「残夢の欠片」5





 
 がたん、がたん。
 ごとん、ごとん。
 車両の軋む音が響く中、それに伴い揺れる座席。
 長距離の移動には欠かせない汽車の中、彼らは東部にある中堅の街へ向かっていた。
 南部寄りの街アルザスール。東部の中でも暖かい気候に入る地域の街だ。
 
 連続失踪事件の犯人からの手紙、予告状には場所と日時が明記されていた。
 場所はアルザスールの中央広場。時刻は15時。
 手紙が届いた翌日が指定された日だったため、すぐに汽車の切符を手配してロイ率いる東方司令部のメンバーは目的地へ向かう事になった。
 軍からは、責任者であり大佐のロイ。副官ホークアイ中尉とハボック少尉の3人。大人数を従えて行く訳にはいかず、ブレダ少尉、ファルマン准尉、フュリー軍曹は東方司令部で連絡待ちだ。
 何が起こるかわからない上、本当に現れるのかもわからない状況だが、手紙を受け取った本人であるエドワードと兄の行くところならどこへでも同行する弟のアルフォンスも一緒だ。
 ロイは一応、止めた。
 しかし、エドワードは当然、自分も付いて行くと言った。自分宛ということは、つまり自分に来いと手紙の主は言っているのだから行くのが当然であると言い切られれば否定できる材料はなかった。そう、犯人は鋼の錬金術師であるエドワードに手紙を送っているのだから。エドワードが行かなければ、犯人は行動を起こさないかもしれなかった。
 結局止めることもできす、事件解決の協力を要請することになり、今現在汽車の座席の向かいに腰を下ろしている現状だ。
 ロイ、ホークアイ、ハボック。エドワード、アルフォンスが隣になり向かいあわせに座る車両内は彼らの心情を無視して穏やかな雰囲気が漂っていた。
 旅行客が多いから、親子連れや夫婦が周りで陽気におしゃべりしている。青い軍服姿のロイ達がとても浮いて見えた。
「何があるんだろ……」
 エドワードは小さく疑問を口にする。
「さあ。行ってみないことにはわからんな」
 ロイは自身の心の内は見せないで、余裕ありげに口の端を上げた。
 いい加減、軍としても煮え湯を飲まされている連続失踪事件の犯人だ。どうにかしてしっぽを掴んでやろうと思っているが、それをこんな場所で表面に出す事はさすがにしない。この若さで大佐という地位にいる男は、決して弱みなど見せようとはしない。
「今度は、浚う子供の名前は書いてなかった。俺を呼び出してどうするつもりなんだろ?」
「鋼のを浚うにしては、年齢が違うしねえ。まあ。身長だけはあっているかね?」
「誰が小さいって?豆だって?」
 エドワードはロイのからかいに立ち上がり拳を握る。が、隣からアルフォンスに押さえられた。
「兄さん、毎回毎回、こんな狭い場所で駄目だよ。迷惑だ」
「アルっ」
「誰も兄さんが9歳や10歳の子供に見えるだなんて言ってないでしょ。ちょっと身長が平均より小さいって言っただけだよ。それに兄さんを浚おうなんて思う犯人はかなり剛毅だよ」
 アルフォンスは慰めにもならない事をさらっと言った。
「アル……」
 自分の味方であるはずの弟にはっきり小さいと言われエドワードはショックを隠しきれない。肩を落として座席に座り直した。
「軍に対する挑発である可能性が一番高い。私宛にしなかったのは、猶予が必用だったのかもしれないね。鋼のが東方司令部に来る頻度は低い。ある一定の間隔を置いて予告状を発見して欲しかったのだろう」
 しかし、犯人は君の行動を把握しているようだね、とロイは付け加えた。
 真面目な顔してそういうロイは、だから本当は連れて来たくなかったんだよとちらりと本心を覗かせた。
 エドワードはロイの読めない顔を見上げた。
 こういう奴だから、むかつく。
 自分は、これでも国家錬金術師であるのに。腕っ節にも錬金術にも自信があるのに。簡単にはやられる程弱くはないつもりだ。
 けれど、結局子供扱いして見せる大人。
 関係なくなどないのに。
 こういう場面で大佐は軍属の自分を有効活用してもいいのだ……。
 エドワードはやり切れない気持ちを俯いて顔を隠す事で見せないようにする。その仕草を見てホークアイが小さく笑い、ハボックも苦笑する。
「大将、別に大将が弱いなんて思ってない。ただ、なんていうかさ。あえて危ない目にあって欲しくないって思うんだよなあ……」
 ハボックが火のついていない煙草をくわえながら、困ったように笑う。
「だからといって、子供扱いしている訳でもないのよ」
 ホークアイも横から告げた。
 軍部の人間は単にエドワードを巻き込みたくなかっただけなのだ。
 石を必至に探している兄弟を。
 普段からトラブルに巻き込まれ、自らも起こして旅をしている彼にこれ以上の事件は必要ないと。
「うん……」
 エドワードは小さく頷いた。
 いつも自分達兄弟に優しい人たち。知っている、気に掛けてくれている事を。顔を出す度に元気だったかと、気づかってくれる事を。
 だから、いつも本当はそう思ってはいけないのに、あの場所へ帰る気になるのだ。
 帰る場所を持たない、持ってはいけない自分達なのに。
 暖かな場所が嬉しくて、反面、己のような人間がそんな場を持つ事が許されない気がするのだ。
 
 


 
 予告の時間より前に駅から彼らは降り立った。あまり時間もない。そのまま街の中央に位置する噴水がある広場まで来る。人が集まる場所だ。何かあるとは思えないし、するには向かない場所だ。
 広場を見回してみても、怪しい人物もいない。
 行き交う人、店で買い物をする人。噴水の周りで遊ぶ子供。
 どこにでもある穏やかな街の風景だ。
 ロイは時計を見る。
 予告時間はもうすぐだ。
 緊張を含んだ目でホークアイやハボックと視線をあわせ、すぐに行動できるように周りに気を配る。
 15時の鐘が鳴る。
 予告の時間だ。
 中央広場には時計台があった。大きな文字盤がある塔の上には鐘が取り付けられていて、陽光に鈍く反射している。
 年代を感じさせる鐘の音が広場に響き渡る。この音はこの近辺に届いて人々に定刻を知らせるのだろう。音を聞いて家に帰って行く子供が見えた。おやつの時間であるのかもしれない。
 鐘が鳴り止んだ瞬間の事だ。
 突然、吹雪が襲った。
 雪だ。強風に乗って白い雪が吹き付ける。
 今まで雨さえも雲の欠片さえ見えなかったというのに、どうしたというのか。
 南部寄りのこの街は冬の寒い時期でも雪が降りにくい場所であるのに、季節をはき違えていると思わせる程の雪と風だ。
 広場中に、目を疑うような白い雪が舞い散った。
「うわ〜、すごい」
「何?どういうこと?」
「異常気象?」
 口々に驚愕の言葉が飛び出て、街の人々は首を傾げた。
 雪自体が滅多に見られるものではない。降らない時だって多いのだ。初めて見る子供もいる程で、嬉しさにはしゃいでいる姿が視界の端に映った。
 ロイは、腕で視界に吹き付ける雪を庇いながら、誰か怪しい者がいないかと周囲を見回す。
 明らかに、おかしい気象状況だ。
 雪が吹き付けている場所は、この広場の一角だけだ。
 そんな降り方を雪はしない。
 エドワードも同様に、視界を染め上げる白い雪から逃れるように腕を掲げて頭上を見上げながら、首を回して視線を配る。
 隣でアルフォンスも頭を巡らす。しかし、雪以外何も見えない。
 やがて、突然雪は消えた。
 降り出した時と同じように唐突に。
 何事もなかったかのように、今あった事は幻みたいに。
 唖然とする彼らの元に、2通の手紙が空から落ちてきた。ひらひらと落ちる手紙は雪の名残みたいだ。
 手紙の表面には、ロイ・マスタング様とエドワード・エルリック様と書かれていた。
 どれだけ頭上を見上げても、誰も見えない。
 どこから落ちてきたかもわからない。
 あっと言う間だった。雪に気を取られていたせいだ。まさか、手紙を寄越すとは思わなかったのだ。
 二人は顔を見合わせて、手紙を開く。
「○○倉庫3号、22時」
「水の広場、22時」
 それぞれが簡素に書かれた内容をロイもエドワードも読み上げた。
 内容は、今夜この街の別の場所に同じ時刻だ。
 彼らを二手に分けようという意志がありありと伝わってきた。
「鋼の……」
「行く」
 ロイの止める声に、エドワードは断言した。
 罠である確率が高い。それでも、行かない訳にもいかないだろう。
 犯人の思惑がわからないのだから、それに乗るしかない。手がかりは皆無だ。相手が接触してくるなら、そこから少しでも何か見つけなくてはならない。
 失踪事件で被害にあった人間は増え続けているのだ。
 罪もない子供が消えている。
 エドワードの強固な意志を見て取って、ロイはため息を漏らした。
 言って聞くような子供ではない。犯罪を見捨てる事ができるような子供でもない。
「無茶をするのではないよ」
「わかってるって」
 絶対わかっていない台詞に、子供の日頃の所業を思って大人は内心吐息を付いた。
 結局、軍部組とエルリック兄弟組と別れて指定された場所に行くことに決まった。


 


 

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