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第2便 タイ・カンボジア編
第2章 シェム・リアップ

第4話 大魔王の住む城

午前中のスラ・スラン。登り始めた太陽に照らされて水面はまるで鏡の様に美しく輝いていた。
 今朝は5:00に起きた。いや、正確には起こされたのだ。こんな時間から私の部屋のドアを何度も叩く音がする。初めは夢かと思っていたがいつまでたっても鳴り止まないその音で、それが現実だとわかる。なんだよ、とドアを開けてみるとそこにはMABUがいた。昨日、今日もMABUがバイクでアンコール遺跡群を案内してくれると約束してくれたのだが、急遽ピックアップトラックでボーダーまで行かなければいけないという。なるほど、私が来たときのようにタイのアラヤン・プラテートから入国してくる旅行者を捕まえに行くのか。ということで、彼は今日だけここの宿の従業員であるBOREYを運転手として紹介してくれたのだ。そんな律儀に、書き置きでもしておいてくれれば良いのに・・・。でもありがとう。せっかくこんな時間に起きたのだ。アンコール・ワットの朝日を見に行こうとも思ったが、どうも昨日の疲れが取れていないようだったので、今日は朝日を見に行くのはやめてもう一眠りすることにした。そして、次に目が覚めると時計はちょうど9:30を指していた。

一部修復中のプレ・ループ。若干奥地のため観光客は少ないが遺跡自体は他とさほど変わらない。
 少々遅めの朝食としてBurger with Egg(普通だったら朝食とは思えない量)を平らげ、10:15頃ゲストハウスを出発した。今日の運転手兼ガイドであるBOREYは日本が大好きなようで、昨日から特に私に親切にしてくれていた。この日も遺跡群へ向かう途中、カンボジアのことやアンコール遺跡群のこと、シェム・リアップの街のことなどをいろいろ説明してくれた。それにしてもBOREYといいMABUといい、その他の従業員といいこのシェム・リアップには親日の人が多い。中には日本語の勉強をしたいと言って私に日本語を教えてくれと言ってくる従業員もいる。なぜだろう?日本が戦後復興援助としてPKO自衛隊を派遣したからだろうか?もしそうだとしたら自衛隊の海外派遣について違憲などと唱えられている昨今だが、こんなに現地の人に親しみを持ってもらえるならこれもアリだなと思った。

BOREYもオススメのニャック・ポアン。雨季直後のためか池の中に遺跡が存在していた。
 今日最初に向かったのは昨日訪れた沐浴の池スラ・スランよりさらに東へ進んだところにある遺跡、プレ・ループだ。昨日巡ったアンコール・トム周辺よりも奥地に位置するだけに観光客が圧倒的に少ない。だが、やはりアンコール・トムの遺跡群とはそれほど変わらないものだった。そこから東メボンを経てタ・ソムへ行った。このタ・ソムもまた、昨日私が感動して一歩も動けなくなったタ・プロームと同じく自然のまま放置された遺跡だ。タ・プロームほど大きくもなく、また巨木もなかったが、明らかにこのまま放っておけばいずれ消滅してしまう遺跡である。そのような自然の流れに逆らわず存在していることから感じられるリアリティが、やはり私を魅了した。次にそこより少々西側にあるニャック・ポアンに向かう。ここはBOREYがとても美しいと私に教えてくれた場所だ。そしてその遺跡に入ってみると、まさに彼が言う通りだった。「地球の歩き方」の写真では小さく囲まれた平原の中に遺跡がポツンとあるのだが、雨季直後だからだろうか、その平原に水が敷き詰められ池になっており、その中央に遺跡が存在する。もちろん中央の遺跡には近づけなかったがこれだけで十分である。観光客もほとんどいない。きっと大手代理店のツアーではここまで来ないのだろう。昨日と今日が快晴のため池の水は若干干上がっていたが、ここにいっぱいの水が敷き詰められている状態も見てみたいと思った。

プリア・カンへ続く道。ここは放置された遺跡とありのままの自然が融合して素晴らしい雰囲気を醸し出していた。
 そこから私たちはクオル・コー、バンテアイ・プレイを廻り、プリア・カンへ向かった。このプリア・カンがまた素晴らしい。アンコール・トムの門よりもリアルな頭のない像が両側を埋め尽くす橋から始まり、教会のような2階建ての荒れ果てた廃墟、そして川、自然がそのままのこされている。それらのリアルさがタ・プロームとはまた違った魅力を造り出していた。時刻もちょうど昼になったので私とBOREYは昨晩昼飯を食ったアンコール・トム内の出店へ昼飯を食うために向かった。ところが私は朝食が多すぎてまだ腹が減っていなかったのでパイナップルとバナナというフルーツセットを食べた。BOREYはSoup Vegetable with Beef & Riceというとてもうまそうなものを食べていた。そこで私は現地の人たちが食後に飲むお茶をいただいた。ちょっと水あたりが心配だったが、何事も挑戦だ。味の方はたいしてうまくはなかったが、少しだけ現地の人々の生活に触れられたことがうれしかった。

西陽を受けるバイヨン。点在する顔がまるで陽の光が眩しくて目を閉じているようにも見える。
 私たちは昨日修復中で見逃したチャウ・サイ・テボーダを見て(修復中だが中に入ることはできたようだ)から、ついにメインのアンコール・ワットへ向かった。途中、若干傾きかけた西陽が当たったバイヨンがあまりに美しかったので三脚を立て2枚ほど写真を撮った。すると私の右足にチクッとまるで注射を打ったような痛みが走る。なんだと思ってみて見ると赤い蟻がついている。しかもとてつもなくデカい。私の足の甲を離れたそいつは三脚を登り始めた。私がそれをBOREYに告げると、彼は「そいつは噛むよ」とすぐに払ってくれた。そして彼は言った。「こいつは食べられるんだ」。ということは、食ったことあるの?私にはちょっと食べられそうにもないが、大きさといい色といい確かに佃煮などにしたらうまいのかもしれない。そこからバイクで1、2分走ると、それは私の目の前に姿を現した。とうとうアンコール・ワットへ来たのだ。緊張が走る。いよいよだ。それはまるでロールプレイング・ゲームで最後のボスである大魔王の住む城を前にした勇者になった気分だった。

つづく

※このときの遺跡巡りの様子はCOLUMN「第11回 写真集:クメールの宇宙〜アンコール遺跡群〜 - 中編 -」にてご紹介しています。ぜひこちらもご覧ください。

2005/11/25(Fri)掲載