「名探偵は魔女!?」10








 どうしたらいいのだろう。
 快斗に好きだと言われて嬉しかった。抱きしめられてキスをされて、全然嫌ではなかった。自分はいつの間にか彼のことが好きになっていたのだ。なんて、ことだろう。
 確かに一緒にいると楽しかった。
 高校生同士話もあうし、快斗は頭の回転も速く話題も豊富で、何でも話せた。
 自分が魔女だと言っても、すぐに受け入れてくれた。
 マジックを見せてくれた。ご飯を作ってくれて、お菓子を焼いてくれた。映画を見に行った。
 なくしたくない友達だと思った。
 怪我をして庭に倒れている姿を見た時は、本当に怖かった。絶対に助けようと思った。普段は魔術など使わないが、あの時は戸惑うことなく力を使った。そうしないと、警察だけではなくKIDを狙っているやつらに見つかってしまうかもしれないから。1週間一緒に過ごした時にKIDが狙われていることは聞いた。KIDの目的もおおよその想像通りだった。
 こんなに深いところまで踏み込んで、好きになっていた。
 
 どうするべきか。
 これは、俺の力「魅了」のせいなのか。それとも違うのか。
 最初から効いていたけど、KIDだからそれを表面に露にすることがなかったのか。それとも、やはり力は使わないで済んだのか。快斗の好意は本物?
 だが、快斗の告白を自分は決して受けることはできない。探偵と怪盗だからではない。自分は魔女で、快斗は知らないが吸血鬼の血を引いていて、おそらく人より寿命も長い。
 志保と話したように、いつ成長が止まるかもしれない。十代で成長が止まるだけで長い時間同じ場所にはいられない。それが長寿なんて、冗談にもならない。
 その時が来たら、自分はここにはいられない。離れなくてはいけない。
 新一は振り切るように父親に電話することにした。
 
 
「父さん?」
『なんだね、珍しい。新一から電話なんて』
 国際電話越しの声なのに、遠さを感じない。相変わらずの父親だ。新一は心を決めて打ち明けることにした。
「あのさ。俺、魅了の力を使っちまったかもしれねえんだ」
『本当かね?』
「ああ。それでさ、そいつの記憶を消して欲しい」
 記憶を消す、つまり暗示だが、魔女にもその力はあっても個々に力の差がある。新一が知る限り吸血鬼の父親が一番力が強い。つまり、暗示に向いている。
『うーん。魅了の力を使ったのは間違いにのかね?』
「たぶん。どっちにしても、俺のことを忘れてもらわないと。関わり過ぎたんだ」
『誰だい』
「……怪盗KID」
『なんでまた?』」
「ちょっと不可抗力で。無意識で使ったんだと思う」
 あれをどう説明するのか。自分が迂闊すぎてあまり詳しく説明したくない内容である。
『新一』
「なに?」
『おまえ、なにをしているのかね?関わり過ぎたとは?』
「……ちょっと。不可抗力で」
 申し開きができない。不可抗力以外言えない。だって、絆されたなんて言えるか?いつのまにか好きになっていたなんて!言える訳がない。
『不可抗力が過ぎるだろう』
「……」
 新一は背中に冷や汗をかく。父親に事情説明もできないなんて、どうしたらいいのか。わかっている、自分が全面的に悪い。志保にも忠告されていたのに、ついつい楽しくて警戒を怠った。自分が招いたことだ。
「ごめん」
 謝るしかできなかった。少しの合間を挟んで電話口から父親のため息が聞こえる。
『仕方ないね。わかった。数日後にでも、日本に向かおう』
「ありがとう」
 
 
 
 
「まず、その人物にあわせてもらろうか」
 新一が知らない間にやってきた工藤優作はソファにどさりと座りながら、そう切り出した。確かに会う必要はあった。暗示をするためにはお互い見つめあわなくてはならない。
 新一は、携帯で電話して快斗を呼ぶことにした。快斗に告白されてから初めて連絡をするから胸がどきどきする。
「快斗?」
『新一……?』
 あれから1週間も立っていないのに、久しぶりに声を聞く気がする。
「あのさ。これから、うちに来てくれないか?」
『いいけど、どうしたの?』
「ちょっと、な」
『なら、いいよ』
「うん。急で悪い。けど、待っている」
『了解。じゃあ、後で』
 
 
 
「やあ」
「こんにちは。黒羽快斗です」
 新一に呼び出されてやってきた工藤邸で、玄関まで迎えにきてくれた新一はどこか不自然というか複雑な表情だったが、快斗がそれを問うこともできずリビングに連れてこられると、そこには予想外の人物がいた。なんと工藤優作だ。
 新一の父親であり世界的ミステリ作家である工藤優作がいるとは思わなかった快斗は驚きを露にするが笑顔で挨拶する。
「ああ。工藤優作だ。新一の父親だ。……快斗君は新一の友達だと聞いたのだが?」
「ええ、まあ」
 新一が自分のことをどんな風に紹介したんだろう。快斗は戸惑いながらも、表面は取り繕ろう。
「この子は、滅多に人に心を許さないけれど、君は違うようだ。ところで、なぜ怪盗KIDなどしているのだね?」
「……っ、ご存じで?」
 平静を装う快斗を優作は人の悪い笑みを浮かべて、もちろんと頷く。
「父さん!」
 横から新一は焦ったように口を挟む。
「新一は黙っていなさい。それに、新一の望みを叶えて欲しいのだろう?」
「……」
 記憶を消して欲しい。
 記憶がなくなったら、今この場での会話も覚えていない。つまり、ここで際どい問答をしてもいいということだろう。それでも、新一としては快斗に不愉快な思いをして欲しくはなかった。
 
「それで?」
「……その問いに答える義務は?」
「素朴な疑問だね。ただの興味だよ。なぜ、だろうと思って」
「……」
 用心深く優作を見やる快斗に、優作の方は面白そうにしている。
「一つ。……いつまで続けるのかと思ってね。だって、君は別にKIDにならなくてもよかっただろう?KIDをしている意味は手段であるため、宝石を盗む必要性は本来ならないはずだ。まあ、血筋だからといえば、そうかもしれないが」
 指一本を立て、優作はにっと笑った。
「あなたはっ、なにを?」
 どこまで知っているのか、と快斗は問いたかった。瞳を見開き、ついで優作を鋭く睨み付ける。
「うん、いい目だね。意志の強さが現れていて……なかなか面白い。そんな君に紹介したい人がいる」
 優作は扉の前までゆっくりと歩き、ドアを開けた。
 そこには紳士然とした一人の男性が立っていた。
「……親父?」
 快斗が上擦った声で、顔色を変えた。
「久しぶりだね、快斗」
 男性は颯爽と歩いてくる。
「……うそ、だ。そんな馬鹿な」
 動揺を隠せない快斗は男性に視線をあわせたまま、動きを止めている。
「まあ、仕方ない反応だが。本物だ。わかるだろう?」
「……」
 まっすぐ、見やる。
 どこからどう見ても本物だった。小学校の時亡くなったはずの父親だ。
「なんで?死んだはずなのに、どうして?」
 快斗は見ているものが信じられない。父親だと本能が告げているが、感情が否定する。
「紹介しよう。私の友人の黒羽盗一だ」
「黒羽盗一?……快斗の父親?」
 快斗だけでなく、新一も驚きを隠せない。
「まさか、父さんの友人って、同族?」
 新一は一つの答えに行き着いた。
 快斗の話しぶりから言って死んでいると思っていた父親が生きていて目の前にいる。父親の友人として。そこから導き出されることは吸血鬼だけだ。
「そういうことだ」
 優作は茶目っ気に笑った。
 そして現実を受け止めかねている快斗に盗一が面白がるような人の悪い笑みを向けた。
「さて、快斗。なぜ死んだはずの人間が生きているのか、疑問だろう。これから説明することはすべて本当だ。実は父さんは吸血鬼なんだ」
「……は?」
 さすがにぽかんと快斗はした。
 魔女だと新一に聞いた時はふつうに対応できたが、父親が吸血鬼だと聞いて驚かない人間はない。
「だから吸血鬼なんだ。あの時厄介な事になりそうだったから、死んだことにして今まで眠っていたんだ。ほら、歳を取ってないだろ?」
 確かに盗一は全く歳を取っていない。昔のままだ。信じがたいが、そうなのだ。
「なんで、教えてくれなかったんだ?」
「快斗はまだ子供だったからな。嘘は付けないだろう。実は死んでいないと知っていたら演技で悲しむことをしてもばれる可能性が高い。せっかく死んだことにするんだ、嘘は突き通さないと意味がない。そんな訳でいえなかった、悪かったな」
 盗一はそっと快斗の肩に手を乗せる。
「そんな、そんな。じゃあ、母さんは?」
「千影?もちろん知っているよ」
「……っ」
 俺だけ知らなかったのか?快斗は心中で悲鳴を上げた。心を落ち着けないまま快斗が混乱していると。

「話は終わった?」
 その時再びドアが開いた。有希子である。
「母さん?」
「やっほ、新ちゃん。私もお友達を紹介するわ」
 にこりと息子に笑顔で挨拶して横に立っている優しげな女性を促す。
「こんにちは」
「母さん?なんで?」
 快斗が叫ぶ。そこには母親である千影が立っていた。
「有希子に呼ばれたからよ。ねー」
「そうよ。日本に帰ってきたんですもの、お友達に会うのは当然でしょ?」
 正しいが、いろいろ端折り過ぎである。
「母さんの友達?快斗の母親が?つまり、そっちもあれ?」
 新一は確信していた。この言い方は、あれだ。ただの女優仲間だとか、友達だとかではない。魔女の友達。それが示すのは?
「そうよ」
 有希子は綺麗に笑った。千影も横で意味深に笑っている。
「……つまり、何だよ」
 いかにも何かありますというやり取りに、快斗は説明を求めたかった。気持ちが追いついていかない。自分だけ仲間外れだとふてくされたくなる。
「いやねえ、快斗ったら。なんでもいいじゃない。……久しぶりね、盗一さん」
 快斗の疑問などさくっと流し、千影は夫である盗一のそばまで歩いていく。
「ああ。元気そうだね、千影」
「ええ。盗一さんは相変わらずねえ。ステキなままだわ」
「千影は綺麗なままだ」
「ありがとう」
 二人でのろけていた。子供が側にいるのに関係ないらしい。
 さすが快斗の父親と母親だ。
「新一」
 ぽかんと黒羽夫妻を見つめていた新一を優作が呼ぶ。
「なに?」
「これで、新一の悩みは杞憂だとわかったろう?快斗君は吸血鬼の子供だ。おまえの魅了は効かない。それに同族の子供同士だ。寿命は大差ないだろう。心配いらないさ」
「……っ!」
 すべてばれていたのか。新一の悩みなど父親にはお見通しらしい。
「ということで、あとは二人で話しなさい」
 優作に背を押され快斗の方に突き出される。
 そして、じゃあ、あっちでお茶でも飲もうと誘って大人全員で引き上げていった。
 








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