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第3便 ベトナム編
第1章 ニャ・チャン

第3話 恵みのルール

ニャ・チャンの街並み。道路を走るのはバイクか自転車が多い。
 腹も満たされたので、私はニャ・チャンのとりわけミニホテルが固まっているエリアへ向かった。こんな早くから営業しているシクロの呼びかけにも応えず、とりあえずビーチを目指す。すると途中、雨が降り出した。せっかくビーチリゾートに来て海を目指しているというのに雨か。私は持参した簡易折り畳み傘を用意し、バックパックにはレインコートをかぶせた。しかし、歩いていると私以外に傘をさしている人はいない。もしかしたら、この程度の雨はこの地では無意味なのかもしれない。大きなバックパックを背負い、折り畳み傘を指して歩いている私は相当浮いていた。泊まる宿は「地球の歩き方」でだいたい目星を付けておいたので、私は海沿いを歩きそのミニホテルに向かった。ここベトナムの安宿は、ゲストハウスというのはあまり聞かず、ミニホテルの方が圧倒的に多い。多くのバックパッカー達はここに泊まる。もしかしたら社会主義の影響で、そもそも客人を家に泊めるゲストハウスという感覚がないのかもしれないと思った。

ニャ・チャン川の風景。水上で生活する人々の簡易住居が並んでいる。
 ようやく着いたミニホテルPerfume -Grass Inn、105号室が8$だったのだが、せっかくの近くのホテルなのだから、1階ではなく他の部屋を見せてほしいと願い出たところ、3階の302号室を見せてくれた。部屋から直接海を見ることはできないが、廊下に出れば目の前にニャ・チャンの広い海が広がっている。通常は10$なのだが、他にそれほど客もいなかったせいか、オーシャンビューのこの部屋を8$にディスカウントしてくれた。部屋はものすごくきれいだった。ホットシャワーあり、テレビあり、おまけに清潔、文句なしだ。8$というとこれまで貧乏旅行をしてきたタイやカンボジアよりは高いが、これがどうやらここらへんの相場のようだ。体調もそれほど良くないのであまり歩き回るのも得策ではない。それにしても8$でこんなに良い部屋に泊まれるなら、ベトナムの旅は結構うまくいくかもしれない、そう思った。チェックインを済ませ一眠り、昨晩は列車の中で決して安眠できたとは言えなかったのでぐっすり寝てしまった。

小さな遺跡、ポー・ナガル塔。それなりに歴史があるものらしいが、アンコール遺跡群を見たときのような感動はなかった。
 目を覚ますと11:30、軽く4時間は眠ってしまった。雨は上がっていた。私はミニホテルで自転車を借り、明日ダイビングをする予定のRainbow Diversに向かった。とりあえず2日間のダイブを申し込んだ。それから一路ポー・ナガル塔へ向かう。途中の道のりをゆっくり自転車を走らせながら、私はいかに自分のベトナムへの先入観が違っていたか考えさせられた。私のベトナムの先入観とは、何年か前に放送されていたテレビドラマ『ドク』くらいしかない。あのドラマ以来多くの日本人がベトナムを訪れ、物価も上昇しどんどん経済成長したと聞いていたが、全然田舎ではないか。いや、田舎とは言わない。発展途上だ。私はまるでカンボジアのシェム・リアップにでも来ているような感覚にとらわれた。道路を走るのはバイクと自転車とトラックが大半、自家用車はそれほど見ない。道は整備されていないところも多く、店もあまりない。途中渡った川の両岸には水上生活者もいた。もしかしたらシェム・リアップ以下かもしれない。ここニャ・チャンとシェム・リアップには共通点がある。両方とも近年リゾート開発がなされているということだ。(もっともシェム・リアップの方が開発が進んでいるように感じたが)ここも何年後かに来たら全く違う姿になっているかもしれない。

ポー・ナガル塔のある丘から見た港町ニャ・チャンの風景。青い独特のペイントを施された船が何隻も浮かんでいる。
 ポー・ナガル塔に着いた。積み上げられた階段を昇る。所々に物乞いの人たちがいたが、アンコール遺跡群で「物乞いの人に対する恵みはどんな状況でも一切しない」というルールを作った私は、全く相手にせず階段を上った。物乞いに関しては、もちろん本当に困っている人もいるだろうが、資金集めのためにやっているニセの物乞いもいる。アンコール遺跡群では、プノン・バケンという小高い丘を登る階段中段あたりに、地雷を踏んで両足をなくした物乞いがいた。何人かの観光客は同情し恵みを与えていたが、冷静に考えてみれば両足のない彼がこの階段の中段にいるのは明らかに不自然である。後で聞いた話だが、マフィアが彼を中段まで運び物乞いをするように命じているらしい。もちろん彼も足がないため、そこから逃げることはできない。何とも惨い話だ。それをカンボジア入国の際出会った山田さんに話すと、彼は自分の中のルールを決めなければこれから先そういう複雑な思いをすることは多いだろうと教えてくれた。ちなみに山田さんは「子供を抱えた物乞いの場合のみ恵みを与える」というルールにしているらしい。階段を上り遺跡を見る。小さい遺跡だ。ガイドブックを見ればそれなりに歴史のあるもののようだが、近くに人工的に植えられたきれいな花々を見ると、ここもアユタヤと大差ないなと思ってしまった。やはりアンコール・ワットを見た後だと、相当インパクトがある遺跡でないと私はもう感動できなくなってしまっているようだ。

つづく

2006/01/23(Mon)掲載