「名探偵は魔女!?」9







 KIDは目をふと覚ましした。そこにあるのは見慣れぬ白い天井がある。ふと視線の先に新一が見えた。KIDが寝ている毛布の上に突っ伏している。
 KIDは自分がおかれた状況をすぐに悟った。そう、ビルの屋上で狙撃を受けた。依頼された殺し屋は執拗に狙ってきて、トランプ銃での反撃は苦しく怪我をしながらも、どうやら逃げ切った。そして、たどりついたのが、工藤邸の庭だった。
 新一が助けてくれた。そして、付き添っていてくれたのだ。
 KIDは、そっと散らばった新一の黒髪を優しくなでる。さらさらの髪はすんなりと指の間を抜けてる。自分の癖毛とは大違いだ。今度は一房摘んで指で絡めるが、やはりすぐにほどける。それを繰り返していると、新一の瞼がふるえた。
「ん、……?」
「名探偵?」
「ああ?気付いたか?」
 顔を上げKIDを認めて新一は慌てて聞いた。
「ええ。先ほど。ところで、ここは?」
「阿笠博士んとこ。志保に治療してもらったから」
「そうでしたか。……ご迷惑をかけるとは思ったのですが、身体がどうしても向いてしまいました。すみません」
 KIDは改めて謝った。
「馬鹿野郎!」
「名探偵」
「謝るなよ。迷惑がなんだっていうんだ?あんな怪我でどうしろって?俺の知らないとこで、勝手に怪我なんてするな。わかったか?」
 心から新一は叫んだ。
「けれど、犯罪者を助けると探偵としては困るでしょう?」
「ふざけるな!犯罪がなんだっていうんだ?おまえ人は殺してないだろう?窃盗だろう。この、こそドロ。生憎俺はばれてないだけで、犯罪まがいのことはしている。そうじゃねえと生き残れなかった。それは、罪か?」
「……いいえ」
「なら、返事は?」
「は?」
「だから、返事だ。迷惑なんて知らない。だから、もし同じようなことがあったら、迷わず俺のところに来い。いいな?」
 有無をいわせない迫力で新一は返事を迫った。美人は怒っても美人だ。KIDはそれに見惚れる。
「わかった」
 降参だとKIDは思いながら肯首した。新一はそれを聞いて、よしと頷く。そして、唐突に思い出したように説明を始めた。
「志保のみたてだけど。左腕の銃弾は取り除いて縫ってある。右足の傷も治療してあって、全身打撲だから、動くのは大変だと。生活は不自由極まりない。多少治るまでは安静にした方がいいそうだ。で、そのまま返すのも忍びないし。おまえの家で寝ているにしても、その怪我は誤魔化し難い。だから、よければ、1週間でも俺のとこに来るか?」
「いいのですか?」
「構わない。家に電話しておけよ。……あとな、なんでKID口調?」
「一応、KIDとしてここに来たので」
 それがKIDと黒羽快斗の線引きなのだ。
「面倒くさい。快斗の口調にしておけ」
「なら、新一。ありがとう。ほんとにいいの?俺は助かるけど」
「いいんだよ、友達なんだから。遠慮するな」
 照れくさそうに新一は早口で言う。
「じゃあ、少しお世話になります」
「うん」
 ベッドの上で小さく頭を下げるKIDに、嬉しそうに新一は笑顔を向けた。
 
 
 
 それからの1週間は楽しかった。
 動けない快斗のために新一はご飯を作った。元々一人暮らしをしていたのだ。家事ができない訳ではない。いくらコンビニがあって便利でも、志保の監視もあるため健康には気を付けていた。そんな訳で、レパートリーは少ないが、懸命に作った料理を快斗とともに食べた。
 もちろん、毎日志保は診察をしてくれた。
 化膿止めに抗生物質、血を流したから増血剤、傷口の消毒と包帯。
 新一は血が足りないならと、ほうれん草やひじきなどの料理を作り食べさせ、風呂では快斗の髪を洗ったりした。
 一緒に生活しながら、たくさん話をした。
 そして、最後の日。
「若さって素晴らしいのね」
 志保が嫌みなく誉めたくなるくらい快斗の回復力は早かった。志保もまさか1週間で抜糸できるとは思っていなかったのだ。
「まあ、傷はわりと早く治るよ。風邪も引きにくいし」
「怪盗なんてそうじゃないとできないでしょうね」
 志保が素で返した。
 人には体質というものがある。快斗はその点、今時あり得ない怪盗が可能な人間だった。手先の器用さ、身体能力や治癒力の高さに加え、頭が良く機転が利く。
「これで、KID復活と言いたいけど、しばらく控えておけよ。完治してる訳じゃいんだし」
 新一は心配と寂しさを覗かせて、言い募る。
「うん。わかってる。俺は新一と違うしな。新一は探偵だから主に使うのは頭脳だけど、俺は身体が動いてこそだし」
「そりゃ、そうだ」
 新一は探偵であるから、使うのはほぼ頭脳だ。危険も隣あわせだから、身体能力の高さも役に立つ。怪盗である快斗は身体を使うのを前提としている。それが、新一と快斗の相違点。怪盗と探偵の違いだろう。
「今までありがとう。感謝している。新一も宮野女史も」
 快斗が心から笑顔でぺこりと頭を下げた。
 すでに宮野女史と呼ばれて許容している志保は、仕方ないわねと肩をすくめてみせ、新一は友達だからなと笑い返した。
 
 
 
 
「こんにちは」
「いらっしゃい。元気か?」
 新一は玄関まで迎えに出る。久しぶりの快斗だ。あれ以来だ。
「うん。この間はありがとう。この通りだよ」
 元気そうな姿に安心する。完治するまではじっとしていたらしく、KIDの活動はなかった。
「そうか、よかった。上がれよ」
「いや、今日は挨拶に来ただけだから。まず、これどうぞ」
 快斗は手に持っていた紙袋を新一を渡した。
「焼き菓子たくさん作ってきた。クッキーにマドレーヌ、パウンドケーキ。皆で食べて」
「……ありがとう。いいのに」
 それがお礼なのだとわかって新一は困る。
「それくらいしかできないから。……あのさ、新一」
「……え?」
 いきなり快斗から真剣な目を向けられて新一は戸惑った。今まで見たことがないほどの真摯さがこもった瞳になんといったらいいか困る。
「話しがあるんだ」
 そういいながら新一がぎゅうと抱えている紙袋をさっさと奪って靴箱の上に置き、快斗は新一の手をぐいと引いた。そして、視線をあわせて一言。
「好きだ」
 新一はひくりと肩を震わせた。瞳を揺らす新一に快斗はだめ押しのように再び告げた。
「新一が好きだ」
 快斗は新一を抱き寄せ、そっと頬に手を伸ばして口付けた。快斗の瞳に動きを封じられたように新一は動けなくなって、自然目を伏せて受け入れた。
 触れた唇から快斗の熱が伝わってくる。
「……っ」
 新一は動揺する。
「……ごめん」
 新一の動揺を正確に読みとったのか快斗はすぐに唇を離した。
「どうしても、言いたくなって。もう、我慢できないから」
「……」
 快斗の腕の中で新一は顔を上げた。瞳に浮かぶ激情を秘めた色に出会って、言葉が出ない。
 好きだと言われて、口付けられてイヤではない自分に気づいてしまった。
「新一。突然ごめん。……今日は帰るよ」
 そう言って離れた体温が悲しいと思ってしまう自分の変化に驚く。
 新一は快斗の何かを決めてしまったかの背をただ見送ることしかできなかった。
 
 
 







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