残された新一と快斗は困ったように見つめ合う。 「どういうこと?」 「……」 快斗に問われて、どう説明すればいいのだろうか。 「工藤優作は吸血鬼?」 「ああ」 「俺の父親と同じ吸血鬼で友人で、母親はなにか教えてくれなかったけど、工藤有希子は魔女。間違いないよな?」 「ああ」 「それで、魅了ってなに?寿命って?」 あれほど打撃を受けていたにも関わらず、新一が父親に言われたことをしっかりと快斗は聞いていたようだ。 「……」 「新一が心配していたことだろ?」 「……その、吸血鬼の寿命は長い。途方もなく。快斗の父親の盗一さんはちょうどいいからと言っていたけど、長い寿命に絶えられなくて眠りに付くほどなんだ。半分の血が流れている俺も普通よりは長いだろう、たぶん。どのくらいかはわからないけど、今生きている人をおいていくほどには長いんだろう。で、母親は魔女で。二つの血から、いろいろ力があるけど、そのうちの一つに魅了があって。無意識に快斗に使ったかもしれないって思っていた」 新一は唇を噛んで、告白した。 ここで誤魔化してはいけない。嘘は付かない。 だって魔女だから。 「魅了ってのは、人を従える力だ。意のままに操る力だ。昔から使わないようにしていたんだけど、無意識までは制御できない。あの時、俺は力を使ったんじゃないかと思った」 「あの時?」 「深夜の屋上でKIDとして会った時。俺が風で落ちて、箒が飛んできた時だ」 「ああ、あの時。驚いたよ、すっごく」 「俺も、驚いた。どうしようかと思った。だから、もしかしてって思ったんだ。吸血鬼の血を受け継いでいる快斗には効かないって今わかったけど。あの後から俺のとこに来るようになったから、疑っていた。ごめん」 新一は謝った。 自分の行動を魅了の力だと疑っていたのだと知らされて、不機嫌にならない者はいないだろう。 「いや、まあ、疑われても仕方ないと思うよ。だって、あの時からここにおじゃまするようになったんだし。新一が魔女かどうか聞きに来てからだもん。それに半分くらいは当たっている」 「……半分?」 新一は首を傾げた。 「そう。まず、あの時新一の魅了に力が働いたっていうのはないよ。まったくゼロ。だって、それより前から名探偵、新一のことが好きだったんだから。あの時がきっかけになったのは、都合がよかったから。新一に近づける口実ができた。利用したんだ」 「へ?」 快斗の思いもかけない告白に新一は目を大きく見開いた。 「それで、半分というのは、新一の『魅了』という力を使わなくても、十分に魅力的で『魅了』が働くから。その『魅了』にまいったのも本当だからさ」 快斗が歌うように笑う。 「……うそ、だって。そんな、そぶりなかった。……あれ?でも、コナンだった時かなり助けてくれたっけ?志保なんてハートフルな泥棒だって言ってたな」 思い出せば、何度も助けてもらったことがある。忘れていた訳ではないのに、思い当たらなかった自分が恥ずかしい。 「そういうこと」 格好良く快斗がウインクをきめる。新一は瞬間耳を赤く染めた。 「それで、新一は寿命や魅了のことを気にしてくれたんだよな?」 「……うん」 確認を取る快斗に新一は素直に頷く。 「少しは好きでいてくれるって思ってもいい?」 「……少しじゃなくて、好きだよ」 語尾は小さく、それでもきっぱりと新一は言い切った。 「ほんと?」 「本当だ。嘘なんて付けない」 魔女は好きな人に基本として嘘は付けない。 仕事などの契約や約束を魔女は必ず守る。が、それ以外では真実好きな相手には嘘は付けない。それは魔女同士だけの秘密だ。だって魔女は情が深い。一人の人をずっと好きな種族だ。 「新一!」 快斗は感極まって新一を抱きしめた。新一も快斗の体温を感じながら、背中に腕を回し抱きしめ返す。もう、離れなくいい。一度は自分の記憶を消して快斗から忘れられる覚悟をした。それはきっと半身を無くすように辛いとわかっていた。快斗が忘れても新一は一生忘れられないのだから。 「……快斗」 そっと名前を呼んで、耳元に囁く。あいしてる。魔女の呪文。 「新一!」 耳に届いた言葉は心まで突き抜ける。快斗は抱きしめたいた腕をほどいて新一の両肩をぎゅうと掴み顔を覗き込む。蒼い目が恐ろしいくらいに澄んで快斗を映し、白く美しい顔が花咲くように微笑む。 「俺も、愛している。だから、ずっと一緒にいてもいいよな?」 「もちろん。離す訳ねえだろ?」 強気の言葉なのに、幸せそうに笑う新一は快斗がみた中で一番綺麗だった。だから、快斗も自分の気持ちが伝えあればいいと口付けを送った。 何度も甘い唇を味わって、そっと解くと熱い息が漏れる。うっすらと開いた桜色の唇から舌を差し込んで口中をじくりと愛撫して、逃げる新一の舌を追いかけ絡ませ吸い上げる。 力が抜けた身体を腰に腕を回し引き寄せ支え、快斗は理性がこれ以上焼き切れないように押さえながら、新一の唇を存分に堪能した。 本人に自覚はないが、魔女の呪文と快斗自身の知らなかった吸血鬼の血が本能に訴えかけていた。自分のものにしてしまえと強烈に自我に囁かれる欲を戒めるのは困難だが、快斗はぐっと己を律する。大事な人だ。酷いことなどしたくない。 快斗は唇を離し、最後に耳朶を舌を舐めて「ごちそうさま」と欲を含んだ男の声音で新一の身体に伝える。 「……ばか」 うっとりと潤んだ瞳で新一は可愛らしい悪態を付いた。 あまりに愛らしく、快斗は再び新一を抱きしめたことは言うまでもない。結局工藤夫妻と黒羽夫妻が呼びにくるまで、二人は抱き合っていた。 「しかし、これからどうしようか」 盗一の切実な悩みに優作が、ふむと腕を組んで首をひねる。 「どちらにしても、久しぶりに起きたのだから、千影くんと旅行にでも行ってきたらどうだい?変装なんてお手の物なんだし」 「そうだな」 盗一は千影がいれてくれた紅茶を飲みながら頷く。現在男二人で話しをしているが、女性陣は買い物に出かけている。夕飯は二人でご馳走を作るらしい。 「で、うちの寝心地はどうだった?」 「静かだったな。一時期は除外して、家の気配が新一君と使い魔だけだから落ち着けるよ」 眠る吸血鬼の場所は、安全な場所でなくてはならない。そんな理由で工藤家の秘密の地下に盗一は何年も眠っていた。本当ならもうしばらく眠ったままの予定だったが、今日優作が緊急事態だと起こした。確かに、息子達の緊急事態だった。それも命の危機ではなく愛の。 「新一も探偵だからいろいろあったからね。まあ、これからは快斗君がいるから安泰みたいだし」 「ああ。息子同士が伴侶となれば、優作と親族だよ。我々は元々血族だから、今更だが」 「いいじゃないか。面白いだろう?」 「面白いな」 優作に盗一はめいっぱい同意する。基本的に楽しいことは大好きだ。それが息子のことだなんて、楽しすぎる。愉快だ。 優作も盗一も揶揄かう気満々だ。久しぶりの娯楽である。楽しまずしてどうする。長い時間を生きてくると、たいしたことでは動じなくなる。が、身内の恋愛ネタなどはそんな彼らでも思い浮かべるだけで楽しめる。息子達にとっては大きなお世話の上、迷惑以外のものではないが、しばらく彼らの娯楽になることを今思いを打ち明けあって幸せの絶頂にある新一と快斗は残念ながら知らない。 END |