秋晴れというのか、爽やかに晴れ渡った空は青い。 どこまでも澄んでいて、白い雲がぽっかりと浮かんでいる。 今日は文化祭当日である。 1年1組の演目は2日目午後2時から講堂で行われる。開会式が講堂で行われ、校長の挨拶、生徒会長の開会の言葉と注意事項があって、いよいよ文化祭の幕は開いた。 三蔵と八戒はクラスのパンフレットを見ながら、各クラスの出し物をチェックする。 「見たいものはありますか?」 「2組のシンデレラだな」 「コメディ仕立てって書いてありますね。決して笑いをこらえてはいけません、って何でしょう?」 「さあな。でも、見るって約束したから・・・」 「約束?誰と」 八戒は聞き捨てならないことを聞いたと思った。 「紅孩児だ」 「・・・紅孩児と約束したんですか?へえ・・・。そうですか」 「どうかしたのか?」 八戒の意外な反応に、三蔵は戸惑う。 「いえ、いつの間にそんな親しくなったのかと思いまして」 にっこりと微笑む八戒だ。 でも、その微笑みはどことなく怖い。 「親しくって・・・、この間逢ったときに見るって言っただけだ。お前は嫌なのか?」 「とんでもない。是非、見ましょう」 微笑んでいるというのに、八戒の目が笑っていないように感じる。自分は何かおかしな事を言っただろうか?三蔵は内心首を傾げる。でも、検討もつかないので、違う話題を振ってみた。 「八戒は見たいものあるのか?」 「5組の和風喫茶です。悟浄のクラスですよ」 「あいつか」 「ええ。和菓子が美味しいみたいですから、後でいきましょうね」 「わかった」 それでも、八戒の機嫌はどことなく良くないみたいだ。 わからない、と思いながら三蔵は席に着いた。 このまま若干時間を待てば、この講堂で演目は始まるのだ。 11時からの開演である。 「1年2組コメディ仕立て、「シンデレラ」をお送りします」とアナウンスが流れた。 幕が開くとそこはお屋敷。 継母と義姉が登場する。そして、 「シンデレラ?シンデレラ?」 と呼ぶと、可憐なシンデレラが現れるはずだったが、そこに登場したのは厳つく大柄なシンデレラだった・・・。 顔も怖い。でも、エプロンをして、従順に掃除や家事をこなす。 継母と義姉にいたぶられながら・・・。 それは一種異様な情景だった。可哀想と思わなければいけないのに、どうしても滑稽に映る。 やがて、お城で舞踏会が行われる夜、シンデレラの前に魔法使いがやって来る。 「南瓜を馬車に、ネズミを従者に、灰かぶりの服をドレスに!」 呪文で、魔法がかかる。 しかし、シンデレラの容貌は怖いままだ・・・。 魔法使いは懐から、大きくて27センチくらいのガラスの靴を取り出しシンデレラに渡した。しかし魔法使いはどのようにしてこの靴を手に入れたのだろう?特注か?と思わせる品物だった。 「12時の鐘が鳴ると、魔法は溶けてしまうから、気をつけるんだよ」 忠告をして、魔法使いは消える。去り際に、 「王子様の好みはかなり変わってるっていうから、がんばっておいで〜」 と残していった。 お城では華やかな舞踏会が行われていた。 そこに、憂い顔の王子さまがいた。 はあ・・・。 ため息をこぼす。 王子さまは顔を上げて椅子から立ち上がる。 「今宵の舞踏会に、私の心に届く女性はいない・・・」 と観客に向けて言う。 もちろん王子役は紅孩児である。 会場から拍手が起こる。きゃ〜という黄色い歓声。どこかの女子校生だろうか。 「私と踊って頂けませんか?」 王子さまはシンデレラの手を取って華麗に踊る。 シンデレラは王子さまより背が高く、大きかった・・・。 どうにも、こうにも、笑えてくる。 やがて、12時を知らせる鐘の音が終わりを告げる。 シンデレラは階段を駆け下りた。あわてて王子さまは追いかけるが、シンデレラはめっぽう早かった。後にはおおきなガラスの靴が残されるばかり・・・。 「ああ、あの美しい方の名前さえも知らないというのに・・・。もう一度お会いしたい」 王子さまは大きなガラスの靴を手に抱えながら、物思いに耽る。 それは大変絵になった。 が、想っているのはあの、シンデレラ。 わかっているだけに、おかしい。 爆笑が場内を包む。 「決して笑いをこらえてはいけません」という注釈がわかるというものだ。 最後にシンデレラに王子さまが再会し、「私と結婚して下さい」いうシーンは見物だった。正しく、コメディ。 終了と同時に拍手と歓声と笑い声が響いていた。 「面白かったですね」 「ああ、がんばってたな」 「紅孩児に良かったって、声かけなくてもいいんですか?」 八戒は何か含むように聞く。 「いいだろ、別に。じゃあ、和風喫茶へ行くか」 三蔵は別段意識もせず、答えた。 「はい」 紅孩児に対していらない嫉妬心があったのだが、三蔵は紅孩児に特に何もないらしい。それがわかったので八戒の機嫌が少し良くなる。 一度庭に面した廊下を歩いて1年の校舎へ向かう。 1年5組のクラスには紺色の幕が引かれていた。看板には達筆な文字で「和風喫茶」と書かれていた。入り口には給仕係の生徒がいた。和風という名の通り、着物姿である。 「いらっしゃいませ」と丁寧にお辞儀をして、室内のテーブルへ案内する。 テーブルといっても机を2つあわせて、テーブルクロスをかけただけである。しかし、机の上に秋の七草に数える薄や撫子、女郎花、桔梗が飾られている気配りは品がある。二人が注文したのはお抹茶に和菓子のセットと善哉とほうじ茶のセットだ。 「おまたせしました」 どうぞと差し出した着物姿の男は、悟浄だった。 にやりと笑い、 「来てくれてありがとさん」 おまけだと、栗きんとんを二つ机に置いた。 「三ちゃんも、来てくれたのね」 そう言うと、三蔵の肩に腕を回し自分の方に引き寄せる。 途端、三蔵はぴしゃりと手を叩くとぎろりと悟浄を睨んだ。 「触るな」 ふんと、横を向く。 「ご機嫌斜めね。な〜八戒♪」 「悟浄、そのくらいにしておいて下さいね」 にっこり。 八戒の笑顔は怖いくらい完璧だった。 これはやりすぎたか?と悟浄は後悔した。 少しくらい、三蔵をからかっても罰はたらないと思うが、八戒の怒りを被ると後が恐ろしいので、このくらいにしておくことにした。 「じゃ、楽しんでいってくれよ」 ばいばいと手をふり、他のテーブルの女性客に愛想を振りまく。室内は女性客が多い。甘味という理由だけでなく、若い男性が着物を着て接待してくれるというシュチュエーションがいいのだろう。 なかなか見ることなどできない、着物姿は貴重だ。 写真撮ってもいいですか?という声に答える悟浄。 サービスも力が入っている。 これは女性客に人気が出て投票でもいい線までいくかもしれない。ここ和風喫茶も間違いなく強豪なライバルだった。 2日目。午後2時。 「ただ今より、1年1組現代風「ロミオとジュリエット」を開演したします」 アナウンスが場内に流れる。 舞台の袖では、がんばろうなと皆真剣な表情だ。 序詞役が舞台に登場して、挨拶をする。 これは緒方だ。 黒くて簡素な衣装で役者の妨げにならないよう配慮し、お話の進行役となる。 これはとても重要な役で、名作を1時間弱に短縮するため、余分な部分は全てカットし彼が語ってすませていくのだ。朗々とした声で緒方が始まりを告げる。 「舞台はイタリアの花の都。 名門の両家にからむ宿怨を、今新たに不詳沙汰。 仇と仇とのおやよりも、生い出でし花や、呪われの恋の若者、哀れにも、 その市に償う両家の不和。 宿世つたなき恋の果て、愛児の非業に迷いさめ、今は怒りも解けましょう。 子細はここに、一時を、足らぬ節は大車輪、 勤めますれば、ご清覧、伏してお願い奉る」 舞台にロミオとベンヴォーリオが登場する。 二人とも白いシャツに黒いズボン。シャツの襟元にはリボンタイが結ばれている。腰にもベルト代わりに巻かれた布、そこには短剣が刺さっていた。 「おはよう、ロミオ君」 「おはよう、そんなに早かったかな?」 「9時を打ったばかりだよ。どうしたんだ?」 「わが物となれば時も忘れる、そのあるものがないのさ」 「恋か?」 「いや、恋の・・・」 「かなわぬ嘆きだな?」 「わが思う人の思わぬその恨みさ」 「やれやれ・・・」 二人の会話は続く。 そこへ、召使いが登場して今夜キュピレット家で晩餐会が行われることが判明する。 ロミオを誘うベンヴォーリオ。 ベンヴォーリオは気が進まないロミオを説得して、晩餐会に行くことを承諾させた。 キュピレット家の晩餐会が始まっていた。 大広間では招かれた客が踊っていた。 そこへロミオが登場する。 反対側からジュリエットが現れる。 三蔵扮するジュリエットは金の長い髪を揺らめかせ、ワイン色のドレスに身を包み優雅に挨拶をしていた。 八戒扮するロミオは三蔵に気づきその美貌に見惚れた。そのまま三蔵の傍まで近づく。三蔵は自分の前まで来た初対面の八戒を、紫の瞳でじっと見つめた。 黒い髪に新緑の瞳。端正な横顔に笑顔が浮かんでいる。 八戒は三蔵の白い手を優雅に取り、手の甲に口付け姫君への挨拶を済ます。 「もし、私の卑しい手が汚れているのであれば、 その償いは私の唇という二人の巡礼が、今こそ優しい接吻をもって、 手荒なこの痕をぬぐい去ろうと、恥じらいながら控えております」 「巡礼様、それは貴方のお手に対してあまりに酷い仰り方、 聖者の御手は巡礼達が手を触れるためのもの、そしてその掌と掌と、 それをあわせるのが巡礼達の接吻じゃございませんこと?」 八戒の言葉に三蔵はすまして答える。 「だが、唇は聖者にもあり、巡礼にもありましょう」 「でも、巡礼様。それはお祈りに使うための唇ですわ」 「おお、では私の聖女様、手にお許しになるなら、唇にもお許し下さいませんか?」 「いいえ、聖者の心は動きませんわ、例え祈りにほだされても」 「では、動かないで下さい、祈りの印をだけを頂く間」 八戒は三蔵の頬に指を伸ばし、そっと接吻する。 「さあ、これで私の唇の罪は清められました、貴女の唇のおかげで」 「ではその罪とやらは私の唇が背負うわけね」 「私の唇から罪?ああ、なんと優しいおとがめだ。もう一度その罪をお返し下さい」 再び軽く接吻する。 「接吻一つでずいぶん難しいことをおっしゃいますのね」 そこへ乳母が、 「お嬢様、お母様がお呼びです」 と告げに来る。 三蔵はわかったと頷いて、舞台から消える。 残った乳母に八戒は今の姫が誰かを聞く。 その口からキュピレット家のジュリエットと知り事実に驚き嘆いた。 一方、三蔵は乳母から今自分が会っていた相手がモンタジュー家のロミオと知り驚愕し、行方の案じられる恋を思った。 庭園に忍び込んだ八戒はバルコニーに三蔵を見つけた。 そのまま、身を潜めていて様子を見ている。 三蔵は私室からバルコニーへふらりと出てくる。 バルコニーの手すりに片手を置いて、そこから頭上に輝く月を見上げた。 銀色の月から届く光が三蔵の金の髪を照らし輝かせる様はとても美しい。 綺麗な横顔が、ふう、と吐息を付く。 「ああ、ロミオ様、ロミオ様!なぜ、ロミオ様でいらしゃいますの? 貴方のお父様をお父様でないといい、貴方の家名をお捨てになって! それとも、それがお嫌ならせめて私を愛すると誓って頂きたいの。 そうすれば、私も今を限りキュピレット名を捨てましょう」 切々と訴える。 「仇敵は貴方のそのお名前だけ。 モンタギュー、それが何?手でもなければ、足でもない、腕でもなければ、 顔でもない。人間の身体に付いたそんな部分でもそれはない。 後生だから、他の名前になて頂きたいの。 でも、名前が一体何だろう? 私たちが薔薇と呼んでいるあの花の、名前が何と変わろうと、 香りに違いはないはずよ。ロミオ様、どうかその名をお捨てになって、 この私の全てを受け取って頂きたいの・・・」 切なげな声で月に向かって語る三蔵だ。 そこへ、 「ただ一言、僕を恋人と呼んで下さい。すれば洗礼を受けたも同様、 今日からはもう、ロミオではなくなります」 と聞き覚えのある声がした。 「まあ、貴方は誰?夜の闇に隠れて、人の秘密を立ち聞くなんて」 下方にある茂みに八戒を見つけた三蔵は驚いた。 「さあ、名前を聞かれても、どう名乗っていいか・・・。貴女の仇敵の名前だから このまま捨ててしまいたいくらいです」 「そのお声はモンタギュー家のロミオ様ではございません?」 「いいえ、貴女がお嫌なら、そのどちらでもありません」 「どしてここへ?塀は高いし、貴方の身分を考えれば見つかったら死も同然の この場所へ」 「こんな塀くらい軽い恋の翼で飛び越えました。 石垣などで、どうして恋を閉め出すことができるでしょう」 八戒は胸に片手をあてて三蔵を真摯に見つめた。 「私の顔はきっと夜という仮面が隠してくれる、でもなければ私の頬は恥ずかしさに 真っ赤に染まっているはずですわ。今夜貴方に立ち聞きされてしまたんですもの。 本当なら嘘だと言ってしまいたい。でも、体裁なんて嫌なもの・・・。 私を愛して下さる?本当に? ああ、ロミオ様、もし愛して下さるのなら正直に仰って下さい」 三蔵は恥ずかしげに、でも切々と言葉をつづる。 八戒はそれを受けて頷いた。 「ジュリエット姫、僕は誓言します。 見渡す限り、木々の梢を白銀色に染めているあの美しい月の光にかけて」 八戒は一度月を見上げ、三蔵に向かって手を伸ばす。 「ああ、いけませんわ。月にかけて誓ってなど。 一月ごとに円い形を変えるあの不実な月、あんな風に貴方の合間で 変わってしまいます」 「では何にかけて誓えばいいのですか?」 「誓言などなさらないで。 でも、誓って下さるというのなら、ロミオ様ご自身にかけて誓って頂きたいの。 貴方こそ私の神、貴方の言葉なら信じますわ」 三蔵はバルコニーから身を乗り出すようにして、八戒を見つめる。 「もしも僕の心のこの想いが・・・」 「ああ、やはりおよしになって。 お顔を見れたことは嬉しいけれど、今夜のこの誓約はあまりに軽率で、 唐突過ぎますわ。 今日は、お別れいたしましょう。 この次お目にかかる時には、夏の風に育まれて、美しい花を咲かせましょう。 お休みなさい。さようなら!」 三蔵は八戒を見ながらきびすと返そうと後ずさる。優雅にスカートの端を摘み、一歩退いた。 劇は進み二人はロレンス神父によって結婚する。 がマキューシオのために、剣を抜きティボルトを刺す。 そのため、追放の身になってしまう。 「もういらっしゃるの?まだ朝には間がありますわ。 今聞こえたのはナイチンゲイル、雲雀ではありません」 三蔵は寝台に腰掛けながら、睦言のように囁く。 「いいや、朝を告げる雲雀だった。ナイチンゲイルじゃない。 ほら、ご覧。あの向こうの東の空を・・・。朝の光だ」 八戒は窓から差し込む光を指差す。 「いいえ、あの光は朝の光ではありません。あれはきっと太陽の吐く光り物。 まだ、いらっしゃらなくてもいいのです」 「じゃあ、僕はもう捕まってもいい。殺されてもいい。 貴女がそのお心なら僕はそれで満足です。 あさは朝の光ではありません、月の女神の照り返しだとしておきましょう。 さえ渡る調べも雲雀ではないとしましょう。 僕もどれほどこのままでいたいことか。 姫の望みがそれならば、喜んで迎えましょう」 八戒は三蔵を抱きしめながら、幸せそうに微笑みかける。 「いいえ、朝だわ。朝なのよ。さあ、行って下さい。 雲雀ですわ、あの歌声は・・・。 空も益々明るくなって来ています」 三蔵は振りきるように、抱擁から抜け出ると八戒の目を見つめて覚悟しながら告げた。 「明るさが増せば増すほど、暗くなるのが僕たち二人の苦しみだ」 八戒は舞台上段から降りる。 「さようなら、ロミオ様」 「さようなら、ジュリエット!」 八戒は三蔵の頬にに手を伸ばし接吻する。 「もう一度、逢える時が来るのかしら?」 「ああ、あるとも。その時は今の苦しみも笑えるようになる、 さようなら、ジュリエット」 八戒は名残おしげに舞台から去る。 三蔵はそれを寂しげに見送った。 パリスとの縁談が持ち上がり、ロレンス神父に相談するジュリエットは名案を教えられる。 仮死状態のなる薬を飲み、墓場でロミオを待つ計画をする。 が、計画は途中で遮られる。ロミオはジュリエットが死んでいると思いこみ、古い墓場に来るが側にいたパリスと戦うことになる。 そして、パリスは倒れた。 「ああ、愛しのジュリエット姫。 貴女はなぜまだそんなにも美しいのですか? もしかしてあの亡霊のような死の神までもが、貴女に想いをかけて、 囲っておこうとでもいうのだろうか? 私はいつまでも貴女と一緒にいる。 この暗い宮殿からどんなことがあっても、私は離れない。 肉体から切り捨ててくれようぞ。目よ、名残惜しめ。腕よ、最後の抱擁だ。 そして命の門なる唇よ、今こそ天下晴れての接吻で、死の神と永久契約の証文に 証印するのだ! さあ、我が愛しの貴女のために、今参ります」 八戒は毒薬の入った杯を煽って飲み干す。 「この薬はよく効きそうだ。貴女にに口付けて、死のう・・・」 八戒は三蔵にそっと口付けて、その上に倒れた。 ロレンス神父がそこへ登場する。 「おお、なんということだ?この血は何だ? ロミオが死んでいる・・・。パリスまで。なんと無惨な時の仕業だろう。 こんな悲しいことを、一時にしでかすとは! あ、姫が起きた・・・」 三蔵が目を覚ます。 「ロレンス神父さま?ロミオ様はどこに?」 「姫、早くそこからお出になるがよい。どうやら、人間の力ではどうにもならない 大きな力が私たちの計画を阻んでしまったと見える。あなたのご主人は、 貴方の胸に倒れて息絶えておられる・・・。さあ、姫、いらっしゃい」 「いいえ、ロレンス神父さまこそ、おいでになって下さいませ。私は嫌です」 ロレンスが退場する。 「これは、何だろう?杯がロミオ様の手に握られている。 わかったわ、毒を飲んで思わぬ最後を遂げられたのね。それにしても、ひどい! すっかり飲み干してしまって私には一滴も残して下さらない。 貴方の唇に接吻すれば、まだ毒が残っているかもしれないわ」 三蔵が八戒に口付ける。 「まだ、暖かいわ・・・」 人声が遠くでする。 「あれは、人の声?ぐずぐずしてはいられないわ」 三蔵は八戒の短剣を手に取る。 「この胸がお前の鞘よ」 三蔵は自ら胸を刺す。 「ロミオ様、今、参りますわ」 八戒の身体の上に折り重なるようにして倒れる三蔵。 駆けつけた人々が舞台に現れる。 太守が、ロレンス神父の話を聞き、モンタギューとキュピレットに相互の憎しみに上に、天罰が下ったことを告げ、諭す。 太守は静かに語る。 「今朝はまた物悲しい静けさだ。 太陽も悲しみ故か、面を見せぬ。さあ、いって、 なおゆっくりこの悲しい物語を語り合うことにしよう。 それぞれ赦すべきは赦し、罰すべき罰するつもり、 世にも不幸な物語も数々あろうが、このジュリエット姫と、 ロミオの物語、それに勝るものがまたとあろうか?」 幕が落ちる。 拍手がわき起こった。 歓声が聞こえる。 良かったね、との話し声。 舞台は大成功だった。 *劇中、実感しやすいように役名ではなく三蔵、八戒として書きました。 行動は全て演技であり、「接吻」はしておりません。あしからず。 |
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