どん。 庭に何かが落ちた鈍い音がした。現在、深夜の時刻だ。 何か起きたのだろうか?魔女としての新一の勘が危機をひしひしと伝えてくる。 新一はすぐにベランダへ駆け寄り窓を開けた。そこには、白いものが落ちていた。それを認めて新一はすぐに階下へと向かい玄関を開ける。 木々に囲まれた庭に、KIDが落ちていた。白い衣装に赤い血が広がっていて、地面にも流れている。 「KID?」 新一は駆け寄りKIDを抱き起こす。 「め、たんて……」 辛そうな青白い顔色のKIDはなんとか視線をあわせようとする。 「なんだ?どうしたんだ?」 「すみま、せん。ご迷惑だ、とわかって、いたの、ですが。身体がどう、し、てもここに」」 「馬鹿野郎」 血が付くのもかまわず、KIDをぎゅうと抱きしめる。 「謝るんじゃねえよ」 「めい、たん、て……」 KIDは気を失った。新一は唇を噛み激情を堪えるように使い魔を叫んだ。 「メリル!チャーリー!」 「「はい」」 茶色い猫と銀色の狼が姿を現す。 「メリル!KIDを運ぶからって、博士と志保に先に伝えておいて」 「はい」 茶色い猫は急いで駆けていった。 「チャーリー」 「はい」 「KIDを運んでくれ」 「はい」 銀色の狼は一転して、細身だが上背のあるしっかりした男の姿になって、KIDを抱えた。 「俺はまだやることがある」 「はい」 チャーリーは頷きKIDを抱えたまま阿笠邸へと移動した。 新一はここに残って後始末をしなくてならなかった。 KIDが工藤邸に落ちてきた痕跡を消さなくてはならない。血の跡もそうだ。 新一は真剣な表情で、手を掲げ杖を呼ぶ。 魔女の杖だ。普段は滅多に人に見せることもない大事な魔女の道具だ。 新一は杖でまず魔法陣を描く。そして、その中心に杖を置き目を閉じて神経を集中させ呪文を唱える。長々として呪文を唱え終わり、杖をもう一度とんと魔法陣を押す。すると青白い光がそこを媒体として、あたり一面へと広がっていった。 工藤邸や阿笠邸周辺へと広がった光は、KIDの痕跡を消すものだ。 どうしても誰かが通ったという気配や空気は残るものだ。特に怪我をして飛んできたKIDだ。動物なら、より敏感だろう。 KIDを守らなければ。それだけのために、新一は準備をほとんどなく広範囲に魔術をかけた。 次には、地面に残された血液だ。血痕は残りやすい。それを新一はよく知っている。 血痕の側まで歩き新一は自分の髪を一本抜き手の中に握り、呪文を唱える。そして手を広げると金色の炎が立ち上った。その炎にふうと息を吹きかけて、血痕へと飛ばす。 血液は、金色の炎に包まれて燃え上がった。しばらく待って新一が杖をどんと叩くと炎は消えた。後には、液体としての血だけでなく、痕跡さえもなくなった。 新一は、ふうと吐息を付く。 久々に魔力を使った。魔術は魔力を消耗させる。大きな魔術なら当然大きな魔力を。 少しふらつくが新一は無視して阿笠邸へと足を向けた。 「どうだ?」 「新一くん。志保くんがみてくれているから、大丈夫だぞ」 「うん」 新一が阿笠邸にある志保の実験兼診察室へと赴くと、扉の側に立っていた阿笠が安心させるように話しかけた。茶色に猫の姿のメリルも新一を認めて足下にすり寄ってくる。新一はメリルを抱き上げて、ありがとうとお礼を言った。メリルはいいえと答えて慰めるように新一の手を舐めた。それを、よしよしと撫でてやって、目前に横たわっているKIDを見る。 志保が手早く治療している。 すでに、腕にあった銃弾は抜き取ったようだ。邪魔になる衣服は取り除かれ上半身は裸だ。傷口を今志保が縫っているところだ。新一は黙ってそれを見つめる。 やがて、縫い終わり包帯をくるくると巻く。 足下のかごに置かれたマントや上着にシャツなどは赤く血に染まっている。もう使えないだろう。 「工藤くん。彼をあっちのベッドに移して欲しいんだけど」 「ああ。チャーリー頼む」 青年一人を抱えて移動できる人間は、ここにはいない。使い魔であるチャーリーにしかできない芸当だ。志保の命令をチャーリーは聞かないため主である新一に志保は即したのだ。 青年姿のチャーリーはKIDを抱えて、治療用のベッドから別のベッドへと移した。すかさず、志保は点滴の用意をする。 一通りの治療を終えて、志保が力を抜き息を吐く。そして、くるりと振り返り新一を真っ直ぐに見つめた。 「詳しいことは、こちらでどう?彼はしばらく起きないわ」 「ああ」 志保の提案に、新一は頷いた。 「あと、あなた先に着替えた方がいいわ」 新一の洋服はKIDの血で汚れていた。新一は我が身を振り返り、志保の助言通り阿笠邸においてある自分用の着替えを身につける。 そして、リビングまで移動して心を落ち着けるために、お茶を飲みながら話すことにした。 「志保、ありがとう」 まず新一がお礼をいった。 「どういたしまして。一応患者のことを先に言わせてもらうわ。左腕に銃創。弾は取り除き縫っておいた。それから、全体的に打撲ね。右脚も痛めていたわ。こっちは、鋭利なもので切られた感じ。どっちにしても、結構な怪我ね。全治1ヶ月。若さがなきゃ、簡単に治るって言えないわ」 「そっか。庭にKIDが倒れていて、メリルとチャーリーに頼んじまった。急で驚いただろ?悪かったな」 「あなたの本気の頼みですもの。それくらい叶えるわよ。KIDでもね。私の忠告は無駄みたいだけど」 「志保……」 新一があまりにも落ち込んだ表情で瞳を曇らせるので志保は顔を顰めた。 「虐めている訳じゃないから、そんな顔しないで」 「まあ、志保くんも素直じゃないからの。怖い顔くらいしたいんじゃろ」 横から阿笠が笑って口を挟む。 「失礼ね」 博士のつっこみに志保はぷいと横を向く。 「それで、私は初めて見る使い魔がいるんだけど?」 チャーリーのことである。立派な体躯の男性がKIDを抱えて飛び込んできたのだから、驚くなという方が無理だ。メリルの先触れがあったから、その場は流したが志保としては説明が欲しかった。聞きたいことは追々聞くことにしていたし。 「ああ、チャーリーな。チャーリー!」 新一が呼ぶと、銀髪に青灰色の瞳の男性は一瞬のうちに銀色の狼なった。大型犬くらいの大きさだ。 「メリルみたいな猫なら普段一緒にいてもいいんだけど、さすがに狼は目立つから。どうしてもの時に呼ぶ」 狼は目立つだけではない。まず飼っている人間はいない。動物園ならともかく。ついでに日本狼は絶滅している。見る限り、日本狼ではないが。 それが、変身すると細身だが大柄で無口な男になると知ると、志保としても興味が尽きない。 チャーリーはほとんど話さない。メリルは笑顔で会話をするほど友好的だが、彼は無口で無表情なのだ。使い魔にも性格があるのだろう。それが面白い。 「銀色の狼ねえ。あのね、もう使い魔はいないの?」 「いないっていうか、なんというか。呼んだことねえのが一人」 「呼んだことがない?使い魔なのに?」 「うちの一族で、最強って言われている使い魔がいて。使い魔の域じゃないんだけどさ。そいつを使うには相当な魔力がいるんだ。呼び出すだけで、並の魔女だったら半死する。ついでに、そいつと同等の力を持つ魔女しか呼び出せない。俺が知っている中でそれに該当するのは、母方の曾祖母だ。だが、曾祖母はもうそんな体力もなく衰えている。呼ぶ出すことは不可能だ。で、次に俺。でも、無闇に呼び出す必要はないし、呼び出したら体力の消耗が激しすぎて、今だと耐えられるのか自信ないな。吸血鬼の血も入っているから、多少ましだとは思うけど。そんな訳で、呼ぶ出したことない。ちなみに、俺の次は母親だけどあの人が使う訳がない」 女優という仕事上、健康管理も仕事のうちだ。ついでに若さや美しさを保つことに重きをおく女性は、大物な使い魔を呼び出して体力の消耗など決してしない。美容の敵なのだから。 「……奥が深いわ。どんな使い魔なのか見てみたいけど、想像して我慢してくわ。あなたが倒れたら、意味がないもの」 「そうしといてくれ」 「けど使い魔の姿ってどうして決まるのかしら?」 「魔力と趣味だからなー。たとえば、これが昔なら馬でもよかったはずだ。一緒にいても当たり前だから。鷲や梟でもな。狼だって、ありだった。今だと、猫や犬くらいだろ?」 「時代によって変わるのね」 本当に興味深いわと志保が笑った。 「博士だと、母さんの使い魔にも会ったことあるもんな」 「有希子君なあ。とても、らしかったな。黒猫となんでか狐だった」 「……狐?」 「他人に見せないならありだろう?綺麗な純白の狐だったぞ?まあ、日本の狐を想像するとちょっと違う感じがするか」 「なるほど。本人の趣味が入るなら、そうなるかもね」 きっと動物の形も趣味や好みが入って本物とは違う形をした使い魔がいるに違いない。 「そんなもんだ。母親の使い魔が見たかったら、今度会った時にでも見せてもらえ。志保が頼めば見せてくれるぞ」 「……楽しみね。どんどん現実離れているけど、自分の存在がそもそもファンタジックだから、今更だし。どんと来いって感じ」 ふふ、と志保は朗らかに笑った。 新一もそうだなと同意して頷いた。 |