レイバンのサングラス。 きっと誰もが似合うものではない。誰もが身につけられえるものでもない。 フレームが透明な黄色。グラスもちょっと濃いめの黄色だけれど、原色のけばけばしさはない。なんといっていいか、優しいレモン色、落ち着いた黄色、とでも言えばいいのだろうか? 妙に様になっている。 見た瞬間、印象深く視界に入り込んできた。そして自分の視線を浚っていった。 今日は珍しく外で待ち合わせて快斗お薦めのカフェに来ている。 駅から少し離れた本屋で待ち合わせたのだが、休日であるため当然制服ではなくて互いに私服だ。 快斗の今日の出で立ちは、シンプルなものだった。 焦げ茶色のTシャツにブラックジーンズ。上に黒のレザージャケット。そして、アクセサリーなどなくて、サングラスだけ。 「どうしたの?新一」 「え………ああ、何でもない」 新一は知らずに快斗を見つめていたらしい。正確に言えば見惚れていたともいう。 けれど、それを素直に言うにはなんだか抵抗があった。 だって、格好良かったのだ、とても。 自分にはない男らしさみたいな、男の色気みたいなものがあって。 羨ましくて、悔しくて。 そんな気持ちより、何よりも自分の目を奪うのが、むかつく………。それだというのに、不思議に心臓がどきどきするのだ。 新一は自分の気持ちを懸命に分析するのだが、ただ単に格好いい快斗の姿が照れくさいけだと気付かなかった。 新一は湯気が立つカップを傾けて、濃い目の珈琲をすする。 深い焙煎のせいか、心地いい苦みが広がり、新一は満足そうに味わいながらこくりと半分ほど飲み干した。快斗が雰囲気も味もいいよと自分を連れてきただけのことはある。室内とオープンテラスと半分ずつ客席を持つカフェはセルフサービスだが、雰囲気が格段にいい。落ち着いた空間があるのだ。表通りから一本中に入ったところにあるせいか、それほど込み合っていないし、年齢層もそれほど若くない。カップルもいるが、一人で仕事をしながら珈琲を飲んでいる男性や女性もいる。 「いい店だな?」 「そうでしょ?新一も気に入ると思ったんだ」 「スタンドコーヒーって一括りにできないな。まあまあの味の珈琲を出す店も結構あるけど、居心地は今一のとこが多いから。でも、こんな雰囲気の店があると、期待がもてる」 「ケーキやサンドウィッチだけでなくて、簡単な軽食のセットもあるからお昼も利用できるでしょ?」 新一は壁に書かれているメニューを見て、頷く。 そこにはセットメニューとしてサラダ、パスタ、スープがあった。パンだけではお腹が膨れないない人間も多いだろうから、確かに重宝するだろう。 「お前、今日ケーキはいいのか?」 「今日はいいの。帰りに美味しいの買って帰るから。家でお茶しよ?」 「ああ」 甘い物が好きな快斗はお茶と一緒にケーキを食べることが多い。新一からすればどこにそんなに入るのだろうと思う程、食べる。食べ物もだけでど、デザートもそうなのだ。女性が別腹とよく言うけれど、快斗は別腹どころかいくつか胃袋があるのではないか、と内心新一は思っていた。 新一が快斗の誘いに頷くので、快斗はにっこりと微笑んだ。その拍子に窓から差し込む光がサングラスをきらりと反射する。 (………) 新一は腕を伸ばして、ひょいと快斗からサングラスを奪うと、自分でかけた。 「似合う?」 首を傾げて目の前の快斗に問うが、快斗は新一の行動に驚いて、次に困ったように微笑んだ。 「………似合うんじゃない?」 「本当に、そう思うのか?」 新一は快斗の瞳を見つめて、嘘ではないかと疑った。似合う、と言う目ではない。 (なぜ、困ったような顔をするんだ?似合わないなら、似合わないとはっきり言ってくれて構わないのに………) 「思うよ?」 「嘘だ。無理に言わなくてもいい」 快斗の言葉に新一はきっぱりと言い切る。 「新一?………無理してる訳ないだろ?本当に、似合うんだけど」 「だって、快斗困った顔してる!」 「………。うーんとね、それは違うんだけどな」 快斗は、また困ったような顔で苦笑する。 「何が?」 「言っても怒らない?」 「怒らないけど………?」 「可愛いいなって。サングラスして笑った顔がすっごく可愛くて見惚れちゃった。………わかった?」 にっこりと照れくさそうに微笑んで、快斗はそんなことを言った。言われた本人の新一は戸惑う。 「………。可愛いって、サングラスして可愛いって、変だろ?」 「変じゃないよ。新一似合ってる」 快斗はきっぱりと保証する。 「そうか………?」 新一は納得いかない。 第一サングラスして男に可愛いという感想はおかしいだろうと新一は思う。自分は快斗を見て格好いいと思ったのに………。その違いは何だ? 「だったら、これちょうだい?」 釈然としない。でも、嫌でもない。自分の中での不思議な気持ち。 だから、新一は小首を傾げて、にっこりとおねだりしてみた。普段そんなこと言わないのだけど、快斗を困らせてみたかったのだ。それに快斗がしていたらとても似合っていた綺麗なサングラス。なぜだか、快斗のしている物が欲しくなったのだ。 我が儘だなと思ったけれど、でも。 「いいよ。あげる」 しかし、やはり快斗はふわりと微笑んで了承した。まるで、それは当然だという表情で。嬉しそうに………。新一の微妙な気持ちに気付いているのか、いないのか。わからないようなさりげなさで、新一の願いを叶える。 ちっとも困らないで。我が儘なんて、思ってない顔で。 「………ありがとう」 新一は小さな声でお礼を言った。 それに快斗は新一に持ってもらえるなら、嬉しいよと答えたのだ。 一つ、気付いたことがある。 快斗のものが欲しくなった。快斗の身につけているものが。 それが、たまたまサングラスだったのだけれど………。 どうして自分がこれを快斗から奪ってしまったのか、わかった。 快斗の瞳が遮られているのが、嫌だったのだ。薄い硝子で覆われている快斗の瞳が見えない。それが、とても不快。 真っ直ぐに、自分を見て欲しい。 何ものも、それを妨げるものは許せない。 それが、理由だ。 なんて、我が儘で自分勝手な感情だろうか。 新一は内心瞠目する。 信じられないくらい、醜いでも人間くさい感情。 それを笑って許している目の前の男にも自分がそうなってしまった責任の一端があるのだが、わかっているのだろうか? (………快斗) 新一がそんな事を考えているなど知らない快斗と快斗の想いが今一伝わっていない新一は、そこの部分だけ微妙に意志の疎通ができていなかった。 快斗の一押しが実は鍵であるのだが、というか少しでも強気で押せばどにかなるだろうというのに、彼らがその事実を知るのはまだ先のことだ。 |