「名探偵は魔女!?」7







 KIDを家に招いて、話してみると予想外に気があうことがわかった。
 元々、KIDの姿で夜工藤邸へ訪問していた時から話が出来るヤツだという自覚はあったが、それでもKIDは丁寧な口調を崩しはしなかったし、個人情報を多少は世間話にはしても、引き際は心得ていたから深い部分は聞きはしなかった。
 だが、高校生として話すことになってみれば、当然口調はため口だ。個人情報も今更だ。すぐに打ち解けたせいで、今では新一は彼のことをかなり知っている。
 結局、すぐに新一、快斗と名前で呼び合うようになった。
 
「それでさ、俺は親父を越すマジシャンになりたいんだ」
「なれるんじゃないのか?」
「おう、そのために毎日練習はしているし。時々公園で簡単なショーもどきをしたり、頼まれればどこへでも行くんだ」
 自分の夢を語る快斗は、瞳をきらきらさせていて眩しいくらいだった。
 小学校の時父親が亡くなったと聞いた。父親は有名なマジシャンで、マジックショー中の事故で帰らぬ人となったらしい。父親をとても尊敬しているのは話しをしてればわかる。
「すごいな。公園で人って集まるものか?」
「それなりに。子供やその母親に、カップルとか。爺さんも婆さんも。その場にいるすべてが観客になる。そんなに奇抜なことはやらなくて、オーソドックスなものが多い。でも、喜んでくれるんだ。子供がさ、目を大きく開いて、じっと見てるんだ!見逃すものかって!それが可愛くて」
「うん。わかるようーな気がする。不思議なんだよ。なんで?って思って視線が外せない。瞬きしている間に変化していて、次から次へと変わっていくのに感動して。……小さい頃マジックショーとか親に連れていってもらった時も楽しかった思い出がある。確かアメリカだったけど、日本人のマジシャンだった」
 新一は思い出す。五歳くらいの頃だから、正直事細かには覚えてはいないが、紳士然としたマジシャンだった。
「へー。俺の親父も海外で公演していたんだ。時々俺も連れていってくれたけど、新一が見たのが親父ならいいのに」
「ほんとだな。さすがに名前までは覚えてないな、悪い」
 残念だ。快斗の父親ならいいのに。
「いいや。いいんだ」
 快斗は首をふって笑った。
 
 そんなことを話して、また会う約束をした。
 とても楽しい時間を過ごせたせいで、次が待ち遠しかった。
 秘密が多い新一だが、毒薬で幼児化し、解毒剤で元の姿に戻り犯罪組織を滅ぼしたこと、魔女であること、の二つを知っているKIDには気を張る必要がないおかげで何でも話が出来た。KIDである快斗も正体がばれている前提であるため、話に貴賤がない。
 親しくなると、会うのが当たり前になってしまった。
 
「こんにちは」
「ああ。いらっしゃい」
 快斗が元気にやってくる。工藤邸の玄関から入るのも慣れたものだ。
「今日は、パイ焼いてきたんだ!アップルパイ!」
 手に提げた包みを掲げて見せながら、快斗が笑う。
「アップルパイ?そんなのも焼けるのか?」
「もちろん。今日のは自信作」
「へえ、そっか。楽しみ」
 快斗は料理上手の上菓子も作る。前回は昼飯と夕飯を作ってくれた。菓子も食後にプリンを作るし、新一が食べられるようにとクッキーまで作り置いていったほどだ。
「ああ、メリル!元気か?メリルの分もあるから一緒に食べよう」
 新一の足下にいた茶色の猫に手を上げて挨拶して、誘う。
 快斗は使い魔のメリルもふつうに扱う。だから、メリルも「はい」と素直に返事をした。
 
 
 私がお茶をいれますと、メリルが主張するので紅茶をいれてもらって、アップルパイを食べることにした。ホールのアップルパイを大きめに切って皿に乗せると、なんとも贅沢な気分がする。
「美味しい」
「美味しいです」
 新一もメリルも互いに微笑みあった。メリルは当然ながら少女の姿だ。
「そう。ありがとう」
「林檎の酸味と甘みが絶妙で、中はしっとり外はぱりぱり。ほんとに美味しい〜」
 新一は褒めちぎる。
「はい。カイトさまは、素晴らしい腕をお持ちですね」
 メリルもすっかり快斗の作るお菓子の虜だ。珍しくにっこり笑っている。
「誉めてもらうと、使ってきた甲斐があるな」
 快斗も悪い気はしないようで、照れ隠しに頬を掻く。
「他にはどんなものをお作りになるのですか?」
 メリルは質問する。
「結構なんでも作るけど。ショートケーキもチョコケーキも、パイも数種類。シュークリームやクッキーにパウンドケーキ。自分が好きだから、挑戦もするし」
「どれも、美味しそうですね、新一さま」
「ああ。美味しそうだ」
 メリルに同意して新一も笑う。
「そんな風に言われると今度も作って来ないといけないよな。なにがいい?リクエスト聞くよ」
 快斗がテーブルに頬肘をついて促す。
「そうだな。チーズケーキとか食べてみたいな。メリルは?」
「私は、ドライフルーツの入ったパウンドケーキが食べてみたいです。あと、ビスケットとかも」
「ああ、そうだな。スコーンとかいいよな。クロテッドクリーム付けて。やっぱりイギリスがルーツだから」
「紅茶にあいます」
 メリルは、新一の使い魔であるがルーツはイギリスであるため、紅茶を飲みそれにあうお菓子が好きだ。新一もルーツ以前にイギリスはホームズの国として大好きだった。
「なるほど。なら、今度アフタヌーンティとかする?」
「いいのか?」
「いいのですか?」
 新一とメリルは同時に聞いた。
「それくらい、いいさ。腕が鳴る」
「サンキュ。おまえ、いいヤツだよな、快斗!」
 新一は思わす快斗の肩を叩く。
「新一、現金だよ。それだと」
「いいんだよ。今更だ!」
 取り繕うつもりのない新一は、かなり快斗には我が儘な時がある。それは甘えているのだと自覚は、少しだけある。認めたくないけど。
「まあね」
 苦笑しながら、快斗はウインクした。
「そういえば、今度、映画見に行かないか?」
 ふと、快斗が振ってきた。
「いま、なにやっていたっけ?見たいのあるのか?」
「ああ。B級映画だってわかってるんだけど、見たいんだ」
「いいけど?事件の呼び出しがない限り」
 新一は人との約束を破ることが多い。それは事件の要請があるからだ。人の生き死に関わる限りそちらを優先する。必然として、何度も約束は守られないということになる。幼なじみの蘭との約束を何度反古にしたことか。そして怒られたことか、すでに覚えていない。
 快斗と映画に行きたくても、絶対と言えないのが困ったことだった。
「新一は探偵なんだから、仕方ないさ。だめだったら、また今度行こう」
「いいのか?」
「いいさ。誰にだって事情があるだろう?俺だってダメな時はダメだ」
「うん」
 そう言ってもらえると気が楽になる。
「そうだな。来週の土曜日と日曜日、どっちがいい?」
「来週だと、土曜日だな。その方がいい」
「了解。駅前にある映画館が最近リニューアルしていいらしい。そこでいい?」
 駅前の映画館は内装を一新してオープンしたばかりだ。見やすいと評判で若者が多く集まっているらしいと新一も聞いていた。
「ああ、いいぞ。何時に待ち合わせる?」
「待ち合わせなー。俺ここまで迎えに来るよ。10時とかどう?」
「時間はいいけど、迎えになんて来なくていいぞ?」
「駅前で待ち合わせたら新一目立つって。間違いなく囲まれる。それに、もし事件で駄目な場合俺がここに来れば直接わかるだろ?待ち合わせ場所に待たせているって思うと、焦らない?」
「……」
 その通り過ぎて、なにも言えなくなる。
 幼なじみには待ち合わせ場所で、連絡もできずどれだけ待たせたことか。あれでは怒るのも当然だ。何度か繰り返すうち、彼女は諦めてきた。人との約束を守れず、諦めさせることが心苦しかった。優しい幼なじみはそれでも許してくれたけれど。
 誰かの諦めた顔はもう見たくない。
「ありがとう。それに、甘える」
 だから、新一は素直に返した。
「どういたしまして」
 快斗の全開の笑顔は、ほっとさせるものだった。
 
 








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