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  西新宿のホームレス


 1996年1月24日、西新宿の地下道にすむホームレスの人たちを強制排除する事件がありました。今回はこの事件を振り返り、ホームレスの現状や支援のあり方を考えました。なお、授業では、以下の説明をして、ビデオや参考意見を見た後に、自分の意見を書いてもらいました。
 
【解説】 世界中の大都市で、ホームレスのいないところはない。ニューヨークでもロンドンでも都市の中心部には、大勢の失業者たちが路上生活を送っている。ところが、東京の場合、戦後の混乱期をのぞいて、経済成長が続いてきたために、欧米のように失業してどうしようもなくホームレスになったという人は少なく、みずから路上で暮らす生き方をえらんでホームレスになったという人たちが多かった。何らかの事情を抱えて仕事も家族も捨て、ひとつの生き方として自ら路上生活を選んだという人たちである。そのため、彼らは影はあっても特別悲惨な印象は受けなかったし、場合によってはホームレスの気ままな生き方を楽しんでいるようにさえ見えた。また、近年問題になっているような大きな集団を繁華街につくることもなく、公園や地下道でひっそり暮らしているケースが多かった。数が少ないというだけでなく、ホームレス同士の自治や掟もあったため、周囲の地域社会から迷惑がられるほどの無秩序なふるまいをすることもなかった。(ちょうど「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくる路上生活者の妖怪仲間みたいな感じです。)また、日本社会全体が今ほど豊かな時代ではなかったので、路上生活者が特別に異様な存在として人々の目にうつらなかったということもあるのかもしれない。

 しかし、90年代に入り不況が長引くにつれて事情が変わってきた。企業の人員削減や倒産によって失業し、行き場をなくした人々がどうしようもなくホームレスになるというケースが急増するようになってきている。西新宿の地下道に集まってきた人たちは、ほとんどがこの新しいタイプのホームレスといえる。彼らは道行く人々の視線にたいしても伏し目がちに耐えている様子で、痛ましい印象を受ける。彼らについては「あの人たちは勝手にそういう生き方を選んだんだから」という指摘は当てはまらない。その意味では新しいタイプのホームレスはより切実な事情を抱えているといえる。しかしその一方で、急激に増加しており、日雇いや雑用の仕事を得やすい繁華街にダンボールの家をつくって大きな集団を形成していて、周囲への迷惑も大きい。そうしたなか、1996年1月に東京都による行政執行で西新宿地下道のホームレスを強制排除する事件がおこった。東京都の言い分は地下道に「動く歩道」をつくるためとしているが、それがホームレスを強制排除するための口実にしか見えなかったため、都のやり方にたいして批判もおきた。
 
【ビデオ】
 
●1996.1.24 テレビ朝日『ニュースステーション』
 強制排除が行われた日の動きが紹介されている。機動隊が導入されて力ずくでホームレスを追い出す様子やば声が飛び交い、乱闘が行われている様子が写しだされている。また、「動く歩道」の建設のために、地下道のホームレスが立ちのきをせまられるようになった経緯が説明される。(この日のトップニュースでした。)
 
●1996.1.24 TBS『ニュース23』異論反論オブジェクション
 ホームレス強制排除についての街の声が紹介されている。西新宿の地下道での街頭インタビューで、地下道を行き交うサラリーマン、OL、地元の商店主、主婦といった人々が、ホームレス強制排除について自分の意見を述べている。
 
●1996.2.15 NHK『クローズアップ現代』
 強制排除から3週間後の様子。「動く歩道」の建設によって、強制排除させられたホームレスのうち、約3割が港区につくられた都の施設に入り、他の人はわずかに場所を動いただけで地下道に残った。港区の施設は、まわりの住民の反対で、2か月間と期限を決められている。だから、その間に就職先を見つけ、社会復帰しなければならない。しかし、不況の中、就職するのは難しく、ホームレスへの偏見もあって、彼らの社会復帰は難しい。(事実、その後、彼らの多くは新宿に戻っていった。)現在、都内各地の福祉施設は、失業して住む場所を失ったという人であふれている。彼らの多くは高齢者で、何らかの手助けが必要とされている。急増するホームレスに、都や区の対応は追いついていない。
 
【参考意見】(新聞、テレビを参考に代表的な意見を村田がまとめたもの。授業時に紹介。)
 
強制排除は正しい、しかたない
 
●ホームレスの人たちが、西新宿にかたまって集団で住んでいるのは、怖いし、きたないし、くさい。彼らがくさいにおいを振りまいて、地下道で寝ているのは、やはり問題だ。それに、地元の商店街や会社の人にとっては迷惑だ。あのまま放っておいていいはずがない。
 
●「動く歩道」をつくることが良いか悪いかは別にして、ホームレスが集まっているのは問題だ。強制排除はかわいそうな感じもしたが、道ばたで寝ているのはまわりの人に迷惑がかかる。だから、しかたなかったのではないか。
 
●首都である東京の一等地にホームレスが集まっているのは、日本のイメージダウンになる。西新宿にある都庁には、外国の人たちも大勢おとずれるところだけに、きれいにしておきたい。
 
●無職で、道ばたでくらしていること自体、違法行為だ。そういうホームレスたちを強制排除することは、当然だし、何の問題もない。それなのに、彼らが強制排除に文句を言って、地下道がまるで自分の家のようにふるまうのは、ずうずうしい。
 
●社会がホームレスにあまいと、彼らはますます働かなくなる。だから、彼らがいつまでもホームレスのままでいないためにも、きびしくするべきだ。くり返し強制排除をして、地下道にいられなくなれば、彼らも必死で仕事を探そうとするはずだ。
 
●確かに、ホームレスの人たちにも人権がある。しかし、日本は良くも悪くも競争社会だ。競争することで社会に活気が出て、日本は発展してきた。だから、成功した人が良い暮らしをして、そうでない人が貧しい暮らしをするのは、しかたのないことだ。だから、税金を使ってホームレスの人たちに食事や住む場所を援助するのはおかしい。それでは、ますます彼らは働かなくなってしまう。援助するならば、彼らが働いて自分で生活できるように手をかすべきだ。働く気になったホームレスの人を差別しないようにするとか、彼らが技能を身につけられるように協力するとか、やることは色々ある。
 
強制排除はまちがっている、ひどい
 
●ホームレスをなまけ者で、だらしのない人たちだと考えている人は多い。しかし、彼らの多くは、失業して、しかたなく道ばたでくらしている。彼らだって、仕事さえあれば、ホームレスにならなかった。だから、彼らが仕事につけるよう、社会がもっと援助するべきだ。十分な援助のない今の状況で、強制排除をするのはひどすぎるし、解決にもならない。実際、強制排除から1年たった現在では、当時よりも大勢のホームレスが新宿に集まっている。
 
●不景気の今、仕事がある人だっていつ失業するかわからない。ましてや、ホームレスの人たちが仕事を見つけるのはよりきびしい状況だ。だから、せめて、彼らが生きていけるように地下道でくらすことくらい大目に見ても良いのではないか。
 
●ホームレスたちは、新宿に集まることで、お互いに仕事や生活の情報を交換している。それに、集まっていれば、若者に乱暴される心配もない。だから、彼らが生きていくためには、一カ所に大勢が集まってしまうのはしかたのないことではないか。
 
●強制排除を正しいという人は、ホームレスを他人事としか見ていない。しかし、今、仕事がある人も、失業して、自分がホームレスになる可能性だってある。彼らはけっして特別な人たちではない。だから、ホームレスにつらく当たれば、もしかしたら自分に返ってくるかもしれない。
 
●13億円もの税金を使って「動く歩道」なんて必要なかった。都庁につとめる人たちが楽するためにあんなムダなものをつくって、ホームレスを立ちのかせたなんてひどすぎる。彼らの人権を無視している。
 
●ホームレスだって人間だ。人権がある。最低限、住む場所を持つ権利があるはずだ。それなのに、ホームレスを受け入れる十分な施設がないというのは、人権問題だ。
 
●好きでホームレスをやっている人をふくめて、ああいう生き方をしている人がいても良いのではないか。彼らのような社会からはみ出してしまった人たちが、まったく受け入れられないというのは、きゅうくつで居心地の悪い社会だ。例えば、東南アジアのシンガポールでは、ホームレスどころか、だらしのない服装や道につばをはくことすらきびしく罰せられる。そういうきゅうくつな社会が良い社会だとは思わない。
 
●日本は経済発展ばかりを優先してきた。そういう社会だから、ホームレスを「役立たず」とか「じゃま者」という目で見がちだ。若者がホームレスに乱暴をする事件がくり返しおきているのも、そういう社会の雰囲気を反映しているのではないか。ホームレスになった人たちも自分の人生をかかえて、一生懸命生きている。人の価値は社会に役立つか立たないかだけではかれるものではない。私たちは、彼らをじゃま者あつかいばかりしないで、もっとあたたかい目で見るべきではないのか。
 
 
 生徒のレポート
 
●私がこの間、渋谷の駅で切符を買おうとした時一人のホームレスが近づいてきて、「200円かしてくれない」といってきました。私は切符を買おうと財布を持っていたのと怖かったのとで、思わずかしてしまいそうになりました。その時、横にいた姉が「持ってないんです」とすぐに答えました。姉は「あ
の人たちを甘やかしたらいけない。もし、お金を貸したりしたら、働かなくてもお金が手にはいると思って、仕事をしなくなってしまう」と言っていました。私も確かにそうだと思いました。道ばたで寝ていたりするのも迷惑だし、その上、お金まで借りようとするのは問題だと思います。やっぱり、ホームレスの人たちが、仕事を探そうという気になるように、きびしく強制排除した方がいいと思います。
 
●ホームレスの人たちはかわいそうだと思う。自分たちは、道ばたでくらす人たちを特別な人間だと考えていて、「きたない」「じゃま」という目でしか見られない。でも、彼らも一生懸命、がんばって生きている。同じ人間同士なのに、私たちはなぜそんなふうにしか思えないのか?ホームレスの人たちは、別になりたくてなったってわけじゃないと思う。まさか自分が道で寝るようになるなんて思ってもみなかったのではないか。そういう人たちを特別な人としてしか見えないなんておかしい。もう少し、ホームレスの人たちがどういう生き方をしてきたかを考えれば、「強制排除」なんてできないと思う。
 
●いまいち「動く歩道」の必要性が感じられないので、いくらくさかったりしても、ポンポン追い出すのはどうかと思う。
 
●同じ人間なんだから、彼らの人権を無視してはいけないと言う人もいるが、私にはそう思えない。就職難の時代といっても、ほとんどの人がちゃんと働いている。それに、駅や地下道に住んでいいはずがない。みんなが働いて、そのお金で土地や家を手に入れているのに、ただで人の土地に住もうとするなんて、今の時代、少し虫のいい話だと思う。
 
●新宿の地下街には、失業した人たちが情報交換に集まってきているといっても、あれだけ大勢集まってしまうと、やっぱり気味が悪い。そういう人たちの面倒を見るのは、政府の仕事だと思う。バブルがはじけたのも政府に責任があるのだから、不景気になって失業した人の世話をするもの政府の責任ではないか。
 
●ホームレスの人たちは、集団でしか行動できないのだろうか。大勢の人が行き来する新宿駅に集まって、まわりの人たちに迷惑をかけている。強制排除に対しても力ずくで対抗したりして、まるで、自分のことしか考えない子供みたいだ。不景気で失業してしまったのは気の毒だが、その時にすぐ仕事を見つけていれば、道で生活するなんてことにはならなかったはずだ。だから、税金を使って彼らに食事や住む場所なんて与える必要はないと思う。そういうことをするのだったら、彼らが働いて自立しようという気になった時に、就職や給料などで差別されないようにするとかした方がよっぽどいい。動く歩道の建設なんて関係なく、はじめから厳しく取りしまっておくべきだったと思う。
 
●ホームレスの人たちも同じ人間で人権があるというが、私たちにも新宿を利用する権利がある。彼らがそこで寝泊まりするのは迷惑だ。怖いし、くさいし、きたないし。ホームレスの人たちに援助した方がいいというけど、そんなこと続けていたら、援助を頼りにして、ホームレスの生活からぬけだせなくなってしまうんじゃないだろうか。
 
●昔、僕は、ホームレスのことを「ルンペン」と呼んでいた記憶がある。今は死語になったのだろうか。ホームレスの人たちは、本当に元気のない目をしている。老人のホームレスはかわいそうな気がする。でも、若い人たちは、えらばなければ仕事はいっぱいあるはずだ。だらけないで、働いた方がいいと思う。
 
●もうちょっとまじめに働いた方がいいと思う。新宿の地下道にダンボールハウスを建てて、みんなに迷惑をかけているのも問題だ。まわりの店の人にとってはとくに迷惑だろう。でも、東京都がむりやりどかしたのは、意味がないと思う。もっとホームレスと話し合ってからでないと、彼らも納得しない
し、すぐに元に戻ってしまうからだ。
 
●強制排除は正当だと思う。そもそも、ホームレスがあそこのいること自体おかしい。ホームレスになった人は自業自得だ。再就職が難しいといっても、ホームレスになってしまうから抜け出せないのだ。
 
●私の家の近くでも時々見かけることがある。以前は「きたない」と思って、さけていた。でも、ホームレスの人だけが悪いのではないと思うようになった。彼らは失業し、住む場所も失った人たちだ。不景気の今、社会復帰をするといっても、簡単には行かない。だから、私たちはその手助けをする必要があるんじゃないだろうか。きっかけがあれば、彼らも働こうとするんじゃないだろうか。今みたいに、私たちが彼らをじゃま者という目で見ているだけでは、何も解決しないし、ホームレスは増えるばかりだ。
 
●ホームレスを無くすというのは、無理だと思う。だから、せめて、道で寝ている人たちのことを僕たちがもう少しあたたかい目で見るようにするべきではないか。「ホームレスはたんに家がなくて野宿している人」だと思えば、こわくもない。くさいにおいだって、都の福祉の人やボランティアで、彼らの服を洗ってあげたり、風呂に入れてあげたりすれば、なくなるはずだ。あるいは、きれいな箱をつくってあげたっていいと思う。資料の意見に「ホームレスが大勢いるのは、外国の人に日本のイメージが悪くなる」とあったが、だから強制排除するというのではなく、彼らを援助してあげれば、日本は優し
い国なんだということになると思う。
 
●強制排除について、「かわいそう」「ひどい」という人は、自分でホームレスを助けるために何かしてあげたのか。「かわいそう」と思うのなら、自分の家で面倒を見るとか、仕事を探してあげるとか、できることは色々あるはずだ。自分は何もしないで「かわいそう」と言ったって、何の説得力もない。
 
●強制排除には賛成だ。ただ、港区芝浦に作ったというホームレス専用の施設は、まるで強制収容所のようで、かわいそうに思った。ホームレスみたいな人が住める場所というのは、ああいう形でしかできないのだろうか。
 
●私は強制排除には反対です。やっぱりかわいそうだと思う。もっと、ホームレスの人たちと話し合うべきだと思う。ビデオに出てきた人も言っていたが、今、仕事がある人だって、失業しちゃってホームレスになることもないとは言えないじゃないか。地元の商店街や会社の人にとっては迷惑かもしれないが、ここは心を広く持って認めてあげようではないか。
 「ホームレスは日本のイメージダウンになる」という言い方は、彼らのことを街や国の付属品としか見ていないようで、人間あつかいしていない。彼らも一生懸命生きているのに、そんな言い方はないと思う。「強制排除をくり返して、地下道にいられなくなれば、彼らも必死で仕事を探そうとするはず
だ」という意見は無責任だ。彼らは必死で仕事を探しても、見つからなくて、ホームレスになったというのに……。都知事も、そういう人をもっと助けてあげればいいのに、なんかムカツク。日本はもっと福祉関係に税金を使うべきだと思う。ホームレスの人たちへの公的な援助にも賛成。強制排除で芝浦の施設に送られた人は、その後どうなったのだろう。心配だ。
 
●強制排除に賛成です。地下道は公共のものであって、ホームレスだけのものではないからです。なのに、道の幅を多く取ったりして、まるで自分の家のように扱うのはおかしいのです。だから、強制排除されても文句は言えないはずです。そして、素直に用意された施設に入るべきだったのです。一方で、ホームレスの中にも、働く意欲のある人は大勢います。そういう人たちを差別すれば、一向に今の状況は変わりません。だから、排除するだけでなく、同時に、援助していくことも必要だと思います。
 
●地元の商店街や会社に迷惑をかけてまで、彼らが地下街に住む権利はないと思う。ホームレスになったのは仕方ないとしても、もっと人に迷惑のかからない場所でくらすべきだ。
 
●もし、自分が仕事もなく、雑踏にまぎれていたら、恐怖と孤独でいたたまれないだろう。こういう時、同じ状況の人間が集まるのは自然なことだ。新宿はたまたまそういう場所だったのだ。都市問題というほどのものではないと思う。
 
●仕事がないといっても、「できない」のと「やろうとしない」というのは全然ちがう。ホームレスへの配給や保護施設は、彼らが働く気をなくすので、やめた方がいいと思う。ただし、同時に、働きたいというホームレスの人々を差別しないで受け入れて行く必要がある。今のままでは、働きたい人たちがかわいそうだ。そういう差別がなくなったうえで、強制排除をするなら賛成する。しかし、今現在の状況で、強制排除を実行したことはまちがっていたと思う。
 
●ホームレスの人がいきなり就職するというのは難しいだろうから、古雑誌を集めて売ったりという小さな仕事から始めるのは良いことだと思う。そのお金が今後の就職のために生かせればと思う。
 動く歩道は、税金のムダ使いといわれても仕方ない。数百メートルの道のりに、あんなでかい自動歩行道をとりつけ、当てつけがましく変なオブジェを並べたのには、腹が立った。あのお金をホームレスの人たちの就職資金にあてれば良かったのにと思う。
 
●私たちがホームレスの人たちを冷たい目で見れば見るほど、彼らの社会復帰は遠のいてしまう。まず、私たちが彼らを軽蔑の目で見るのを変えていくべきだと思う。
 
●4年前に、西新宿の「動く歩道」予定地を通った。その時、「早くどけばいいのに、こわいし、くさいし、きたならしい……」と思いながら、ダンボールの家をじろじろ見て通った。「どいてほしい」という気持ちは今もかわっていない。しかし、「きたない」と見下す気持ちはなくなった。
 
●駅に柱などに寄りかかって眠っているホームレスの人を見るとき、この人たちには帰る家はないのだろうか、とか、家族はどうしたんだろうかと考える。かわいそうだなと思う一方で、仕方ないという気もする。「日本は良くも悪くも競争社会だ」と私も思う。自分が生きていくために、他人を蹴落とさなければならないときもあると思う。そうしながら、成功する人もそうでない人も出てくる。日本はこれからもっと競争社会になっていくような気がする。そのとき、ホームレスになる人は、今よりももっと増えているのだろうか。
 
●町でホームレスを見かけるとあまりいい気分はしないけど、あの人たちもそれなりに強く生きているっていう気もする。もしかしたら、将来、自分もホームレスになっているかもしれないから、あまりとやかく批判したくない気分です。
 
●ホームレスの人たちが「こわい」というのは、偏見だと思う。ホームレスがおそわれたというニュースはよく聞くけど、ホームレスが人をおそったという
話は聞いたことがない。ふつうの人より、ホームレスの人の方がきちんとしたくらしをしているかも知れない。だから、ホームレスの人たちを「社会からはみ出た人」と呼ぶのはどうかと思う。
 
●強制排除を実行した都庁の人たちは、ホームレスの人たちがホームレスになった事情を考えたことがあるのだろうか。街並みをきれいにすることしか見えてなくて、ホームレスを人間としてとらえていないのではないか。くさいものにふたというやり方は最低だ。
 
●ホームレスの人たちがあんなにたくさん新宿にいたら、やっぱり、そこを利用する人や地元の人にはメーワクだ。でも、強制排除というやり方には問題があったと思う。ああいうやり方では、ホームレスの人たちが反発するのは当然だし、実際、乱闘になり、けが人も出た。それに、一時的に立ちのかされても、納得して出ていったのではないから、すぐに元にもどってきてしまう。今現在では、また大勢のホームレスの人たちが新宿の地下街に集まってきている。強制排除は何も解決しなかった。
 
●強制排除はやって良かったと思う。私も新宿にはよく行くけど、がまんできないほどくさくて、たえられないほどだったので、やって良かったと思う。
 
●彼らの多くは、失業して家賃がはらえなくなったりした人たちだと知りました。今日の新聞にも、完全失業率が年々増え続けていると書いてありました。失業して住む場所もない彼らにとって、今は新宿の地下道が一番の場所なんだと思います。しかし、それは行政が彼らを受け入れる施設を作らないからではないでしょうか。そして、住む場所もない人たちに、十分な施設も援助もないのは、私たちが彼らを「きたない」「じゃま者」という目で見ているからだと思います。私たちが、ホームレスに対する見かたを変えていけば、地下道から彼らの姿が消えるのもそう遠くないと思うのですが……。
 
●ホームレスの人たちも失業して大変かも知れないけど、まわりの人たちのことも少しは考えてほしい。場所とか、生活の形とか……。新宿の地下道にいるホームレスの人たちは、少し「マナー」が悪すぎる気がする。
 
●新宿の地下街に、何百人もの大集団ができているのは、やはり問題だ。地元のお店の人や通行人の迷惑を考えずに、大勢で生活しているというのは、自分勝手だと思う。
 
●「ホームレスの人たちは汚いし、こわいし、くさい。あんな大きな駅に居座られたら通勤者のじゃまだ。だから、強制排除してもいいんだ。」これは行政側の一方的な意見だ。しかし、駅の住人たちの考えは違う。「汚いのも、くさいのも、通行者のじゃまになるのも関係ない。ましてや「動く歩道」のためにどかされるなんてとんでもない。俺たちは行くところがないからここにいるんだ。」
 この二つの主張、僕はどちらも正しくないと思う。どちらも自分の利益のことしか頭にないからだ。強制排除という結果は、二つの独りよがりの意見がぶつかって、権力のある国側が力ずくで押し切っただけで、何の解決にもなっていない。なぜ、話し合いが十分に行われなかったのだろうか。そうすれば、時間はかかっても、強制排除よりはマシな結果になっただろう。互いが自分の主張をもう少し後ろに置いて話し合えば、こんなことにはならなかったと思う。
 
●あそこはホームレスの土地ではないのだから、やっぱり、強制排除した方がいい。
 
●ホームレスの人々を力ずくでどかすことは、法律上では認められたとしても、人間として許されないのではないか。このタイプの問題は、時間をかけて考えなければならないのに、彼らの行き先も決まっていない状況で、一気に強制排除はまちがっていたのではないかと思う。それに、「強制排除」という言葉、人間に対して使う言葉だろうか。「強制」とは「反対する余地を与えないで無理にさせること」で、「排除」は「あってはいけないものとして、取りのけてそこから無くすこと」だ。まるで、物に対しての扱い方のようだ。確かに、ホームレスの人々を良く思っていない人が多いのは事実だし、彼らがまわりに迷惑をかけていることもある。でも、彼らも人間で、毎日、生きているのだ。彼らは道路の付属物ではなく、一人一人が人間だ。彼らの受け入れ施設がまわりの住民の反対で二か月間しかないのも、彼らをじゃま物としてしか見ていないからだ。ホームレスの人々が社会復帰するために、仕事や家を見つけるには、時間がかかるのはわかっていることなのに。
 このような問題を解決するには、私たちがもっと彼らのことを理解する必要がある。私たちが彼らを理解しようとせず、「強制排除はまちがっているとは思わないけど、かわいそう」とか「どちらとも言えない」というあいまいな態度で彼らを避けている限り、この問題はくり返されるだけで、解決しないと思う。
 
●ホームレスのためのちゃんとした施設を作るといいと思う。場所は、臨海副都心などの人があまりいないところ。お金は税金。そこで農業や工業の基本を教えてもらったり、資格を取ったりしながら、仕事を探すようにする。
 
●彼らが就職先を見つけるまでの援助は必要だと思う。社会復帰には時間がかかるのに、「きびしく強制排除していれば解決する」という考え方は、現実的じゃない。
 
●ホームレスの人たちの平均年齢は60歳くらいだという。60歳をすぎての再就職はすごく難しい。それに、ホームレスをしているということも就職のハンデになる。どう見ても、彼らへの援助は必要だ。動く歩道に13億円もかけるより、彼らの将来を考えて手助けするべきだ。強制排除をした都庁の人も、一度ホームレスを体験してみれば、彼らの気持ちがわかるのではないか。
 
●新宿では、ホームレスの人たちにたくさんの苦情がきているのに、どうして、行政はちゃんとした対策をしないのか不思議です。「動く歩道」なんて何億もかけて作るより、そのお金で何かホームレス対策をした方がいいと思います。その方がホームレスの人たちにとってもいいのではないかと思います。
 
●当時、ホームレスが住んでいた所は、今、彼らが住めないようにするために、丸椅子みたいなかざり物が置かれている。上がななめになっているので、すわることもできない。これも東京都の税金だ。一年くらい前、テレビで都庁を紹介していた。それによると、都庁の入り口には2000万円くらいのお金をかけて、へんな像をいくつもつくったらしい。都の行政は税金のむだ使いが多い気がする。けしからん。
 
●今の状況でホームレスに仕事を探せといっても、あの人たちを受け入れてくれる職場は、まずないと思う。だから、地下道で寝ているのは良いはずがないが、しかたないと思う。
 
●ホームレスの人がまわりに迷惑をかけなければ、いてもいいと思う。彼らの事情を考えれば、「くさい」「きたない」くらいはがまんしてもいいんじゃないかと思う。
 
●ホームレスの人たちを「怖い」という人は、彼らに何かされたのだろうか。違うはずだ。たんに、ホームレス=不気味=怖いと見ているだけではないのか。彼らは私たちに何かするわけではない。ただ、失業して道ばたで寝ているだけだ。それのどこが悪い。何かしたわけでもない人たちを、「くさい」「じゃま」というだけで強制排除するのは、彼らの状況に理解がなさすぎる。
 
●ホームレスの人も人間なんだから、住むところも必要だし、人権もあると思う。反対している人々は、自分のことしか考えていないように見える。「くさい」とか「じゃま」と言っている通行人や地元の人よりも、家のないホームレスの人たちが道ばたで暮らしている状況の方が深刻だ。だから、まわりの人に多少迷惑がかかっても、ホームレスの人たちが道ばたで暮らす権利の方が優先されるべきだと思う。
 
●(新宿の地下道を通るとき)いつも母から見てはいけないと言われ、目をふせる。これでは昔の非人みたいだ。
 
 
【生徒のレポートを読んでの感想など】
 
 「動く歩道」の建設については、ほぼ全員が批判的でした。「あんなものいらない」「税金のムダ」「13億円はホームレスの施設に使うべき」などなどです。この動く歩道の建設を強制排除の隠れみのにしたという印象が、よけいに反感を買ったようです。ホームレスの強制排除そのものについては、賛否はほぼ同数でした。興味深い点は、男女で差があり、どちらかというと男子はホームレスに同情的なものが多く、女子は批判的なものが多い傾向が見られました。(そういえば、私が学生の頃、論文に行き詰まって平日の昼間にビールを片手に公園の鳩にエサなどをやっていると、道行くおじさんたちはなにやら同情的なまなざしで、おばさんたちは顔をしかめて通り過ぎて行ったのを思い出しました。)

 「浮浪者」「ルンペン」「路上生活者」などなど、色々な呼び方がありますが、こうした言葉と「ホームレス」とは少しちがう印象をうけます。前者は生き方の問題で、後者は社会問題という印象を受けます。戦後、日本の社会が経済発展し、社会が安定するにつれて、社会からはみ出した人たちを生き方の問題としてではなく、社会問題としてとらえる傾向が強まってきたように思います。人々の生活が経済的に豊になるにつれて、路上で生活する人がより異質で遠い存在に見え、彼らをひとりの人間として見れなくなってきているのかもしれません。そうした視線が彼らへの差別や偏見を強めているように思います。

 西新宿に集団をつくっているホームレスは、みずから望んでなったのではなく、失業や会社の倒産によって行き場を失って路上生活をはじめた人たちがほとんどです。そのため何らかの援助が必要なことは間違いないんですが、レポートの意見にもあったように、ただ可哀相がってお金や食事をあげても問題は解決しません。一方で、彼らを気持ち悪がり、臭いものに蓋をするように排除して強制収容所のような施設に押し込めてもやはりなにも解決しません。そうした施設はたいてい郊外につくられるので仕事が見つかりにくく、むしろ自立をさまたげることになってしまいます。西新宿のホームレスはほとんどの人が日雇いや古雑誌回収のような雑務の仕事をしています。部屋を借りられるほどの収入はなくても、そうやって日銭をかせいでしのいでいるわけです。逆にいうと、そうした仕事にありつきやすいから新宿のような繁華街で暮らしているといえます。なので、彼らを見苦しいからといって遠ざけようとするのではなく、自立し再出発するのを後押しする支援が必要ではないかと思います。


【参考文献】
 
●林光一著『ルンペン学入門』ペップ出版
●朝日新聞、毎日新聞、読売新聞(1996.1.24・1996.2.24)

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