指す。人工呼吸器の働きで呼吸は続き心臓も動く。心臓は脳死で摘出しないと移植できない。日本の判定基準は瞳孔の散大固定、深昏睡(こんすい)、無呼吸、脳幹反射の消失、平坦(へいたん)脳波がすべて6時間以上続いた場合を脳死と定めている。



臓器移植法:「脳死はすべて人の死」改正案まとまらず−−自・公両党検討会
毎日新聞 2005年4月29日 大阪朝刊
 自民、公明両党の有志議員による臓器移植法改正案に関する検討会(委員6人)は28日、「脳死はすべて人の死」とする同法の最終改正案を検討したが、一部の公明党議員が反対してまとまらなかった。検討会の主要メンバーは今後、民主党議員らにも呼びかけて超党派での議員立法を目指すが法案提出の見通しは不透明になった。【山本建】



社説:移植法改正案 ドナーカード普及が先決だ
毎日新聞 2005年4月9日 東京朝刊
 日本で臓器移植法が施行されて7年以上になる。法律に基づき、脳死と判定されて臓器提供した人は36人いる。臓器移植を待つ患者の数から考えると、提供数は足りない。
 こうした現状を背景に、自民・公明の検討会が法律の見直しを進めている。現時点の改正案は、「脳死は人の死」と一律に定義した上で、本人が事前に拒否していなければ、家族の同意で臓器提供できるようにするという内容だ。
 現状を見ながら法律を見直すこと自体は必要だ。しかし、改正案は現行法の基本である「本人同意の原則」を変更しようとしている。重要なポイントであり、にわかに賛成はできない。
 現在の臓器移植法では、脳死で臓器提供できるのは、提供者本人が提供の意思を書面で表し、家族がそれを拒否しない場合に限られる。15歳未満は法的に意思表示できないとみなされ、提供者にはなれない。
 この条件は、確かに国際標準からみると厳しい。子供の臓器が提供されないため、小さな臓器を必要とする子供の移植が難しいという実情もある。患者団体などが臓器提供の条件を緩和してほしいと訴える気持ちは理解できる。
 だからといって、本人同意の原則をはずすことで対応するというのは早計ではないか。
 「脳死を人の死」と一律に定め、家族の同意だけで提供できるとする法案は、現行法制定の過程でも議論された。しかし、脳死を人の死と認めない意見や、医療に不信感を表明する意見があり、「脳死での臓器提供を認める場合に限り、脳死を人の死とする」という現行法が合意された。
 その原則を覆すには国民の意識の変化が前提となるが、はっきりした変化は認められない。提供者不足の解消というだけでは国民は納得させられない。家族の同意だけで提供できるようにしても、脳死移植が急激に増える見通しがあるわけでもない。脳死を一律に人の死と定めると、移植に関係のない医療現場にも影響は及ぶ。
 親の同意で子供の臓器提供を可能にするとすれば、提供候補の子供が虐待を受けていないかどうかなども十分留意しなくてはならない。改正案は、臓器提供者の生前の意思に基づき、親族に優先的に臓器提供する規定も盛り込んでいる。これも、臓器の公平な分配の原則から議論のあるところだ。
 臓器移植法が施行された時は、提供の意思を示す「ドナーカード」が積極的に配布されていたが、最近は目にしない。臓器提供者を増やそうと考えるなら、ドナーカードの普及などに力を入れることが先決ではないか。カードの軽微な記載ミスで提供意思が無効とされるケースは、最近、見直された。プライバシーに配慮しつつ、運転免許証への記載などについて、もっと検討してもいい。
 脳死移植は、一人の人の死を前提にして他の人の命を救う特殊な医療である。提供者の条件を変更するには、幅広い層を巻き込んだ議論が欠かせない。



[変わるか 小児医療] 臓器移植法改正案
朝日新聞 2005.3.31 マイタウン岐阜
 群馬県と長野県境に近い埼玉県の両神村から年に3〜4回、笠松町の松波総合病院に、移植外科が専門の松波英寿理事長(48)の診察を受けに来る家族がいる。兄弟で原因不明の肝硬変を患い、オーストラリアに渡って兄弟で脳死肝臓移植を受けた山中秀太君(17)、健司君(15)兄弟と両親の幸彦さん(47)、康子さん(43)だ。
 日本では、臓器移植法で15歳未満の臓器提供が認められていないこともあり、海外で臓器移植を受ける子どもたちが後をたたない。臓器は、体格によって大きさが異なるため、大人の臓器を子どもに移植することは、肝臓の一部を切り取って移植する生体肝移植などを除いて極めて難しい。

 健司君が3回目の吐血をした94年、信州大で生体肝移植を望んだが、両親の血液型などの問題もあり、移植が受けられなかった。豪州で約100例の脳死肝臓移植を手がけた松波理事長は当時、信州大に勤務しており、そのつてで、オーストラリアのブリスベン王立子ども病院で移植手術を受けることが決まった。
 しかし、健司君は、手術までに94年7月の渡航から約1年かかった。帰国には、手術後さらに3カ月滞在しなければならない。その後、同様の症状が出てきて99年に同院で移植した秀太君も3カ月待った。
 その間、山中さん一家は病院の近くにアパートを借りて生活した。「言葉の問題が一番大変でした」と幸彦さんは振り返る。「容体が急変して、地名が難しい発音だったため、タクシーの運転手が病院にたどり着けなかったことも。子どもたちが、痛みを訴えようとしても、痛みのニュアンスが伝わらずに、苦労した」という。
 その後、2人とも手術は無事終了したが、帰国後も苦労は多かった。海外で移植を受けた患者ということで、地元の病院では主治医を引き受けてもらえなかったため、車で6時間ほどかけ1泊2日の日程で、松波理事長のもとで検査や診察を受けている。
 長期にわたって、家族ともども渡航しなければいけないなど負担は大きい。山中さん兄弟の場合、健司君の移植の時に、父の知人らが募金集めをしてくれ約4千万円が集まり、残金を秀太君の移植にあてた。
 移植する臓器や国によって異なるが、費用は数千万円から1億円近くになることもある。松波理事長は「費用を集めることができずに亡くなっていった患者さんを何人も見てきた」と話す。
 このような厳しい状況だが、子どもたちの移植には光明が見えてきそうだ。今国会で、自民・公明両党の議員有志が、家族の承諾で15歳未満の移植が認められるようにするための臓器移植法の改正案提出を目指している。康子さんは「経済的な負担を考えれば、日本で移植できた方がいいと思う。けど、逆の立場になった時、同じ子を持つ親として、どう対処できるか」と複雑な気持ちだ。松波理事長も「肝臓は生体肝移植があるが、提供者が亡くなるケースもある。特に心臓は脳死からの移植しか道がないため、改正されれば、大きな朗報だ。しかし、国民の意識を向上させることも必要」と話している。



「改革」のはざまで〈中〉臓器移植 ハードル高い助かる道
朝日新聞 2005年09月08日
 長浜市神照町の藤田誠一さん(35)には、忘れられない言葉がある。「日本人が大金を積んで臓器を買いに来たと言う人たちもいる」。心臓移植のため渡ったドイツで、日本人医師から教えられた。
 藤田さんは、99年に心室の筋肉の収縮力が弱くなる拡張型心筋症と診断された。心臓移植以外に助かる道はなかった。症状が悪化した03年末、補助人工心臓をつけた。姉がすぐに海外での手術の道を調べ、友人らが協力して渡航や手術費のための募金を始めた。
 海外での移植には、移動中の飛行機や渡航後の待機期間中に症状が悪化するというリスクもある。それでも渡独したのは、補助人工心臓で延命できるのが「長くて2年」と告げられていたからだった。
 昨年6月に移植手術は無事終わり、帰国。今は、発病前のように日常生活を送れるようになった。藤田さんは言う。「僕は、幸運だった」

 脳死者からの臓器提供を初めて認めた臓器移植法は97年に施行された。臓器提供には、15歳以上の人が生存中に臓器提供の意思を書面で示す▽遺族が摘出を認める▽医師が脳死と判定する――という高いハードルが設けられた。このため、臓器提供者(ドナー)が現れることは少なく、施行後8年間で臓器提供者はわずか38人にとどまっている。ドナーカードと呼ばれる臓器提供意思表示カードをいつも身につけている人の率も、昨年の内閣府の調査ではわずか4.4%だ。
 同法は臓器移植が進まないこのような状況を想定して、2000年をめどに臓器提供の手続きなども含め見直されることになっていた。しかし、「ひとの死」に触れる問題だけに、与党内でも調整は難航し、法改正は見送られてきた。
 「移植できずに亡くなった人を嫌というほど見てきた。郵政民営化も大事かもしれないが、これは二の次というわけにはいかない問題だ」
 藤田さんの渡航の準備などを手伝った移植支援団体の「トリオ・ジャパン」(東京都)の事務局長、荒波嘉男さん(63)の訴えは切実だ。荒波さん自身も国内では移植できなかった86年、15歳の娘を胆道閉鎖症で失った。
 荒波さんらは、現行法の条件緩和が必要と、自民・公明の議員らと意見交換するなどして法改正の必要性を訴えてきた。
 そして、ようやく今年、ドナーが臓器を提供しないという意思を表示している場合を除き、提供者の年齢にかかわらず遺族の同意だけで提供を認める案と、提供可能年齢を現行の15歳から12歳へと引き下げる案の2法案がまとまった。
 しかし、法案が自民・公明両党の議員によって衆院に提出されたその日に、小泉首相は衆院を解散した。待ち望んだ改正法は廃案となった。総選挙後の特別国会に再提出される見込みだが、すぐに可決される保証はない。

 10年前に腎不全と診断された林繁晴さん(54)=甲賀市甲南町野尻=もまた臓器移植法の改正の行方に注目していた1人だ。
 7年前、父が山で滑落して脳死状態になったが、父はドナーカードを持っていなかった。腎臓の場合は、ドナーの心停止後であっても遺族の同意があれば移植が可能だが、医師らが教えてくれた記憶はない。今年3月、腎臓移植を希望し、日本臓器移植ネットワークに登録した。
 林さんが登録した今年3月、林さんも所属する県腎臓病患者福祉協会は、移植医療の環境充実などを求める約2万人分の署名を集め、県選出の与野党の国会議員6人に手渡した。しかし、署名は解散で宙に浮いた。会長の上田友久さん(64)は「また、集め直すしかありません」と肩を落とす。
 同協会の入会申込書に「移植希望」と書いた約230人の会員のうち、ネットワークへ実際に登録している人は約80人に過ぎない。腎不全の上田さんも「今のドナー数では待っていられない」と登録せず、人工透析を続けていく覚悟をしている。


【リンク】
→ 日本臓器移植ネットワーク
→ トランスプラント・コミュニケーション「臓器の移植に関する法律(臓器移植法)」


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