「星に願いを 4章 8」






「はい。まず、アスパラの白和えと、小松菜の胡麻和え。料亭じゃないから、ご飯と味噌一緒に出すよ」

 ご飯は栗ご飯。味噌汁は豆腐、わかめ、油揚げの王道で。
 それぞれの小鉢を並べ、どうぞ、と則す。爺達の前には塗りの箸が置いてある。その箸を手にとって。
「……アスパラを白和えにするのか?」
 少し興味を覗かせて、重三郎が摘んだアスパラを見る。緑のアスパラと豆腐の白色が鮮やかな色合いだ。
「まあ、食べてみてよ」
「ああ。……うまい?うまいな」
「うん。美味しいね。栗ご飯もいいね、季節で」
 横で一成は、ぱくぱくと食べる。
「そうだな。やはり秋は栗ご飯だ」
 満足そうに重三郎も頷くと、箸を進める。味噌汁を飲み、小松菜の胡麻和えも摘む。
 なごやかに食べているところに、今度は快斗が中鉢をもって来る。
「はい。里芋とイカの煮物」
 置かれた中鉢の中身からは、いい香りがする。重三郎は目を細める。
「うん。これぞ、和食だな……」
 柔らかな里芋を口に運ぶ。と、幸せそうに微笑んだ。
「イカのうま味が里芋までしみている。柔らかいな」
 大満足らしい。隣の一成も、うんうんと頷いている。全く、箸が止まらない。
「はい、魚料理ね」
 そこへ新一が鮭の乗った皿を持ってきて並べた。魚料理の担当なのだ。いくら切り身でもやらなくていいのなら、快斗は触りたくない。触らなければならないのなら、根性でどにかするが、生魚は駄目だ。目玉が付いているのは駄目だ。
 先ほど煮物に使ったイカも新一が触って処理したのだ。快斗は新一に心から感謝した。料理で魚が使えないのは、かなり痛い。魚抜きではメニューにも支障が出る。新一がその分を負担してくれるので、快斗は大助かりだ。
「鮭のムニエル、きのこソースかけ。ホワイトソースっぽいけど、それほどじゃないよ。どうぞ」
 新一が皿をそれぞれの前に置く。
 ピンク色の鮭にしめじとエノキと玉葱が入ったホワイトソースがかかっている。見かけも美しく食欲をそそる。
「うん。……確かに。ホワイトソースという訳ではないな。もっとなじんだ味だ」
「そうだね。……暖かい味がする」
 二人の感想に新一がくすりと笑った。
「マヨネーズを牛乳でのばして塩こしょうしたような味だから。庶民の味だろ?」
「本当に、上達したんだなー」
 悪戯が成功したような顔の新一に一成が誉めた。新一は、その通りと胸を張った。そして、空いたコップに冷たい烏竜茶を注ぐ。飲み物は、食べながら飲めるようにと氷を浮かべた冷たい烏竜茶だ。ご老人達なので、飲み物としてお酒も考えたが今日は止めた。未成年が客に出すのも変だからだ。
 新一が少し話してからキッチンへと戻ると、快斗が入れ違いで肉の皿を持ってきた。

「次は、肉料理。鶏肉とナスの揚げ煮。一度素揚げにしてから甘めにしょうゆで煮てあるから、ご飯が進むよ」
 食べやすい大きさの鶏肉と輪切りにしたナスが、美味しそうに味がしみている。見ただけでわかる。上に万能ネギの小口切りが散らしてあるのが、これまたアクセントだ。
 ぱくぱくと食べる重三郎。そして、うまーいと言ってご飯を掻き込んだ。一成も、にっこりと笑って「だから家庭の味に勝るものはないのだよね。とても美味しい」と誉めた。
「それは、なによりです」
 快斗はすまして答えた。
 料理を誉められるのは純粋に嬉しい。鶏肉の料理をなににするか悩んだのだ。和食の領域で、庶民的でこってりし過ぎない料理。かつ、味にもパンチは欲しい。肉だから。
 結果、揚げ煮だ。手間を一つ加えるだけで、美味しくなる。
「ああ、これだと白いご飯でたくさん食べたいね。栗ご飯も美味しいけど、これだと白米だよ」
 なんだか、どこの親父だろうという台詞を珍しく一成が呟く。
 身内でないせいか、上品な一成が白米を掻き込む姿は快斗には想像できない。
「お代わりに、白米持ってきましょうか?」
「ああ。お願いしようって言いたいけど、結構食べているからね。ここでご飯をお代わりすると、折角のおかずが食べられなくなりそうだ。やめておくよ」
「そうですか?」
「儂は、茶碗半分だけ!白米だ。快斗!」
 和やかな一成との間に重三郎が割ってはいる。すでに茶碗を片手に出している。お代わりだ。快斗はそれを見て、年寄りのくせに大食いってのはどうなんだろうと思いつつ、茶碗を受け取り、ご飯をよそいにいく。
 そして、半分くらいつけて重三郎に渡した。重三郎は受け取ると、鶏肉とナスを食べて白米を掻き込んだ。
「はい。お待たせ。茶碗蒸しだよ」
 そこへ、茶碗蒸しを持った新一がやってきた。そして、小さな木のスプーンと一緒に置く。
「二人とも好きだから。中は、銀杏と椎茸。ほうれん草に鶏肉。どうぞ」
 目の前の好物に、二人とも頬がゆるむ。さっそく、スプーンですくって食べる。熱い、と言いながら顔を顰めつつぱくりと食べる。そして、じーんと味わう。
「日本人でよかったと思う瞬間だ」
「まさしく。和食で茶碗蒸しがないと食べた気がしないからね」
 爺達は互いを顔をみて、にやりと笑った。もし、どこか料亭で茶碗蒸しがなかったらどうするのだろう。わざわざ作らせるのだろうか。孫二人は、事実をつっこむことはやめた。
「俺も好きだけど、ほんとーに爺さん好きだよな茶碗蒸し」
「当然だ。これぞ、日本の味だ」
 断言口調の重三郎に、快斗が苦笑する。
「ジイさんも、好きだよな。昔から」
「そうだな。なぜと言われても好きなんだから仕方がないね。……それにしても、新一。どこに出しても恥ずかしくない料理上手な嫁になったなー」
 しみじみと一成がそんなとんでもない事を言い出すので新一は身体が一瞬傾いだ。
 やはり、駄目だ。まともじゃないんだ。この、くそジジイ……!と新一が心中で大絶叫した。顔は少しぎこちない。
 快斗はその新一の我慢を見て取って、次をと促した。新一は了解と小さく頷いてキッチンへと戻る。そして、作業をすすめた。その間快斗が爺達の相手をすることになり、
「新一君は、ますます美人だな。快斗はさぞかし恨まれることぞ」
 と重三郎から揶揄されて、顔がひきつった。実は恨まれていないことはないだろう。たぶん。理由はいろいろだが。
「私は快斗君でよかったと思いますよ。新一を任せられる人間はそういないですから。そう思いませんか?」
 どんな意味なのか、深く勘ぐりたくない台詞を一成が吐く。新一がいないと、実は時々辛辣だ。
 爺達の集中攻撃である。新一、早く戻ってこーい。と心中で助けを求めた。これは、誰だって嫌だ。新一が同じ立場でもそうだろう。

「はい。お茶だよ。それから、デザートは、おはぎ」
 湯気を立てる湯飲みと、粒餡ときなこのおはぎが乗った皿を爺達の目の前におく。
「おお、おはぎだ」
「いいね、おはぎ」
 目を見開いて、喜んだ。その表情は子供みたいだ。
「お茶は玄米茶。少し熱いから気を付けて。おはぎは、午前中に作ったばっかりだから。柔らかいよ」
 新一が説明している間に、快斗は空いている食器を引き寄せ積むとキッチンへと下げる。
「うまいぞ、餡が。おはぎは好物じゃ。……腹が満腹でたくさん食べられないのが、残念でならんわ」
 悔しそうにいいながら、それでも重三郎はぱくぱくとおはぎを食べる。すでに手づかみだ。一成は切り分けながら、少しずつ味わっている。
「いいね」
 大変満足そうに一成は笑った。
「自信作だから。まあ、俺も初めて作ったんだけど、な」
 新一も茶目っ気にウインクする。
「初めてにしては上出来だね。快斗君指導の元でも。うん、素晴らしい。ありがとう」
「どういたしまして」
 笑顔付きでお礼を言われ、新一も照れる。祖父に認められることは嬉しいことだ。お世辞は言わない人だから。
 
「はーい、爺さん。ご要望のお土産です。食べきれなくて誰かに八つ当たりしたら、された人に迷惑だからね。粒餡ときなこ半分ずつ入っているから。持って帰って」
 紙の箱に入っているおはぎはその上から小さめの風呂敷で包んである。
「おお、気が利くな。快斗。……ありがとう。馳走になったわ」
「満足頂ければなによりです」
 重三郎のあり得ないくらいの礼に、快斗は丁寧な言葉で返した。
「一成さんも、同じものがありますので、どうぞ」
 同じ包みが一成の横にも置いてある。それを見て、一成も上機嫌に、ありがとうと笑顔を浮かべた。
 美味しいものを食べると誰もが素直になれるのかもしれない。どんなに頑固爺でも。気まぐれな爺でも。
 
 



 そして、爺達はお土産を持って満足して帰っていった。
 爺達の襲撃に疲れたが、どこか達成感も味わって、まあ終わってよかったとため息を付きたいなと思った矢先、一成から「自分の時も、もちろん祝ってくれるよね?」と言われて、目の前が暗くなった。
 やはり、そうくるのか。嬉しくない予測が当たるものだ。

 また、リクエストするよ、と言い捨てて去った一成に、新一がくそジジイ……!と大声で叫んだが、すでに車は小さく見えるばかりだった。
 





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