「ただ今より、第26回氷帝学園バザーを行います」 生徒会長である跡部の開催の挨拶が放送で流れると共に正門が開けられ今か今かと待っていた客が入って来た。生徒会役員が門の管理や……あまりに不審な人間が入らないか見張っている……様々な問題が起こった時の対応をするため、入り口付近に張られたテントの下に机と椅子を並べてスタンバイしている。 跡部はそのテントの横で、秀麗な顔に完璧な微笑みを浮かべ、ようこそいらっしゃいましたと生徒代表らしく挨拶をしていた。来場者の中には氷帝の父兄も当然だが紛れているのだ。その中にはこれ幸いと自分の子息が通う学園の様子や実態を探ろうとしている者も少なくない。学校へ申し込めば学内の見学等を父兄から氷帝学園は受け入れているが、畏まった席ではなく普段の生活が見たい、と思うのが親心というものだろう。そうして目を皿のようにして学内の生徒を観察する。 そんな父兄から生徒会が品性を伴わないと認識された日には苦情が舞い込むことことは必至だ。 そのため、生徒会役員だけでなくバザーに参加する者にはきつく言い渡されている。各部長には、部員が氷帝の生徒らしい態度を取るようにと念が押されている。 もし、父兄からクレームが来たらその部の来年の予算は大幅カットだ。責任が問われるため、各部長は全部員にバザーにおける掟を教え込む。 売り上げにおける競争よりも事実はクレームを受けない方が重要な学校バザーだった。 「いらっしゃいませ」 リョーマは飛びきりの笑顔を浮かべて、道行く人に声をかけた。 花を飾られた綺麗な少年が、薔薇に囲まれて微笑んでいる姿は誰の目をも釘付けにした。綺麗で可愛いものが大好きな女性は、必ず立ち止まると言っていい。 「この赤い薔薇は『カトリーヌ・ドヌーブ』。映画女優の名前を持つフランスで作られた、紅色とオレンジの中間のような色合いが艶やかな薔薇です」 リョーマは手前にある赤い薔薇を優しく撫でる。 「そして、このピンク色の薔薇は『クイーン・エリザベス』。アメリカの薔薇で何度も賞を取ったことのある美しいピンク色が特徴の薔薇です。開いた姿は貴婦人のようでしょ?」 「これは『プリンス・オブ・ウェールズ』。故ダイアナ元妃の10年以上英国肺病基金活動に対して英国女王がハークネス社の純白の薔薇にその名前を付けることが許可された薔薇です。その売り上げの一部がハークネス社を通じ、英国肺病基金の活動資金に寄付されているという逸話がある有名な薔薇です。この純白が何よりそれを物語るように美しく輝いていると思いませんか?」 リョーマが語る話にうっとりと聞き惚れた女性客は、一人残らず薔薇を買った。 もちろん、一輪だけという客は皆無だ。大抵5本、10本とまとめて買っていく。元々豪華で高価な薔薇を安価に売っているのだから、客もまとめて買っていくのは当たり前といえば、当たり前だ。 中でも、花束のようにして欲しいという客が多かった。 「この白い薔薇で手に抱えるくらいの花束にして欲しいの。できるかしら?」 ふと立ち止まって女性客が純白の薔薇を指さす。上品な身なりをした年配の女性だ。 客の要望に、もちろん可能な限りリョーマは応える。 「かしこまりました。ラッピングは新聞紙しかありませんが、リボンを結んでなるべくご期待に添えるようにしてみます。……どこに飾られるんですか?」 「リビングよ。明日来客があるからこの薔薇を飾って見せてあげたくて」 豪華な薔薇を飾れるリビングがある家はどう考えてみてもかなりの邸宅だろう。 その最大値である跡部邸に住んでいるリョーマは、確かにある程度の華やかさがないとリビングが引き立たないなと納得する。 抱えるくらいという要望を叶えると、かなり多くの薔薇の量になる。その大量の薔薇をまず輪ゴムで止め固定し、その上から英字新聞で包み、麻布で何重にも縛り隣の棚から……香水やアロマグッズが飾ってる場所だ……白いリボンを拝借しくるくると巻き蝶々に結ぶ。 例え英字新聞で包まれようと、出来上がった花束は豪奢な一品だった。 「どうぞ。気を付けて」 リョーマは少々重くなった花束を女性客に慎重に渡す。 「ありがとう。綺麗だわ」 そう満足そうに笑うと、女性客はお釣りは結構よと言って万札をリョーマの手に握らせると去っていった。 「……」 貰い過ぎでは、なかろうか。 リョーマは悩んだ。バザーでお金をもらいすぎるのは、駄目なのではなかろうか。否、でも、これは相手が欲しい価格で買うものだし。 うーん、Keyに相談した方がいいだろうか? どちらにしても、あの客の姿はもう見えない。後で聞いてみようと決めて、リョーマは接客を続ける。 リョーマがなぜこれほど薔薇に関して流暢に話せるかというと、特訓したおかげだ。 珍しく美しい薔薇の数々を跡部邸で見ていたリョーマは売り子をやると決まった後で、庭師である桜田に教えを請うた。 売る人間がその商品を知らないで売るなんてあり得ない。 まして、自分が大好きな薔薇達だ。できるなら、しっかりと説明して買ってもらいたい。だから、リョーマは薔薇の品種についての知識だけでなく、ラッピングや扱い方も習った。今では、跡部邸の薔薇に限っては、ちょっとしたものだと自負もしている。 「ねえ、お兄ちゃん」 リョーマがふと考えに捕らわれていると、小さな女の子がエプロンを引っ張っている。 「どうしたの?」 リョーマは視線をあわせるように腰を屈めて、少女に笑いかけた。 赤と白のチャック柄のワンピースを着た、5歳くらいの少女だ。長い髪を三つ編みにして下ろしている。大きな瞳でリョーマをじっと見つめる姿がとても可愛らしい。 「あのね、お母さんがおたんじょうびだからお花をあげたいの。でも、わたし、これだけしかないの。お花、かえる?」 少女の両手にあるのは五十円玉が1つ。十円玉が4つ。合計90円だ。 リョーマは安心させるようににっこりと笑い少女の頭を撫でた。 「大丈夫だよ。1本しか買えないけど、綺麗にラッピングしてあげるから。どの薔薇がいい?どれでもいいよ」 優しい声でそう告げると少女は満面の笑みを浮かべた。 「ほんと?あのね、あのあかい花がいいの。おおきくて、花びらがたくさんある、あれ!」 少女が小さな指で示した先にある薔薇は一際豪華な深紅の薔薇だ。 「これ?これはね、『スーパー・スター』っていうドイツの薔薇だよ。君のお母さんは正しく君にとってスーパー・スターだね」 リョーマは一輪抜き取り新聞紙で包むと赤いリボンで結んだ。赤いリボンはディスプレイしてる香水に結んであった上質なリボンだ。そして薔薇を少女に渡す。 「ありがとう、お兄ちゃん!」 少女は元気よくお礼を言う。そんな仕草がとても微笑ましい。 リョーマはもう一度少女の側で屈むと、自分のエプロンのポケットに刺してる薔薇を一輪手に取ると少女の三つ編みの片方の結び目にそれを飾った。 「これは、君に。よく似合うよ」 間近にある薔薇より綺麗な笑顔に少女は一瞬戸惑うが、自分の髪にある薔薇を一度確認するように見て、リョーマに彼女にとってできる限り最高のお礼を返す。 少女は、躊躇することなくリョーマの頬にキスをしたのだ。 「ありがとう!」 「……どういたしまして」 今度はリョーマが一瞬動きを止めるが、照れくさそうに目を細めて駆け出した少女に手を振る。 ばいばいと可愛らしく遠く離れても手を振る少女に、リョーマも付き合って手を振り続けた。 本当は、90円で買える薔薇はここにはない。 最低でも100円だ。その100円でも市価より随分安い価格だ。 ちなみに、少女が買った薔薇は一本200円するのだが、リョーマは気にしなかった。先ほどの客は多分実際に花屋で買う値段を置いていった。少女は自分に出せるお金で買っていった。それだけの違いだ。 続け様に接客をしている間に薔薇はかなり売れたようで、残り少ない。すでに一本もない種類の薔薇もあるほどだ。 もうひとがんばりだな、とリョーマは活を入れて、道行く人に笑顔を向けた。 |