「黒猫のワルツ」2−2





「美味しいねー。さくさくでほかほか。甘酸っぱい」
「うん」
「このチョコレートの微妙な味が、堪らんわ」
「うん」
「パイが暖かいのに、バニラアイスが冷たいし、絶妙ー」
「うん」
「うーまーい。舌に残る苦みと甘みが最高や!」
「うん」
 ここは、評判のケーキ屋である。店内を見渡せば女性客が圧倒的に多い。中にはカップルもいるが、男性のみ、という客は希有だ。その希有な客であるのが彼ら少年達である。
 おかげで、大層目立っていた。
 制服姿であるのも、それに拍車をかけている。
 一目でわかる氷帝学園の高等部。胸元のエンブレムが目を引くブレザーにチェックのズボンだ。唯一ネクタイの色が中等部と高等部の違いになっている。
 偏差値も学費も設備も高いという有名私立の学園だ。その上、彼らは大層見目麗しかった。おかげで、店内の女性客から熱い視線を注がれているのだが、彼らは全く気にしていなかった。ある意味視線に慣れているといっていい。
 ケーキ屋のテラス席に座るその少年達は越前リョーマ、忍足侑士、芥川滋郎の3名だ。
 見目麗しい客はテラス席。まるで友釣りのように客を呼ぶ戦法であるのか、いくつかあるテラス席には大人の魅了あふれた美人の二人連れとお似合いの恋人が座っていた。
「ねえ、リョーマ食べてみる?」
 芥川が自分が食べているアップルパイをフォークで一口サイズに切ってリョーマの口へ差し出した。リョーマは頷くとぱくりと食べる。味わうように租借して飲み込むと、にこりと満足そうに笑った。
「うん、美味しいね、ジロー」
「でしょ?ここのはお勧め」
 芥川も相好を崩す。
「じゃあ、これも食べてみい」
 隣で忍足も同じように一口大のケーキの欠片をフォークに差してリョーマの口もとへ差し出す。
「あんまり、甘くないね、これ」
 遠慮なくチョコレートケーキを味わってリョーマは忍足にありがとうとお礼を言った。
「せやろ。いいカカオ使うてるんやろな。香りも苦みも上品や。それにこのスポンジとクリーム、何種類か違う味で層にしてある分複雑で絶妙な味わいやわ。甘みも砂糖だけやのうて蜂蜜とか使うてるやろうし、味わい深いわ……」
 リョーマはその忍足のうんちくを聞いて納得する。確かに、舌に残る味わいが複雑で堪能できた。
「じゃあ、俺のも食べてみる?はい、ジロー」
 リョーマはお返しだよと己のショートケーキを切り、芥川の口へと運ぶ。芥川はあーんと口を開けて満面の笑み浮かべた。
「ありがとう、リョーマ。美味しいー」
「はい、ユーシも」
 同様に忍足も口を開けて生クリームとふわふわのスポンジを味わう。
「おおきに。生クリームが上質やなあ」
 そうして忍足はやっぱりショートケーキは王道だと呟いた。
 その、まるで女子高生のような会話といい動作が、それまでよりいっそう注目を集めていた。
 今日はテニスの練習がないため、甘いものが好きなリョーマを誘い忍足と芥川はお勧めのケーキ屋に来ていた。
 向日も鳳も宍戸もそういったものに参加するのが常だが、たまたま用事があって今回は不参加だ。部活のない日は予定が入っていることが多い。全国大会出場校である氷帝テニス部は練習が他の部活より多いため、ない日は買い物や用事などをすでに入れているのが常であるから、突然の誘いは難しいのだ。
 今回不参加の向日などは、来週、絶対行くぞと別れ際叫んでいた。彼もケーキに目がないのだ。
 案外に、レギュラー陣は仲が良い。そういう付き合いを遠慮したがる日吉さえも、引きづられて甘いものツアーに参加することがある程だ。誰が決めたのかレギュラーの義務になっていた。美味しい物を食べて交流を深めるのだ、と大義名分を振りかざして甘味ツアーは慣行される。別に、普通の食べ物でいいではないか、と思う者もあったが恐ろしくて口に出せなかった。
 部内の責任者である跡部が、甘い物ツアーにあまり参加しないのは、唯一そんなものに付き合っていられるかと文句を言える人間であることと、生徒会長さえも努める多忙さ故だ。
 
 
 
 
 
「じゃあね」
「バイバイ」
「気、付けてな」

 お腹を満たすと、リョーマは二人と別れて街へ歩き出した。まだこの街に慣れていないため、歩くだけで新鮮だ。美味しいお店を教えてもらうと嬉しい。段々住んでいる街を知って行くのはわくわくする。これから、スポーツ洋品店やいろんな店を探して気に入りを見つけていこうと思う。
 道路脇に並ぶ店舗を横目に見ながら、リョーマは足取りも軽く歩いていた。
 すると。
 ふと、視線の先に小さな女の子とその子の前にしゃがんで話かけている青年が映る。青年は困ったように、泣き出しそうな子供に身振り手振りを添えて話しかけているが、子供には青年の意図が通じていないようだ。
 とても背の高い青年は見かけない制服を着てテニスバックを肩にかけている。
 リョーマは興味を引かれて、近付いた。
「どうしたの?」
 リョーマが青年の横にしゃがみ並ぶ。
「迷子だと思うんだが、言葉が通じん。日本語も英語も……」
 困惑気味の青年は、厳つい顔に皺を刻んで答えた。
 目の前にいる少女はふわふわに波打つ栗色の髪を背中に流し大きな薄茶色の瞳をしていて、どう見ても日本人ではなかった。
 英語が通じないということだが、どこか他の国から来たのだろうかと疑問に思いながらそれでも最初は英語で聞いてみる。
「Being the lost child?(迷子なの?)」
 次いで、違う言葉で。
「Das verlorene Kind sein? En ce qui concerne la mere ?」
「………?」
 ドイツ語、フランス語で同じことを聞いてみるが、少女は首を傾げている。
「You are a coming-from where ? name? Etes-vous a ven - dont ? nom?(どこから来たの?名前は?)」
 英語、フランス語で話しかける。
「……」
「Siete a ven- da dove? nome.(どこからきたの?名前は?)」
「Luisa. It swerves with a mama.Luisa. Swerves con un mama(ルイーサ……。ママとはぐれれちゃった)」
「Luisa? -- se e esso, cerco(ルイーサ?そっか、じゃあお兄ちゃんが探してあげる)」
 やっと、通じたのはイタリア語だった。
 リョーマはルイーサと名乗った少女の頭を優しく撫でると、腕に抱き上げた。
 人形のような可愛らしい少女を腕に抱えているリョーマは大層絵になった。黒髪に黒曜石の瞳をした綺麗な少年が対照的な色彩を持った栗色で薄茶色の瞳の少女に微笑みかけているのだ。
 まるで、絵画のような映像が目の前で繰り広げられている。

「あのさ、交番知ってる?」
 街の地理に不慣れなリョーマは首を傾げながら、背の高い青年に問う。思わず見惚れてしまった青年は、あわてて頷いた。





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