「綺羅、星の如く」2


 放課後は掃除当番が回ってくる。
 1週間交代のローテーションである。1クラス、自分の教室と特別教室などそれ以外の場所の2ケ所が担当になる。7人ほどが組になるので6週間に2度当番が来ることになる。三蔵と八戒は同じグループだ。
 今日は教室掃除の当番で、てきぱきと己の仕事をこなす。皆早く済ませて、部活に行きたいし帰宅したいのだ。だから、割にさぼることがない。
 1年だから、ということはあるだろうが。2、3年になるとどうなるかは定かでない。


「じゃあ、僕ゴミ捨ててきます。三蔵先に行っててくれます?」
「ああ。鞄ももって行っとく」
「お願いしますね」
 じゃあと八戒はゴミ箱をもって教室から出ていった。三蔵は八戒と自分の鞄を持ち、図書館へ向かう。図書委員の八戒は当番がある。
 当番でなくても図書館には通っているが、八戒が当番の時は三蔵も一緒に行くことが多い。カウンターの横で勉強していることもあるし、本を読んでいたり、小さな声で話していることもある。おかげで司書とも顔見知りになり、内緒でお茶をもらったりする程だ。
 司書の土方は中年の女性で穏やかな人柄のため、二人とも懐いていた。側にいてほっとする人でありどこか母親のように二人に接するのだ。
 本来なら図書の購入には1月の予算があり、希望の図書を何でも入れられる訳ではないし、順番がある。けれど、二人が読みたいと言っていた本を内緒で入れてくれたりするのだ。間違いなく土方の顔を見ることが、三蔵が用もないのに図書館に通う理由の一つだった。


 図書館は校内の端にある。
 校舎から屋根の付いた廊下を随分歩いた先にレンガ色の楕円形をした建築物がある。外壁に巻き付いている蔦も新緑色。勢い良く蔓を伸ばしレンガ色を覆い尽くす。そのコントラストが美しい。
 有名な建築家はそこまで計算して設計したのだろうか?
 それとも自然の芸術なのだろうか?
 蔵書が豊富であるので、面白半分に建築家について二人は一緒に調べたことがあった。現代美術よりゴシックが好きで、何より自然を愛していると書かれた著書。アールヌーボーも好きだが、ルネッサンスも好きだとか。周りの風景と合う建築物が立てたいとか述べられたことを三蔵は覚えている。
 確かに、まわりの風景と溶け込んでいると三蔵は思う。学校だというのに、植えられた木々とともに楕円形の図書館は馴染んでいた。そう、「館」だ。決して「図書室」ではない。
 そんなことを考えながら三蔵が歩いていると、少し前に上級生らしき3人が立っていた。ネクタイが紺色なので2年だとわかる。一人だけ緑色なので、3年だ。3人は三蔵に気付いたようで、見つめる目が興味深そうに輝いていた。
 三蔵は無視して横を通り過ぎようとした。が、やはりそう簡単にはいかなかった。三蔵の目の前に3人は立つ。上級生は当然背が高く、三蔵をにやにやしながら見下ろした。
「挨拶くらいあってもいいんじぇねえ?」
「なあ、1年坊主」
「三蔵ってお前だろ」
 小柄な三蔵を取り囲む。三蔵は嫌そうに眉を寄せた。それでも相手にしないのか、無言だ。
「何とか言えよ」
 体格のいい男が三蔵の手首を掴んだ。
「離せ」
 厳しい声で言う。紫の瞳が強い視線で睨み腕を払う。けれど、それは反対に相手を煽ってしまう。
「生意気だな……」
 人の悪い表情を浮かべると、三蔵の金の髪に指を伸ばす。煌めく金糸は誰にでも触ってみたいと思わせるのだ。柄の悪い人間であろうと例外ではなかった。
 三蔵は触れる前にぴしゃりと手を叩く。鋭い瞳は怒気をはらむ。
「失せろ」
 強烈な紫水晶と光を反射する金色。綺麗な、そして感動的に存在を主張する麗姿。
 その威圧感に一瞬だけ目を奪われるが、はっと正気に返る。すると、見惚れた分より意地になる。
「礼儀を教えてやるよ」
 一人が容赦なく三蔵の腕を掴み、「離せ」という三蔵の口をふさぐ。
 そして、残りの二人に目配せをして場所を変えようと伝える。頷きあい三蔵を浚うように3人は移動した。


「よう」
 八戒が教室に戻ると、入り口で朱泱に声をかけられた。
「はい。三蔵ですか?」
 朱泱が八戒に声をかける理由など三蔵以外にありえなかった。朱泱は、ははと笑うと、
「ああ。もう帰ったか?」
「いいえ。図書館に行ってますよ」
「そうか」
「僕もこれから行くんですけど……」
 どうしますか?と続く言葉に朱泱はふと考えるそぶりをする。
「俺も一緒に行ってもいいか?」
「はい」
 二人は図書館に向かって歩き出した。
「鞄はいいのか?」
 八戒が何ももっていないので、朱泱は疑問に思ったようだ。
「三蔵がもって行ってくれているんですよ」
「へえ。あの三蔵がね……。珍しい」
 朱泱は感心したように呟く。
「珍しいですか?」
 確かに声をかけにくい雰囲気を持っているが、皆関心がない訳ではなくて、できうるなら仲良くしたいと思っているのに。
「あいつ、そんなに親しい友達っていなかったはずだぞ。学業中心って感じで。中学でも相当浮いてたらしいし」
「らしい、って中学が同じじゃないんですか?」
 付き合いが長いと聞いていたので、小学校や中学校が同じなのかと八戒は思っていた。
「ああ、違うな。家は遠くはないが、学区が違うから学校は別々だった」
「学校も違って、家も近所という訳でもないのに、何が接点だったんですか?」
「あ〜、ちょとな。あいつ、言うと嫌がりそうだしな。ま、そのうちわかるさ」
 朱泱は後頭部に手を当てて、ごしごしとかきながら、苦笑いを浮かべた。
「それより、最近変わったことはないか?」
「・・・変わったこととは何ですか?」
 真剣な表情に改めた朱泱に八戒も真面目に聞く。もちろん、変わったこととは自分の事ではなく三蔵のことだ。八戒のどこか理解されている態度に朱泱はどのように聞こうかと思っていた逡巡をあっさりと捨てた。
 信用に足る人間。何より三蔵が信頼しているのだから。
 そして、観察力と理解力もあるらしい。
「不穏な空気が漂っている。それがどうとは言えないが三蔵は目を付けられいることに間違いはない」
 朱泱は眉を寄せ、鋭い瞳で遠くを見る。
「……そうですか。誰と特定の人間がいる訳ではないのですね?」
「ああ」
「僕がわかっている事といえば、クラスではもちろんのこと学年で目立っていることだけですね。今のところ特別何もありません。ただ……、今日体育で夏服になったんですよ。それが、反則でしたね……。まずいと思いましたよ、とても。犯罪に走る人間がいるんじゃあないかって」
 八戒は穏やかな顔で答えるが目が笑っていない。心が騒ぐのは自分だけではない。不特定多数の人間が、三蔵に引き込まれる。
「反則か……三蔵も罪な奴だな。無自覚は時に罪に値するのかもしれないな。もっとも、だからといって三蔵を責めることなどお門違いだがな」
「そうでしょうね」
「お前苦労するぜ、これから」
 少し疲れたような声の八戒に朱泱は同情する。三蔵と共に行動する、友達として付き合うということは彼をガードしていくことになるだろう。八戒が三蔵のために尽くすことは目に見えていた。
 三蔵があれだけ懐いているのだ、放り出せる訳がない。三蔵の信頼を捨てる気もないだろうし……。
 だから朱泱は苦笑した。八戒の未来は波瀾万丈かもしれない。
 自分もできうる協力はするが、いつも付いているわけにはいかないのだから、八戒にがんばってもらおう。朱泱は勝手に決めたいた。二人が話していると、図書館に着いていた。玄関に靴を入れるロッカーがあるのでそこでスリッパに変えて、中に入る。入り口付近にあるカウンターに司書の土方が座っていた。
「こんにちは」
 八戒は会釈しながら挨拶をする。
「失礼します」
 朱泱も頭を下げた。
「いらっしゃい」
 土方はにこやかに微笑みながら二人を見る。珍しい二人組みだな、と瞳が語っていた。
「三蔵来てますか?」
 八戒は聞いた。
「いいえ。今日はまだ見ていないけれど?」
「おかしいですね。来てるはずなんですけど……。僕の鞄をもって席を取ってる予定なのに。もしどこか行くにしても鞄を置いて席を取ってからでしょうに」
 閲覧用、勉強用の個々に仕切がある席を見回しても三蔵の姿はない。
「おかしいな」
「ええ」
 二人は一瞬黙る。そして、顔を見合わせると、
「何かあったと考えるのが妥当だろう。探そう」
「はい」
 土方にぺこりと頭を下げて急いで玄関に向かう。
 もどかしく靴を履いて外に出ると図書館に来るルートを戻る。教室からここまでで、人目のないところといえば、屋根が付いた渡り廊下だけだ。それ以外はどこでも人目はある。屋外の人目のない場所を重点的に探すことにした。
 走りながら首を回して、用具置き場などをのぞき込んで手分けして探す。


 ガシャーン!!


 激しい音がする。
 どこからか?耳を澄ますと校舎裏手から響いてくる。

 二人は走った。短距離がこれほど早く走れるなんて今まで八戒は知らなかった。火事場の馬鹿力と同じようなものだろうか?

「三蔵?」
 八戒は叫ぶ。
 果たして目の前にあったのは。

 大柄な男子生徒が3人倒れていた。
 そのうちの1人に三蔵が止めとばかりに、足で踏みつけている所だった。

 ………。
 ………。

 八戒は目の前の光景に言葉を失っていた。三蔵は無事だ。
 良かった。
 でも、これはなんだろうか?

「三蔵、お前相変わらすだな・・・。もう少し手加減してやったらどうだ?」
 やはり、こうなっていたか。と予想通りの情景に朱泱はため息を付きながら、疲れたように言う。
 三蔵は汚れた上着と手を払い、顔を上げた。
「ふん。手加減なんてしてやったぞ。こいつら弱い、弱すぎる。手応えがなさすぎだ」
「そりゃあ、そうだろうよ。自分と比べるな」
「今まででお前が一番苦戦したな」
 三蔵はにやりと口角を上げた。
「誉めてくれてありがとうよ。けど、そんな小さい身体で俺を投げ飛ばすな、めげるから……」
「めげる?そんな可愛げのある台詞をお前が言うな、気持ち悪い」
「たまには顔を出せよ、道場に」
「そのうちな」
 三蔵の返事はそっけないかった。


「……三蔵?」
 黙って会話を聞いていた八戒が戸惑いながら声をかけた。
「ああ、八戒。悪いな席取ってない」
 三蔵は八戒の戸惑いの理由に全く気付かない。見当はずれなことを言う。
「いえ、席のことはいいんです。それより、怪我とかしていませんか?大丈夫でしたか?」
「これくらい心配いらないし、怪我もしていない」
「でも……」
「絡まれることは慣れている。このくらいどってことない」
「三蔵は俺を投げ飛ばすくらい強いから、こんな雑魚相手にもならない」
 朱泱が説明する。
「俺は小さい頃から道場に行っていたが、そこで三蔵と逢ったんだ。小さいくせいに強い、強い。自分より大きな人間を軽く投げ飛ばす姿は見事だった。今でも変わらず強いけどな」
「そうですか」
 三蔵と朱泱の会話から三蔵がとても強いということはわかっていた。
 何より倒れている人間が物語っている。
 でも。
「どんなに強くても、気を付けて下さいね、三蔵。何もないのが一番なんですから。それに喧嘩がばれると五月蠅いですよ」
 八戒は言わずにはいられなかった。三蔵に何かあったらと考えるだけで、胸が苦しいのだから。
「……わかった」
 三蔵はしぶしぶ頷く。ばれてと家に通報されると困るのだろう。
 しょうがないなと顔に書いてあった。
 八戒は落ちている二人分の鞄を拾い、
「じゃあ、行きましょうか」
 三蔵を明るく誘う。もちろん図書館へ。
「ああ」
 三蔵も気を取り直したように答えた。


 そんな二人を朱泱は見つめていた。
 本当は忠告に来たのだけれど、すでに遅かった。
 けれど、無事だった。少しやりすぎた観もあるが……まあいいだろう。それにしても、本当に懐いている。
 しばらく様子を見ようと父親か兄のように思うのだった。


                          END





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