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第2便 タイ・カンボジア編
第2章 シェム・リアップ

第6話 7ドルの怒り

アンコール・ワットの朝。残念ながら厚い雲で美しい朝日は見ることができなかった。
 今朝も5:30に起こされた。いや、今度は起こしてもらったのだ。そう、アンコール・ワットに昇る朝日を見るために。早速MABUにバイクを走らせてもらいアンコール・ワットへ向かう。日はまだ姿を現していないが空はすっかり明るくなってきている。アンコール・ワットに着くとすでに多くの朝日目当ての観光客がいた。しかも多くの日本人。どこかのパッケージツアーで「アンコール・ワットのサプライズ・サンライズ!!」のような企画でもやっているのだろうか。プノン・バケンにしろアンコール・ワットにしろ日本人が多すぎる。わざわざ学生が多いシーズンを避けて旅に出たのに、今度は逆に高齢者の方々が多いのだ。いい加減、嫌気がさしていた。日は昇り始めたようだ。しかし、雲が多すぎる。今どこらへんにあるかは明るさの具合でわかるがその姿を見ることはできなかった。こうなると昨日さぼって見に行かなかったことが悔やまれる。まあ、昨日は見事な朝日が見れたのかどうかはわからないが。それにしても、朝日は見れなくても雲を通して濾過された優しい光のローブをまとったアンコール・ワットはこれまた見事である。本当にどんな形でも様になると改めて実感した。

朝の優しい空を水面に写すスラ・スラン。残念ながら朝日は写らなかったがそれでも十分美しい。
 アンコール・ワットの朝日も見れなかったので朝の光で輝く水面を求めてそのままスラ・スランに向かった。こんな朝早くなのに既に物売りの子供たちがいる。竹を編んで作ったブレスレットを売っていた。値段もそんなに高くなく、デザインも私好みのシンプルなものだったので私は買うことにした。問題はどの子から買うかだ。一人の子から買うと他の子が「なんで僕からは買ってくれないの?」と言ってきて面倒なことになる。もちろん品質などは全部同じ。私は他の子供たちが新たな旅行者の方に向かった隙に、それでも私にしつこくついて来ていた女の子から買うことにした。「他の子には内緒ね」、彼女は「うん」と言って喜んで戻って行った。一方スラ・スランの方は予想通り美しい空を水面に写していた。こうなるとアンコール・ワットの朝日を見ることができなかったのがいっそう悔やまれた。ここで2、3枚写真を撮ってから宿に戻って朝食を食べた。Omlette With Ham/Bacon、量は申し分なかったのだがちょっと独特の味がした。どちらかというと私の好みではなかった。

美しい彫刻が残るバンテアイ・スレイ。「女の砦」を意味する遺跡だからだろうか、規模は比較的小さい。
 さて、料金交渉だ。MABUはクバール・スピアンの滝を見るなら20$だと言ってきた。クバール・スピアンの滝はMABUがとにかく素晴らしいと以前から言っていたのでぜひ見てみたいとは思っていた。この滝へはアンコール遺跡群からさらに北へ50km行かなくてはならない。普通はここらのゲストハウスでタクシーをシェアして向かうらしいのだが、あいにく今日私とシェアしてくれそうな旅人はいなかった。確かに20$という値段は妥当なのかもしれないが、カンボジアの格安感に慣れてしまった私にとっては$20は高すぎた。宿が1泊3$なのを考えると無理もない。私は何度かMABUと交渉したがだめだった。彼は「それが限界だ。なぜなら距離が遠いからだ」と言う。変わりに北へ40kmのバンテアイ・スレイなら12$で行ってくれると言う。これにも若干疑問はあったが、今の状態でベンメリアまで行く気分にもならなかったので滝は諦めてバンテアイ・スレイに行くことにした。(結局、後に知ったのだが彼の値は相場で、決してぼったくりではなかったようだ)

バンテアイ・サムレの入口。観光客は全くおらず貸し切り状態で見物することができた。
 ところが、このバンテアイ・スレイという場所はとてつもなく遠かった。ゲストハウスからアンコール・ワットまでの距離の3倍はある。途中、いくつもの村(集落?)を越えて行く。本当に$12で良いのだろうか?少々罪悪感を感じつつ、国道6号と同じ、いやそれ以上の悪路を越えて私たちのバイクはバンテアイ・スレイに到着した。この遺跡は既に日本人の御一行に先を越されていた。沢山の日本人がすでにそこに陣取っていたのだ。普通、全く初めての異国の地で日本人を見ると安心するものなのに、なぜだろう。ここ、シェムリ・アップでは日本人の団体客を見るとイライラする。というよりここ2、3日、明らかに感情が敏感になっているようである。この日本人団体客に対する嫌気はその一端でしかない。なぜだろう。なぜかはわからないが、少々うんざりしたまま私はバンテアイ・スレイの中を見て廻った。確かに噂通り美しく彫りの深いレリーフが克明に残っており素晴らしかったが、その規模は非常に小さい。かなり遠いということで期待していたのだがいささか拍子抜けしてしまった。

バンテアイ・サムレの内部。遺跡自体も良い状態で残っており、放置されていたためリアルでもある。
 そこで私はもう少しFeeを払いバンテアイ・サムレまで行ってもらうことにした。これまた悪路を行ったところにそれはあった。これが素晴らしかった。遠くにあるからだろうか、観光客は私一人、貸し切り状態だ。そしてその規模も決して小さくない。むしろバイヨンほどはあるのではないだろうか。レリーフも美しいまま残っている。アンコール・ワットでさえ窓枠に立っている柱のほとんどが倒壊しているのに、ここのものは完全な形で残っていた。その素晴らしさを堪能した私は、近くの土産物屋で買い物をすることにした。象の模様が施されたテーブルクロスが非常に気に入ったので、8$だったのを6$までまけさせた。このくらいのディスカウントはお手の物だ。何より相手は子供だった。するとその少女が突然「500バーツでもいいよ」と言ってきた。とっさに私は計算する。と、ここで全くなぜかはわからないのだが小学生級の計算ミスをしてしまったのだ。通常1$=45Bで計算するところを、なぜか1$=100Bで計算してしまった。(当時のレートがちょうど1$=100円くらいだった)なんだ、普通なら600Bじゃないか、それを500Bにしてくれるなら儲け物だ。そう考えてしまった。つまり、私は本来270Bで買えるモノに500Bも払ってしまったのである。道理であの娘たちの「ありがとう」という笑顔が輝いていた訳だ。(海外では両替の錯覚に陥れる詐欺は結構あるらしい)気がついたときにはもうバンテアイ・サムレを後にしていた。どうやらMABUは買った時点で気づいていたらしく取り返しに戻るかと聞いてきたが、すでにその気力はなかった。330B=7$も寄付したことになる。怒りを感じたがどうしようもなかった。もちろん、日本人の感覚としては決して大きい額ではない。しかし、その額よりも騙されたということに怒りが込み上げてきた。そして、これが発端になったのだ。

つづく

※このときの遺跡巡りの様子はCOLUMN「第12回 写真集:クメールの宇宙〜アンコール遺跡群〜 - 後編 -」にてご紹介しています。ぜひこちらもご覧ください。

2005/12/01(Thu)掲載