「爺様がいろいろ送って来たから、おいでよ」 そんな園子の誘い文句に頷いて、新一と蘭はかなりの興味を持って鈴木邸へとやってきた。鈴木財閥の家は、豪邸だ。高い塀から中の様子を伺うことでできないくらい広大な敷地に建っている。屋敷はヨーロッパ的外装で、庭には大きな池もある。室内は洋式だが、日本人であるためもちろん和室も完備してある。 そんな豪邸に住んではいても、鈴木家の人間は堅苦しくない。 やり手の社長として有名だが、穏やかな笑みをいつも浮かべている父親、多少きつい面もあるが基本的に優しい母親、柔和な性格の嫁いだ姉、パワフルで快活な次女である園子。加えて老人と言える年齢であるのに世界中を旅している父親の従兄弟、次郎吉。彼は鈴木財閥の相談役であるからなのか剛胆な性質をしている。今は役員らしいことは部下に任せ、世界中から珍品を収集しては送って寄越す。 海外からの珍品は大きなコンテナで輸送されてくるのだが、中は大まかな種類ごとに分類はされている。もっとも広げてみて初めて何が入ってるかわかるのだが。 そんな珍しいものが、鈴木家に寄せられると園子は親しい二人を呼ぶ。 本当に、面白いものがたくさんあるんだ。何なのかわからないような道具、アフリカの香りがする民族的な仮面、武具、工芸品、怪しい香炉、衣装、様々だ。 「ほら、今回もすごいでしょ?」 「確かに」 「ほんとね」 コンテナから出された品物が床に白い布を敷かれた上に並べらている。これは、屋敷に勤める人間が手袋をしながら丁寧に並べたのだ。大きなものから小さなものまで、所狭しと並べられている。 一つずつ何であるのか、壊れていないか確かめる作業は骨が折れるが興味は尽きないだろう。そのくらい見たことも聞いたこともないモノが並んでいる。 「やだ、このお面何?」 園子が白い面を手に拾って、首をひねった。 目の部分は穴が開いているが、その周りは赤く縁取られていて頬には青い模様が入ってる。所々に金粉のようなものが吹き付けられていて、派手でありながらどこか胡散臭い。 表情が、変なのだ。 「……どこで使うんだろうな、これ」 「儀礼的なものかしら?それとも、お土産的なもの?」 新一の疑問に蘭が答える。 「お土産にしては、怪しいだろう。でも、儀礼っていうには、何か神聖なものが足りないな」 「そうねー。確かにねー」 「だろ?……そうなあると、不明だな。この面の用途が」 用途が本当にあるうかどうか、門外漢である二人にはわからない。面なんて普通の高校生には関わり合いがない。それも外国のものだ。見たこともない。 園子は二人のやりとりを聞きながら、乾いた笑みを浮かべた。 「次郎吉おじさまの趣味だから」 つまり、趣味が悪いと暗に言っている。それに苦笑しか新一も蘭も返せない。残念ながら否定なんてできないのだ。どのように言いつくろっても趣味がいいといは言えなかった。 二人は仕方なさそうに肩をすくめ、苦笑を返した。そこで、この話題はやめることにした。 「見て、これは普通!」 高らかに笑い、園子が指さした先にあるものはどうやら古代中国の箪笥のようなものだ。引き出しが小さくてたくさん付いている。 「ああ。……うーん、薬入れかな?」 新一はその飴色をした箪笥のようなものを眺めて、首をひねった。 「薬入れ?」 「そう。小振りな引き出しがいっぱいあるだろ?ここに薬を入れていたんじゃないかな。確証は薄いけど、そんなようなものが中国にあったはずだ」 新一にしても古民具など詳しくない。記憶を掘り起こして、たぶんと小さく付け加えた。 「でも、可愛いから、小物入れに使えるね」 アクセサリーでもいいかもね、と蘭が思いつきを口にする。その提案は確かに、良さそうである。傷が少ないし、時代を感じさせる色合いもいい。装飾品を入れておくにはぴったりだ。 「あ、珍しい。指輪よ」 次郎吉は宝石や装飾品はあまり買い集めない。自分で使う訳ではないからだろうが、女性らしいものは、苦手なようだ。 だから、男性的なものが多い中、指輪はとても珍しい。 輪の部分は銀であるようで、風化しているせいで今は鈍い銀色だ。石はオーバルカットのアメジスト。周りには小さなダイヤモンドが鏤められている。豪奢なデザインといい雰囲気といい、アンティークに見える。 くすんでいて、宝石として輝いている訳ではないが、それでも興味深い代物っだ。 園子は、目を輝かせてそれを摘んだ。 だが、新一は途端、顔色を変えた。そして叫ぶ。 「園子、触るな……!」 新一は急いで園子の手から指輪をはたき落とす。その瞬間、ぶわっと黒い霧のようなものが指輪から広がって、新一に絡みついた。その黒い霧のようなものは園子と蘭にも見えた。新一に絡みついた黒い霧は身体にまといつくようにして包み込む。 「……っ」 新一は、顔を歪めてぎゅっと奥歯を噛みしめて自分の身体を抱きしめるが、耐えきれないように意識を失い倒れた。黒い霧は散ってしまったらしく二人にはもう見えない。 ばたん、と床に力無く倒れた新一に園子が悲鳴を上げる。 「きゃーーーー。新一君?新一君?」 しゃがんで新一の身体を優しい仕草で揺する。現実離れした光景に一瞬動きを止めてしまった自分を叱咤しながら、青白い顔色をした新一の顔を覗き込む。新一の能力のせいで様々なことに慣れていても、倒れる度心臓に悪い。 「新一?」 蘭も新一の側に片膝を付いて様子を見る。 「どうしよう。私をかばって……新一君」 園子は自分を責めた。あれは、新一が異変に気づきあの黒い霧から園子を庇ったのだ。 ぎゅうと爪が食い込むほど手を握り、園子は奥歯を噛みしめる。 「しっかりしなさい、園子。新一はそういう人間だもん。園子が罪悪感なんてもっても喜ばないよ」 「蘭……」 園子は、目をぱちぱちと瞬いて、やがて頷く。 今自分にできることをしなくてはならない。こんな状態で置いておけない。 「うん。家まで送らないと。……で、哀ちゃんにも電話してみる」 新一をこのまま鈴木邸に寝かせて医者に見せても意味はない。新一は、自分の家という領域でしか寝かせておけないのだ。 それに、運ぶからといって無闇に新一を誰かに触れさせる事はできない。担架のようなものに乗せて、触れないで運ばなければならない。新一の回復へと導くことができる、と園子と蘭が知っている人間は一人だけだ。 園子はすぐに、車と人手と担架を用意させて自分は携帯で電話をした。だが、相手は繋がらない。 灰原哀、新一の又従姉妹だ。血の繋がりがあるため、哀も特殊能力を持っている。そして、園子と蘭も哀とは新一を通して昔から付き合いがある。工藤邸の隣家である阿笠邸に滞在している時もあれば、一族が住む里に戻っている時もある。彼女は、新一以上に特殊であるため里からずっと離れていることができない。その里は僻地にあり携帯は繋がらない。 園子は、繋がらない携帯を一度見つめてからすぐに閉じて、新一を工藤邸へと運ぶことにした。 大型の車に新一を寝かせて、園子と蘭が守るように隣へ座る。無言で新一の顔を眺めながら、手を繋ぐ。 指先までひやりと冷たい。 園子にはパワーがあり、蘭の生気は澄んでいると新一は断言している。自分たちの力など微々たるものだとわかっていても、ないよりましだ。二人は少しでも足しになればと、ずっと手を繋いでいた。 やがて、工藤邸へと着くと、預かっている鍵で玄関を開けて中へと進む。新一を担架で運ぶ人間は体力のある人間でなくてはならないが、誰でもいい訳ではなかった。 新一を運ぶ場所が問題なのだ。 一階の奥にある部屋は、強力な結界が張り巡らされている。屋敷自体にも結界は張られているが、一番強力なものがその部屋だ。一般人である園子と蘭にはどう違うのかわからないが、それでもその部屋がひんやりとしていることはわかる。空気が澄んでいる。きりっとした硬質なものが、存在する。邪気がないということは、そういうことなのだとわかる。 だから、その空間に足を入れることができる人間は限られる。鈴木家で雇っている人間の中でも、ずば抜けて生気が安定している人間を選んでいる。これは、以前新一が、この人は気が安定していて側にいても大丈夫だと言っていた人間だ。 新一をベッドの上に運び込んでもらい、一端車の中で待機していてもらうことを園子は告げる。 二人にはまだやることがある。 結界に入れたら、服を着替えさせるべきなのだ。外の邪気が付いた洋服を脱がせ、白い着物を着せる。二人掛かりでどうにか着替えさせることができる。初めてではないせいで、要領がつかめている。 「このままだと、駄目よね」 「うん。哀ちゃんもいないし。連絡取れないし」 哀が里にいると連絡は一切取れない。例外はあるのだろうが、二人にはそれを通すだけのコネも力もない。 「哀ちゃんがいても、簡単に回復はできないし……」 哀には力もあるが、それは完璧ではない。もし、哀が新一を直すという意味で手を出す場合は、哀が倒れることになる。つまり、新一が倒れる原因となったものを自分へと移し代えるのだ。これは、新一にもできる事だが、自分に来るしわ寄せ大きすぎて滅多に使えない。使うとしたらよほどのことだ。 「どうにか手を考えないと。……結界でこれ以上の悪化は止めている。でも、いくら清浄な空間を作っていても、それだけでは今回は難しいわ」 蘭が、重々しく顔をしかめる。 「白い鳥しかないわね」 園子が、腕を組んできっと顔をあげた。 「白い鳥?」 「ええ。新一君があれだけ絶賛するくらいの人間がいるんですもの。使わない手はないでしょ?」 園子が、ふんと鼻を鳴らした。 「私が絶対に引きずってきてあげる。できないことなんて、ないわ!不可能だって可能にしてみせる」 園子は漢らしく宣言した。 「園子……」 「そのための力よ。ここで使わなくて、なんの力だっていうの?鈴木家の底力を見せてあげるわ」 「……うん」 蘭が涙目になる。 「必ず、白い鳥を連れて来るわ」 園子は自分に誓った。 |