日本は木の国です。放っておけばどこでもニョキニョキと木が生えてきます。それなのに、木の名前を識別できる人って現在は不思議なほど少ないものです。シイ、カシ、クスなど、聞いたことがあってもそれがどの木か判らない、という人がほとんどではないでしょうか? 木の名前を覚えるのに、花や実の様子で覚えていては、花や実がない場合は見分けられません。ですから、花や実がなくても見分けられる術を身に付けたいものです。 |
そもそも、木を見分けるにはどういう方法があるの?
生物の種を見分ける(同定=どうてい)方法は、生殖の観点から識別するのが基本といえます。よって樹木の場合は、花あるいは実で見分けるのがいちばん正確な同定方法といえます。しかし、樹木が花をつける時期は一年のうちたった数週間ですし、若い木は10年以上も花をつけないこともあれば、大人の木でも生育条件が適さなければ何年も花をつけないことはざらです。 そこでぜひ知っておきたいのが、葉で見分ける方法です。樹木の葉は、一見どれも同じように見えがちですが、少し目を凝らせば様々な個性が見えてきます。例えば、葉のふちのギザギザ(鋸歯=きょし)の有無や形、葉の表面 のすじ(葉脈=ようみゃく)の入り方や、葉の柄の部分(葉柄=ようへい)の長さや色、また、葉の各部分の毛の有無など、着目すべき箇所は数多くあります。かなりマニアックには感じられますが、ほとんどの場合は顕微鏡やルーペを使わずとも、肉眼で確認できる特徴なので、初心者でも知識さえ身に付ければある程度の識別 は可能です。 ところで、樹木には常緑樹と落葉樹があります。常緑樹は一年中葉をつけていますが、落葉樹は冬に葉を落としてしまいます。では冬の落葉樹はどうやって見分ければいいのでしょう? それを解決するのが冬芽(=ふゆめ)による同定方法です。冬芽とは、枝先や枝の途中にチョコチョコとついている小さな芽のことで、春に出る花や葉を格納しています。この冬芽の形状や毛の有無、芽を覆っている皮(芽鱗=がりん)の枚数、また、葉がついていたあと(葉痕=ようこん)の形状などから見分けます。これらは、いずれも非常に小さな部位である上、その差も微妙で判りにくいので、専門家や上級者向けの同定方法といえます。 以上の4点、花・実・葉・冬芽による見分け方が、樹木の基本的な同定方法です。これに加え、樹皮や枝からもある程度の特徴をつかむことができますが、それだけで種を特定できるのは一部の樹種のみです。そしてもう一つ知っておいてもらいたいのは、樹木の全体像(樹形=じゅけい)を見ただけでは、正確な同定はできないことが多いということです。樹木という生き物はとても個性豊かで、その土地の環境(気候・日照・風当たり・地形・土壌・競合植物等)や樹齢などによって、いくらでも樹形が変化するからです。 葉で見分けるにはどこを見ればいいの? 私がもっともおすすめするのは、葉による同定方法です。葉は、いちばん身近で手軽な部位でありながら、花や実の鮮やかさに隠れて、一般のポケット図鑑などでは詳しく触れられていません。しかし樹木の葉には、樹種を同定するための様々な情報が十分詰められています。以下に、葉のどこに、どういった手順で注目すればよいかを簡単に挙げてみました。
●葉の形(葉形=ようけい)
●葉のつき方(葉序=ようじょ)
●葉の縁(葉縁=ようえん)
●常緑or落葉
※樹木の詳しい見分け方については、拙著「葉で見わける樹木 増補改訂版」(小学館)や だいたいこのような順序で葉の特徴を確認しながら、木の名前を調べていきます。もちろん、これらすべての項目をチェックしなくてもわかる場合もあれば、もっと詳しく調べないとわからない場合もあります。また、実際のフィールドでは個体差の範囲を認識しておくことが重要です。樹木は、個体差や変異が非常に多く、季節、樹齢、生育環境などによってその形状がさまざまに変化するからです(下記参照)。ですから、葉っぱを採取して調べるにしても、枝全体を見渡してもっとも典型と思われる葉を選ぶことが大切なのです。 【葉の形に見られる変異や個体差の主な理由】 科・属 ・学名・品種・・・どこまで覚えればいいの? 生物の分類上の用語として、「界・門・網・目・科・属・種」という階級があります。樹木の場合は下位3階級の用語が一般によく使われます。例えばヤマザクラという種は、「バラ科サクラ属ヤマザクラ」となります。「科」という単位を覚えると、同じ科に属する植物の共通した特徴をつかめるようになるので、種を同定する際にもとても有効です。例えば、「バラ科の木は花びらが5枚」とか、「カエデ科の木は葉が対生する」とか、「クスノキ科の木は葉に芳香のある」といった感じです。その下の「属」という階級は、さらに細かく分類する単位で、特にバラ科やブナ科など多くの種を含む科ほど、属の分類が大きな意味を持ちます。例えば、「バラ科サクラ属の葉は葉柄に腺体がある」とか、「ブナ科のうち、コナラ属とブナ属の木は花粉を風で飛ばすが、シイ属やクリ属は虫が運ぶ」といった特徴があったりします。また、学名の表記にも属が使われます。木を覚える場合は、種名と一緒にできるだけ科名も覚え、余裕ができれば属名も覚えるとよいでしょう。 学名というのは、生物名をラテン語(文字は英語と同じ。発音はほぼローマ字読み)で示した学術的な名前です。例えばコブシの学名は「Magnolia kobus」と表記されるように、2つの単語で構成されます。初めの単語は「属」を示しており、2番目の単語は「種小名(しゅしょうめい)」と呼ばれ、種固有の形容詞が用いられます。属名+種小名を基本として表記されるので、二名法と呼ばれます。この2語の後ろに、命名者名を表す単語や略語が表記される場合や、種よりさらに細かい分類が表記される場合(後述)もあります。学名は世界共通の呼称なので、学術分野で活躍する研究者や、海外の植物を扱うことが多い園芸業者にとっては必須の情報といえますが、趣味や個人で植物を楽しむ場合は、特に必死になって覚える必要はないでしょう。 一方で、学名の同じ「種」の中でも、「亜種」「変種」「品種」と呼ばれるさらに細かい分類が存在し、学名では種小名の後ろにそれぞれ「ssp.」「var.」「h.」という略語をつけて表されます。これらは、同一の種でありながら一部分に違いが見られるものや、地域的な変異が見られるものなどに用いられます。例えば、太平洋側に分布する「ヤブツバキ」に対し、日本海側に分布する背の低いヤブツバキは亜種の「ユキツバキ」として扱われたり、イタヤカエデは葉の大きさや毛の有無などで「オニイタヤ」「エンコウカエデ」「ウラゲエンコウカエデ」などいくつもの亜種や変種、品種に細分類化されます。 また、園芸用や農業用に人為的に作りだされた植物は「栽培品種(園芸品種)」と呼ばれ、学名では引用符「'」で囲って栽培品種名が記されます(かつては「cv.」という略語が使われていましたが、現在の国際植物命名規約では廃止されました)。例えば、園芸店で売られているコニファー類の多くは栽培品種であり、代表種のゴールドクレストの学名は「Cupressus macrocarpa 'Goldcrest'」で、モントレーイトスギ(Cupressus macrocarpa)の栽培品種であることがわかります。俗にいう八重ザクラ類(サトザクラ)もほとんどが栽培品種であり、多くはオオシマザクラやエドヒガンなどの野生種が母種となっており、雑種から作られたものも多くあります。なお、雑種の学名は属名と種小名の間に「×」という記号が記されます。 こういった紛らわしい分類がたくさんあり、一口に「木の名前」といっても、それがどの樹木を指すのか、正確には分かりにくい場合があるのも事実です。正式な和名というのも定められていませんし、1つの種に複数の学名が存在したり、研究者によって分類の見解が異なる樹木もあります。こうした分類や学名を追求すると、それはそれで奥深くて面白いものですが、ふだんの生活で木の名前を覚えるぶんには、無理して細かい分類を覚える必要はなく、大ざっぱな名前を把握したので十分と思います。 こんきなんのき所長/林 将之 |
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