はじめに
ちっぽけなバックパッカー

ペナン島のジョージタウンにある瑞士旅社。ペナン島ではよく見かける中国系が経営する典型的な安宿である。
「では、良い旅を・・・」
マラッカ行きの長距離バスに乗ろうとしている私を、彼はそう言って快く見送ってくれた。 (2002年5月18日 瑞士旅社(スイスホテル)前にて)

 もともと"旅"がそれほど好きな方ではなかった。それまでの私は、アルバイトなどをしてお金がたまると、友人との娯楽に費やしたり、モノを買うことに費やしたりと、"旅"のためにお金を費やすことをしなかった。もちろん、"旅"の経験がまったくなかったわけではない。小さい頃は毎年夏に家族旅行に出かけていたし、海外に関してもハワイ、オーストラリア、シカゴなどそれなりに行っていた。大学時代に卒業旅行として行った、アメリカ西海岸(サンフランシスコ、ラスベガス、グランドキャニオン、ロサンゼルス)は友人たちと3人で、初めて自分達の力で行った"旅"だった。どれも新鮮だったし、それなりに影響を与えてくれた。しかし、それらの経験をふまえた上でも、私の中の"旅"の優先順位は明らかに低かったのである。

 そんな私が今は"旅"にはまっている。それはなぜか、その理由は私の中ではいまいち明確にならない。ただ、今までの"旅"とあきらかに違うのはそれが一人旅であることである。一人旅というのは、何もかもを自分で決めなくては"旅"ができない。逆に言えば、自分が決めたことが"旅"になるのである。以前の"旅"というのは、家族が旅行の計画を立てているからとか、大学の最後といえばやはり卒業旅行だろうというような、何か外部的なきっかけがあった。しかし、一人旅では、自分で行こうと思わない限り"旅"に出ることはできない。それは現地に到着してからも同じである。パッケージツアーで決められた都市や観光地へほぼ時間通りに行ける旅と違って、インターネットで格安航空券だけを購入して現地に入る。自分で探さなければ今晩泊まる宿さえもない。もちろん前者が悪いと言うわけではない。実際、私自身パッケージツアーも好きである。しかし、「今日は雨が降っているからあそこに行くのはやめよう」とか「あの旅行者がすごくいいと言っていたからいってみよう」というような自分の感情の起伏や体調が合わせた"旅"に、私は観光的なものよりもむしろ生活的なものを感じる。まるで現地で生活しているような気がして、自由を感じることができる。そういったものが、決められた"旅"とはまた違った充実感と安らぎを私に与えてくれるのである。

 私は、社会人になって初めてこのような経験ができた。比較的時間のあった学生時代にはその魅力に気付かずに過ごし、時間的に制限される社会人になってから気付いたというのは実に皮肉な話のようではある。たしかに今の私は本格的なバックパッカー達のように〜ヶ月、〜年と長期の"旅"はできないかもしれない。しかし、多くて2週間程度しかとれない休暇に一人旅に出かけて、「ちっぽけなバックパッカー」になり自由に"旅"することに私は大変満足している。"旅"の仕方はそれぞれである。もちろん制限のない時間で各国を渡り歩くことにも魅力を感じるが、今の私にはある程度限られた時間の中で一国あるいは二国を好き勝手"旅"する方が合っているようである。なぜなら、私は日本での生活もまた大好きなのである。

 冒頭の言葉は、初めての一人旅でマレーシアを訪れたときペナン島のジョージタウンで知り合った佐藤さんが、マラッカに向かおうとしている私にかけてくれた言葉である。「今まで何をしてきたのか、これから何をしていくのかは知らないけど、最後に良かったと笑えるようにやっていきな。」そんな意味が込められているように感じるこの言葉が私は大好きである。 昔、祖母に連れられて山登りをしたときに、すれ違う人達がみんな「こんにちは」と挨拶をしてくることに非常にすがすがしい気分になったことがある。祖母は「山登りをするときには知らない人にも必ず挨拶するのよ。」と教えてくれた。普段、都会で過ごしているとなかなか気付きにくいが、山道のような場所でたとえ知らない人でも人に会うということにちょっとした幸せを感じる。"旅"においても同じである。たまたま同じゲストハウスにいた、たまたま同じバスに乗っていた、たまたま同じ食堂で飯を食っていた、そういった出会いは私の"旅"にとって最高の宝物であるし、そういった出会いをすることが私の"旅"の目的の一つになっているのも紛れもない事実である。以来、私はそうして出会った人達には必ずこの言葉をかけるようにしているし、ゲストハウスに情報ノートがあると必ずこの言葉をすべての旅人へのメッセージとして残すようにしている。よく"人生"を"旅"に例える人がいるが、どちらも最後に良かったと笑えるようにしたいものである。

最後に、このGARAGE291を訪れてくださったすべての人々に・・・"良い旅を"

2004/02/16
Yuki Fukui

2004/02/16(Mon)掲載