「星に願いを 4章 6」






 イタリアンカフェは盛況だった。だが、席数が多いため、五人でも楽に座れた。皆で適当に数種類のパスタとサラダとスープを注文してシェアした。小皿を持ってきてもらったから、好きなものを取れた。
 特に、ペペロンチーノが美味しいと青子が絶賛していた。
 園子と蘭は来る前に、差し入れての桃饅頭と胡麻団子を食べているが、食欲旺盛だ。特に蘭は身体を動かした後だから、お腹が空いていたらしい。好きなトマトベースの魚介類のパスタをもりもり食べた。
 園子と新一と快斗は普通だ。適度に食べていた。快斗は最後のデザートであるジェラードを新一の分までもらって食べた。新一はすでに昨日も食べているから、快斗にたくさん食べてほしかったのだ。さすが、夫婦である。
 食事が終わると、五人で回ることにした。
 

「あ、そうだ。青子ちゃん。アクセサリー好き?」
「好きだよ」
「それなら、あそこへ行こう」
 園子が青子の肯定に、率先して校内を誘導する。
 着いた先は。
「ここ。手作りアクセサリーのお店なの」
 可愛らしい看板が入り口にかかっている、店。中には机を寄せ集めた上に白いクロスを敷いて、その上に商品が並べられている。
 ネックレス、ブレスレット。ストラップ。指輪にバレッタ、簪。イヤリング。
 女性が喜ぶアクセサリーがいっぱいある。色鮮やかなビーズで作られたもの、トンボ玉を使ったもの。天然石を使ったもの。
 付いている値札は市価の半額以下だ。
「なんで、こんなに安いの?」
 青子は手に取った名前のように青いビーズのネックレスを手にしながら、疑問に思う。いくらビーズとはいえ、材料費だけでばかにならないと青子にでもわかる。第一、隣にある綺麗な紫色のブレスレットはアメジストでできている。天然石なのに、べらぼうに安い。
「それはね、全てこのクラスの手作りだから。男子も女子も器用なコも不器用なコもがんばったの。そういうの得意なコから習ってね。材料費はなるべくかからないようにって、家にあるやつかき集めて。あるでしょ、使わなくなったのとか、もらったけど趣味があわないやつ。男子でも姉妹や母親に協力してもらって集めたの。だから、買ったら高いトンボ玉だってあるし、天然石も集まった。つまり、アンティークな材料を使って新たにリフォームしたの。それだけでは足りないのは買ったみたいだけど」
 園子が見惚れるようなウインクスをする。
 なぜ、そこまで詳しいのか。それは園子が企画に加わったからに相違ない。相談されて、責任者の生徒と存分に話し合った。材料を持ち寄ってアンティークな素材で作る、それを売りにした方がいいと園子が企画をまとめた。まとまれば、クラス全員で協力した。
 ほとんどが安価で皆に買って気軽に使ってもらえるようにしたのだが、数個店の看板用にディスプレイする高価なものを作った。これは、持ち寄った中でも特に素晴らしい天然石やトンボ玉を使ったもので、千円しないものがほとんどの中、七千円という高額商品だ。
 その、ペンダントと指輪のセットやイヤリングと髪飾りは昨日すべて売れていった。一般日に来場した近隣に住んでいるおば様は懐かしいわと言い、品の良いおばあさんが素敵ねといって買っていってくれた。
 それを後で園子は報告を受け、一緒に喜んだ。
「そうなの?いいなー。私、これ買うわ」
 青子はピンク色のビーズでできた、ブレスレットと可愛いトンボ玉が付いたストラップを選び購入する。
「ストラップは恵子にあげるの」
 楽しそうに口元に笑みを浮かべて青子は、連れてきてくれてありがとうと園子にお礼をいった。
「こちらこそ。お買いあげ、ありがと」
 そういうところが大好きよと園子は笑う。
「えっと、それから。茶道部の茶屋に行きたいんだったわよね。和菓子だけど甘さが上品なのよ。今日のお菓子はなにかな。一日ごとに変えているから。行こう!」
 すでに、引率者は園子に決まったも同然だった。それに否やはない。
 
 野点をしている、ということからわかるように、それは屋外で行われている。
 ある一角に、赤い毛氈が敷かれているのが目に入る。とても目立つ。そこには着物姿の女性が優雅な仕草でお茶を点てていて、並んだ客人は着物姿もあれば、普通の服の人間もいる。だが、さすがにその場で作法通りにお茶を頂くことがきでる人間は多分習ったことがある人間だろう。もっとも、作法には拘りませんので、どうぞとは声はかかっている。どんなに拘らないとはいえ、やはり作法を知らない人間は遠慮したいのが本心なので、丁寧に断って茶屋の方で気楽に休む。そういうお客がほとんだ。
 五人は最初から茶屋の方に来て、長い椅子に座る。この椅子にも赤い布が敷いてあり、真ん中には大きな傘が立てかけてある。脇の方にある古そうな大降りの壷に枝の花とススキが生けてある。
 よくテレビなどで見る、峠の茶屋そのものである。
「お抹茶と和菓子のセットでいいわよねー。五人分、それで」
 さっさと園子は注文する。ここでは、それほどメニューはないのだ。悩む必要などない。すぐに着物にエプロンをして町娘らしく扮装した女子生徒が、お菓子を持ってきた。小皿に和菓子と竹製で先割れのフォークのようなものが付いている。それを一人ずつ横に並べる。そして、その後ろに別の女子生徒がお茶を持って現れる。すべて注文の品を置いて、園子にご注文は以上でよろしいですか?と聞いた。聞く人間を間違えない。さすがだ。
「ええ。ありがと。これで」
「はい」
 園子がチケットを渡すと一礼して去っていく。
「どうぞ。食べて」
 すでに片手には和菓子の乗った小皿を持ちながら促す園子だ。
「うん」
「いただきまーす」
「いただきます」
 誘われるままにお抹茶を飲んで和菓子を食べる。今日の和菓子は栗きんとんだ。秋らしくて美味しい。抹茶もあまり苦みがないせいで飲みやすい。お抹茶は種類もあるが、薄めにいれるか濃いめにいれるかで飲みやすさが変わるため、この茶屋では万人向けに薄めにしている。
「おいしーい。ほんとに、帝丹の学祭の食べ物はどれも美味しいよ」
 しみじみと青子が呟いた。
 朝から中国茶と中華菓子、昼御飯にパスタにサラダ、ジェラード。そして、お抹茶と和菓子。食べ尽くしている。
「ほんとだな。それより俺気になっていたんだけど。あの、お金の代わりに渡しているチケットはどこで買うの?さっきから俺達、お金払っていないから」
 ぱくりと栗きんとんを飲み込んでお抹茶を飲み、快斗は気になってことをいい機会だと尋ねてみた。
 その疑問に、ああと園子は一度相づちを打ってから、答えた。
「これはね、金券なの。どこでも使えて、金額分を渡せばいい訳。そこのメニューの商品チケットをわざわざ買わなくてもいいようになっているの。ただ、これは帝丹の生徒だけのもの。お金のやりとりが高額だと、お釣りを持っているだけで怖いし、管理が大変だからね。生徒だけは生徒会から予めお金を払って金券をまとめて買っていくの。五千円分1セット。内訳は、千円2枚。五百円3枚。百円15枚。それで、売り上げ分の金券は後で生徒会が精算する訳。楽でしょ?」
「そんなシステム作ってるんだ」
「便利だね」
「あれ、じゃあ。使い切れなかったら?」
「返金はなし。そういったものは全て寄付に回されるもの。だから、学園祭では皆いっぱい使うわよ。売り上げは一部寄付に回るから、がんばって食べて買って遊ぶの」
 それが、うちの学園祭の意義よねと園子は誇らしげに胸を張った。
 快斗は、少し胸を打たれた。
 だからなのだ。全て真剣に取り組む様が一貫している。お店のやる方も本気なら、お客も真剣にお金を使う。
「これ食べたら、どこに行こうか。展示系で面白いのは、歴史を双六で学ぶっていうの。大きなサイコロ振って出た目進むのは同じだけど、そのコマに歴史の出来事が書いてあって、クイズにもなっているから、答えながら進むの。クイズの正解率が高い人間にはプレゼントがあってね。あとは、写真展。この帝丹の学校内、近所の町並み。働く人。身近なものを撮って飾ってあるわ。地図もあって、どこで撮ったのか印が付いていて普段見ている世界が写真になると、変わって見えるんだって感じることができる。素人が撮ったんだけど、愛があるって伝わってくるよ。あれを見ると写真もいいなって思う」
 唇に指を押し当て、考えながら園子はいいと思う展示を上げていく。
「そうだ。体育館とか講堂でやっている演目もいいよ。今日これからだと、演劇だとシェイクスピアを英語劇でチャレンジするやつと、アカペラの合唱。それからバンド演奏がやっているね」
 横から蘭も加わって、今から楽しめるものを上げていく。
「で、忘れられては困るのが、校庭にステージを作って大々的にやるウェディングファッションショーよ。うちの学校のメインですもの」
 おほほと、口元に手を当てて園子は高笑う。園子にとっては、自慢したい催しなのだ。園子の大好きなものが詰まっているそれは、もちろん協力を惜しんでいない。
「ウェディングファッションショー?」
 青子がわかっていない顔で首をひねった。快斗も、同様にわからない顔だ。当然である。高校の学園祭で、それはないだろう。普通。
「あのね、隣町の結婚式場から衣装提供してもらうの。そこからスタイリストも三人ばかり来てくれて、メイクや髪型もやってくれるから本格的。もちろん、無料。ボランティアで」
「えーなんで?」
 青子が驚いた声を上げる。
「結婚式場は、宣伝も兼ねているからよ。これを見た観客や、モデルとして出た女性が将来自分のところで結婚式を挙げてもらえるかもしれない期待と、文化的なことをしているという地元に対するアピールね。真っ白のウェディングだけじゃなくて、お色直しに使うカクテルドレスもたくさんあって、目に鮮やかで綺麗よ。思わず、自分も着たくなっちゃう」
「いいな。いいな、見たい。見たいわ!」
 青子も盛り上がってきた。女性は、やはりそういう事が大好きだ。ウェディングドレスはその最たるものであろう。
 その時。
「園子さん……!」
 女性のせっぱ詰まった声が響いた。声のした方を振り返ると、制服姿の女子生徒が立っていた。急いで来たのか息が弾んでいる。
「葉山。どうしたの?そんなに息せき切って」
 園子が、肩に触れて落ち着かせようとすると、葉山は大きく息を吸ってから話だした。
「園子さん、どうしましょう?」
「なにが?」
「ファッションショーのトリを飾る予定のコが、急な腹痛で倒れました。今は保健の先生が付きそいながら病院に連れていってもらっています」
「あら。代わりのコは?代理のコ出せないの?」
「トリ以外なら、差し替えは可能なんですけど。最後のドレス、そのコにあわせているんで、他のコじゃ着れないんです。だって、彼女、身長は高いし細くて顔が小さくて、モデル並なんですよ。だから、他のコだとヒールを掃いてもドレスの裾が引きずるんです」
「……困ったわね」
「はい。トリなので素晴らしいドレスなんです。胸元の透き通っている部分のレースとか細かし。袖口は可愛くて、腰のリボンはキュートです。後ろ姿も麗しく、トレーンとかも綺麗です。本当に、トリに相応しいドレスです」
 葉山はそんなせっぱ詰まっているというのに、ドレスの素晴らしさを詳細に語った。
「それは……。益々もって困ったわ」
 園子は一つため息を付く。
「はい。どこかに、背が百七十くらいあってウエストは60センチくらいの細さで、小顔の色白美人いませんかね?ついでに舞台映えしてくれたら文句ないんだけど」
 葉山は自分でも無茶を言っていると自覚がある。いたら困っていない。予定の彼女が最適だったのだ。他で校内の女子生徒をどれだけ探しても、該当者がいなかったのだ。高身長だけなら、バレー部やバスケ部などの部員がいるが、彼女たちはあまり細くない上筋肉が付いている。ドレスには向かないのだ。ついでに色も白くないと困る。日焼けは厳禁だ。
 葉山の心の内がわかったのだろうか。園子がふと顔を上げて新一を見た。
「……そうねえ。じゃあ、新一君に頼むしかないわね」
「はあ?」
 新一は驚きで目を瞬く。
「ほら、葉山。新一君でやりなよ」
 園子は新一の背中を押して、葉山の前に引き出した。
「……最高の代役です!工藤さん。よろしくお願いします。あなたにすべてがかかっているんです。学園祭の華のファッションショーなんです。失敗する訳にはいかないんです!」
 葉山は力一杯叫び、新一の細い腕をがしりと掴むと、では!と言い置いて新一を引きずっていった。
「おい、園子!止めろ……!」
 新一の苦情など全く受け入れられることはない。園子はがんばってねーと手を軽〜く振った。
「さてと。新一君がいないけど、どこでも案内するわよ?」
 何事もなかったように園子は笑った。友人を身売りしたとは思えない爽やかさだ。
「新一、出るんだねー」
 蘭は笑いながら楽しそうにその姿を想像した。
「綺麗、綺麗。間違いなし!」
 園子が胸を叩いて保証した。新一はきっと嬉しくないだろう。
「……なんとなくわかるような気がするけど、説明してくれない?園子ちゃん」
 はあと疲れたようにため息を付き、快斗が説明を請う。
「さっき、ちょうど説明していたウェディングファッションショーのトリを飾るモデル役のコが急病で出られなくなったから、代わりに新一君を推薦したのよ」
 簡素な説明である。要点のみである。
「あのね、さっきの葉山さんが、うちの生徒会長なの。で、葉山さん才女なんだけど、園子の信者で、いろいろ相談に来るのね。元々学園祭の企画段階から園子は加わっているから仕方ないと思うよ」
 蘭が親切にも、相互関係を説明する。生徒会長がどんな人間かは新一から聞いていたため、すぐに話が繋がった。
「そうか。で、新一を売ったんだ……」
 快斗は深く理解した。
「失礼ね。売ったなんて人聞きが悪いわ。……素晴らしい人選だと思うのに。ねえ、きっと美しいと思わない?もちろん、黒羽君だって見るでしょ?」
「……ああ、まあ」
 興味はあるというか、ここまで来たら見届けないと駄目だろう。
「ショー、すごく人気あるのよ。華やかだから女性に人気が高いし。子供も年輩の方でも、ドレスとかきらびやかなものって好きだから。楽しみにしてくれるわ。それに、うち、美人が多いって噂もあるくらいだしね。男性客も大勢見に来るわ」
 園子が茶目っ気にウインクした。
 帝丹高校は、レベルが高い。それは学業だけではなくスポーツや文化系の活動でも有名だ。だが、それ以上に金持ちの師弟が通っていると知られている。そして、美人や可愛いコが多いと下世話な噂が近隣に立っている。
 それが事実かどうかは人の好みもあるだろうから、否定も肯定もできない。一つ言えることがるとすれば、お嬢様っぽく見えるということはポイントが高いのかもしれない。
「ショーは絶対にいい席で見るとして、それまでどこに行く?」
 園子は立ち上がった。
「屋台でも冷やかせばいいんじゃない。時間も潰れるし」
 蘭が提案すると、園子もいいかもねと同意した。
「よし。行きましょう。青子ちゃん、スイートポテト好き?フルーツジュース好き?」
「す、好きだよ!」
 素直に青子は答える。
「バスケット部のスイートポテト美味しいよ。野球部のフルーツジュースも豪快だし!試してみるべし」
 率先して歩き出した園子に後の三人はついていくしかなかった。
 
 
 
 
 
「すごい人」

 作られたステージの周りは人で埋まっていた。T字に作られているステージは両脇からモデルが出てきて中央をゆっくりと歩いていくのだろう。その花道のような場所の先から少しずれた場所に四人はいた。なんでも、関係者席なのだそうだ。
 快斗も青子も深くは突っ込まなかった。
 今か今かと待っていると、音楽が流れ出した。そして、男性の声でこれから始める旨が告げられる。
 右脇からドレスを着たモデルが現れた。赤いドレスだ。次は左脇から黄色いドレスのモデルが現れた。二人は中央まで歩いてきて、正面花道へと方向転換をする。そこからは、まさしくファッションショーだ。
 次から次へと色鮮やかなドレスを着たモデルが現れる。ドレスもふんわりと裾が広がったものもあれば、Aラインのものもある。マーメイドラインのものはとても線が綺麗だ。
 色は赤やピンク、黄、緑、青、紫などの一般的なものもあれば、黒や銀というシックなものもあった。
 カクテルドレスが終わると、次は純白のドレスだ。
 やはり、どれもこれもうっとりするほど夢が詰まっている。
 持ってるブーケもいろんな形をしていて、年頃の女性には参考になる。中には一本のカラーを持ってるモデルもいた。なかなかの存在感だった。
 そして、少し間があった。音楽が変わる。
 新一だ。
 美しいドレスをまとった麗人が歩いてくる。
 黒い髪を結って長いベールを後ろに垂らしている。胸元はレース素材だが、半透明に透けているせいで清楚なのに艶やかだ。腰は絞られていて、後ろの大きめのリボンが斜めに付いている。ふんわりと幾重にも重ねられたドレスはまるで重さを感じさせない。ふくらんだ半袖に長い手袋。持っているブーケは百合だった。大きな純白の百合がより魅力を引き立てている。
 歩く度に耳元の真珠が揺れて、なんとも言えない気分になる。
 今、一人の存在に全ての人間が目を奪われていた。
 ゆっくりと中央を歩いていく姿は、まるで女神のようだった。
 後に、このファッションショーが地方版に小さく載るのだが、記者が「女神のようだった」と褒めちぎっていることからも、同じことをその場にいる人間が思ったことは明らかだ。
「……」
 声もないとは、このことだろう。
 快斗はジュエリーのモデルの新一を知っていたから、麗人さながらの姿を見たことがあった。しかし、これはまた、別のインパクトがある。
 ふと思う。
 これだと、ばれるのも時間の問題なんじゃないのか?
 園子はそれをわかっているのではなのか。
 母親の有希子の美貌からもわかるように、あの人種を越えた美貌はどこにでもいるはずがないのだ。いずれ、知れ渡るだろう。たとえジュエリーのモデルをしていなくても。
 
 快斗は、今日新一にどう感想を述べていいのか、頭を悩ませた。
 
 まさか、女神にようだったとはいくらなんでも言えまい……。
 





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