「残夢の欠片」4






 連続失踪事件。
 
 事の発端は半年以上前だ。
 ある日、突然そんなそぶりを見せなかった人間が失踪する。
 跡形もなく。目撃した人間はいない。
 男女関係なく、大人から子供まで。
 とはいえ、老人は含まれない。
 統一性なく人が消える。1ヶ月に数人の割合で。多い時は4人。少ない時は1人。
 イーストシティを中心とした失踪事件はセントラルでも数人見受けられた。
 失踪を届け出ていない者があったとすれば、もっと人数が多いかもしれないし、半年どころかもっと以前から起こっていたかもしれない。
 届ける人間がいない場合、つまり孤児や浮浪者などは浚われても誰も気にも止めないだろうからだ。
 その様子が変わったのが、ここ3ヶ月。
 失踪する人間が特定の条件を満たすようになった。
 まず、9、10歳の小さな子供であること。
 そして、女の子が圧倒的に多いこと。男の子は1、2人含まれただけだ。
 金色か茶色、栗色等の髪であること。
 瞳も同様で。淡い色あいが圧倒的に多い。
 その上、容姿が平均以上らしい。子供というものは大人からすれば大概可愛いものだが、被害者の家族から見せられた写真を見る限り、近所でも可愛いと言われているくらいの容姿なのだ。
 犯人は特定の子供が狙いである。
 そう仮説することは簡単であるが、それならなぜ最初は違ったのか。それとも犯人は複数存在して子供を狙う者は別なのか。
 が、犯人の手口というか傾向は同じだ。
 身代金目的の誘拐ではない。犯人から連絡があった事は一度もない。
 ほんの目を離した隙なのか、いきなり子供が消える。おかしな事に目撃者が一人もいない。そんな事は人間業ではないのだが、歴然と消える。
 そして、誰一人として戻ってこなかった。
 どこかで生きているのか、もう死んでいるのか。
 ある一定の容姿の子供が消える事から、まさか人身売買であろうかと仮説も立った。組織的に子供を浚っているのではないか、と。
 しかし、裏側の情報を調査しても最近大きな犯罪組織の話は聞かない。
 手がかりは何もなくて。
 親は子供を外へ出すことに怯えている。
 噂だけが東部に広がり、悪魔が子供を食べているとか、どこかの新興宗教団体が神に捧げているとかスキャンダラスに騒ぎ立てている。
 軍部としては悪戯におびえさせないように、詳細な情報を漏らさないようにしているが、漏らす程の情報を手に入れてはいなかった。
 完璧にお手上げなのだ。
 目撃者がいないなど、考えられない。
 よほど、狡猾な人間なのか。
 子供が勝手に失踪するなどありえない。誰かが浚っているのだ。それ以外ないというのに、如何せん手も足も出なかった。
 ずっとその事件に追われていて、膠着状態が続いていた。
 中央からは、まだ犯人は捕まらないのかと状況も知らないで小言を言われる始末だ。若くして大佐の地位にいるロイが気にくわない人間は多いから、何か攻撃する材料があると、鬼の首を取ったとばかりに責め立てる。
 東方司令部は、失踪事件だけを相手にしている訳ではない。
 それ以外にもテロリストが爆弾を仕掛ける。殺しはある。軍部はいつでも大忙しだ。
 そこへ来て、エドワード宛てに、失踪事件の犯人らしき人間からの予告状である。
 
 手紙の消印を確認すると、それは事件が起きる前に毎回送られていること。エドワードが東方司令部に来なかった間、ちょうど3か月の間に送られていることがわかった。
 つまり、統一性が出てきた最近の何件かの予告状だ。
 ロイは犯人が予告していたことが驚きだった。
 その手紙は今まで当然ながら存在さえ知られていなかった。
 エドワードが手紙を受け取り見ない限り予告にならないのに、どうしてこんな事をしたのか。
 犯人の理由がわからない。
 そして、なぜそれが寄りによってエドワード宛てであるかその理由が見当も付かない。エドワードが見てからしか気付かない予告状だ。軍に予告状が知られた後、犯人はどういう行動に出るつもりなのだろうか。
「鋼の、心当たりは?」
 胡乱げに、ロイはエドワードを見下ろした。
 知らないところで、何かしでかしているのではないかと瞳が告げていた。
 石を探すために各地を放浪して歩いてそろそろ3年だ。その間、ロイが知らないことも多々あり行く先々で騒ぎを起こしているのは明白である。
「そんなの、ないよ」
 身に覚えがないエドワードは唇を尖らせて否定する。
「送り主の名前は?」
「知らない。聞いたこともない」
 M・スミスというサインは記憶を辿ってもどこにも見つからない。
 第一、連続失踪事件の犯人らしき人間と知り合いであるはずがなかった。
 確かに、人から恨みを買うような事もしているけれど……、さすがに、こんな手紙を送られる覚えはない。
 全く関わりはないと言うエドワードの嫌そうな顔を眺め、ロイは顎に指を当てて何もない空間を見つめながら思考する。
 どちらにしても、この予告状は過去のものだ。
 過去の事件のものであるから、現時点で予告になる手紙は1枚もない。
 筆跡もわからない。
 名前もわからない。署名は確実に偽物である。スミスなんてどこにでもある名字に名前はイニシャル。怪しい事この上ない。
 予告状を出すという観点から愉快犯とも思えるが、どうも腑に落ちない事が多すぎる。
 犯人が何がしたいのか、わからない。
 予告状に当たる手紙は、1枚の紙面に場所である街の名前と日時と失踪した人物の名前が記されていた。
 つまり被害者の名前が書いてあるのだ。
 手紙を送るのは犯行を起こす前であるから、事前に浚う人間、最近は子供を予め決めていることがわかる。突発的な犯行ではない、ということだ。目に付いた子供ではなく、事前に目星を付けていた事になる。
 子供は狙われていた、ということだ。
 そして、犯行は違えることなく実行された。
 今現在、ゆゆしきことだが軍部は犯人について何も掴めていない。
 このまま犯行が止まれば、手がかりもないまま迷宮入りとなるだろう。しかし、犯人は見つかるかもしれないような予告状を出していた。掴まる気が無いほど剛胆な人間であるのか、軍を攪乱する気であるのか、判断が付きかねるところだ。
 どちらにしても、エドワードがその相手に選ばれた事が一番おかしい。
 エドワードは名前の売れた国家錬金術師であるけれど、軍をからかうための相手に選ぶ理由にはならない。それならば、ロイの方が軍人で大佐で焔の二つ名を持つ国家錬金術師と条件が揃っている。軍に恨みのある者であるなら、間違いなくロイを選び狙うはずだ。
 もちろんそれは、犯人の目的が軍に恨みを晴らすテロリストと同じような思考の持ち主の場合に限るけれど……。
「……確認するが、被害者の子供とどこかで知り合ったりしていないね?一人も知人ではないね?」
 ロイは机の上に積み上がれた書類の中から1枚抜き出してエドワードへ渡した。エドワードは渡された紙面……被害者の名簿一覧を見た。目を走らせて首を振る。
「そうか……わかった。これだけではどうしようもないな」
 ロイは少しだけ肩を諫めて苦笑した。そして、エドワードの報告を聞いていたのにいきなり話が失踪事件に変わった事を思い出す。
「今回はいつまで滞在予定だね?鋼の」
「新しい情報を仕入れるつもりだから、しばらく図書館や資料室で文献を探すつもり。大佐から論文借りたら読みたいし。……1週間くらいはいるよ。それでめぼしいモノがなければ、セントラルの中央図書館にいくしかないとは思ってる」
「そうか」
「……何か、忙しそうだから失礼するよ。失踪事件を予告した手紙だけど、何かあったら教えてよ、後味悪いし」
「もちろん。明日には論文を持ってくるからここに寄りなさい。夕食でも一緒にしよう」
 その時にまた旅の話を聞こうとロイは誘う。
「大佐と?野郎同士で食べても楽しくないなあ」
 エドワードは口調は不満げそうに、けれど顔は面白そうにロイを下から見上げた。
「野郎同士というより子供と大人だと思うけどね。君の好きそうな店を見つけたのだけれど、いらないのかな?」
「大佐のおごり?」
 小さく首を傾けて覗き込むエドワードに内心笑いながらロイは大人の顔をして常識的な事を言った。
「無論だ。子供からたかったりしないよ」
「むかつくな。……ま、いいぜ」
 エドワードは唇を尖らせながら、承知した。
 仕方がないと表面を取り繕っていることが見え見えだった。
 おごりだから嬉しい訳でもない。大佐であるロイの方が収入が多いのは間違いないが、国家錬金術師であるエドワードの収入は大抵の軍人より多い。言ってしまえば、国家錬金術師でない場合の軍人である「大佐」より高いだろう。数千万センズの高収入、たかが15歳の少年が手にする金額では間違ってもない。
 全くお金に困っていないから、おごりに拘る必用はない。
 子供だからとハボック少尉やホークアイ中尉達がおごってくれることがあるが、実際は彼らの誰より金持ちだ。
 つまり、素直に行くと言えないだけなのだ。
 旅の話しをロイは聞きたがる。
 騒ぎを起こしていると噂が耳に入るのか、噂と比べて真相は面白いと顔を緩ませる。
 軍であった事件は世間に公表できないけれど、差し障りがない分には話して聞かせてくれる。合間に軍の情報も盛り込んで。
 一番楽しいのは、錬金術について意見を言い合う時だ。
 錬金術の話を対等にできるのは楽しい上、興味深い。得意な分野は違うけれど国家錬金術同士、普段は他の人間には言えない分、盛り上がる。
 東方司令部はいつも忙しいと聞いているのに、ロイは昔のモノから最近のモノまで文献に詳しい。
 エドワードの知らない事を知っている。
 さすがに14年の差は大きかった。
 エドワードもアルフォンスも錬金術師であった父親から何も教えてもらった記憶はない。二人とも家にある文献や分厚い本を読み自己流で学んだ。その後師匠に学んだ事はとても幸運だったが、それでも半年の事だ。人体錬成を試みるために、また二人だけで構築式を考えて実行した。その時点でもエドワードは11歳だ。
 無知な子供だった。
 今は15歳だけれど、大佐のほぼ半分だもんな……。
 1年間に読める文献の絶対量があるとすれば、14年分エドワードは少ないということにある。当然ながら人生経験も同様だ。
 それが、悔しいのでついつい憎まれ口を叩くのだが、それさえも知られているようで余計に腹が立つのだ。
「じゃあ、な」
 エドワードは司令室へ続く扉を開けながら片手を振る。
「あ、大将。手紙来てるぜ」
 扉を開けたまま、エドワードは動きを止めた。
 ちょうど扉から顔を出したエドワードにハボックが気付いて声をかけたのだ。
「……手紙?」
 嫌な予感がして、エドワードは眉間に皺を寄せる。
「ああ。M・スミスさんだって」
 持っていた手紙を裏返して送り主の名前を読み上げたハボックに、開いた扉から聞こえた内容にロイもホークアイも反応する。即座にドアまで駆け寄りエドワードを即して司令室、ハボックの前に立つと彼からひったくるように手紙を取りエドワードにロイは渡した。エドワードは上部を破って中から手紙を抜き開いた。背後からロイが覗き込む。
 短い文面を見て、エドワードが小さく息を飲む。
「……大佐」
「ああ。……今度こそ、予告状になるだろう」
 ロイはきっぱりと断言した。
 ホークアイも横で真剣な色に瞳を変えた。一気に緊迫した雰囲気に襲われた室内の空気に付いていけないハボックは首をひねる。
「……何がどうなってるのさ」
 その疑問はブレダ少尉もファルマン准尉もフュリー軍曹も同意見だった。
 ただ、何かが起こったことだけは理解できた。
「連続失踪事件の予告状だ」
 ロイは疑問に簡潔に答えた。
「それが、何で大将に来るんだ?」
 ハボックの突っ込みは当然だったが、それに答える言葉は用意されていなかった。
「知るか。兎に角、やっと事件の糸口が見つかったんだ。捕まえるぞ」
 大佐らしい台詞に、室内にいた人間は頷く。
「Yes,Sir」
 
 
 


 

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