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  遺伝子組み換えペット


【課題】 バイオテクノロジーは大きな可能性をもった技術です。病気の治療や食糧の増産など、上手に利用することで、社会に大きな利益をもたらすことが期待されています。しかしその一方で、遺伝子という生命の設計図そのものを人為的に操作する技術なので、自然環境への影響や生命倫理という点では、大きな問題もはらんでいます。今回はこのバイオテクノロジーによって、ペットの遺伝子を組み換えることの是非を考えたいと思います。

 2001年に台湾のタイコン社によって、発光クラゲの遺伝子が組み込まれたメダカがつくられました。このメダカはブラックライトなどで紫外線をあてると、蛍光緑色に発光するのが特徴です。蛍光遺伝子の組み込みは実験動物ではめずらしいものではありませんが、この光るメダカは「ナイトパール」という商品名がつけられ、観賞魚をあつかう台湾のペットショップで広く販売されました。台湾では、日本ほど遺伝子組み換え生物への抵抗感がないようで、現在ではすっかり人気商品として定着しています。価格は1匹数百円くらいのようです。日本でもこの光るメダカは様々なマスメディアで取りあげられたので、知っている人も多いのではないでしょうか。
 また、アメリカのヨークタウン・テクノロジーズ社によって、ゼブラフィッシュという熱帯魚に蛍光遺伝子を組み込んだ観賞魚も全米で販売されています。開発はシンガポールの大学でおこなわれましたが、そのライセンスをヨークタウン・テクノロジーズ社が買い取り、「グローフィッシュ」という商品名で2003年から一般消費者への販売をおこなっています。価格は1匹5ドル(500円)くらいで、発光クラゲの遺伝子を組み込んだ緑色に光るものに加えて、イソギンチャクの遺伝子を組み込んだ赤く光るもの、さらに黄色やオレンジに光るものがあります。グローフィッシュは広くアメリカで販売されていることから、むしろアメリカでは光るメダカよりもこちらのほうがよく知られています。自然保護団体をはじめとしてアメリカ世論からグローフィッシュの販売中止を求める声が上がりましたが、アメリカ政府は自然環境に脅威を与える証拠はないと判断し、販売を認可しています。しかし、グローフィッシュについては発売から数年たったいまもその是非をめぐって議論されています。また、ヨーロッパ諸国は遺伝子組み換え生物に慎重な立場を取っており、EU内への輸入・販売は認められていません。
 こうした蛍光タンパク遺伝子を実験動物に組み込むことは、遺伝子の働きや組織の発生を研究するのにきわめて便利な技術です。そのため、実験動物については、ごく一般的に蛍光タンパク遺伝子の組み込みがおこなわれており、ナイトパールやグローフィッシュのように一般消費者へ販売されることはありませんが、光るカエル・光るウサギ・光る猫・光るブタなどが研究用としてつくられているという状況です。

 さらに2006年には、アメリカのアレルカ社によって、周囲の人間が猫アレルギー反応をおこさないよう、遺伝子操作によってアレルギー物質の発生を抑えた猫が開発されました。この低アレルギー猫は、1匹6950ドル(約70万円)で、すでに一般の人たちへの販売もおこなわれています。アレルカ社はその後、ライフスタイル・ペッツ社と名称を変更し、基本タイプの低アレルギー猫「ALLERCA GD」の他、めずらしい品種の猫に低アレルギー改良を施したタイプも販売しています。こちらは1匹2万7000ドル(約270万円)から4万5000ドル(約450万円)で、ロシアのお金持ちなどに販売されているそうです。いずれも非常に高価で、購入契約では必ず避妊去勢手術をすることが求められますが、「猫アレルギーだけど猫が好き」という人にとっては、新たな選択肢ができたことになります。ただその一方で、環境への悪影響を指摘する人や生命倫理の点から批判する人もいて、こちらの低アレルギー猫についてもその是非が議論されています。そうした賛否がある中で、光る魚や低アレルギー猫は、いわば見切り発車で販売されているという状況です。

 → YouTube「TK-1 Fluorescent Rice Fish」(光るメダカの動画)
 → YouTube「Glo Fish」
 → アメリカ流行情報 Washington Happy Journal 2004.01.11「GMペットフィッシュ」
 → 太陽の光。流木の影。 2007年04月16日「遺伝子組換え観賞魚。」
 → Wikipedia「GloFish」
 → BBC NEWS 2004.5.3「Pet fish trigger move in GM debate」
 → Garbagenews 2006年09月19日「アメリカのアレルカ社、猫アレルギーの人でも安心して飼える猫」
 → ワイヤードビジョン 2008年4月 3日「遺伝子組み換えで誕生した最新の生物トップ10」
 → 蒼い目のNEKORI 2009.02.11
 → Wikipedia「Lifestyle Pets」



光るメダカ「ナイトパール」 Webサイト「Aquablog」2008.8.16 The Night Pearl より



同じく光るメダカ Webサイト「【音静庵】 鏡の間」2006年02月04日より



グローフィッシュ(GloFish) Wikipedia「GloFish」より



写真上 左側は紫外線をあてると赤く光る猫、右側は「ふつうの」クローン猫。韓国・慶尚大学で開発。
写真下 自然光でのクローン猫たち。右の2匹は蛍光遺伝子が組み込まれ、紫外線をあてると赤く光る。同大学で。
「ワイヤードビジョン」2008年4月 3日より



ライフスタイル・ペッツ社の低アレルギー猫「ALLERCA GD」。生後3週間の様子。 旧アレルカ社のWebサイトより



ライフスタイル・ペッツ社の「ASHERA GD」。アフリカ産の大型の山猫との交配でつくりだした品種に
低アレルギーの遺伝子改良を施し販売している。4万5000ドル。 ライフスタイル・ペッツ社のWebサイトより

 遺伝子が組み換えられた生物は、もし自然環境の中に出てしまうと、生態系を破壊してしまったり、自然種との交配で遺伝子汚染をおこしてしまう危険性があります。そうなったら取り返しのつかないことになってしまうので、日本では2004年からカルタヘナ法という法律が施行され、遺伝子組み換え生物の規制がおこなわれています。そのため、光るメダカも低アレルギー猫も日本への輸入が規制されています。遺伝子組み換え大豆やトウモロコシのように、国が認めたものについては輸入・生産が認められていますが、ペット分野で遺伝子組み換え生物が認可される可能性は限りなく低いという状況です。もっとも、光るメダカについては、数年前に少量が日本に輸入されたことがあり、環境省と農林水産省が輸入業者に対して回収を求めています。ナイトパールを開発した台湾の企業の発表では、生態系を壊さないために生殖機能を失わせているということでしたが、その後の追加実験でごくまれに産卵するものもいることがわかり、小川や池に放流されてしまうとメダカに遺伝子汚染が起きてしまう危険性も指摘されています。
 日本のカルタヘナ法は、カルタヘナ議定書という国連の条約にもとづいて制定された法律ですが、アメリカをはじめとして、アルゼンチン、カナダ、オーストラリアといった国々は、遺伝子組み換え作物の主要輸出国であるため、このカルタヘナ議定書に参加していません。遺伝子組み換え生物の規制については、いまのところ各国の足並みがそろっていない状況です。とくにアメリカの場合は、政策としてバイオ産業を保護する立場をとっており、遺伝子組み換え生物についての規制がほとんどないため、バイオテクノロジーをビジネスに応用しようというベンチャー企業が数多く登場しています。
 → 環境省「平成18年2月3日 未承認の遺伝子組換えメダカの回収のお願いについて」
 → 農林水産省「カルタヘナ法関連情報」

 たしかに遺伝子組み換えペットの輸入・生産・販売が認められれば、すぐれた性質をそなえたペットと暮らすことできます。猫アレルギーを引きおこさない猫のほかにも、将来、この技術によって様々なペットが開発されるはずです。より賢くて人間に従順で飼育しやすい犬、あるいは免疫機能が強化されて病気にかかりにくい猫、室内でも飼えるように穏やかな性質で小型化されたクマなど、大勢の人がそうしたペットを求める限り、無数の可能性があります。しかし同時に、本当にそんなことをして良いのかという疑問や不安もおぼえます。とくにペットの場合は、医療目的の研究ように人命に直接関わるものではないため、生物の設計図までいじって人間に都合の良いペットを開発することに抵抗も感じます。ペットの遺伝子操作の是非について、次のAとBの文章を参考にして、あなたの考えを述べなさい。(約800字)



A 安全性に問題がなく、自然環境への悪影響をおよぼさないよう対策をとれば、遺伝子を組み換えられたペットの生産・販売を認めるべきである。もしも「人間の都合で生き物を勝手に改造するのはまちがっている」という考え方をしたら、すべての家畜を否定することになる。ウシもブタもニワトリも、人間の生活のために長い年月をかけて性質を改造してきた家畜であり、これを否定したら、人間の生活が成り立たなくなってしまう。
 犬や猫もオオカミやヤマネコを品種改良し、人間が扱いやすいようにした家畜である。犬はオオカミの中から人になつきやすいものを選び、一万年以上の時間をかけて、狩猟の補助や家畜の番に役立つよう品種改良してきた。さらにそうした犬の中から、より働く犬同士を交配させ、目的に合わせて様々な品種の犬がつくられてきたのである。また、猫はネズミの駆除のため、数千年前に北アフリカでヤマネコを放し飼いにするようになったことから、やがて世界中で飼育されるようになった。
 家畜やペットの遺伝子操作もそうした品種改良の延長線上にあるものにすぎない。多くの人は品種改良によってつくりだされた「血統書つき」の犬や猫をありがたがるのに、その一方で、遺伝子組み換えの犬や猫については、まるでモンスターであるかのように拒絶するというのは、あきらかに矛盾した姿勢である。それは新しい技術への無知のために、ただ感情的に拒否しているにすぎない。
 品種改良によってつくられた犬の中には、きわめて優れた性質を持っているものもいる。たとえば、ラブラドールレトリーバーは、賢く、性格がおだやかで、人間に従順なことから、しばしば盲導犬としてもちいられている。また、ジャーマンシェパードは、勇敢で力が強いという性質を生かして、しばしば警察犬として使われている。こうした品種改良に遺伝子組み換え技術を使うことで、さらに優れた性質の犬を開発できるはずである。将来、遺伝子組み換え技術によって、より賢く、より人間に従順で、より長生きで、より手間のかからない犬や猫が開発されるだろう。このような大きな可能性をもった技術をたんに不気味だからという感情的な理由だけで否定するべきではない。禁止・規制するよりも、上手に利用する方法を探していくべきである。
 また、生命の設計図を操作することが本当に許されるのかという問いは、誰にもはっきりとした答えのでない問題である。そういう「生命観」や「倫理」というあいまいな理由で、遺伝子組み換えペットを規制するのは、自分の信じる宗教を他人に無理矢理おしつけるのと同じであり、ごう慢な行為ではないだろうか。

B 遺伝子を組み換えたペットを認めるべきではない。そもそもこの技術でつくりだされた生命の安全性や環境への影響を完全に予測することは不可能である。実際に、遺伝子組み換えトウモロコシの花粉が他のトウモロコシに受粉してしまい、在来種や野生種のトウモロコシに遺伝子汚染をもたらしていることが指摘されている。遺伝子組み換え技術は、従来の品種改良と異なり、遺伝子を直接操作し、短期間のうちに生命の本質を大規模に作りかえるものである。もしもこの遺伝子組み換え生物によって、大規模な遺伝子汚染や生態系の破壊がもたらされたら、取り返しのつかないことになってしまう。いくら実験室の中で安全性が証明できたからといって、自然環境の中でどういう事態が生じるかまでは予測できるものではない。
 犬や猫をはじめとしたペットは、食料用の家畜や実験動物とは性質が異なる。食料用の家畜や医療用の実験動物のように、人命に直接関わる分野で限定的に遺伝子組み換えやクローン技術を用いるならまだしも、ただ人間の欲望を満たすために生命の遺伝子までも操作するようになれば、社会的な歯止めが失われてしまう危険性がある。犬や猫の役割は19世紀に大きく性質が変化した。それまでのように、狩猟の補助やネズミの駆除といった「仕事」のために飼育されるのではなく、純粋に愛玩動物として飼育されるようになった。その結果、「より可愛いペットがほしい」「よりめずらしいペットがほしい」という飼い主の美意識や所有欲を満たすために、近親交配による無理な繁殖が行われるようになり、この200年間で、ブルドッグはどんどんつぶれた顔へ、ダックスフントの脚はますます短く品種改良された。現在、「純血種」と呼ばれる血統書つきの犬や猫の多くは、近親交配をくり返したことによる遺伝的な病気や無理な品種改良による体質的な問題をかかえている。ブルドッグやパグはつぶれた顔になったためにしばしばいびきをかくし、場合によっては呼吸困難に陥ることもある。ダックスフントは短い脚になったために腰に負担がかかり、椎間板ヘルニアになりやすいという持病をかかえている。さらに、チワワのような小型犬に至っては、犬として本来ありえないサイズに品種改良されたため、人の手を借りて帝王切開をしないと出産することもできなくなっている。こうした品種改良は、それ自体、残酷ではないだろうか。遺伝子操作によって、より人間に都合の良い犬や猫をつくろうとする行為は、この延長線上にあるもので、無理な品種改良をいっそう加速させる危険性をはらんでいる。
 日本でも最近のペットブームで、めずらしい品種の犬が散歩させられているのを見かけるようになった。その一方で、「じゃまだから」「なつかないから」「かわいくないから」という理由で、毎年何万匹もの犬や猫が捨てられ、保健所で殺されているという状況がある。もうこれ以上、人間の都合で生命をおもちゃにするべきではない。どこまでも人間に都合の良いおもちゃが欲しいのならば、ペットロボットを購入するべきである。
 たしかに、「生命観」や「倫理」はひとりひとり異なっている。しかし、だからといって「人それぞれ」ですむ問題ではない。例えば、基本的人権や殺人の禁止は、科学的に証明できるものではないが、だからといって「人それぞれ」ということにしてしまったら、人間の社会が成り立たなくなってしまう。それと同様に、生物の遺伝子を人間の都合で操作することの是非についても、生命観や倫理という点から社会的な合意をつくっていく必要があるのではないだろうか。


【資料】
<光るメダカ>800匹が台湾から輸入 規制違反
毎日新聞 2006年02月03日(金) 19時59分
 黄緑色の蛍光色を出すように遺伝子を組み換えた「光るメダカ」約800匹が台湾から輸入されていたことが3日分かった。輸入したのは兵庫県小野市の観賞魚輸入業「アクアプランニング産商」で、全国の小売店を通じて既に500匹以上が販売されていた。
 環境省は、遺伝子組み換え生物の輸入、販売を規制した「カルタヘナ法」に違反する疑いがあるとして業者らに販売中止と回収を指示した。また、購入者は買った店に返品するよう呼び掛けている。
 メダカには、発光クラゲの遺伝子が導入されており、紫外線を当てるとより鮮やかに光る。
 アクア社が04年秋から今年1月にかけて輸入、「ナイトパール」の商品名で1匹1000〜2000円で売られていた。東京都内で販売されているとの情報が環境省に寄せられ、輸入が発覚した。500匹以上匹が販売されたが、これまでに約250匹が回収された。
 04年2月に施行されたカルタへナ法は、国内で飼育、販売される遺伝子組み換え生物について、生態系へ悪影響を及ぼさないことを証明し、国の承認を得ることを輸入者らに義務付けている。
 このメダカは、繁殖能力を失わせているとされるが、国の承認は受けていなかった。
 03年にも別の国内業者が輸入していたが、当時は同法の施行前だった。同省は「輸入業者と小売店は回収に積極的に協力している」などとして、罰則の適用などは求めない方針だ。【江口一】



遺伝子組み換え光るメダカ出回る
ニッカンスポーツ 2006/2/3/20:22
 国内での販売が承認されていない、遺伝子組み換えによって体が蛍光色に光るメダカが約800匹輸入され、全国の観賞魚店などで販売されていたことが分かり、環境省は3日、業者に対し販売の中止と回収を指導したと発表した。
 未承認の遺伝子組み換えペットの国内流通が判明したのは、04年2月に遺伝子組み換え生物の使用を規制した「カルタヘナ国内法」が施行されて以後初めて。同省は「購入した人は河川に放さずに店に返品してほしい」と呼び掛けている。
 光るメダカは01年に台湾のタイコン社が開発。発光クラゲの遺伝子を組み込んだことで、全身が黄緑の蛍光色に光る。1匹1000〜2000円で売られていた。
 遺伝子組み換え生物が一般環境中に流出すると、在来種との交雑などで生態系を乱しかねないため、国内で流通させるにはカルタヘナ国内法に基づく承認を得なければならないが、光るメダカは申請が出ていなかった。また、メダカは輸入時に検査がないという。
 環境省は1月、東京都内の観賞魚店で光るメダカが販売されているとの情報を入手。輸入した卸売業者などを調べた結果、昨秋以降、約800匹が台湾から輸入され、東京、兵庫、和歌山、岡山、広島、愛媛、高知、福岡、熊本の9都県計12店で約500匹が販売されていることを突き止めた。
 業者はこれまでに約250匹を回収。いずれの業者も「承認が必要とは知らなかった」と話しているという。



【参考サイト】

 → 農林水産省「カルタヘナ法関連情報」
 → めだかや メダカ総合情報サイト「遺伝子組み換えメダカ」
 → タイコン社(TaiKong Corp)のWebサイト
 → ヨークタウン・テクノロジーズ社(Yorktown Technologies)によるグローフィッシュのWebサイト
 → Garbagenews 2006年09月19日「アメリカのアレルカ社、猫アレルギーの人でも安心して飼える猫」
 → ワイヤードビジョン 2008年4月 3日「遺伝子組み換えで誕生した最新の生物トップ10」
 → アレルカ社(ALLERCA) Webサイト
 → ライフスタイル・ペッツ社(LIFESTYLE PETS) Webサイト
 → Wikipedia「Lifestyle Pets」

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