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第2便 タイ・カンボジア編
第2章 シェム・リアップ

第9話 さらばカンボジア

 今日はバンコクに戻る日だ。おそらくここ、シェム・リアップに来たときと同じように1日がかりになるだろう。ゆえに、そんなに旅行記に書くこともないだろう。そう思っていた。ところが、実際はハプニングの連続だった。

シソポンまでのピックアップトラック。旅行者は私だけ、あとは現地人だ。
 目が覚め時計を見ると6:27、しまった、時間がない。私は急いで荷造りをして外へ出た。どうやらピックアップトラックはまだ来ていないようだ。私はこの宿の従業員のWathiたちと話をしながら待つことにした。MABUはすでに日の出を見るため、他の旅行者と遺跡群へ行ってしまっていた。どうやら「サヨナラ」は言えなそうだ。しばらくするとおそらくこの宿のオーナーである婦人が私に手招きをした。何事かと思ってそちらへ行ってみると、彼女はテーブルの前で「ここに座れ」という合図をしている。座って待っていると彼女は一本のパンとジャム、それに水を1ボトル持ってきて「Free」と言った。普段は『天空の城ラピュタ』に登場する女海賊のドーラのような雰囲気で、ほとんど笑うこともない彼女だが、ときおり優しい笑顔を持っている。英語はほとんどしゃべれないようだが、その優しさは十分伝わってきた。きっと私が他のどの旅行者よりもここの従業員と仲良くつるんでいたのを見ていたのだろう。涙が出るほどうれしかった。私は昨晩「もうここにはこないだろう」と思っていたのに、こんなに私に優しくしてくれる。本当にうれしかった。そして、危険な感じのしない、今までとは少し違った情が生まれた。

炎天下のもと立ち往生する旅行者や現地人。いつ通れるのかは全く想像がつかない。
 7:40、予定より40分ほど遅れてピックアップトラックが到着した。時間にルーズなのは困るが、そのおかげで最後に思う存分このHello Guest Houseの人たちとコミュニケーションをとることができた。早速ピックアップトラックに乗り込んだのだが、どうやら来たときとはわけが違うらしいことにすぐに気づいた。来たときは国境でバックパッカー達を拾うため、ほぼ旅行者専用だったのだが、今回はシェム・リアップから出発するため、とにかく乗れる人は旅行者でも現地人でも乗せるといった感じだったのだ。私は助手席に座った。車は出発し、行く先々の街や集落で乗客を探す。いつしかピックアップトラックは荷台も含め満員になっていた。結局旅行者は私だけだ。やっと後は国境に向かうだけになり、国道を走っていると一人の太った男が車を停めた。どうやら通行料を要求しているらしい。見た感じは警察ではなさそうだ。マフィアだろうか。するとここで一つ目のハプニングが起こる。通常こういう場面では金をさっさと渡してすんなり通ってしまう(現に前の車などはそうだった)のだが、なぜかこの車のドライバーは金を渡そうとしない。ずっと無言でこのマフィアらしき男とにらみ合ったままだ。果たしていつまで続くのだろう。登り始めた太陽で車内は暑くなってくる。すると、10分くらいしてやっと金を渡して通してもらった。現地人なら結局負けてしまうことは知っているだろうに、なぜこんなに粘ったのだろう。そういえば、カンボジアでは時々人々が道路脇に立っていて、車を停め金を受け取るといった風景を目にする。一体なぜこんなところでというような場所でだ。この国はまだまだ制度が整ってきていないんだろうということを感じた。

水たまりにハマり動けなくなる車。近くの村人らしき若者が助けてくれる。
 そこから1時間ほど進んだところで2つ目のハプニング。多くのピックアップトラックや大型トラックが路上で立ち往生で、人々が車外に出ている。どうやら昨日と一昨日の夕方から夜にかけて降った雨の影響で道路に大きな水たまりができてしまっているらしい。来るときに体験したのと同じようだったが、今回は昼間なので交通量が圧倒的に違う。多くの旅行者は車を出て水たまりを見て、「これじゃ、どうしようもないな」という感じで戻ってくる。そんな人々が炎天下のもと大勢いた。1台の車が通過するのに10分はかかる。「こりゃ参った」と私も諦めかけていたのだが、なんとこの車のドライバーは強引にも列に割り込む。比較的早く水たまりに突入した。しかし、案の定水たまりの中で動かなくなってしまったのだ。こうなったら押したり引いたりの繰り返ししかない。車の前部にロープをつけ、10人弱の近所の村人らしき若者が引っ張る。奮闘の末、ようやく車は水たまりから脱出することができた。 そしてお約束、予想通り金を渡す。この周りでは当たり前のように涼しい顔で食料などを売る出店を出している人たちもいる。やはり、金を得るためにわざと水たまりを作るというのも否定できなかった。

立ち往生する旅行者目当ての出店。どうもわざとらしさが抜けないのだが・・・
 水たまりから少し行くとシソポンに到着した。来たときよりだいぶ早く感じた。ドライバーの運転が早かったのだろうか。確かに恐ろしいくらい悪路の中を飛ばしていた。シソポン内のピックアップトラックのたまり場のようなところに到着すると、私は車を降ろされた。どうやら他の車に乗り換えろと言っているらしい。車を乗り換えるなんて話聞いていなかったが、どうやら追加料金を取る雰囲気もないので、私はドライバーに礼を言い彼が導いてくれた別の車に乗り換えた。やはり同じようなピックアップトラックだ。そのピックアップに乗り込んで3つ目のハプニングに遭遇する。軍服らしき者を来た中国系の男性が乗り込んできたのだ。どうやら彼は本物の軍人ではなく軍服マニアのようである。彼は車中ずっと私に話しかけたり、タバコやガムを勧めたりしてきたがとにかく彼の言葉の意味がわからない。それなのに彼は全くおかまいなしだ。ただでさえ蒸し暑くさらに狭い車内なのに、こんなわけのわからない人の相手をずっとしなければいけなかったのだ。結局私は最後まで彼を好きにはなれなかった。

カンボジアの国境ゲート。アンコール・ワットがカンボジアの象徴となっていることが伺える。
 1時間ほどして車はやっとポイペトに到着した。昼飯を食う時間もないまま日は既に傾き始めていた。ここポイペトは治安もそれほど良さそうではないのは来たときに感じていた。暑い車内と悪路で体力を消費し腹は減っていたが、とりあえず出国してしまおう。タイ側も決して治安がいいとは言えないが少しはいいだろう。アンコール・ワットを模した門をくぐり出国審査を受けて「さらばカンボジア」である。本当にいろいろなことを学んだ気がする。本当にいろいろなことを考えたが、いざこの国を出ると思うと、何か切なさが沸いてくる。そこから歩いてタイの入国ゲートに行き、入国手続きを済ませた。所要時間10分もない。まだ2度目の陸路での国境越えなのに慣れてきたものだ。なぜか来たときとは違いアラヤン・プラテートでは物乞いの子供達は寄って来なかった。カンボジアから入ってくる人は貧しいカンボジア人が多いとでも教えられているのだろうか。明らかにタイからカンボジアに向かう比較的裕福な旅行者やタイ人を狙っているようである。さて、どうやらHello Guest Houseで購入したピックアップトラックはここまでのようである。ここからバンコクへは自力で向かうしかない。

第2章 シェム・リアップ 完

第3章 再びバンコク/アユタヤ へつづく

2005/12/15(Thu)掲載