ロイが呼び出された場所は駅から少し離れた倉庫だ。汽車の貨物から運ばれた荷物が収められている倉庫の群。食料や生活必需品、木材、石材と積み上げれている。 その3号。 並んだ倉庫は今の時刻無人だ。 夜の10時。普通は守人が定刻に見回りに来るだけだ。 昼間の内にここに入ることを告げてある。いくらなんでも無断で入る訳にもいかない。軍人として無闇に反感を増やす必用もない。 事情を少々説明して倉庫に入る許可は得ている。 その時に、最近何か不審な事はなかった聞いてみたが、何もないとこのとだった。 指定された時刻少し前に倉庫の前にロイ達は来ていた。 そして、注意しながら中に踏み出す。 重い扉を開ければ、中は当然ながら真っ暗だ。 鉄製の扉はギイと軋んだ音を立てて開いた。 「立て付け悪いっすね」 ハボックは2人ぐらい通れる隙間を確保して、どうぞとロイに道を明け渡した。 今宵は下弦の月。 薄い三日月が夜空にあるが、生憎雲が出ていてうっすらと暗い。月明かりさえ乏しい時間、倉庫の中に差し込む明かりはわずかだ。そのわずかな光を背に、ロイは一歩進んだ。 隣でホークアイは手入れの行き届いた拳銃を携えて、入り口から左右と奥、天井を見回した。 緊張というより、油断しないように中に入り歩みを進める。 倉庫は細長く奥に長い。その両脇に貨物用の四角い荷物が積まれ中央が作業するために空けられている。 物音もしない。 自分達が立てる靴音しかしない。 誰もいない。気配もしない。 軍人として磨いた気配や殺気の在処を感じない。本当に、誰もいないように見える。 そして、奥は真っ暗だ。 途中まで歩いて来たが、このまま進むには危険が伴うようであり、進まないと始まらない気もする。 が、視界が悪すぎてどうにもならない。 何かが潜んでいても、見えないのだ。 中を探すにも、無理があった。 「暗いっすね、大佐」 ハボックがこぼした。 「そうだな」 「何も起こりませんね」 時刻は10時を迎えていた。 しかし、何も起きない。人の気配さえしない。犯人は本当に現れるのか。 ハボックは声だけは暢気にそう言う。 「大佐、油断なさらないで下さい」 「わかっている」 ホークアイが拳銃片手にロイの横で暗くて見えない奥を伺うように見据える。 油断は命取り。が、こう暗くてはどうにもこいにもしようがない。 「っつ……痛てっ」 ハボックが横にはみ出ていた積み荷につまずいた。どこを見ても暗闇で足下まで注意が至らない。 「……大佐、何とかして下さいよ」 「仕方ないな」 ロイはハボックの願いに仕方なく答えるため、パチリと白い手袋に覆われた指を鳴らした。 発火布は摩擦により火を起こす。ロイは空気中の酸素濃度を調節して炎を自在に操ることができる。 瞬間指先に火が灯り。ぼんやりと暗闇に光が浮かぶと。 次いで、大爆発が起こった。 エドワード達がいるのは、ロイが呼び出された場所から徒歩で30分ほど離れている。 最初に呼び出された噴水のある中央広場のすぐ近くだ。街は時計台がある中央広場から放射線状に道が伸びている。その大通りには店が軒を連ねていて賑わいを見せていたが、さすがに夜10時まで開いているのは酒場くらいだ。 しかし、エドワード達がいる場所はメイン通りではなく、一本外れた場所の小さな広場だ。 水の広場と呼ばれる場所は中央広場に比べるととても狭い。ただ、小振りの噴水があるだけで、周りは高い建物に囲まれていて自分達は隠れる場所もない、という不利な位置関係だ。 二人はその場で待っていた。 エドワードは噴水を円形に取り囲むように積まれた石の淵に座り足を組む。隣にはアルフォンスが座り、黙っていた。 10時を告げる鐘が鳴る。 昼間見た時計台の鐘が鳴っているのだ。夜という静けさと距離が離れていないせいか、かなり大きく聞こえた。 鈍い鐘の音が10回鳴り終わる。 再び街には静けさが戻り、噴水から漏れる水音が聞こえるだけとなった。 しかし、時間が過ぎても何も起きなかった。人も通らない。 「何も起きないな」 「そうだね、兄さん」 「……あっちは、どうだろ?」 「大佐達?きっと大丈夫だよ」 「そうだな。あれでも大佐だし。悪運強そうだ」 エドワードはそう言いながら、水面を見つめた。暗闇に映る水面の月は弱い光を放っていた。水面から本物へと視線を向けた。 細い下弦の月。 雲が棚引いていて月を覆い隠すように掛かっている。 静寂の中しばらく二人は待つ。 突如。 どん、という轟音が響いた。地面が揺れたような錯覚さえ覚えた。 音のした方向、遠方に火柱が上がっているのがわかる。 濃紺と黒色を混ぜたような夜の闇に赤く燃え上がる凄まじい焔の光が見える。爆発の場所は、ロイ達が向かった方向だ。 「まさか?」 エドワードがアルフォンスを見上げた。 「そうだと思うよ。方角といい、距離といい」 アルフォンスは頷く。 すぐにでも走り出したい気持ちが沸き上がるが、こちらはまだ用が済んでいない。 犯人らしい人物の接触も何もない。 強運も悪運も併せ持ち実力も兼ね備えていなければ、あの若さで大佐などという地位にはいないだろう。 だから、多分大丈夫なはずだ。大佐も、中尉も少尉も……。 そう思わなければ、いられない。 が、犯人の目的が単に二手に分けて戦力を裂くだけであったなら、急がなくてはならない。 しばらく逡巡したが、エドワードは決断する。 この場に留まる理由がない。 「行くぞ、アル」 「うん、急ごう」 二人は火柱の上がっている方向へ走り出した。が、その時、またもや吹雪が二人を襲った。 暗闇に舞い散る白い雪。白い膜が視界を染める。 晴れているのに。月が僅かに輝いている天気だというのに、激しい風と共に雪が降る。 豪風に手を翳しながら、頭上の建物を見回す。 昼間と同じ現象。それは人為。 誰かが、雪を降らせている。 遠方から何かしてるのだろうか、エドワード達からは人影も見えない。 吹き付けていた雪が今度は氷の固まりに変わった。 「氷?雹っ?」 大きな氷の粒が身体に当たる。石作りの床にこつんと氷が落ちる音がして粒が転がる。 どんどん落ちてくる氷の固まりは最初と比べると大きくなった。 「痛てっ……」 いきなり形を変えた氷は鋭く尖った氷柱のような形状になってエドワードの腕をかすめた。 エドワードは両手をあわせて円を作り、地面に手を押し当てると高い壁を錬成した。これで一方方向からの氷柱の攻撃は防げる。アルフォンスより高い壁は氷の刃から身を守るが、反対方向からの攻撃は防げない。 襲ってくる氷の刃達。 アルフォンスがエドワードの背後にすばやく錬成陣を描き壁を作る。エドワードは壁に挟まれた横側に背の低い壁を作る。全てを覆っては意味がないから、身を隠し攻撃から守る壁が必用なのだ。 接近戦でない場合エドワードは不利だった。 遠方からの攻撃には、どうすることもできないのだ。 相手が見えないのでは、戦い用がない。 どうしようか……。 エドワードは悩む。アルフォンスにしても、接近戦向きであり遠方からの攻撃には弱い。防御できても攻撃ができない。 考えている合間にも、氷の刃は壁に次々と突き刺さる。 しかし、いきなり攻撃は止んだ。 先ほどまで雪や氷が降っていた影も形もない。夜空には薄く輝く月さえ雲から覗いていた。 「何だ?どうして?」 エドワードは理解できない。 なぜ、相手は引いたのか。このまま攻撃していたら、自分達は苦戦を強いられただろに。 「兄さん……」 アルフォンスが空を指差した。ひらりと落ちてきた白い紙。昼間見た同じ風景。 1通の手紙がエドワードの手に落ちてきた。 またなのか? エドワードは一度眉を潜めるがそれをポケットに突っ込み、氷柱で怪我をした腕の上部をハンカチで結んで止血する。アルフォンスはその間に錬成した壁を元に戻した。 「行くぞ、アル」 「うん。今度こそ急がないとね」 二人は火柱が囂々と燃え上がっている先へ全速力で走った。 |