翌日、KIDは探偵が気になった。 二人から危機的状況は去ったが回復に時間がかかると聞いていたから心配していたのだ。 やっと自分の腕の中で意識を取り戻した探偵は、まだ手は冷たくて顔色も紙のように白かった。 結局、様子を見に工藤邸へとやってきた。まさか、窓から進入はできないから……結界が張ってあると言っていたため……玄関から失礼した。 ノックしてそっとドアを開けて中を覗き込み、ベッドの上に寝ている姿を認めてから室内へと進む。音を立てないでベッドの側まで近寄り。 「名探偵。お加減はいかがですか?」 静かな声で話しかけた。 目を閉じている新一が、気配から起きていることが知れていた。 「KID?」 うっすらと瞼を開けて、蒼い瞳がKIDを見上げた。 「はい。……ああ、顔色がよくなりましたね」 昨日より頬に血の気が指している。健康的とは言えなくても多少なりとも頬に赤みがあると安堵できる。 「ああ。この通り。……助かった。さんきゅ」 新一は率直にKIDにお礼を言った。 二人から事情を新一は聞いている。どうやって自分が意識を取り戻したのか。なぜ、回復がいつもより早いのか。すべてKIDのおかげだ。 「本当に、悪かったな」 園子が無茶をしたと言っていた。自分に隠しておくことは難しいから包み隠さず事実を語った。 ビックジュエルで釣って、ここまで引っ張ってきたというのだから驚きだ。さすが、園子と誉めればいいのか、権力を使うなと諫めればいいのか判断にとんと困る。 その行為がすべて自分のためなのだから、自分が園子を責める謂れなどない。 「いいえ。最初は驚きましたけれど、園子嬢も約束は守ってビックジュエルを貸してくれましたから。結果オーライでしょう」 私は特別なことはしていませんから、とKIDは付け加える。 「……そっか」 「ええ」 責任も恩義も感じる必要はないのだと言うKIDに新一は、心から笑った。 こうして、側にいて楽な人間はそういない。清浄な気配を漂わせているKIDは、側にいるだけで、心地いい。 今回は本当に助かった。KIDを園子が連れてこなければ、新一が目を覚ますことが果たしていつになったかわからない。 「名探偵。まだ、辛いですか?」 「まあな。昨日の今日で全快はできないな」 だから、礼儀として起きあがることもできない。悪いなと新一は苦笑する。 「では……」 KIDはそういって新一の手を握った。 「……へ?」 「こうしていれば、楽なんでしょう?違いますか?」 「イヤ、違わないけど。……さんきゅ」 ちろりとKIDを見やり、新一は照れくさそうに目を伏せた。 繋いだ手からKIDのオーラが伝わってくる。清浄で透明なまるで月光のような気配が彼からする。それなのに、手から心臓まで行きついて血液に乗って身体中に暖かなものが到達する。 月の光は冷たい気がするが、とても暖かい。……癒される。 身体が暖かくなり軽くなっていく。もう少しすれば半身を起こすこともできるかもしれない。昨日から食べ物を身体が受け付けなくなくなっているから、点滴で補っている。水分くらいは自力で取っているが、体力が落ちてまた困ったなと思っていたのだ。 それが、KIDのおかげで回復が早そうだ。 彼に新一を助ける義理はないのだけど、きっと見捨てられないのだ。案外に優しいところがあるから。 新一は小さく口元に笑みを浮かべて目を閉じた。 ふわふわと眠気まで襲ってくる。かなり心地いい、脱力感だ。 やがて新一が寝息を立てると、KIDはお休みなさいと言い置いて去っていった。 「おはよう」 「おはよう、新一」 「新一君。おはよう!」 新一が全快して学校へと姿を現すと、蘭と園子が笑顔で迎え入れた。 寝て療養している間だって、二人は絶えず顔を出して世話をしていたが、やはり学校で会うとなると気分が違う。元気になったのだと実感することができる。 「ああ、よかった。今日はいい感じね」 「肌も美貌もまぶしいくらいね!こうでなきゃ」 家から学校へと登校しただけの現時点、世間の余計なものに触れていない、負荷が掛かってない状態だ。顔色も肌の明るさも瞳の美しさも、目を見張るほどだ。母親譲りの美貌がこれでもかと主張している。 「これを維持したいわー」 「維持しないとね!」 それが、二人の心意気というものだ。新一には理解できない思考回路をしているが、二人は心から新一を愛している。その性格も心根も魂も、そして美しさもすべてを愛してるのだ。愛する新一の美貌を維持したいと思うのは女心だ。 「ねえ。直ったなら温泉に行こうよ!」 「そうだよ、湯治がいいよ」 「ねーーー。うちの経営する露天風呂付きの旅館なら他人と会わなくてもいいから、楽だよ。それぞれ離れになっていて、木々で囲まれているから他の客にあうこともない。ゆっくり湯に浸かってリラックスしてさ、極楽気分を味わうんだよ!」 鈴木家が所有している施設は全国、海外に多数ある。その中にもちろん温泉もあり、場所も選びたい放題だ。 東都から近場で、温泉が出てゆったりできる旅館。決してホテルではない。スパのような女性に人気の場所でもいいが、人気のない方が断然がいい。 プライベートを満喫するために作られた旅館は、離れという場所で他の泊まり客に会うことなくすべて過ごせるようになっている。 それぞれの離れに、毎回食事も運ばれてくるし広い露天風呂が付いていて緑に囲まれて景色もいい。食事も旅館は量がありすぎて困ることが多いため、その泊まり客の趣味と胃袋にあわせて出される。三時のおやつとして和菓子の饅頭と洋菓子のケーキから選べるのが人気だ。気候がいい時は庭のテーブルでお茶をすることもできる。浴衣も様々な柄のものが用意されていて、長期で泊まるならいくら着替えてもいい。 まさに、至れり尽くせり。 おかげで、料金が高額でも一年先まで予約でいっぱいだ。なぜ一年かというと、それより先は予約を受け付けていないからに他ならない。 「新一君。温泉好きでしょ?」 「好きだ」 新一は園子の問いかけに即答した。温泉は大好きだ。風呂も好きだ。温泉の元を入れてゆったりと風呂に浸かる瞬間が何ともいえない至福の時だ。 「決まり!行こう」 「いいね、いつにする?」 「新一君、都合は?」 「当分、探偵は自重しておいてね。これで現場なんて行っていろいろ拾って来たら全快した意味ないから」 顔は笑顔で蘭が脅すように言う。 ここで首を横に振るなんて新一にはできなかった。今回、世話になり過ぎた。心配も掛け過ぎた。 温泉に行くことを躊躇することもない。 「わかった。予定はあわせるから、早めに決めておいてくれ」 手を挙げて降参と、新一は苦笑した。 テストもないし、学校行事も重要なものはない。今なら、今度の祝日をあわせた三連休で行ける。いち早く計算した園子は日程を決めた。 「特別持っていくものは、ないけど。まあ文庫一冊くらいなら許してあげるわ」 旅館にほとんどの物がそろっている。洋服も行きと帰りの分くらいなものだ。それ以外は浴衣が用意されている。どうしても必要なものは、下着くらいなものだ。女性は化粧品というものがあるが、基礎化粧などは洗面台に有名ブランドのものが置いてある。 どうしても忘れたり、必要になったものは旅館で買えばいい。それそれの離れの中央に位置する本館に売店があり、お土産だけでなく洋服から雑貨まで幅広く売っている。 「……さんきゅ」 やることは露天風呂に入ること。ゆっくりすること。栄養のある美味しいご飯を食べること。それ以外は、暇である。遊びなどなくまったりと話しをするしかない。ゆったりと過ごすために赴くのだから、何かを精力的こなす場所ではない。文庫一冊が、彼女の譲歩だ。 新一は、こっくりと頷いた。 他人と接しなくてもいいように、彼女たちは自分のために配慮していてくれる。新一はその心遣いを痛いほど理解していた。 本当に。どれだけ感謝しても足りない。 「園子、蘭。ほんとに、ありがとう」 心から新一はお礼を言った。それがわかっている二人は、ふふと頬をゆるめて柔らかく笑う。 「どーいたしまして?特別いたしてないけど」 「これくらい、私にかかればへでもないわ」 彼女達は、大層男前だった。 |