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タ・ケウの頂上にある聖なる牛ナンディンの石像。なぜかこの石像の周りにだけ植物が生い茂る。
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アンコール・トムの東側の出口、勝利の門を抜けて私の乗ったバイクタクシーは東部の遺跡を目指した。すぐに両側に遺跡が見えてきた。左側がトマノン、右側がチャウ・サイ・テボーダだ。ただ、チャウ・サイ・テボーダは修復中ということで中に入ることはできなかった。トマノンは立派な形で残っていたが、アンコール・トムのピミアナカスと大差ないといった感じだ。次に向かったのはタ・ケウ、こちらは規模も大きく形も奇麗に残っている。早速バイクを降りて正面の階段を登ろうとすると、近くで遊んでいた子供達が話しかけてきた。「右から登ると牛が見えるよ」牛?、何のことを言っているのだろう。近くに牧場でもあるのだろうか。子供達はガイドしたがっていたが、どうせ後でガイド料を請求されるに決まっているので断った。「せっかく教えてあげたのにー」と少々怒っていた。私は子供達の指示に従って右側の階段から上へ登ってみた。すると、確かに牛がいた。それは石で造られた聖なる牛、ナンディンだ。しかし、それより驚いたのは、その石像の周りにだけ紫色の長い茎と白とピンクの花のようなものを先につけた植物が生い茂っているということだ。遺跡の下ならまだしもなんでこんな高い場所に植物が生い茂っているのだろう。これは偶然なのか、必然なのか。何かがそこにいるような気がしてならなかった。そして、このころから少しずつ遺跡を見る私の眼が変わってきていた。
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タ・プロームの巨木。何度見ても遺跡の上にあぐらを崩して座っているようにしか見えないのだが・・・。
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そして次の遺跡で私はとうとうものすごいモノを見ることになる。それはタ・ケウからそれほど遠くない遺跡、タ・プロームだ。「地球の歩き方」には「ここは自然の力を明らかにするために、樹木の除去や本格的な積み直しなどの修復の手を下さないまま据え置かれている」と書かれていて、その写真を見ただけで楽しみにしていたのだが、実物を見たとき私はそこに呆然と立ち尽くしていた。「何だこれは!?」アンコール・トム内のバイヨンなどの修復された遺跡とは全く違う圧倒的なリアリティ。「この遺跡は生きている」全身で素直にそう感じた。しばらくして私は遺跡の中に足を踏み入れる。すると奥に進むにつれてどんどんこの遺跡の鼓動が大きくなってきている気がした。そして、私は「彼」に出会った。「彼」とは今まで見たこともない巨木である。そしてこの巨木は決して土から生えているのではない。上からこのタ・プロームを押さえつけているのだ。いくつかの壁はその重みに耐えられず崩れ始めている。そう、それはまるでこの巨木がなくなったらタ・プロームは今にも空へ飛び出してしまいそうな光景なのである。壁はコケなのかカビなのかわからないもので緑色に変色し、そのいくつかは崩れ落ちて道を消している。ありのままの遺跡、そこには明らかに生気があった。そして、天空から巨人が踏みつぶしたように恐ろしい勢いで破壊されたこの遺跡が、しばらくの間私を魅了して止まなかった。
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遠くから眺めるアンコール・ワットの尖塔。夕日に染まったその姿はやはり圧倒的な存在感だ。
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それからバンテアイ・クディ、沐浴の池スラ・スラン、すべてがレンガ造りのプラサット・クラヴァンを見た頃にはすでに陽はかなり低いところに来ていた。アンコール遺跡群の中で夕日のスポットと言えば、小高い丘の上にあるプノン・バケンという場所が有名である。私は本日のアンコール遺跡巡りの締めとしてそこへ向かうことにした。途中、アンコール・ワットの目の前を通った。今日いくつかの遺跡を見たが、やはりアンコール・ワットの存在感は圧倒的だ。しかし、まあおいしいモノは後にとっておく。アンコール・ワットは明日行くとしよう。なんでもアンコール・ワットの日の出は素晴らしいらしい。ちょうどアンコール・ワットの真裏から日が昇るそうだ。これは明日は早起きしなければいけない。プノン・バケンに到着するとそこにはバックパッカー、パッケージツアー客問わず多くの観光客がいた。きっと今日遺跡を巡った人のほとんどがここで遺跡巡りを締めようとするのだ。相変わらず日本人観光客も多かった。(例のアンコールシアーバスが近くに停まっていた)小高い丘に設けられた急勾配の階段を登ると、そこにポツンと遺跡がある。この遺跡の階段は非常に奥行きが狭く、なおかつ段差が高い。老人には少しきついといった感じだが、多くの老人が美しい夕日を見るために必死になって登っていた。
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プノン・バケンで夕日を待つ観光客達。この日は厚い雲で美しいサンセットは見られなかった。
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頂上につくと、すでに先客が多くいた。ちょうど10分後くらいに日が沈むといった感じだった。グッドタイミングだ。しかし目の前には厚い雲が覆い被さっている。夕日は見られるのだろうか。悪い予感は的中、私は美しいサンセットを見ることができなかった。厚い雲の隙間からうっすら太陽の光は見えるものの、それが美しい眼となって姿を現すことはなかった。太陽が沈むと辺りはたちまち闇に包まれた。遺跡を下り、待っていたMABUに「雲が多くて夕日が見れなかったよ」と言うと、「10日に1度見れれば良い方だよ」と言われた。なんと、そういうことだったのか。残念ながら私は10日もここに滞在することはできない。チャンスは残り2回、後は自分の運を信じるだけだ。バイクに向かう途中日本人のオバさんに話しかけられた。「一人で来てるの?」「はい」「大変ねー。でも若いから大丈夫ねー。がんばってねー」「ありがとうございます」。きっと片方に重いカメラバッグ、片方に三脚を担いでいたので気遣ってくれたのだろう。しばらくすると、バイクの横をアンコールシアーバスが通り過ぎた。すると、その窓に先ほどのオバさんの顔が見えた。パッケージツアー客か・・・。でも、そんな優雅な旅もいいなと少々羨ましかった。年相応の旅のスタイルを持ちたいと素直に思った。
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カンボジアのビール、Angkor Beer。その名の通りアンコール・ワットもプリントされてて渋いパッケージ。味もうまい。
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帰り道、歩いている山田さんに会った。彼はアンコール・ワットしか見れなかったと言っていたが、こんなスケールの大きなところを歩いたなんて、なんとパワフル。私が少しつめて、山田さんをバイクの最後部に乗せ3人でHello Guest Houseに向かった。それにしても、夕方から夜にかけてこの付近はスゴい虫の数だ。ゲストハウスに戻ってサングラスを取ると、レンズに何匹もの虫の死骸がへばりついていた。しばらくすると国境からここシェムリ・アップまで一緒だった日本人の松木さんと渡辺さんが帰ってきた。この二人の組み合わせは面白くて、渡辺さんは松木さんの友人のお兄さんということだった。渡辺さんは初の海外で、何度か海外経験がある松木さんに友人が一緒に連れて行ってあげてくれと頼んだのだそうだ。そんな理由だからこの二人がめちゃめちゃ仲が良いわけではない。というより、むしろ松木さんは若干迷惑しているようだ。渡辺さんは結構神経質でゲストハウスの飲み物の氷も全部取り除いてしまう。その割に見かけからは想像できないが柔道か空手の有段者らしい。それにしても初めての海外でバックパッカーでカンボジアとはなんともディープな・・・。4人揃ったので、夕飯はみんなで外で食べることにした。ゲストハウスの周りを歩いたがそんなに店はない。私たちはほとんど客の入っていない地元の食堂を見つけそこに入ることにした。私が注文したのはFried Yellow Noodle With ChickenとTiger Beer、なんかこっちに来てからFried RiceかFried Noodleしか食べていないような気がするが、味はめちゃくちゃ旨いので良しとする。ちなみにタイでも一部見かけたが、ここカンボジアではほとんどの食堂でビールを氷の入ったグラスに入れる。当たり前だが氷が溶けると味が薄くなる。それが嫌なので私は凍り抜きにしてもらうのだが、氷で飲むのが前提でビールを冷やしていないことが多いのだ。(もしかしたら冷蔵庫がないだけかも)本当はこのときカンボジアのAngkor Beerを注文したのだが冷えていないということだったので、「冷えてるのある?」と聞いてTiger Beerが出てきたというわけだ。それにしても今日はカメラと三脚のせいか肩が凝った。夜はゆっくり眠れるだろう。
つづく
※このときの遺跡巡りの様子はCOLUMN「第10回 写真集:クメールの宇宙〜アンコール遺跡群〜 - 前編 -」にてご紹介しています。ぜひこちらもご覧ください。