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第1便 マレーシア編
第1章 ペナン島

第1話 初めての一人旅

なぜ一人旅だったのか、そしてなぜマレーシアだったのか・・・。

 システムエンジニアという仕事はプロジェクトという単位で活動する。プロジェクト期間は短くて半年、長ければ数年に及ぶこともある。プロジェクト期間中にまとまった休暇をとることは、ほぼあきらめた方がよい。運が良ければ局面が変わるとき、たいていはひとつのプロジェクトが終わり次のプロジェクトが始まるまでのいわゆる”プロジェクトとプロジェクトの谷間”に長い休暇をとることができる。

 このときも例外ではなかった。たまたま2002年5月にひとつのプロジェクトが終了し、若干の残作業を行っている合間に私はふとインターネットで格安航空券の販売サイトを見ていた。もともと一人旅にまったく興味がなかったわけではない。しかし、やはり日本語が通じない、知り合いも一人もいない異国の地で果たして一人で過ごせるのだろうか、病気にかかったらどうするのか、事件に巻き込まれたらどうするのかなどの不安でいまいち踏み出せないでいた。そんな私が、このときに限ってはなぜかすんなり一人旅に行きたくなった。おそらく一人で旅をするということに対する不安よりもどこかへ行きたいという思いの方が強かったのだろう。5月9日に往路:成田−クアラルンプール−ペナン、復路:クアラルンプール−成田のマレーシア航空のチケットを43,000円で手に入れて、5月14日にはスノーボード用に買った26リットルのバックパック1つで旅立っていた。そういえば小さい頃、ジェットコースター嫌いの私がディズニーランドでいつのまにかスペースマウンテンの列に並んでいたことがあったが、今回もちょうどあのときと同じようにあらためて考えるとよく踏み出したなと驚かされる。

クアラルンプールに着陸直前の飛行機からの空模様。雲は夕日に染まり、夜が迫ってきていることを思わせる。
 不安は早速やってきた。今晩泊まるところがあるのだろうか。成田を13:30に出発してクアラルンプールに到着したのがすでに現地時間で19:35、辺りはうっすら暗くなってきている。ここからさらに21:20発の国内線に乗り換えてペナン島へ行かなければいけない。考えてみれば、初めての一人旅ですべてが未経験にもかかわらず何も計画という計画を立ててこなかった。初夜の宿くらいは予約しておくべきだったかと少々後悔した。とにかく乗り遅れてはまずいと、国内線にもかかわらず1時間も前にチェックインして飛行機に乗り込んだ。離陸前の飛行機の窓から外を眺めてみると、すでに辺りは真っ暗になっていた。いよいよ不安も増してきた。

 飛行機が離陸してすぐ、隣に座った老人がノートパソコンを取り出し仕事を始めた。顔はうっすら黒く健康そうな老人で、見た感じでは日本人なのかマレーシア人なのかは判別がつきにくかったが、使用していたノートパソコンが富士通製だったので思い切って声をかけてみた。一人旅に出て、初めてのコミュニケーションである。「あの、日本人の方ですか?」、すると彼はすぐに「はい」と答えてくれた。聞くところによると、田中さんという名前のこの老人は現在はクアラルンプールで仕事をしていて、この日はたまたま出張でペナン島へ向かうところだということだった。私は、東京でシステムエンジニアの仕事をしていること、初めて一人旅に出たことなどを話した。田中さんは私が宿をとっていないのを聞くと、部屋が空いているかどうかはわからないがとりあえず田中さんが予約している宿に行ってみてはどうだと勧めてくれた。夜遅くから宿を探すのは難しいし、田中さんが予約している宿もそう高いところではない、一緒に来てみて気に入らなければ近くの宿を探せばいいという。私はもちろんすぐに同意した。

 22:05、飛行機は予定通りペナン島の空港に着陸した。到着ロビーを出て、私は自分が日本円しか持っていないことに気づいた。田中さんに大体いくらくらいを両替すべきか教えてもらい、まず15,000円をマレーシアの通貨リンギ(RM)に両替した。とりあえず空港から、ペナン島でもっとも賑やかな街ジョージタウンに行かなければならない。もちろん時間的にバスもないので、田中さんのタクシーに相乗りさせてもらおうと思ったが、彼はタクシー代をすべて払ってくれた。(この空港では、空港でジョージタウンまで一律のタクシーチケットを買って運転手にそのチケットを渡すというシステムである)田中さんはタクシーの中で、彼の知人が海外のショップでクレジットカード詐欺にあった話や、別の知人がやはり海外のホテルで泥棒にあい、実はルームサービスが犯人だった話などの旅をする上で気をつけなければいけないことをいろいろ教えてくれた。何しろ一人旅、自分を守ってくれるのは自分しかいない。2年ぶりに海外に出た私は、再度心を引き締めた。

ジョージタウンにあるSunway Hotelのエントランス・・・を撮ったつもりが、ファインダーに収まっていない。一人旅の初夜の興奮がうかがえる。
 ジョージタウンについたときには、すでに23:00を回っていた。確かに今から宿を探すのはちょっと難しそうだ。田中さんが紹介してくれたホテルはSunway Hotelというビジネスホテルで、私の印象では中級ホテルといったところだ。1泊朝食バイキング付で140RM(Deposit込みで250RM)、日本円にして約4,200円の部屋が一番安かったので、その部屋を借りることにした。貧乏旅行としてはかなりの出費だったが、まあ初夜でもあるしケチをせずに従おう。部屋は11階の1105室、もちろんエアコン、バス、トイレつき、今までのパッケージツアーで泊まってきたホテルとほとんど変わらないクラスだった。一服した後、早速カメラを持って外へ出てみた。人気のほとんどない深夜のジョージタウンをぶらついていると、薄暗い中で一軒の屋台が営業していた。何人かの現地人が道端に仮設されたテーブルで食事をしている。そういえば夕食をとっていなかったのを思いだし、何か食べるものはないだろうかと私が近づくと、彼らは一斉に私の方を見た。初めての一人旅だったせいか、それとも単に夜だったせいか、私は少々恐怖を感じてしまった。先はまだ長い。焦ることはない。私は夕食をとらずにすぐにホテルに引き返し、風呂に入った。なんとか初日をクリアすることができた。これから何が待ち受けているのか、期待と不安が入り混じる。そして、やはり疲れていたのだろうか、私はすぐに眠りについた。

つづく

2004/02/16(Mon)掲載