なぜだかはわからないが、ただでさえ感情が敏感になっているところに土産物の値段を騙される。一気に何も信用できなくなる。それは今まで仲良く行動していたMABUに対してもである。自分は誰にも守られていない、踊らされている、そんな後に冷静になって考えると全くあり得ない感情が心を支配する。すると急に一人旅の孤独感が襲う。
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MABUの実家がある集落の市場。一見似ているようだが、観光向け市場とは明らかに雰囲気が違う。
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MABUが彼の実家に行かないかと誘ってきた。昼も若干過ぎていたので昼飯を彼の実家で食べようというのである。現地の人が急に親しみを込めてよってきて、実家に連れて行きイカサマ賭博などで金を巻き上げられたなんて話は東南アジアではよくあることだ。でも彼に限っては違うだろう。私はぜひ連れて行ってもらうことにした。ゲストハウスから20kmほど離れた小さな集落に彼の家はあった。本当に小さな集落で、昼なのだが青空市場をやっている。もちろん観光客なんて一人もいない。彼が招待してくれると言っていたので少々期待していたのだが、3本の缶ビール(しかもBlack Pantherという怪しい銘柄)と水2ボトルはしっかり買わされた。もちろん日本にいれば人の家に行くのに手ぶらというのは基本的にあまり好まれないのでこのくらいは当たり前という感覚はあるのだが、なにしろ感情の歯車が少し壊れかけていた。彼の家には彼のお母さん、それとお母さんの妹(?)と彼の弟の3人がいた。早速料理し、先ほど市場で購入した魚の丸焼きとチキン、それにライスを出してくれた。どれも旨そうだったが、それら食材の売られていた状況や大量のハエが飛んでいる場所ではさすがの私も衛生上悪いと思い、安全そうな部位だけを少し食べた。彼の弟は私に熱心に日本語を聞いてきた。学校の教科書のようなものを持ち出して、「ここはこれであってる?」とか「これは英語でどういう意味なの?」などと質問をしてくる。私が教えると素直にリピートする。本当に日本語を学びたいんだなというのがよくわかった。
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MABUの実家。ここらへんとしては造りは良い方だと思う。敷地も広い。(どこまでが敷地かわからないが)
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すると突然、MABUが金を要求してきた。先ほどの怒りもまだおさまりきっていない私はMABUを呼び出して怒った。ビールも買ったし水も買ったじゃないか、この上さらに食事代も要求するのか?しかしそうではなかった。彼はただ今日のバイクタクシー代を先に払ってほしいと言いたかっただけだった。彼は基本的にシェム・リアップで仕事をしているので、ほとんど家に帰れない。だからたまに帰った時に自分の稼ぎを母親に渡しているのだ。それなのに私は怒ってしまった。本当にどうかしているようだ。彼の家を出てシェム・リアップに向かう途中、彼はガソリンがないと言った。しかし、彼は金を全く持っていない。なぜなら先ほど全部母親に渡してしまったからだ。彼は「1ドル貸してくれ」と言ってくる。先ほどのことはあったものの、そこでも私は執拗なまでに必ず返すように彼に言った。それからシェム・リアップまで、私は彼と観光客対ガイドではなく人対人で話をした。彼は10人家族だ。そして、それをすべて彼一人で支えているのだという。そのため彼はハードな仕事をすすんでやる。ピックアップトラックでボーダーまで行くのもここのゲストハウスで彼だけだし、その際も決して車の中には入れないのだそうだ。(たとえ客がいなくても)それは少しでも多くの金を得るため、それも彼のためではなく彼の家族のためだ。最後に私は聞いた。「日本人は誰でも君の家に連れて行くの?」、するとMABUははっきり答えた。「いや、本当にフレンドリーな人だけだよ」。私は泣きそうになった。
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オールド・マーケットの風景。なぜか異国風の造りの建物が並んでいる。
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彼は本心からいつでも私を友達と思いたかったのだ。私が「明日もここに泊まって明後日ピックアップトラックでボーダーまで行くよ」と話したところ、彼は本当に嬉しそうに「それじゃあ一緒に行こう」と言った。何ということだ。私は自分を恥じた。猜疑心ゆえに金にシビアになることは決して悪いことではない。一人旅をしているならなおさらだ。しかし私は、私を日本人として見ている人と私を人間として見ている人の違いくらい見分けられなければ・・・。私こそ金を騙し取られた怒りを当事者ではなくカンボジア人全体へ向けていたのだ。そういえばパスポートを盗まれた韓国においてもそうだ。私のパスポートを盗んだのは韓国の極限られた悪人であるにも関わらず、それ以来私は韓国という国が嫌いになっている。もちろん日本にいる韓国人もだ。そしてこれも全く同じことなのだ。まだまだだ。まだ私は甘い。痛烈にそう感じた。と同時に、貧乏旅行には大敵の「情」というもの生まれてしまった。非常に危険だと感じた。
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オールド・マーケットの内部。アンコール遺跡群の土産物屋が一カ所に集まった感じだ。
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MABUは私をゲストハウスまで連れて行くと言いながら、結局オールド・マーケットまで連れて行ってくれた。先ほどほとんど昼飯を食べられなかった私は、オールド・マーケット内の小さな店でCambodian Fried Rice with Chickenを食べ、その周りを散策した。昨日プノン・バケンで再会した日本人の青年が言っていた通り、大したことはなかった。アンコール遺跡群内の土産物屋が一カ所に集まっただけという感じだ。私はJaranaというハンドクラフトショップでタバコケースを買った。中のタバコのデザインがあまりにも格好良かったからだ。そこから歩いてセンターマーケットへ行き、ポストカードを買ってから宿に向かった。その帰り道、私は考えた。シェム・リアップは本当に良いところだ。人々は親切だし、MABUやゲストハウスの人たちも大好きだ。しかし、情が沸きすぎた。心を悩ませすぎた。少々疲れた。とりあえず明日は遺跡群にも行かないので、トンレサップ湖あたりでゆっくりするだろう。
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オールド・マーケットの風景。オールドとはいえ未だに十分市場として機能している。
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私はシェム・リアップにはもう訪れないだろうと確信した。ここはすでに落ち着ける場所になってしまったからだ。何の刺激もなくなってしまったこの場所にわざわざまた来ることは、今の私の旅のスタイルからは考えにくかった。まだまだ見逃しているものはある。ベンメリアにも行っていないし、クバール・スピアンの滝へも行っていない。それらの場所にはぜひ行ってみたいという気持ちはある。しかし、今の私には早くここを出たいという気持ちが徐々に生まれてきていた。もう明らかに取り乱しているのだ。今、この旅行記を書きながらこのゲストハウスの唯一のAsianとなってしまった私は、何日か前にここの泊まっていたインド人と同じような気持ちだろう。そして、私がただ黙々とヒマワリの種を食べていた彼を見ていたのと同じ目で周りは私を見ているように感じる。とても奇妙な東洋人だと・・・。
つづく