「大佐、大佐?」 エドワードは声を張り上げて呼ぶ。 「ホークアイ中尉?ハボック少尉?」 首をきょろきょろと回して探す。 「皆さん、どこですか〜?無事ですか〜?」 アルフォンスも鎧を鳴らしながら見回すが、返事はない。 目の前で倉庫が赤々と燃え上がっている。 倉庫の屋根に穴が開いてそこから大きな炎が噴き出すように上り、時々がらがらと音を立てて外壁が崩れている。 少しでも側によると火傷しそうに熱い。そして、火花が飛び散り何かが崩れ落ちてくるかもしれない危険が目前に迫っている。 一体、彼らに何が起きたというのか。どこにいるのか……。 「大佐……?」 「ホークアイ中尉〜?」 「ハボック少尉?」 名前を呼んでも、どれだけ呼んでも返事がない。 まさか、まだ中にいるのだろうか。この炎の中に? そんな事はないと信じているけれど。 こんな事で死ぬような殊勝な人間じゃないだろ? しかし、囂々と音を立てて燃えている現実が目の前に確かにあって、反らしたくなる真実があるのだ。 家屋が燃える姿は、田舎の家を焼いた時を思い出す。あれは、自分の意志で燃やして消したのだ。 過去も、戻る場所も。 見ていて気持ちのいいものではなかった。決別が必用だった。 燃えて無くなる姿は、そんな過去を思い起こさせて根底にある不安を煽る。 返事をしてくれよ。 何でだよ……。 エドワードは、崩れていく倉庫の形をした建物を見つめて唇を噛んだ。 「兄さん」 エドワードの辛そうな顔にアルフォンスが気遣うようにそっと手を伸ばした。 肩に触れて、軽く叩く。アルフォンスの仕草に、ぐっと奥歯を噛みしめてエドワードは顔を上げた。 彼らが死んだなんて信じていない。だから、探そう。 アルフォンスに小さく笑むと、エドワードは倉庫周りをもう一度探すことにした。非難して、離れた場所にいるかもしれない。 いつまでも危険な場所にはいないかもしれない。 火柱から離れた位置にある木々が茂った場所。そこに人影が見えた。 「大佐……?」 「ああ、ここだ」 燃え上がる焔に顔が赤く染まっているが、いつもの不敵な顔をしてる男が立っていた。その横にはホークアイもハボックも見える。 3人が無事な姿で立っていた。 それにエドワードもアルフォンスも安心する。 所々青い軍服が煤けているが、無事だ。大きな怪我も表面は見えない。 エドワードは近寄り背の高いロイを見上げた。 「無事?」 「見ての通りだ」 ロイは手を広げて見せる。エドワードは視線をロイより低い位置にあるホークアイに移した。 「ホークアイ中尉は?」 「大丈夫よ、エドワード君」 薄く微笑むホークアイにエドワードから安堵の吐息が漏れる。 「ハボック少尉も大丈夫ですか?」 「ああ、何とかな」 アルフォンスも背後から加わって心配そうな声で聞く。表情はわからなくても、声だけでどれだけ心配しているかがわかるというものだ。 「はっ……、良かった」 怪我をしてそのまま全速力で走ってきた上で安心したせいか、エドワードは身体から力が抜けた。慌てて膝を付きそうな身体をロイが腕を取って支えた。生身の怪我をしている方の腕を取られてせいで、エドワードは小さく呻く。 「鋼の、怪我をしたのか?」 「ちょっとな」 黒い上着の左腕を縛っているハンカチを目にして、そこから血が滲んでいる事を知る。赤いコートの上からでは一見わからないのだ。 「一度宿に帰って、手当をしよう」 「ここは、いいのか?」 「すでに連絡をしてある。消火活動も行われるだろう。最もここまで燃えてしまえば、周りに燃え移らないようにするしか方法はないだろうが……」 再び燃え上がる瓦礫と化した倉庫を見上げて、ため息を付く。 犯人にまんまとやられた。 このまま済ます訳にはいかない。 昼間の内に取った駅近くの宿へ戻って鋼のの手当をしなければならない。そして策をもう一度練る必用があるだろう。 ロイは怪我をしたエドワードを促して、部下とアルフォンスに行くぞと声をかけた。 宿に到着すると、まずエドワードの手当をした。かすり傷だと言い張るエドワードに、説教をしながら手当を施すように言い募る。 ホークアイがそのままでは駄目よ、と咎めるように言えばエドワードも抵抗はできない。 結局上着を脱いで、傷口を消毒し包帯を巻いた。 傷口は鋭利なもので掠ったように切れた痕だ。それほど出血はしていないが、貧血状態で全力疾走したため、先ほどは力が抜けたらしかった。 軍扱いで取った部屋は全部で3つだ。 ロイとハボック、女性であるホークアイは一人、エルリック兄弟の部屋割りだ。今は手当のために、エルリック兄弟の部屋に全員がいた。 エドワードは怪我人であるのでベッドに腰を下ろして、横に救急箱を持ったホークアイが座っている。部屋の真ん中にあるにソファにロイとハボック、向かいの椅子にアルフォンスという位置だ。 「で、一体何があったのかね?」 ロイはエドワードの手当が終わるまで黙って待ちやっと口を開いた。足を組み肘を付くとその上に顎を乗せて含んだような表情を浮かべている。いつもながらに食えない顔だ。 エドワードは一度考えるように視線を天井へ向けるが、戻して語りだした。 「俺達の方は、最初何もなくて……。大佐達のいる方で火柱が上がってて、行こうとしたら攻撃された。昼間と同じ吹雪だ。それが、雹っていうか氷の粒に変わって氷柱になると立派な凶器に早代わりだ。で、怪我した訳。な、アル」 「うん。僕たち壁を錬成して交わそうとしたんですけど。何分攻撃は全面からなので。だからといって、全て壁で塞いでは意味もないし、かえって危険なので……」 アルフォンスは申し訳なさそうに首を竦める。 「遠方からの攻撃には不向きだしな、俺達。どこから攻撃しているのかさっぱりとわからなかった。人影さえ見えない。厄介な奴だ」 エドワードは歯が立たなかった事が口惜しくて、指を噛んだ。怪我をしている腕の指を噛む姿を見とがめてロイは片眉を上げる。 「それで、よく駆けつけられたな、こちらに」 「……突然、攻撃が止んだんだよ。まるっきり昼間と同じだ。手加減されてるのかね。ほら」 エドワードはポケットから空から落ちてきた手紙を差し出した。それに、ロイは目を剥く。 またしても……と忌々しげに手紙を受け取り、封を開けて目を通す。 「今度は、明日。南部の反対方向、東部の片田舎ローザント。夜21時だ。……ここからの汽車の時間を考えてくれているのかね?」 口の端を曲げてロイは目を眇めた。 瞳は冷ややかで静かだ。決して笑っていないが、表面だけ見れば闇色の相貌が面白げに輝いている。 相当、怒っているなと誰もがわかった。 犯人に遊ばれているのが腹立たしいのだろう。それは皆、同意見だが……ロイの怒りのとばっちりはご免被りたいとハボックなどは思う。 「で、そっちは、どうだったのさ?何があったらあんな爆発するの?」 よほどの事があったのだろうと、エドワードもアルフォンスも思っている。真面目な顔でじっと見つめる2対の目に、しかし、ロイは目を反らした。 「何も、何もなかったのだよ」 「はあ?何もない訳ないじゃん。じゃあ何で、倉庫があんなに燃えたのさ」 「……」 ロイは珍しく、口ごもる。 上司のふがいなさを見て、仕方なさそうにホークアイが横から口を挟んだ。 「本当に、犯人からの接触はなかったの。私達ちゃんと第3倉庫で待っていたの。倉庫は真っ暗で、誰もいないようだった。物音しない、気配一つしない状況で。油断しないように気配を探って待っていたのだけれど、あまりに暗すぎてハボック少尉が何かに躓いてね。……大佐に何とかして下さいって……」 「……で、二つ名は焔の大佐は火を付けた訳?」 ホークアイの言葉をエドワードは引き継ぐ。 「指先に、ちょっぴりな……」 「まさか、それで、どん、と?」 ハボックのちょっぴり発言に、げんなりとしながらエドワードは額を押さえて結論を出した。 「そうだ……」 重々しい地の底からの声かと思うような不機嫌なロイの声音に、エドワードは呆れた。 「大佐、実は馬鹿なんじゃないの?」 「鋼の……」 「そんな場所で、火なんて付けるなっ」 あんなに心配したのが馬鹿みたいだとエドワードは内心思った。 死んでしまったらと、何が起こったのかと不安で不安で仕方なかったのに。 俺の心配を返せ、と決して言わないけれど、エドワードは言いたい気分だった。 「火気らしき物は荷物になかった。酸素濃度どころか空気中の物質に変化はなかった。それくらい私も確かめている」 用心をしているのだから、何か不審な点があったら気が付く。 曲がりなりにも、国家錬金術師であり軍の大佐という地位にいる男なのだ。生半可な才能や運ではこの場所にいない。危機を察する勘やそれを乗り切るだけの器量が必用だった。 それは、男がイシュバールの戦いを生き残った事からも明らかだ。 「……つまり?」 「それ以外の干渉があったということだ」 「何も感じなかったんだろ?でも、火を付けたら爆発した。……随分な方法を使うな。大佐、あんたの行動も読まれてる。気を付けた方がいい」 「ああ。その点だけは反省している」 その点だけかよ、とエドワードは突っ込む。 「なあ、どういうこと何だ?俺達一般人にもわかるように説明してくれない?」 ハボッックは訴えた。 錬金術師同士でわかりあってもらっても、自分にはさっぱりなのだ。 「錬成陣が用意されていたって事ですか?」 話を聞いていたアルフォンスが答えを促す。 「多分な……」 「絶対そうだろ。それしか考えられないって。えっとさ、少尉。簡単に説明すると最初から錬成陣が用意されていて、その空間で火がわずかでも付いたら爆発を誘発するように準備されていたんだ。この場合酸素濃度も空気中の物質も操作されてはいないから、わからない。だって、錬成陣だけが見えない部分に描いてあっただけなんだから。まして、暗かったんだろ?わかりっこないよ。それに爆発を誘発するだけでなく、積み荷も燃えやすい物だったかもしれない。紙関係ならもってこいだし、食料品だって食用油とか燃えるだろうし、殺虫剤や肥料もすっごく燃えるぜ?」 生活物資って燃えやすいから、とエドワードは苦笑する。 「殺虫剤や肥料に燐が使われているし、硝石なんかも肥料に使われるからさ」 硝石は火薬に使うくらいだから、危険だってわかるだろとエドワードは丁寧に説明した。 「なるほど……。でも、それは火を付けることが前提だろ?」 「そう。大佐が火を付ける可能性を考慮している。それにさ、少尉は煙草を吸うだろ?その火でもいい訳だよ。……後は、中尉が拳銃から一発でも銃弾を発してもいい。火気なんてそんな些細なもので良かったんだ……多分な」 エドワードはその場を見ていたように、推測して見せた。 錬金術師とは、絶対完全犯罪ができる人間だ。 人間兵器と確かに言われるが、世の中でできない事はそうないのではないか、とハボックは思う。 「……犯人はあの場にいなかった、と見ていいだろう」 ロイは重要な結論を述べた。 犯人が、あの場にいなかったということは複数犯である可能性が減ったということだ。エルリック兄弟の前には犯人は現れている。 最初から、そちらに行く予定であったのか。 エドワードに再び手紙を渡している事からも、推測される。 「単独犯ですか?」 「可能性は高いだろう」 ホークアイが問うと、あくまで可能性だとロイは言葉を濁す。そこまでは、明言できない。姿を見ていない上、協力者がいるかもしれない。 「が、これだけは明らかだ。犯人は確実に錬金術師が絡んでいる」 相手が錬金術師。可能性だけはあったが確証された。 こんな真似ができる者は高度な錬金術師だ。 「……」 沈黙が落ちる。 本当に、厄介な相手である。錬金術師がいかなるものか日々見知っている人間は思う。ホークアイもハボックも一般人だが、国家錬金術師の中でも指折りの、天才と名高い人間を見ていると、その恐ろしさが実感できた。 錬成陣を暢気に時間を掛けて描いて、小さなものを錬成するような錬金術師の端っこにいる小物とは訳が違う。多分、相当な使い手……。 「そんなんで、よく無事だったな、大佐」 エドワードが、疑問をぶつける。 突如として、爆発したのなら逃げる時間はなかったのではないか。 「これでも、銘は焔だからね。すぐに気付いて焔の膜のようなものを作ったよ。風圧で飛ばされたのはご愛敬というところかな」 焔には焔で対した、ということだ。 風圧で飛ばされても、怪我もしていないのはさすがは軍人といったところか。 実は、命が危なかったという割には飄々とした顔でロイは肩をすくめた。 |