「綺羅、星の如く」おまけ


 晴天。
 快晴。

 土曜の午後はのどかな空気が漂う。
 中間考査も終わり、やっとテストから解放された生徒は羽を伸ばそうと街へ繰り出したり、部活動に打ち込むのだけれど、1年生は任務があった。
 そう、プール掃除である。
 下級生の義務。
 皆で使うプールをこの土曜の午後にピカピカに掃除して水を入れるのがしきたりなのだ。さすがに雨天の場合は延期されるのだが今日は間違いなくプール掃除日和。体育を担当している教師のやるぞ!、の一言で当然決行となった。

 ブラシを持って底を擦る。
 1年分の汚れがこびりついているため、力を入れなくてはならない。
 バケツに水を入れておいて、ブラシを洗う。ホースで水を流す。
 全員がプールに入る訳でもない。外側を掃除したり、タイルの隙間から生えた草を引く。地道な作業だ。
 が、その地味な作業に華を添えている者があった。もちろん三蔵だ。


 夏服の白いシャツに紺色の短パン。
 光線が増した日差しが、三蔵の金の髪をまぶしげに反射する。
 半袖から覗く、細い腕。
 短パンから伸びる白い脚。
 少し俯くと襟刳りからうなじが露になり、どきりとさせられる。

 …………。

 プール掃除など嫌がってさぼる者が現れるのが毎年恒例。なのに、ほぼ全員参加している。その上、上級生が途中から助太刀(乱入)したりと恐ろしい状況になっていた。これも全て三蔵の影響力。皆掃除をしながらちらちら三蔵を見つめている。
 視線の先は綺麗な顔だったり、動揺させられる脚だったり、手を伸ばしたくなるうなじだったりするのだけれど、もちろん本能の赴くままに実行する者はいなかった。今のところ……。
 八戒は、ほとほと困り果てていた。
 どうしたらいいのだろう?
 こんな三蔵を見せていいのだろうか?いや、いい訳がない。
 だからといって三蔵だけ長袖というのも変だろうし、暑くて三蔵が拒否しそうだ。
 せめて三蔵から離れないように万全の体制で八戒は臨んでいた。
 この状況はひとえに、バスケットに負けたせいだ。バスケットのリーグ戦。三蔵と八戒のチームは優勝争いをしていた。最後の試合、三蔵のシュートが決まり1点差で優勢になったが、残りわずかの時間で相手選手が一か八かのロングシュート。3ポイントシュートが決まり2点差で負けでしまった。結局準優勝に終わり、プール掃除決定となった。
 その時の三蔵の悔しそうな顔が忘れられない。
 負けず嫌いの三蔵にとっては、高々授業のスポーツでも負けは負けらしい。それが微笑ましくて、内心笑ってしまった八戒である。
 はあ、それにしても早く終わらせるべきですね、と思いながら八戒はため息を付く。
「どうした?もう疲れたのか?それとも試験勉強のしすぎで睡眠不足か……」
 八戒のため息を勘違いした三蔵が首を傾げながら八戒の顔をのぞき込む。
 ブラシの柄の先を両手組んで持ち、その上に顎を乗せるという妙に可愛らしい仕草で!

 …………。

 だからそれは反則なんですよ、三蔵。と叫びたい八戒だが言える訳がない。
「睡眠不足ではありませんし、疲れてもいませんよ。僕が一夜漬けすると思いますか?三蔵だってしないでしょう。日差しがまぶしいなあと思っただけです」
 まぶしいのは三蔵だけれど……、と思いながら返事をする。
「確かに日差しは強いな」
 三蔵は疑問にも思わなかったようだ。八戒が一夜漬けするなんて思えない。精々さらっと復習した程度だろう。だから八戒の言葉を受けて三蔵は太陽を降り仰ぐ。まぶしげに目を細め、額に手を翳して青い空に輝く光を見つめた。
「夏が来るな」
 ぼそりと呟く。
「そうですね」

 心地いい沈黙。
 会話がなくても、何も困らない。
 かえって邪魔な時……。

「危ない!」
 誰かの声。

 ザザーッツ。

 ざっぱん、というのが正しい擬音だろうか?
 上から水が降ってきた。
 ホースで水をまいていたが、誤って二人にかけてしまったらしい。八戒は頭から濡れてしまい、額に張り付いた前髪をかき上げて三蔵を見る。
「大丈夫ですか……?」
 金の髪が水滴を含んできらきらと輝く。
 白いシャツが濡れて華奢な身体に張り付く。
 薄く透ける肌。
 邪魔な水滴を払うように頭を振る。その拍子に髪から水滴が散らばり、光を撒き散らす。

 目を奪われる、その様。
 綺麗で、艶めいている三蔵。

 八戒は言葉を失っていた。どちらかというと、「げげっ〜」とか「どひゃ〜」という擬音が心情を表している。周りにいる人間も三蔵に釘付けだ。
 これは、反則どころか犯罪だろう……。

 八戒は急いでフェンスに掛けてあったバスタオルを取って三蔵を被う。
「ほら、しっかり拭いて下さい」
「ああ、サンキュー」
 三蔵はタオルで顔や手を拭く。
「髪もですよ」
 そう言って三蔵からタオルを取ると、髪から水分を吸い取るように優しくタオルを滑らせる。三蔵はその感触に気持ち良さそうに目を閉じた。
 猫みたいだ。八戒は思う。
 自分の手に安心している三蔵。
 人との接触が嫌いなはずなのに、八戒にはもはや安心しきって警戒心の欠片もないようだ。何度もタオルで水分を取ると金の髪は柔らかさを取り戻して来た。確かめるように髪に指を入れて梳くとさらりと落ちた。八戒は満足げに微笑む。すると三蔵がぱちりと目を開き八戒を見つめた。
 澄んだ瞳に、どきりと心臓が驚く。
「ありがとう」
 ふわりと笑う顔。

 まいったな。
 その笑顔には完敗だ。
 敗北を感じつつ、
「どういたしまして」
 答える声は喜びで満ちていて。
 幸せな自分を自覚した。

 それにしても、水泳の授業で三蔵が水着になったらどうするのだろう?自分、いや三蔵に釘付けになっている生徒達は大丈夫だろうか?それは見せていいものなのか?
 疑問だ。
 救急箱が必需品になるだろうという予測だけが確実だった・・・。



 追記。
 水泳の日はやけに雨天、それもどしゃぶりが多くて中止になり、保健の授業になったらしい。(誰の呪い?笑)


                              END




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