「物騒な事だな」 「うーん、でも、これくらいどって事ないぜ?」 「鋼の」 「だから、そうじゃなくて。俺も反省してるって。けど、全くわからねえんだから、どうしようもないだろ?原因も、相手もわからねえんじゃ話しにならない」 「一人くらい捕まえられなかったのかね?」 君が、とロイは言う。 その実力を認められているのか、傍若無人ぶりを揶揄されているのか迷う台詞にエドワードは一瞬言葉に詰まる。 「引き際が良すぎるんだよ。駄目だとわかると、さっさと消える。その繰り返し。錬成術で捕まえようとした事もあるけど、俺が錬金術師ってのは最初からわかっていたみたいでさ。用心してたな。それに今までは襲われても雑魚だなって思って気にしなかったんだ。それが昨日は、かなりプロっぽい人間が増えていて」 「怪我をした?」 「そう。俺も高をくくってたのが悪いんだろうけど、気配を殺して近付くんだよ。絶対、プロ」 夜目が効くらしく暗闇でも動きが早く正確だった。 プロは一人。 明らかに業を煮やして雇ったのだろう。 「最近ここは特に物騒だから、十分に注意しなさい」 「何?」 「知らないかい?随分噂になっているようだけれど」 「ずっと南部に行ってたし。辺境にもいたからな、イーストシティの噂は詳しくない。昨日付いたばかりだし」 エドワードは、ふうと力を抜いてソファの背もたれに身体を預ける。 「三流のゴシップ誌は、吸血鬼が現れたと書き立てている。毎夜女性の生き血を求めて吸血鬼が街を徘徊しているそうだ」 「吸血鬼?」 胡散臭そうにエドワードは眉を寄せた。 「吸血鬼だ」 不機嫌そうにロイは断言した。 巷で噂になっている事件。それは3、4ヶ月程前から始まった。 街角だったり河に浮かんでいたり、廃墟に打ち捨てられたりと至る場所で死体が見つかっている。その死体には首筋に傷跡があり、血液が全て抜き取られていた。 被害者は女性。 妙齢な美人ばかり狙われる。 彼女たちにはある特徴があって、皆金髪だ。 ここまで条件が揃うと、妙齢な女性ばかりが狙われている事と、血が身体から搾り取られている事から、イーストシティに吸血鬼が現れたと大衆紙が面白半分に書き立てても仕方ないだろう。 手がかりは何もなく。 わかっている事は、行方不明になって数日後に死体となって発見される事だ。 ロイは忌々しそうに説明をする。 軍としても、連続殺人事件だというのに解決の糸口も見つけられなくて困っているのだ。 被害者がいなくなるのは大抵夜である事から闇夜に紛れた犯行だとわかっても、なぜ死体から血液が抜き取られているのかが、不明だ。 理由などなく、愉快犯であるのか。 そういった、犯罪を起こす事に意義を感じる狂人であるのか。 「だから吸血鬼ねえ。胡散臭いにも程があるだろ。……で、何もないのか?手がかりは」 「黒い服を着た男という目撃証言があるにはある。ただ、それが連続殺人事件の犯人かどうかは断言できない。他の窃盗や殺人やあらゆる事件の犯人である可能性の方が高い。闇夜に紛れて仕事をするなら黒い服はもってこいだろう?第一、君でも黒い服を着ているくらいだ」 「そりゃそうだ」 それでは全く手詰まりだろう、とエドワードは結論付けた。 「中尉、気を付けて下さいね」 話を聞いていたアルフォンスが唐突にホークアイを見下ろして心配そうな声音で伝える。 どんなに大きな鎧姿でも、聞こえる声は子供の優しいもので純粋な気持ちが表れていた。 「ありがとう、アルフォンス君」 アルフォンスの言葉に柔らかくホークアイが微笑を浮かべた。滅多に見れない微笑みだ。 妙齢な金髪美人が狙われるのだ。 ホークアイは十分に条件を満たしている。 例え、銃の名手で普通一般の女性より強かろうが、軍人であろうがだ。 「そうじゃん。中尉、暗い夜道は一人で歩いたら駄目だよ」 エドワードもすぐに理解し、そう訴えた。ホークアイはありがとうと微笑して、困ったように付け加える。 「でも、仕事があるから日があるうちには帰れないわ。残業もあるし。どこかの誰が貯めている書類がある限り、絶対定時には帰れないわね」 「……」 その部屋にいる一人の大人が肩をこわばらせた。 「それってさ。……大佐じゃん!」 エドワードはロイを睨んだ。 諸悪の根元。 そう視線が訴えていた。 「中尉のために、早く仕事を上げろよ。この給料泥棒!」 「いや、だからね。鋼の」 「男が、だからなんて、言うな!さっさと仕事しろ。中尉に何かあったら、あんたのせいだ!この無能っ!さぼってばかりいないで、少しは有能なところを見せてみろっ」 先ほどまでの威厳などどこかに押しやったロイは同僚である鋼の錬金術師の少年に思い切り怒られていた。反論できないのが辛いといったところだ。 その姿をアルフォンスも発端となったホークアイも楽しそうに見ていた。 結局医務室へ行き手当を受けたエドワードは、資料室で読書に勤しみいい加減に帰りなさいとロイに追い出されてアルフォンスと共に夜道を歩いていた。 いつもなら、夕食を一緒にどうだねと誘うロイも今日ばかりは書類を片付けいた。 昼間エドワードに怒られたのが堪えているらしい。 それに、実際は殺人事件は解決していないのに他の事件も待ってくれず多忙を極めていた。 「兄さん、何か食べて帰る?」 「いい。ホテルで食べる。あそこなら、何か出してくれるだろ」 誰かと共に食事をする以外はいつもホテルで食事を取るのだが、今日は少し遅くなったためアルフォンスは外で食べていくかエドワードに提案した。けれど、ホテルの経営者が良い人なのをいい事に何か作ってもらう気満々だ。 ホテルの食事は美味しいし、切り盛りしている人もいい人だ。母親くらいの年の恰幅の良い女性は、二人を穏やかな笑顔で迎えてくれる。 以前も無理をいって、食べ物にありついた事がある。あの時は夜中だった。それなに、嫌な顔せずスープとパンを用意してくれた。 「兄さんたら。……気持ちはわかるけどね」 居心地の良いホテルは二人がイーストシティに来た時いつも泊まると決めている定宿だ。 アルフォンスは苦笑しながら、兄であるエドワードの横を歩く。 自分は食べ物も必要ないし睡眠も必要ない。けれど兄は生きているのだから、疎かにしてはいけないのだ。一つの事に没頭すると何もかも忘れてしまう兄だから。 アルフォンスは帰って夕食を取ったらとっととシャワーを浴びさせ今日は眠らせようと心に決めていた。 ここのところ安らいで寝ていない。そのせいで、睡眠不足気味なのだ。兄は。 「じゃあ、急ごうか」 「ああ」 二人が急ぎ足で街灯がぽつぽつと間隔を開けて灯る道を歩いていると、ふと影が過ぎった。 「……っ」 来たか。 エドワードもアルフォンスも身構えた。 昨日に引き続いて今日も来るとは、よほどせっぱ詰まっているのだろうか。 南部の僻地の方が襲い易いと思うのだが、そこには来なかった。現れたのは南部でも街だ。南部に行く前のセントラルでも襲ってきた。 闇に紛れる黒い服の男達。今日は5人だ。気配でわかる。 その内の一人が気配も感じさせないプロ。 今度こそは、掴まえる。 そして目的を問うのだ。 「アル」 エドワードがそっと弟の名前を呼んだ。アルフォンスはその意図を悟る。 自分が引き付けるから、一人でもいいから隙を付いて捕まえろと視線が訴えていた。好戦的な兄の顔に穏やかでじゃないな、と思うがアルフォンスは同意した。 いつまでも襲われ続けるのはご免被りたい。 そうでなければ、兄の心休まる暇がない。 アルフォンスは小さく頷いて、エドワードから一歩後ろに引いた。 まだ、動きを見せないエドワードに一人の男が突っ込んできた。それをエドワードは軽くかわす。ステップを踏む要領で向かってくる男の攻撃を避ける。焦れた相手が思いきりエドワード目掛けて突進してきたので、間際で避けてやると男は壁に衝突した。 それを横目に見ながらエドワードは両手をぱんとあわせた。そして頭に描く。男を捕らえる檻を。 しかし、その瞬間、銀色のナイフが煌めいてエドワードの頬の横を掠めた。 気配を感じさせないプロの男だ。 次々に繰り出されるナイフ。瞬時に避けて、避けて。 錬成する暇がない。 錬金術は、理解・分解・再構築である。エドワード自身が錬成陣であるから両手をあわせる事によって円を作るだけで錬成を行えるが、頭に錬成するものの構築式を思い浮かべなければならない。手をあわせればいいだけではない。 エドワードにその隙を与えない、相手。 冷たい眼差し。殺気がぴりぴりと伝わってくる。。 対峙しているエドワードの後方ではアルフォンスが他の男達の相手をしている。 この男の相手は俺だ。 エドワードはナイフの切っ先を避けながら、身体を屈めて男に蹴りを出した。下からの機械鎧の脚という破壊力満載な蹴りを男は避ける。避けたところに、拳をくり出す。 拳も男は避ける。 エドワードはその隙を付いて走り出した。 ほんの僅かの時間で良い。錬成する時間があれば。 走りながら自分の右腕をナイフに変えて、追ってきた男を睨み付けた。瞬間男へと翳す。 ざくりと男の服が切れた。闇夜だというのに顔を隠すために付けたサングラスが落ちた。 男の顔が月に明かりに照らされた。 男はすぐに腕で顔を隠すし、口笛を吹くと走り去った。エドワードが追おうとするが、すでに影も形もなかった。 「兄さん、大丈夫?」 「ああ。大丈夫だ」 駆け寄ってきたアルフォンスにエドワードは頷く。 今見た、男の顔。隠されていた男の片目は潰れていた。 翌日、二人は図書館へ向かうつもりだった。昨夜は早く眠らせた兄にアルフォンスは満足を覚えていた。何か考え事をしているようだったが、強制的にベッドに押し込んだ。すると、疲れが溜まっていたのかすぐにエドワードは眠りに付いた。 ぐっすりと眠った朝は気分も良く、早く出かけようとホテルを後にした。 朝の空気はひやりとして、気持ちいい。 エドワードとアルフォンスは他愛もないことを話しながら図書館へ歩いていた。 「‥‥‥‥‥!」 街角から悲鳴が聞こえた。 悲鳴というより、慟哭と呼ぶような声がする。 エドワードとアルフォンスは何が起こったのかと走った。 すると、裏路地を囲むようにして人垣ができていた。青い軍服を来た男が立って野次馬を通さないようにしていた。 隙間から、見えるものは。年輩の女性が何かを抱きかかえるようにして涙を流しながら叫んでいる姿だった。 その側によく見知った背の高い金髪の青年がいた。ハボック少尉だ。報告を聞きつけて彼がまず訪れたのだろうか。 事件だろうか。 すると野次馬の中から「また吸血鬼だよ」という声が聞こえた。 エドワードとアルフォンスは顔を見合わせる。昨日司令部で聞いた連続殺人事件だ。 妙齢な女性が殺され、死体からは血が抜き取られているという。 「娘を返して……!返してよっ!」 被害者の母親だろうか、泣き叫んでいる。 「この娘は、もうすぐ結婚が決まっていたのよ。2週間後に花嫁になる予定だったのに。幸せだったのよ。とても。それなのに、それなのに……」 嗚咽が漏れる。 「なんで、娘が?」 ぽろぽろと涙が溢れ、頬を伝い地面に落ちる。 嘆き、悲しみ。 圧倒的な負の感情が彼女のまわりに渦巻いている。 「娘を、返してよ。軍がさっさと犯人を捕まえてくれないから、娘が殺されたのよ。一体、何をしいているのよっ!この、人殺しっ」 母親は詰った。 ハボックが申し訳なさそうに頭を下げている。 幸せの絶頂で絶望を味わうと、人はたがが外れるのだろうか。 割合イーストシティの人々は軍に嫌悪を持たず過ごしているように感じるが、こういった事件が起こると不満が沸き上がる。 そこにしか怒りをぶつける場所がないからだろう。 青い軍服を纏った人間は、八つ当たりや行き場のない思いのはけ口だ。 「軍人なんて、所詮、人殺しよっ」 彼女の甲高い涙混じりの悲鳴は街角に響きわたった。 |