「さあ、いよいよショーが始まるわ。準備時間が満足に取れなかったけど、皆の協力の結果、どうにかここまでこぎ着けることができたわ。ありがとう。……さあ、力一杯、がんばりましょう」 園子がスタッフを集めて挨拶した。 皆からやる気の声がかかる。ショーを成功させようという意気込みと熱気が伝わって来る。 新一と快斗も、互いにがんばろうと目で合図した。 「では、ショーを始めます。所定の位置に付いて下さい」 「「「Yes」」」 そして、ショーはスタートした。 会場にはメディアがそろっている。カメラを構えた記者達。それ以外にも同業者や、出資者など多くの人間が囲んでいる。 今回会場となったのは、とある邸宅だ。とはいっても、普段人が住んでいる訳ではない。昔の佇まいを外観に残し、豪奢で素晴らしい内装を誇る建築物だ。時々、CMや撮影に使われる場所だ。 そこを借りての、ショーだ。 メディアが囲むようにしているのは、二階から一階まで伸びた階段回りだ。一階部分はスペースが空けられていて、その外側からメディアがカメラ片手にショーが始まるのを待っている。招待客は右手側の一角に椅子が設けられている。 音楽が静かに鳴り始めた。 これからショーが始めるアナウンスが入る。しばらくすると。 二階に専属モデルであるセイの姿が見えた。 セイが二階の吹き抜けになっている場所、大理石でできていて優美な曲線を描いている柱に手を付いて、下を覗き込む。 白い手が、滑るように大理石を撫でる。 そこから見えるセイは、純白の襟が広いドレスシャツに黒くて細身のパンツ姿だ。他には何も身につけていない。ただ、手には薄いベールのようなものを引っかけている。まとうように、ふわりと巻き付けるように両腕にたゆませている半透明な布は、軽くて柔らかなそうだ。 セイは、ゆっくりと滑るように歩いて来る。 そして、階段を降り始めた。磨かれた黒い靴が立てる音が、まるで音楽のように聞こえる。細身の身体、美しく長い黒髪。白い手と蒼い瞳。 ブラウン管の向こうにしかいなかったセイが今、目の前に実物として存在している。 集まっているメディアはそう思った。 皆の視線の中、セイは階段の途中まで降りてきて、やがて半分くらいで足を止めた。 そこは、踊り場のようになっていて平らな空間なのだ。元々そこには大降りの花瓶が床におかれていてそこに百合や薔薇など華やかな花が生けてある。隣には豪奢な椅子もある。 その横にはアンティーク調の優美な台があり、その上には金縁の豪奢な鏡がある。 セイが立ち止まり、その鏡に姿が写る。照明が反射してとても美しい。うっとりと見惚れていると、反対側から一人の男性が現れた。漆黒のスーツを身につけた男性だ。端正な顔立ちといい均等の取れた身体付きといいどこかのモデルだろうか。あいにく見たことはないが。 そうメディアが判断していると、男性はセイの側までゆっくりとした足取りで近づいた。そして、アンティークの台に宝石箱のようなものを置く。蓋を開けてから、もう片方の手にある衣装をフックに掛ける。このフックは最初から壁にあったものだ。 まるで、どこかの部屋の一角のようだ。この空間に再現するために、小道具を用意してあったのだろう。 男性は、セイに手を差し伸べた。セイはゆるりとその手に手を重ねる。 セイの手を引き寄せて、後ろから椅子を引いて座らせる。座ったセイの艶やかな濡れたような髪を一度撫でてから、男性は宝石箱からペンダントを取り出しセイの首に後ろから手をのばして留め金をはめる。 蒼い宝石の周りはダイヤモンドで縁取りがされている。首にかかる金色の鎖がきらりと瞬く。 次は、長くゆるやかな黒髪すくい取って、首の後ろより上くらいで結ぶ。男性が胸ポケットに入れていた黒いスカーフのようなものだ。それを上手に結んでしまう。流れるような作業だ。そして、真珠でできたかんざしのようなピンを刺す。真珠はいく粒もが連なっていて、セイが少し身じろぎする度に黒髪に映えるように揺れた。 なかなかに美しい。 その次はイヤリングだ。ティアドロップ型の薄い水色。それを一つずつ耳に付ける。下がるタイプのイヤリングがゆらゆらと揺れる。水色が本当に滴のようだ。アクアマリンだろうか。それとも、もっと違う宝石だろうか。見ている人間にはそこまで判断ができない。 今度、男性はほっそりとした右手を取り、手首の少し上に銀色の輝くバングルをはめる。 バングルは流麗な形で、ところどころに宝石がはめ込まれている。青と紫と紺と赤と琥珀などの色がある。 最後に、左手を取り細い左薬指にリングをそっとはめた。リングはプラチナだろうか。銀色が美しい。透明度の高い蒼い宝石が中央に付いている。左右にメレダイヤがあり輝きを増していた。 男性はセイの手を取り椅子から立たせた。そして、両腕にかけていたベールのような布を後ろから優しく取り去る。そして、フックにかけてあるコートをハンガーから外し背後からセイに着せた。セイも腕を通して男性が着せやすいように協力的だ。 薄手のコートはホフホワイト。素材がとても柔らかくて肌触りがよさそうだ。 男性は前に回ってコートの襟を整えてから、フックにかかっているレモンイエローのマフラーをふんわりとセイの首に掛けて緩く結ぶ。 すべての装いに満足したように男性は微笑む。そして、セイが身につけていたベール自分の腕に二つに折ってかけ、もう片方の手をセイに差し出した。その手にセイも手を重ねる。 そして、微笑んだ。美しい微笑みだ。 男性は颯爽とした仕草でセイをエスコートして、残りの階段を降りる。 ゆっくり、一段一段降りてくる。 やがて一階の広間まで来た二人は、向かい合い手を取り合う。 そこで流れていた音楽が大きくなる。 二人は音楽に乗って、優雅に踊り出した。緩やかな音楽と共に、踊る姿は、とても優美だ。軽やかなリズムに乗って、ふわりふわりと踊る。その際、セイの着ているコートの裾が揺れる様が、なんとも美しい。 そして。音楽が小さくなると、二人は片手を離して正面に向き直りカメラを構えているメディアに優雅に一礼した。 そして、男性が腰を折りセイの手を持ち上げ、甲に口付ける。 セイは口元になんとも言えない微笑を浮かべて男性の頬に細くて白い指をそっと滑らせてから、離れた。そのままセイは視線を男性にやったまま右手側に数歩移動し、やがて目を伏せ男性から視線を外すとそのまま歩いて扉に消えた。 残された男性はセイが消えるまで見送り、手の中にあるセイの移し身のような白いベールを彼の代わりのように胸にぎゅうと抱きしめる。 男性の気持ちが切々と伝わって来る。 やがて、男性はセイとは反対側、左手に歩いて行き扉に消えた。 それと同時に、静かに鳴っていた音楽もかき消える。 歓声と、割れんばかりの拍手が贈られた。 ショーは大成功だ。 園子が前に出て、挨拶をする。 今日、セイが身につけていたジュエリーは皆が見られるようにこの玄関広間の一角で展示することなどを説明し、本店でもあわせてイベントをしていることを宣伝する。 また、夜の部は19時からもありますと告知もした。 夜の部は、基本的には同じだが、実はセイが身につけるジュエリーが微妙に違うのだ。男性がセイに着せるコートとマフラーなどの小物も違うものが使われた。 それを事前に知っていた人間は意外に少なく、メディアは最初からどちらの部も取材しようと考えていた人間だけがその麗しく貴重な姿をカメラに納めることができた。そうでない人間は、後で記事やニュースで初めてその事実を聞くことになる。 どちらも見た人間は、昼の部の方がいいとか夜の方がいいとか話題になった。好みの問題なのだが、展示されている一角で写真に収める確率の高いものはやはり決まっていた。 昼の部で使った、イヤリング、かんざし(髪飾り)、リング。 夜の部で使った、ペンダント。バングル、そして、コート。 夜の部のペンダントは『BIB』が以前から力を注いでいるベネチアングラスだ。存在感のある美しい青で、月の形をしている。 バングルは、ペンダントと対になっていて、細身の銀色で星が埋め込まれていた。星にはサファイアとダイヤモンドが選ばれていて、なかなかロマンティックだ。 コートは夜の部らしく、艶やかな黒色で少々厚手だ。だが、とても暖かそうで襟の部分は銀色のファが付いている。ベルト部分を結ばないで後ろに垂らしている姿がなんともシルエットが美しく、昼より夜の方が断然人気が高かった。 後日、ショーが記事になり益々店に人が集まった。大成功だった。 夜は、夕食会だ。立食パーティがホテルで行われた。 スタッフや出資者やその世界の重鎮が集まって、歓談する。この時間に、今日の感想などを交えて園子は出資者と話をしなければならない。話をまとめなければならない。 その大事なパーティに、新一と快斗という今日の主役が顔を出さない訳にはいかないため、二人は園子に拝み倒されて出席した。 園子の挨拶で始まったパーティだ。 しばらくは、つきあった。 様々な人間が二人に、特にセイである新一に接触してこようとする。それを快斗と共に新一は話をあわせ、プライベートを探ろうとするとやんわりと断る。 飲み物だけ取って、もちろん珈琲やジュースだ。アルコールは丁寧に断った。二人が何歳か知らないから、気軽にシャンパンのグラスを渡そうとするのだ。主賓のようなものだから、当然である。 年齢不詳、性別も今一歩不審なセイ。ポスターやCMでも美しかったが、実物はもっと麗しい。新一の周りをお近づきなりたい人間が囲む。 そんな時間を三十分ほど過ごし、二人はひっそりと抜け出した。最初から園子に三十分だけでいいと許しを受けていたのだ。 前日に日本からアメリカに飛んで、翌日は朝から打ち合わせてショーだ。昼夜二回。それをこなして、夜のパーティ。疲れるのが当たり前なのだ。園子はバイタリティに溢れて行動しているが。それは社長である園子にしかできないことだから、彼女も根性を入れている。ここで倒れる訳にはいかない。止まっている訳にはいかないのだ。 二人は、その夜はゆっくりしてねと園子から言われていた。なぜなら、次の日にはCM撮りがあるからだ。 折角ニューヨークに来るなら、新しいCMを撮りたいのだと園子が飛行機の中で要望した。ショーをやって認知度を上げる予定なのだ、この機会にCMも一新して話題作りがしたいと園子が思っても不思議ではない。社長という立場からすれば、必然だ。 園子の力説に、二人は頷き。 明日は朝からまたスタジオに入ることになっているのだ。夕食は部屋に用意しておくから栄養と睡眠を取ってくつろいでいて、とは園子の弁である。 二人が部屋に戻ると、美味しそうなディナーが用意されていた。彩りも美しく、どれもこれも美味しそうだ。新一がチャレンジしようと思っていたビーフシチューもあった。 クリスマスだからか、ケーキまで用意してある。 園子からのメッセージカードがテーブルに置いてあって、「素敵な夜を」と書いてあったのが何だが……。新婚扱いを拒否できないので、仕方ない。 翌日の目覚めはよかった。昨夜早々に寝たからだろうか。それほど疲れもなく起きてシャワーを浴びてご飯を食べていると、朝から「おはよう」と元気に園子が迎えに来た。昨晩はパーティが遅くまであったのに、エネルギッシュだ。そうでなくては、社長業は勤まらないのだろう。 「撮影は、前回と同じようなスタッフなの。だから、緊張はしなくてもいいと思うわ。人も少ないし」 車内で、園子が説明する。 「物語りのように、続いているCMを3パターン撮りたいの。オンエアされて、それが実は続いているってわかった時、驚くでしょ?そういう新鮮さが欲しいの。今回はリング。マリッジだけじゃなくてエンゲージね。同時に撮影しながらポスター用にも写真を撮っていくわ。時間は有効に使わないとね。質問は?」 「……さあ。やってみないと、わからないだろ?」 「どっちかっていうと、俺は自分がどう使われるのか気になるところだよ」 新一はやるしかないが、快斗は契約している訳ではないので断ってもいいのだ。園子に拝み倒されただけで、新一もいるから付き合うしかないとは思っているが。 快斗がCMに新一の相手役として出演するなんて、つい数日前には考えもしなかったことだ。新一どころか快斗まで顔がメディアに流れてしまっていいのだろうか。こうなれば、一蓮托生だと開き直るしかない。一応、わからないようにはすると園子は言っていたが。 新一も昨日のショーでは髪も長くしていたし、メイクもしていた。快斗も同様に一見似ているようで似ていないようにメイクされた。 園子を信用するしかない。 「あら。ケイは、本当に相手役よ。あくまでもセイが主役のCMですもの。だから、手だけのカットだったり、足下だったり顔もある角度からとか撮ることが多くなるわ。全身の場合は、ロングだったりすることもある。まあ、並んで撮るシーンもあるけど。……完成を見てもらえば、私が言っていた事がわかってもらえると思うわ。絵コンテ見せてもらったけど、いい出来になりそうなのよ」 くすりと園子が笑う。 「へえ、そうなのか?」 「ええ。きっと、セイも気に入ってくれると思うわ。今回のコンセプトは約束よ。で、ロマンティックね。ちょっと乙女心を刺激しようと思って。だって、エンゲージだもの。夢いっぱいよ」 なるほど。ターゲットは大人の女性か。エンゲージだから、さすがにユニセックスのデザインに拘る必要はないのだ。 現場を見てもいないが、なんとなく予想が二人は付いた。 「もうすぐよ。着いたらメイクと衣装ね。フジカもそこで控えてもらうから。……少しはリラックスできるでしょ?」 フジカがいると二人が和むことを十分に理解した上での配置だ。さすが社長。何度も思うが、だからこそ社長だ。 「それは、ありがとう」 「お気遣い、感謝」 降参と両手を上げて新一と快斗は苦笑した。それに、園子がにんまりと悪戯が成功したような顔をして男らしく親指を立てた。 |