「星に願いを 5章 1」






 12月に入りクリスマス近辺になると快斗はボランティアで、マジックショーを開く。孤児院、老人ホームなど。夏行ったところではない場所もたくさんある。
 デパートの催し物からお呼びが掛かることも多々ある。
 この時期は、需要が多いのだ。
 師走の土日は休む間もなく快斗は出かけていく。
 
 新一もそれを見に行きたいと思う。
 だが、多忙な快斗に代わって家事をする。最初の頃に比べたら格段の進歩をした新一は、一人でもそれなりに料理ができるようになった。料理歴、半年といったところだが、毎日……事件でいない日は除き……作っているのだから上達するに決まっている。
 毎回快斗のマジックショーに付いて行く訳にはいかないから、その内一度くらいは見に行きたいとは思うが、無理はしない。快斗は家でもマジックを見せてくれるから。
 
 快斗が出かけた土曜日、事件に呼び出されることもなく家にいる新一は、クリスマスのご馳走は何を作ろうかと悩んでいる。
 初めてのクリスマスだ。
 ケーキは快斗が作ることになっているため、新一は料理の分担を自分から多めに負っている。快斗が作るならケーキ屋で売っているような素晴らしいケーキができる。新一にはまだスポンジを快斗のようにふわふわしっとりには残念ながら焼けない。
 クリスマスといえば、どんな料理だろうと、新一は料理の本を片手にぺらぺらめくりながら良さそうだと思ったレシピには付箋を貼っている。
 目に鮮やかに入ったレシピの一つ、ビーフシチュー。
 写っている写真はとても美味しそうだが、新一の手に負えるだろうか。じっくり時間をかけて煮込めばいいから、気長にやる気ならできそうである。
 本格的にやるのではなく、市販の缶詰になっているデミグラスソースを上手に使えばいいと書いてある。焼いた牛肉を鍋でワインを振り入れ煮立たせ、そこにデミグラスソースとトマトケチャップと水を加えて煮込む、また、焼いた野菜もそこに入れて煮込む。塩こしょうで味を調えるのだが、砂糖をフライパンで溶かし少々焦がしたものを加えて煮込むと、美味しさが倍増するとも書いてある。いろいろコツがあるようだ。
 それだけ手間を加えれば美味しくなるのだろう。
 また、クリスマスといえば。やはりチキンだろうか。
 フライドチキン?
 それとも唐揚げにしてパーティっぽくしてしまうべきか。
 快斗なら鶏を一匹丸ごとオーブンで焼くことができるのだが。中にいろいろ具を詰めて。できあがったものは大層美味なのだが、新一一人でできるかは、自信がない。快斗からいわせれば、とても簡単らしいが。
 肉類以外なら、サラダが欲しい。
 サーモンのマリネ風サラダはどうだろう。それともエビとかホタテを入れて魚介類のサラダにしようか。
 それとも温野菜サラダにしようか。ブロッコリー、人参、アスパラ、玉葱。色鮮やかで冬だから温野菜は身体が暖まりそうだ。そこにドレッシングをかけて、食べたらいいだろう。
 付け合わせのようなものは、チーズとトマトにしようか。
 マッシュポテトも作って添えようか。
 パンは、どうしよう。バゲットを買ってくるとか。どこの店がいいだろう。
 
 飲み物はどうしよう。さすがに未成年である。アルコールはまずい。
 ノンアルコールでワインっぽいものを探してみよう。
 
 快斗のケーキには、紅茶だろうか、珈琲だろうか。
 ちょっとした焼き菓子くらいは作っておこうか。
 
 考えると止まらない。クリスマスともなると料理も豪勢とは言わなくてもこったものが作りたくなる。
 ああ。そういえば、ツリーは早めに飾ってもいいだろうか。
 爺達から先日大きなものが送られてきた。なんと、モミの木は本物だ。置く場所に困ったので、配達されてそのまま玄関に置いてある。飾り一式はその横に鎮座している。
 そろそろ、いいだろう。たぶん。
 あまりに早すぎるのは、デパートみたいなで何だから、少し待ってみたのだが。
 玄関に飾って夜電球を付けてみたらきっとロマンティックに違いない。
 
 新一はクリスマスの準備に余念なく、メニューを決め料理の材料を用意し作り方を覚えた。これで完璧。あとは、二人で過ごすのみだと思っていたのに。これから冬休み突入するという間際に、園子から助けてーと電話が入った。
 
『新一君!助けて。お願い。ヘルプ、ミー』
 電話の向こうの園子の声はせっぱ詰まっていた。
「なんだ、園子。慌ててどうした?」
『本店でクリスマスに大がかりなショーをやることになったの。元々イベント日だから何かやるつもりだったんだけど。急遽決定したの。お願い、新一君、出て?』
「はあ?どうしてだ?」
『今度店舗展開をするから、その出資者が見に来るの。それによって、これからが決まるの。来年は卒業だから、本腰入れるつもりで、ヨーロッパにも進出するつもりだし。その足がかりになるの。これで失敗する訳にはいかないの。世間様に、出資者に、メディアにアピールしておかないといけないの。うちの専属モデルが出ないショーなんてやる意味ないの』
 園子は切々と状況を説明する。
 どうやら大きなチャンスのようだ。そして、失敗すれば痛手を被る。
 己が出なかったら、多分、園子の夢を叶えるスピードはゆっくりとなるだろう。
 わかっている。ここで突き放せる相手じゃない。第一お金をもらっている身だ。専属モデルなのだ。断ることなんてできない。
「……わかった。協力するよ。園子」
『ほんと?新一君、ありがとう。恩に着る』
「仕方ないだろ?おまえの夢は俺もこの目で見たいんだ」
『うん!ありがとう。本当に、ありがとう』
「ああ」
『あのさ、黒羽君はどうなんだろう?』
 園子が声をひそめる。
「快斗?忙しいぞ。かき入れ時だろ?今」
『そうだよね、わかってるんだ。でも、黒羽君一緒に出てくれないかな。新一君の相手は黒羽君以外にいないんだけど』
「相手?いるのか?」
 それは、初めてだ。
『新一君一人で大丈夫?第一、クリスマスのイベントだよ。二人が普通だよ。そういうコンセプトでショーは作られるってことに話が決まっているの』
「……ああー。まあ、クリスマスだもんな。いくら日本と違い海外は家族で過ごすとはいえ、ジュエリーのショーで一人ってことは、ないよな」
 新一は納得した。
 自分でジュエリーも買うばかりではない。誰かに、恋人に夫に買ってもらうことも多々ある。特に、クリスマスなのだから。
『無理は承知よ。黒羽君、今夜はいる?私直接話をしに行くわ』
「……わかった。言っておく」
『うん。よろしく。そうね、8時くらいに伺うわ』
 
 
 
 そうして園子は、快斗の前で土下座せんばかりに願い倒した。
 クリスマスのショーをやること。新一が出演するということ。急遽決まったため、準備がかなり急ピッチで進められている状況。
「お願いします。無理はわかっています。でも、もう黒羽君にすがるしかないの。どうか、協力して下さい。……お願いします」
 がばりと百八十度園子は頭を下げる。受けてくれるまで、頭を上げる気がない。それが見ていてわかる。
「園子ちゃん……」
 そこまでされたら、快斗も根負けするしかない。
 誰かに、こんな風に頭を下げられて断れるような人間ではない。
「……わかった。23日に一つある予定は他の人に頼んでみるよ。24日、25日はもともと空けてあったしね」
 クリスマスを祝おうと新一と約束していたのだ。だから、イブと当日は予定が空いている。マジックショーは入れていない。
「ありがとう!」
 園子は心からお礼を言った。
 感謝でいっぱいの顔で、よろしくお願いしますと握手をされた。快斗も、うん、がんばるよと返す。
 

 そうして。
 三人は、ニューヨークに飛んだ。
 飛行機の中では打ち合わせをした。着いてから時間がないのだ。少ない時間は一秒でも惜しい。園子は今回のショーのイメージやタイムスケジュールを説明した。
 
 空港へと降り立つと迎えの人と車が来ていた。そこに乗り込み一旦宿泊するホテルまで連れていかれ、荷物と快斗だけ受付で別れ新一は園子にそのままホテル内のサロンに引っ張られていった。快斗には、先に部屋に行ってくつろいでいて、ついでに新一君の荷ほどきもよろしくと園子が捨て台詞を吐いている。快斗は呆然としながらも、了解と手を振っていた。その目には新一がんばれと諦めのエールがあった。その目に見送られて新一が来たサロンはいかにも女性好みの空間だった。高級感溢れる調度品や緑が広い空間に配置されている。その通路を歩き、着いた部屋はピンク色の制服に身を包んだ女性達が待ちかまえていた。園子は、よろしくね、最高に磨いてね!と笑顔で新一をその中に押し込んだ。
 新一が悲鳴を上げる間もない。女性達に服をはぎ取られ寝心地のいいベッドに寝かされてエステが始まった。
 エステシャンの手が新一の身体をマッサージする。首から背中、両手両脚、つま先まで。磨かない場所はないといわんばかりに、数人がかりで体中を触られた。新一は精神的に疲れて、尚かつ、身体がほぐれて睡魔が襲ってきた。それに自然と身を委ね、結局新一は眠ってしまった。
 新一が半分寝入っている間にも女性達は新一を磨きに磨いた。
 そして園子に、パーフェクトだと太鼓判を押した。
 新一が目覚めると、なぜかすでにホテルの部屋で隣に快斗がいる。キングベッドの上だ。いつの間に、というか自分で歩いた記憶がない。どうやって、ここまで来たのだろうと疑問に思ったが追求したら自分が恥ずかしいような気がしてやめた。
 新一が起きあがり、水分でも取るかと思ったら隣で快斗が目を覚ます。
「新一」
「ごめん、快斗。起こした?」
「いや。それより、そこに軽い夜食があるから、食べなよ。明日は早朝から起き出して動かないといけないから、食べたらもう一度寝るといい」
「うん。ありがと。快斗は食べた?」
「俺は先に夕飯食べているよ。それから、新一の荷物は適当に荷ほどきしてあるから」
「ごめんなー。任せきりで」
「俺はいいよ。明日の主役は新一だから。……ずいぶん磨かれてきたな」
 快斗はそっと、新一の髪を指で梳く。滑らかな黒髪。透き通った白磁の肌。煌めく蒼い瞳。なんともいえない香りが新一から漂ってくる。
 本当に、磨かれた新一はいつもにも増して、艶やかさが際だって目が覚めるような麗人になるものだと快斗は思う。
「ああ。途中で寝ちゃった」
 恥ずかしそうに新一は微笑した。
「長時間だから、仕方ないだろ?3時間も磨かれた眠くもなるさ」
「うん」
 ハーブの入ったオイルで全身をマッサージし磨き上げ、顔もマッサージしパックする。美白成分に栄養補給、パックだけでも何度やったことか。手の先まで整えられ爪は綺麗にマニュキュアが塗られている。髪も洗われトリートマントされ、軽く流れるようにカットされている。
 体中を隈無く他人に触られる3時間。女性ならいいのかもしれないが、新一には遠慮したいことだ。モデルとして必要なら受け入れるけれど。自ら進んでは絶対にやらないことは間違いがない。
 新一は快斗に促されて、ハムと野菜とチーズが入ったサンドウィッチと果物とスープとフレッシュジュースで夜食にした。
 そして、再び寝入った。


 翌日は早朝に起きて軽くシャワーを浴びて用意して待っていると、園子が迎えにやってきた。ホテルから車で移動し、ショーが行われる場所に降ろされた。
 ショーはある建物を借りて行われる。建物の一階広間を使うのだ。螺旋になった階段が美しいので、そこを使うらしい。
 
 一階と階段から二階にかけてはすでに準備が始まっている。スタッフがあわただしく動き回り、指示の声が飛んでいる。新一と快斗は立ち位置の確認と、どのように動くかの指示を受けて何度かリハーサルを行う。音楽、照明なども同時にチェックが入った。
 それから、控え室でメイクと衣装あわせだ。
 快斗は割合簡単だが、それでも髪を整えたりメイクをしたりと時間はかかったが新一に比べたら短時間だ。
 新一はヘアメイクにかける時間が快斗の倍以上だ。それから衣装あわせ。どこかおかしい部分がないか、もう少し詰めた方がいいのか、相談しながら決定する。
 
 メイクし衣装を付けてから再び、本番さながらにリハーサルが行われた。園子からも指示が飛び、あれはどうなった、遅い、まだなの?と慌ただしい声が響く。
 途中で、水分補給の休憩を入れ疲れすぎないように配慮がされていた。そこで顔なじみのフジカに会った。
 本名アリッサだが、母親が日本人である彼女は日本語が堪能で、二人には日本名である「藤花」と呼んでねと言われていた。だから、二人は彼女のことを親愛を込めて「フジカ」と呼ぶ。
 長い黒髪を今日は首の後ろで一つに縛り、白いシャツに黒いパンツと動きやすい格好である。
「久しぶり、フジカ」
「元気そうだね、フジカ」
 会うのは久しぶりだ。メールのやり取りは時々しているから病気などしていないことは承知していた。ただ、多忙だという認識はしていた。メールにその旨が書いてあったからだ。その分顔を見ると実感がわいて嬉しい。
「お二人共、お元気そうで嬉しいですわ。……それにしても、今日はずいぶんと麗しい。私も眼福です」
 フジカがにこりと緑色の瞳で笑う。
「眼福って本当に、フジカは日本が堪能だよなー」
「母親が、日本語は美しいと言っていましたから。私にも美しい日本語を使って欲しいと常々言っています」
 そのせいか、フジカの言葉は軽くない。どちらかというと、丁寧で堅い。だが、それをアジア人顔だがアメリカ人であるフジカが使うと、とても魅力的だ。
「そっか。納得」
「それより、セイ、ケイ。体調は大丈夫ですか?喉乾いていませんか?飲み物、他のものがよければもらってきますよ。それから、今のうちにお手洗いに行っておいた方がいいと思いますけど。この後はそこまでの時間が取れませんから」
 過密スケジュールなのだ。休憩もこれが最後だろう。今しか時間が取れない。
「わかった。行って来る。セイも一緒の方がいいよね?一人で行かせる訳にもいかないし」
 水分はここにある水と珈琲で十分だよ、と快斗は付け加える。
 そして、ほら、と快斗が新一に手を差し出す。新一は素直に手を乗せたので、連れだって行くことにした。セイの格好をした新一を一人でふらふらさせる訳にはいかない。今日はスタッフの数も多い。前回のCM取りとは規模が違う。CM取りはなるべく少人数で行うように配慮されていたが、さすがにショーでは人手がどれだけあっても足りないのが現状だ。その上、セイとして今日は髪を長くしている。地毛とエクステをうまく使っていて、まるで本物のようにゆるくウェーブした長い黒髪だ。
「行ってらっしゃい。私はここで荷物を見ていますわ。十分に気を付けて」
「うん」
「ああ」
 フジカが手を振って送り出してくれた。
 知人がほとんどいないここでは、フジカのような顔見知りがいてくれると本当に助かる。
 園子は総責任者だから、二人の側にずっといるわけにはいかないのだ。それでも、時々やっててきて、何か変わったことはない?と聞いていく。
 さすが、社長だ。
 快斗と新一は二人でお手洗いにさっさと歩いて行く。二人が使えるお手洗いは関係者以外立ち入り禁止の場所だ。一般人と一緒にはなれない。一応、新一はセイというモデルである。通常なら、本人とわからないこともあるだろうが、現在はモデル仕様のセイなのだ。CMを見たことがある、雑誌などで知っている人間には一目でばれる。
 そのため、極力目立たないように……目立たないなんてことはあり得ないのだが、それでも気をつけて歩いていった。







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