「残夢の欠片」15






「少し、話を聞いてもいいかね?」
「ああ」
 ロイは椅子に座り、ホークアイは少し離れた場所に控えている。それは軍としての話だ。
「君が知ってる事を教えて欲しい。我々が踏み込むまでの間に何があったのか。君が知った事を全て」
 エドワードには包み隠さず話す義務がある。
 軍属として、軍に協力するのは当然だ。まして今回は当事者なのだから。
 エドワードは口を開く。
 話して気持ちのいいものではないが、起こった事実を明らかにする必用があるだろう。あの女に浚われて帰ってきた唯一の人間であり、会話した人間なのだから。それも国家錬金術師ときては詳細に事件究明、真相を提示する事を望まれる。
「……目が覚めたら、床に転がされていた。身体動かなくて自由が利かなかった。機械鎧の右手左足も服も取られてシーツに包まれてて、驚いた。それに、俺がいたのは錬成陣の中だったからな……」
 なんとも言えないとい表情を浮かべてエドワードは苦笑した。
 ロイは何も言わずに続きをと促す。
 エドワードが錬成陣の中に置かれていたことをロイは知っている。窓から差し込むわずかな光を気配を殺して部屋の中を伺った時、エドワードは白い布に包まれていて女がしゃがみ込み何やら語りかけていた。声までは聞こえなかったが。
 あの時、ロイは踏み込むタイミングを謀っていたのだ。
「で、あの女の身元は割れてると思うけど、旦那さん失った心の支えの娘を軍人のせいで亡くして、取り戻したいと思ったんだとさ。あの人も俺達と同じ賢者の石を探していて、それらしいものを見つけたらしい。赤い石の指輪をしてて、それが本物なのかはわかんないけど力の増幅にはなるらしい。俺達が見た通りとんでもない力使ってたから納得はできる。そして、あの女が連続失踪事件の犯人に間違いないよ。本人が言ってた。浚った人、子供は人体錬成の実験に使っていたって」
「家の裏庭から見つかったよ。今までの被害者の遺体や骨が山のように」
「そう……」
 視線を落としてエドワードは呟く。
 死んでいった人たちは実験に使った彼女にとってはただの材料だ。裏庭に埋めていた犠牲者のなれの果て。
「俺も娘を錬成する材料だったんだ。魂を錬成することのできる錬金術師なら、等価交換になるだろうってさ。それ以外必用な元素や材料も人から作ったって言っていた。被害者達から作ったんだろう」
 エドワードが材料であるという事実は予想が付いていた。錬成陣の真ん中に置かれ女は錬成に挑んだのだから。その集中する僅かな隙を狙ってロイは拳銃を撃った。
 最初から、一撃で仕留めるつもりだった。
 相手が手強いのは承知の上だ。反撃されている暇はない。そして、身動きできそうになりエドワードが側にいた。
 通常ロイが銃を使う機会は少ない。側にいるホークアイが銃の名手だからだ。ロイが動く前に彼女があっという間に敵を撃っている。
 けれど、ロイの銃の腕前が悪い訳で決してはない。ホークイアイが軍部の中でも殊更抜きんでいるだけである。士官学校時代の成績を振り返ってみても、ロイの腕前は群を抜いていた。
「君を材料になど、豪胆な事だ。可愛い娘が君のようなとんでも暴れん坊で口が悪くなってしまう。ああ、性格までは計算に入れていなかったのか……」
「大佐っ」
 ロイの軽口にエドワードは乗る。
 正直、真面目な感想を言う気にはなれない。
 人を人体錬成の材料に。足りない構成物質さえも人間から作り出す。その行為は人として外れているが、それでも成し遂げようとする尋常ではない意志に戦慄する。
 そこまで人は世の道徳や倫理に背くことができるのだろうか。
 絶望した末の渇望は人を狂気へ導く。果てのない欲望は容易く人を暗い深淵へ突き落とすのだ。
「はは、すまんね。話の腰を折ってしまった。続きを、鋼の……」
「たくっ。俺もそのまま材料になる気なんて欠片もないから。いつものように両手で即錬成はできないし、身体が思うように動かないから隠れて錬成陣を描いておいた。俺にできるのは時間稼ぎしかないから。材料の俺が殺される事はないだろうから、とにかく少しでも長く時間稼ぎをしようと思って。で、女が丹誠込めた錬成陣を床ごと破戒しようと思った訳。あの女が錬成に挑むその隙にあわせて、錬成を発動させて……そうしたら、女は胸を撃たれて倒れた。あとは、大佐が来て、俺はその後を知らない」
 ロイがガラス窓を打ち破って入った部屋の床は錬成陣ごと滅茶苦茶に崩れていた。その前に銃を撃つ瞬間、女の起こした錬成の光と、もう一つ別人から起因する光が溢れていた。
 ある程度語り終えたエドワードは視線をベッドに落とす。
 ロイはエドワードの生身の左手を取って、包帯が巻かれた人差し指を見るとため息を一度落とす。
「これで錬成陣を描いた、というんだね?」
「当たり前だろ?それ以外の何で描くんだよ。あの場で……」
「確かに。それも最もな意見だ。けれど、君は自分を気軽に傷つけ過ぎるね。それでは、またアルフォンス君に怒られるよ」
 錬成陣を描くものは何もない状況で。身動きもできない敵の前。指を切ってその血で錬成陣を描くのは、至極適切である。それ以上の方法は多分にないだろう。
 自分でもそうする。
 しかし、だからといって「それは良かった」と言う気にもならない。
 この子供は、自分の事に無頓着過ぎるのだ。
「煩いって。アルに見つからなければ大丈夫だ。……言うなよ?大佐」
「君って子は……。ばれないとは思わないのかね?」
 兄の事に大層聡い弟をどうして騙す事ができると思うのか、ロイには不思議だ。
 まず、間違いなく。すぐにばれるだろう。賭けてもいい。
「いいんだよっ」
「私は言わないが、無理だと思うよ。諦めて大人しく怒られたまえ」
「うえっ」
 エドワードが顔をしかめて珍しく弱音を吐く。
 なぜそれほどエドワードが嫌がっているか、その理由をロイは知らなかった。エドワードは先ほどのアルフォンスとの会話で、今度こそ牛乳の刑が執行されることを恐れていたのだ。
「なあ、大佐」
 徐に表情を改めでエドワードは真っ直ぐにロイを見た。金色の瞳が差し込む陽光に煌めいている。
「何だい?」
「あの、赤い石は?」
 エドワードが話の最初からずっと知りたくて聞きたかった事。
 本当に、あれは賢者の石なのか。
 自分達が探し求めた石なのか。
 賢者の石であったのなら、すでに中央へ運ばれたのではないだろうか。
「……壊れたよ。女が死んですぐに、砕けた。跡形もなく粉々になった。力を使い過ぎためか、元から紛いものだからなのか今さら調べることは叶わないが、私の目には本物には見えなかったよ」
 ロイが踏み込んでエドワードを助け起こした時。エドワードは女の最後を見て気を失ったが、ロイはその後倒れた伏した女の指にあった赤い石が砕けるのを確認した。
「……そう」
 エドワードはぽつりと漏らした。
 結局、賢者の石ではなかった。
 あの女が探し求めた本物は今もどこか人知れずあるのだろうか。
 自分達はそれを見つけだすことができるのだろうか。
「鋼の……」
 ロイはエドワードの頭に手を置いて数度撫でた。
 いつもなら子供扱いするなと叫くエドワードがそれを享受していることからも、今回の事が堪えているわかる。
 普段編まれている髪が今日は流れるまま小さな頬にかかって、瞳と同様に太陽の光のそのままを映し込んだように輝いている。
 ロイは己に沸き上がった欲求を忠実に実行して、目映い金髪を一房引っ張ってみた。エドワードは不思議そうに、首を傾げてロイを見る。
 そのいつにない年齢ままの幼い仕草が子猫みたいで、ロイは内心苦笑する。
 
 
「なあ、そういえば『赤い宝石』って何なんだ?」
 エドワードはふと思い出した。イーストシティ行きの汽車の中で聞いた噂を。
 聞こう聞こうと思ってたが、それどころではなく今まで忘れていたのだ。
「何だね、それは」
「こっちに顔を出す時の汽車の中で聞いた噂。東方司令部には赤い宝石があるんだって。それで、その宝石があると軍がかかえる問題を一夜にして解決する事ができるんだって。万能な宝石って感じだったかな、あの口調は。……でも、そんなのある訳ないことくらい俺だってわかる。だから、作戦名とか何かかなって思ってさ」
 何なの、と首を傾げてエドワードは絶対知っていると踏んでいる東方司令部の最高責任者マスタング大佐に聞いた。
「知らんな。心当たりもない」
「……大佐も知らないの?」
「ああ。……何だろう?」
 ロイは顎に手を当てて首をひねる。赤い宝石など聞いた事もない。
 噂とはいい加減なものであるから、信用性などない。しかし、なぜそんなデマが生まれたのか理由があるはずだ。
「……ただの真っ赤な噂か。何だ、考えて損した」
 対して気分を害した風もなくエドワードは片付けた。噂などこんなものだ、と思う。
 が、ロイの後ろに控えていたホークアイがいつも冷静な態度と声で爆弾発言を発した。
「それは、エドワード君のことだと思われます」
「「……は?」」
 二人は唖然とし、ホークアイを見つめた。
 エドワードとロイの視線を事も無げに受け止めて、なおもホークアイは続ける。
「エドワード君がここを訪れますと、事件が解決することが多々あります。それ以外に問題を逆に起こす場合もあるのですが、概ねここでは皆好意的です。ここでトップの方のたまった書類も捗り嬉々としてその騒動に同行するのですから、大っぴらに声を出して名前を呼ぶのは憚られたのです。エドワード君が公だってしまうと、中央に言い訳も立ちませんし、旅する彼らの迷惑にもなるでしょう。ですから名前や二つ名で呼ばずに、隠語めいた名前を付けたのです。それが、赤い宝石。理由はいつも来ている赤いコートからだそうです」
「「……」」
 エドワードは大きくため息を付くと肩を落とした。
 まさか自分がそんな風に呼ばれているなんて、思いもしなかった。
 いろいろ問題を起こしている自覚もある。
 石を探していて、中央にそれがばれるのも不味い。
 気を使ってもらっているとは理解できるが、なぜ「赤い宝石」なのだろう。
 赤いコートが目に付くのは、理解の範疇だけれど……。
 エドワードの頭に疑問が沸き上がる。
 なぜ?という言葉がぐるぐると回った。
 自分の事が客観的に見られないのが人間の常だ。エドワードを客観的に見た場合、目立つ点はその容姿と服装だろう。
 小さな子供の身体に機械鎧。煌めく金髪を三つ編みにして赤いコートを棚引かせて元気に動き回る。金の瞳で睨み付けて、意志の強さを見せつけるように戦う姿は硬度が高い宝石のようだ。
 人を惹き付けて、振り回して、あっという間に手をすり抜ける気ままで気位の高い猫にような少年。
 裏で、赤い宝石と呼ばれる理由がわかろうというものだ。
 そこに込められた暖かで穏やかな視線。見守る大人の柔らかで見えない殻。少年に気付かれないように、そっと包み込むように存在する思い。
 ロイはそんな事に意識を取られていたが、ある可能性に行き着いてしまった。
「……私にもあるのかね?」
 恐る恐るロイはホークアイに聞いた。
 部下達の考えそうな事。エドワードにあるのなら、自分にもあるのだろうと考えるのが自然だ。
「お聞きになりたいのですか?大佐」
「ああ」
「知らない方が私はよろしいかと思いますが……」
「……どういう意味だね?」
「さあ。知らぬが幸せだと」
 ホークアイの声はどこまでも静かで淀みがない。何も伺う事のできないホークアイの顔からロイは問いつめる事を諦めた。
 聞かない方が幸せなど、碌な名前である訳がなかった。
 ロイの憮然とした顔を見ていると、エドワードにも笑いがこみ上げた。
 変わらない、と思う。
 

 
 窓から望める空は青い。
 この遙か遠い空はどこまで続いている。
 大陸のどこまでも、広がる青い空と浮かぶ雲は同じだ。
 
 これからも。
 何も変わらない。
 どこかにあるはずの賢者の石を、探して旅をして。
 アルと二人、元の姿に戻るために。
 
 自分はあの女のようにはならない。
 すでに、背徳は犯しているのだから。
 神に見放された自分達だから。
 
 だから、祈ることはしない。
 ただ、願うだけだ。
 




                                                END



 

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