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チャオプラヤ川の渡し船。本数は多く今でも現地の人の重要な足として使われているようだ。
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旅行代理店でカンボジアへのバスチケットの手続きをしてから一度宿に戻った。軽く水シャワーを浴びて汗を流し、人が一人やっと入れそうな奥行きのバルコニーで一服してみる。いい天気だ。タイをはじめ東南アジアの熱帯地域では雨期にはスコールが毎日のように降りジメッとした湿った気候になるということだったが、ちょうど今は乾期に突入したばかりだというのに空気も適度に乾燥していていい天気である。16:00を過ぎていたが陽はまだ高いところにあったので私はカオサン通りとは逆側のチャオプラヤ川の方へ出かけてみることにした。もしかしたら川に沈む美しい夕日が見られるかもしれない。何かと水が好きな私にとって水がある場所では退屈しない、これ前回のマレーシアの旅で学んだ持論だ。ペナン島のバトゥ・フェリンギやマラッカでは海や川を見ているだけで何時間でも過ごすことができる。ベンチでもあろうものなら光がある限り読書もできる。何故か近くに水があるというだけで不思議とリラックスできるのだ。もちろんチャオプラヤ川もそれを裏切らないだろう。
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チャオプラヤ川で釣りをしていたタオスゥさん。ビールとタバコをくれた優しい人だ。
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ワット・チャナソンクラムの裏手に出て、比較的交通量が多い道路を越えるとそこはもうチャオプラヤ川、現地の人達が乗ったこの川の岸から岸、また上流から下流へ移動するための小さな渡し船が何度も往来する。ここから見える景色はマラッカのそれとは違って比較的発展した近代的な建物群だった。左手側にかかる大きな橋、多くの車が往来している。右手にはタイの芸能人でも住んでいるのだろうか、マンション風の高層ビルが立ち並ぶ。どれもまだ奇麗でタイがここ近年で急成長を続けていることが伺える。それでもやはりチャオプラヤ川は古来よりここバンコクの大動脈として大切な役割をしてきたのだろう、それなりの貫禄を持って目の前に横たわっていた。陽はまだ高い。ベストショットを撮ることができるのはもう少し後だろう。私は川沿いに作られた奇麗な遊歩道を散歩することにした。この遊歩道は現地の人はもちろん、観光客も多く散歩していた。中には結婚式の記念撮影を行っている風景も目にすることができた。
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チャオプラヤ川の夕日。この川は近代的な建物の中にそれなりの貫禄を持って存在している。
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少し歩くとチャオプラヤ川に釣り糸をたらしたまま遊歩道沿いに設置されたベンチに座っている中年男性がいた。私はこれは面白そうと隣に座り早速話しかけてみた。彼はタオスゥという名前で、今日はパンくずを餌にチャオプラヤ川で釣りをしていると言う。聞くと、以前3年間ほど日本で土木工事をしていたことがあるという。出稼ぎだろうか、しかしいくら日本で土木工事をして金を稼いだからといってもタイに戻って全く仕事をしなくてもいいのだろうか?今日は木曜日、休日ではないはずだ。まさかここで釣る魚が稼ぎ?バケツの中を覗いてみると食べられるのかどうかわからない比較的小さな魚が2、3匹いた。これでは食えないだろう。既に40歳で子供も二人いるという彼は服装もそれほど裕福そうにも見えなかったが、何故か上品そうな人柄にも思える。そんなことを考えながら時々夕日の写真を撮っていると、彼は2本の釣り竿を私に見ていてくれと頼むとどこかへ行ってしまった。言われた通りそこで見張りをしていると、しばらくして彼はコンビにの袋を持って帰って来た。袋の中にはChang BeerとPepsiが入っていた。彼はそれを私にくれた。後から法外な料金を請求されるのかと疑わなかった訳ではないが、ここは思い切って彼と乾杯をした。それ以外に彼はFall Rainというタイのメンソールタバコも1本くれた。タイのビールとタイのタバコでチャオプラヤ川で夕日を見ながら日本について語らう。そんなちょっとした優雅な時間を過ごしてから彼と別れた。しばらく歩いてから振りかえると、彼はまだ釣りをしている。どうやら本当に良い人らしい。それにしても彼はこちらにきて初めて知り合えた外国人、私は少々興奮しながら散歩を続けた。
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チャオプラヤ川沿いの公園にある白い要塞。本名はプラ・スメン砦というらしい。
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しばらく歩くと白い要塞のようなものが見えて来た。そこは川に面した小さな公園で、多くのカップル、学校帰りの学生、また家族などがのんびり夕方という時間を過ごしていた。人間(ひと)を撮ることが大好きな私は、早速そののんびりした雰囲気を撮り始めた。今回の旅で初めて持って来た望遠ズームレンズによる隠し撮り、少々陰気だが自然な人々の風景を撮影するならこの方法は持ってこいだ。ちょうどその要塞のようなものの外壁に小さな4人の子供がいたのでカメラを向けると、そのうちの1人がカメラに気づき他の3人に声を掛け4人でニッコリ、素敵な写真を撮ることができた。しかし、その後驚くべきことが起こったのだ。子供が私の方に近づいてきて金を要求して来た。「1バーツ!!」、日本円にしてわずか3、4円である。しかし、私はなぜかひかなかった。「No」と言い続けその場を去った。おそらくお菓子でも買う小遣い目当てだったのだろう、子供達は追ってはこなかったが、私はなんだか複雑な気持ちになりもうその場で写真を撮るのはやめた。何しろ子供から金を要求されたのは生まれて初めてだったのだ。
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少々ボケ気味だが被写体になってくれた子供達。撮影時は非常に満足したのだが・・・
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しかし、少々落ち着き始めるとふと別の考えが浮かんだ。あの子供達は果たして間違っているのだろうか?子供達は被写体になってくれて、そのおかげで私は満足のいく写真が撮れた。それに対して被写体料のようなものを払っても全然おかしくないのではないか?それを勝手にサービスと思い込んでいるだけなのではないだろうか?なぜ私はあんなに頑なに1バーツを拒否したのだろうか?何か海外に来ると騙されることに対する警戒心のようなものが勝手に働いてしまう。その警戒心がこういった場でも働いてしまったように思う。初めから想定していなかった金を払うということが、たとえ1バーツだったとしてもしっくりこなかったのだ。本来冷静に考えれば別に払ってもおかしくなかった。とは言えこれから戻って、「さっきはごめんね」って払うのも何かおかしい。陽が沈んだとは言え夕食までにはまだ時間があったので宿に戻る前に一度カオサン通りを散歩しようと向かったのだが、そんなすっきりしない気持ちのままどこを歩いても全然おもしろくなく、あきらめて宿に戻ることにした。
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Pat Thaiを売る屋台。桜えびをかけて食べると本当に美味。これだけでやっていける。
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部屋の窓からバンコクの夜景が見えるようになり、外からおいしそうな匂いと酒で楽しむバックパッカー達の話し声が聞こえてくるようになったので、私も夕食を摂るために外に出た。すると宿を出てすぐの場所で一人のおばちゃんがPat Thaiの屋台を開いている。そして私はその前を無視して通り過ぎることができなくなっていた。どうやらPat Thaiにハマってしまったようだ。桜えびと天かすの香ばしさがいい。わずか15Bで買えるPat Thai with Egg、これでタイでは何とかやっていけそうだ。その後カオサンロードをぶらついてみたが、もう気持ちは明日からの旅のことで一杯になっていて特に何にも興味を惹かれなかった。明日はいよいよカンボジア入りだ。人生初の陸路での国境越え、他の国の人にとっては何でもないことだろうが、日本人にとっては新鮮だろう。そしてついこの前まで戦場だった国に私は足を踏み入れるのである。期待と不安が入り交じる。6:30にツーリストオフィスに行かなければならない。そういえばこちらに来て一度も日本人と会話をしていない。別に悪くはないことだが、そろそろ日本語を話したい気もする。そんなことを考えながら、私は眠りについた。
つづく