がたん、がたん。 ごとん、ごとん。 絶えず聞こえる汽車の音。 揺れる車両や硬い座席は決して乗り心地がいい訳ではないが、長距離の交通手段として汽車は必用不可欠だった。 そんな汽車の車窓から広がる景色を小柄で金髪の少年は眺めている。 艶やかな金髪は窓から差し込む光にきらきらと反射して幾分長い前髪に薄い影を落とし、伸びた後髪は無造作に三つ編みに結われている。黒い上下の服に、大きな赤いコート。 鮮やかな色彩は、見る者の視線を引き付ける。 少々幼く見える体躯と髪と同色の遠くをぼんやりと見つめる金色の瞳が憂いを帯びていて、少年が一人で汽車に乗ってどこかへ行くには不釣り合いだった。 少年の名前はエドワード・エルリック。そうは見えなくても15歳の、二つ名は鋼の国家錬金術師だ。その少年の隣に付きそうように座っている大柄な、エドワードより二周り以上大きな鎧姿の名前はアルフォンス・エルリック。全くそうは見えなくても、エドワードの血を分けた弟だ。 エルリック兄弟とえいば、世間に名前だけは通っている錬金術師だ。 洋服や白い手袋に隠されて見えないが、エドワードの右手左足は最新技術を駆使した義手義足、機械鎧だ。普通の義手義足よりも機械鎧は神経を繋ぐため自由に動く反面手術やリハビリに激痛と年月を伴う上、大層高価だった。そんな機械鎧を小柄な少年がしている事自体珍しいことだ。 また、鎧姿の弟の鎧の中身は空っぽで何も入っていない。あるのは彼の魂だけ。エドワードの血で綴られた錬成陣がアルフォンスと鎧を繋いでいる。 そんな兄弟の人には言えない事情を知る者は少ない。 穏やかな田園風景が流れていく様をエドワードは窓枠に頬杖えを付いて眺めていた。 のどかだ。 とても平和だ。 小麦が黄金色の色付いて一面目映い金色をした絨毯のようだ。そよぐ風がその絨毯を時折揺らし陽光に反射して、様々な色に変える。 もうすぐ、刈り入れ時だろうか。作業服の農夫が時折隙間に見える。 そこには絵に描いたような穏やかな時間が流れている。 が、東部イーストシティ近郊に入れば都市らしい町並みが続く景色へと変わり、依然として平和とはいえない状態でもある。 相変わらず、テロはなくならない。 テロリストによる爆発騒ぎに、トレインジャック、立てこもり事件に連続殺人事件。 政情不安というのか、次から次へと大事件が起こり人々は事件や騒ぎが起こっても慣れっこになっている。 それでも田舎の街は、そんな影も見えないくらいのどかで住んでいる人は皆優しい。 今回は東部と北部の端境まで石の情報を求めて旅立った。けれど、収穫はなかった。 なかったというより、石らしき存在が何者にか盗まれていたのだ。 エルリック兄弟がそこへ辿り付いた時には、事件はすでに終結していた。 誰に盗まれたのか見当も付かず、憲兵が調べてもどうにもならない。未解決のままに終わっていた。 村人に聞き込んだ結果は、赤い石だったということしかわからなかった。 村の端にある遺跡に納められていて普段は目にしない赤い石は村の1年に一度の行事の時にだけ公開される。そこから石がなくなった。 通常管理している訳ではないので、石がいつ盗まれたのかわからなかった。 ひょっとして、1年前かもしれないし、最近かもしれない。 村人はあるはずの石がなくてとても驚いてすぐに探したが、今更出てくるはずもなく。 証拠も、犯人の痕跡も全くなく。 田舎の村らしく、諦めて終わっていた。 全くの無駄足。 それは、いつものこと。 簡単に見つかる訳がないと知っている。 無駄足だろうが、意味がなかろうが、少しでも手がかりになるのなら、どこへでも行く。 が、ここのところ、どうも腑に落ちない。 石らしきものが盗まれていたというのは初めてだが、石を探して訪れた先で同じように石の情報を聞いた人間がいたことが何度かあるのだ。 「賢者の石」を探しているのか。他に目的があるのか。 さっぱりとわからないけれど。 「賢者の石」の力を手に入れたいと思う人間は他にいても不思議ではない。 それくらい魅力的な石だ。 あるはずがないと言われていても。 あてどなく探す事を止められない。 伝説の中だけの代物。幻の術法増幅器。僅かな代価で莫大な錬成を行える。 それは苦難に歓喜を、戦いに勝利を、暗黒に光を、死者に生を約束する血の如き紅き石。人はそれを敬意をもって呼ぶ、「賢者の石」と。 そんな石を本気で真剣に探している人間は自分達以外いないだろうと思っていたけれど、同じように人には言えない理由で探している人間がいるのかもしれない。 手がかりをなくした自分達は、一度イーストシティに戻ることに決めた。 新たに文献を探してみないとならない。それに今回のことは報告というか耳に入れて置いた方がいいだろう。 己の上司であるにやけた男の顔を思い浮かべてエドワードは顔をしかめる。 「……アル」 「何、兄さん」 エドワードは視線を景色に向けたまま小さく弟を呼ぶ。 「今回は、駄目だったけど。また、次があるよな」 「うん」 「必ず、見つけよう」 「そうだね。そして、元に戻ろうね」 「ああ。絶対だ」 自分に言い聞かせるように、言葉に出して誓う。 アルの身体を取り戻して。自分もなくした右手左足を。 エドワードは膝の上に置いた手に力を込めて拳にする。己の意気込みみたいなものがほんの僅かな形となって外に出される瞬間だ。 きっと、見つける……。 見つけるまで、旅を続けるんだ。 エドワードは心中で己に呟いた。 「それでさ、……なんだよ?……え?そうか、それが赤い宝石だってさ」 「へえ、そんなもんがあるのか?それはいいなあ。でも、本当なのか?」 「噂だけどな」 「まあ、火のないところに煙は立たないっていうし」 「でも、そんな便利なものが世の中にはあるんだなあ」 「あるなら、俺も欲しいな」 「はは、そりゃ、皆一緒だ」 ふと、聞こえてくる話し声。 赤い宝石、噂、便利等の言葉をを聞きつけてエドワードは話しに興じている男達に視線を向けた。 噂は噂だけれど、全く無視もできない。 第一自分達は唯一の手がかりを探すために伝承や噂話さえ縋っている。 「それ、何?赤い宝石って何なの?」 エドワードは即座に立ち上がり通路を挟んだ斜め向かいに座る男達の横まで近寄った。 興味津々と顔に書いてある子供に男達はにこやかに相好を崩すと、話し相手は大歓迎なのか子供が噂話しに興味がある理由を深く考えもせず答えた。 「東方司令部に赤い宝石があるんだってさ。その宝石があると軍がかかえる問題を一夜にして解決する事ができる。万能な宝石らしいぞ?きっとどんな願いごとでも叶えられるんだろうな」 「万能な宝石?」 「ああ。らしいぞ。……俺の手にあったら、何を叶えてもらおうか」 エドワードが小さく首を傾げて子供らしく問うので、男は声を立てて笑いながら金色の髪をくしゃくしゃと撫でた。どうやら子供好きらしい。 「それは、どこでお聞きになったんですか?」 エドワードの後ろに大きな鎧姿のアルフォンスもやってきて質問する。 「あ、ああ。俺はこの間イーストシティにいた奴に聞いたんだ。……でかいな、あんた」 男はアルフォンスを見上げた。 鎧を纏っているにしても、とても大きい。エドワードが小さい分、より大きく見える。 「そうですか?」 「ああ、お前の兄さん……否、若い父さんか?」 それにしては声が若いけど、と男は不思議そうに首をひねった。 「……」 「誰がじゃっ!こいつは弟。俺が兄!」 アルフォンスは声を詰まらせるが、エドワードは胸を張って言い切った。 毎回毎回間違えられるけれど、それを黙って許せた事はない。 「……何の間違いだ?お前、こんなに小さいのにひょっとして20歳だったりするのか?それとも、弟君が突然変異?」 世界の七不思議だと言わんばかりでぽかんと口を開けて驚く男に罪はない。その反応は普通だ。 「誰が豆でマイクロどチビだってっ?」 小さいという言葉が禁句なエドワードは怒りにまかせて男に掴みかかろうとするが、アルフォンスに背後から羽交い締めにされて止められた。 「まあまあ、兄さん、落ち着いて。こんなところで暴れちゃ駄目だよ。乗客の皆さんに迷惑だ。それより話を聞かないと」 アルフォンスは兄の扱いに慣れているのか、さらりと話を赤い石に修正する。 「それで、イーストシティにいた方はどうしてそんな事がわかったんでしょう?その人も誰かから聞いたんですか?」 「うん、確か、そいつは軍人が集まる酒場で耳に挟んだって言ってたぞ。酒場だから声も大きくなるし、気も大きくなるだろうから、漏れたのかねえ。とにかく、そいつがその場で軍人が話しているのを聞いたんだってさ」 「そうですか、ありがとうございます」 アルフォンスは頭を下げた。 この情報が当てになるとは全くもって思えないが、噂というものを否定できない身であるから確認位はしてみるべきであろうと結論付ける。 二人は幸いにもこれから東方司令部に行くのだから手間もない。 エドワードはその話を聞いて黙り込んだ。 本当だろうか、と真偽の程に頭を悩ませているというよりは、どうしてそんな馬鹿な噂が流れているのか、大佐はやはり無能なのかなどと不届きな事を思っていた。 しかし、見ていない場所ではそれなりに有能らしいと聞いているので……エドワードはあまり見たことはない……赤い宝石とは石ではなく何かの名前であるのかもしれないと思い直した。 作戦名とか指示語だとか。 一般に公にできない通称とか。 軍ならありそうだ。盗聴の危険を避けるために暗号でやり取りするくらいなのだから。 座席まで戻り腰を下ろして、再び景色に目を向けて物思いにふける。 エドワードの上司に当たる男は、東方司令部に配属された軍人で地位は大佐、名前はロイ・マスタングといい、エドワードと同じ国家錬金術師で、二つ名は焔だ。 これから顔を出す司令部にいる食えない男の顔を思い出して、眉をひそめて吐息を付いた。 見るからに億劫そうな表情に、隣でアルフォンスが苦笑していた。 |