帝丹高校は近隣では有名な私立高校である。 なにが有名かと聞かれても、すべてと答えることが一番要約されている。そんな高校である。学園祭は、帝丹祭と呼ばれ三日間行われる。金土日とある内、金曜日だけは一般の人間は入ることができない。校内のみで行われ、まるでこの日に不具合がないか確かめる助走のような一日となる。生徒にとって土日の二日間が本番なのだ。 「快斗!」 「ああ、新一」 正門まで出迎えに来た新一の姿を認めて快斗は片手を上げ声をかけた。帝丹祭に呼ばれた快斗と青子は一番盛り上がるという日曜日に来た。来るなら、日曜日だよと勧められたのだ。 「こんにちは、工藤君」 「青子ちゃんも、いらっしゃい。今日は俺の学校の学園祭を楽しんでね」 「ありがとう」 青子もにこりと笑う。 そんな和やかな挨拶を交わす三人だが、妙に周りから目立っていた。人目が自分達に集中しているのが快斗にはわかる。 この学校で新一は有名人なのだろう、そう快斗は結論を付けた。わざわざ結論を付ける必要もないほどのことである。 「今日は一日つきあうから。まずは、適当にどこか入ろう。パンフレットも結構厚いからよく見て行きたいところを決めて」 こっちだよと新一は先を示す。 正門から校舎までの道のりは賑やかだった。 両脇に出店が出ている。 立ち並ぶ校舎もさすが歴史のある私立だ。風合いのある佇まいをしている。 「うーん。お茶なにがいいかな。ここは中華茶房にしてみようか」 新一は顎に手を当てて悩み、決めると校舎の玄関へと歩く。廊下を歩き角を曲がり一階の広間になっている所へと二人を連れてきた。 「ここが、中華茶房。……この席いいかな?」 前半は快斗と青子に、後半は出迎えた店員に声をかける。 「いらっしゃいませ。工藤先輩。どうぞお座り下さいませ。……今だと、胡麻団子と、桃饅頭が出来立てですよ」 「そう?いい時に来たな」 新一が腰を下ろすと、二人も木の椅子に座る。 「ええ。はい、メニューになります。大まかなものなら、烏竜茶、鉄観音、プ−アール茶、杜仲茶。花茶なら、桂花茶、茉莉花茶。産地はこちらに記載しております。お菓子で人気の高いものは、胡麻団子、月餅、桃饅頭。お茶に干した果物、いちじくやマンゴーは付いて来ますので、それだけでも十分に美味しく頂けますよ」 微笑みながら、そう流暢に説明する。 店員が着ているのは男性用の中華服だ。伝統的な一字ボタンで裾脇にスリットが入っている。上の袍は焦げ茶色で地柄は福寿。下のズボンは黒。 頭も後ろに撫でつけて少し長い襟足を縛っている。 「どうする?お茶は快斗なら烏竜茶。青子ちゃんなら花茶の桂花茶なんていいと思うよ。お菓子は、ちょうど今出来たらしいから胡麻団子と桃饅頭を注文しよう。どう?」 「いいよ、俺はそれで」 「私も。工藤君のお勧めで」 新一がそれを受けて頷く。 「畏まりました。しばらくお待ちくださいませ」 すると、一礼して中華服の店員は去った。それを見送って、快斗と青子は溜息を付いた。 「なんか、すごいな」 「そうだよね、私もそう思ったの。だって、こんな広間あるんだね。それで、こんな風にお店にしちゃうんだ」 広間になった場所には、木目のテーブルと椅子が間隔を十分に空けていくつも並んでいる。そして、中央には背の高い観葉植物。中華らしい壷や小物が置いてある。天井にはアジアンらしく天幕のようなものが幾重にも張ってある。雰囲気がありまくりだ。 「着ている衣装も本格的だしなー。見ろよ、青子。あのチャイナドレス」 「見た、見た。すっごく可愛い。どこからどう見ても、上物〜」 「ああ。そこら辺で安く売ってるコスプレもどきとは訳が違うな」 快斗は感心した。青子もうっとりと胸の前で両手をそろえて感嘆の声を上げる。 三人がいるテーブルの横を通過していった店員のチャイナドレスが素晴らしい。高い襟で装飾のボタンが付き横にスリットが入ったチャイナドレスは銀色で牡丹の柄だ。シルクらしい光沢が美しい。髪も結っていて、一本の簪で留められている。 「……なあ、新一。なんでこんなに本格的なんだ?かなり大がかりだよな」 二人の反応を微笑ましく見ていた新一は、素直に答える。 「中華茶房は、華僑の息子がいるからそこの提供。やるからには徹底的らしい。お茶も一級品だしお菓子も旨い。服はそいつの家から持ってきたらしくて、本物だ」 「……は?」 「……ええ?」 「驚いてくれて、すごーく嬉しいけど。ここでそんなに驚いているともたないんだけど」 新一は困ったよう肘を付いて口元に笑みを浮かべる。 「それって、どういうことだ?」 「うーん。説明するより見た方が早いし。パンフ見てよ。な、青子ちゃんも」 二人が顔を見合わせていると、先ほどの店員がトレーに一式持ってやってきた。一礼して、おまたせしましたと言いながら道具をテーブルに並べる。 茶器を暖め一度お湯を捨て、茶葉を入れて蓋をしめ上からお湯をかける。そうしてから、小さくて細長い器に注ぎ、ついで注いだ少量のお茶を同じくらい小さい平の器に注ぐ。 「この小さな茶器は『茶壷』といいます。この茶壷から、こちらの背の高い方『聞香杯』に注ぎ残り香りを楽しんでから、この『茶杯』に移し替え少量ず飲み下さい。お茶はお湯を入れる度に切って下さい。5杯くらいまでなら風味、味も楽しめます。差し湯は、こちらに置いておきます。胡麻団子と桃饅頭は熱いうちにどうぞ。……ではごゆっくり。何かありました、お声をかけて下さい」 一礼して去っていった完璧なる店員の後ろ姿を見送って、快斗も青子もため息を付くしかなかった。 「……新一」 思わす、呼んでしまっても仕方ないだろう。疲れる。 「ひとまず、飲んで。中国茶なら快斗だっていれるだろ?ちょっと本格的にしただけだって。それに、絶対に美味しいから桃饅頭」 快斗は言われるがままに、お茶を飲み桃饅頭にかじり付く。 「……美味しい。餡がすごく」 「ほんと。なに、これ?中国茶だって飲んだことあるけど。この桂花茶、すごい金木犀の香りが豊かなの。本物みたい」 花茶は香りの付け方でずいぶん違う。人工的に付けたものと自然に花の香りが移るようにブレンドしたものとの差は歴然としている。これは、紅茶にも同じことがいえて、例えばアールグレイでもベルガモットオイルをどんな風に香り付けするかによって、全然香りが違うのだ。 「美味しい?よかった。俺のお薦めだから。桃饅頭は数がそんなに作れないから、一日の早い時間しかないんだ」 すでに二日間を終えているため、新一は一通り回って知っているのだ。 「へー」 頷きながら、ぱくぱくと桃饅頭を食べきり、新たに注いだお茶を飲んで胡麻団子を食べる。 「それで、行ってみたいところあるか?」 パンフを広げながら新一は伺うように聞いた。快斗もパンフレットをめくりページを眺めなら、ふと聞いた。 「いっぱいあるよな。帝丹って生徒数、そんなに多くないだろ?」 帝丹は江古田と違ってクラスが少ない。江古田が一学年10クラスなら帝丹は6クラスしかない。それなのに、食べ物関係、出店、模擬店、講堂などで行う劇、バンド演奏、など数が妙に多いのだ。実際正門から歩いて来る間にあった出店も多かった。 「その分、皆いくつも掛け持ちしているから。クラス、部活、クラブに有志。それぞれに参加するし、実は中等部からの手伝いも若干ある。同じ部活の縦割り関係とかな。フリーマーケットなら部活関係なく参加可能だし。売り上げは一部寄付になるしな」 帝丹祭はただの文化祭ではない。 実はその売り上げの一部は近隣の老人ホームや孤児院に寄付されるという文化事業となっている。 歴史があるとは、そういうことだ。そして、いい家の子弟がいるということは、そういうことだ。 快斗は、大きく納得した。 たぶん、違うのだ。同じ高校生だけれど、それに上も下もないけれど、自分達とは育ちが違う。次元が違う人間がここには多く通っているのだ。それに対して萎縮も羨望もしないけれど。第一、そうでなくて新一と一緒になんて暮らせない。新一なんて世界的に有名な両親から生まれたサラブレットだ。訪れたことがあるが、工藤邸も大きな屋敷だ。 「それなら、新一が参加しているやつは全部見たいな。あとは園子ちゃんと蘭ちゃん」 「私も!みんなの見たいわ。それから、工藤君のお勧めでいいの。だって目移りしちゃって、決められないし」 青子も片手を上げて同意した。 パンフレットをめくってみても、たくさんありすぎて選べないのだ。 「そう?それなら、お勧めは連れていくけど、いいなと思うところがあったら言って。それから、俺と園子と蘭だけど。周り切れないと思うな。特に、園子」 新一は頭を掻きながら明後日の方向を見る。 「なんで?」 「……だって、園子だぞ」 「……そうだった」 快斗は新一のシンプル過ぎる説明に心から納得した。彼女のバイタリティは計り知れない。 「……ちなみに、どのくらいあるの?工藤君」 青子の興味津々の顔に、新一は困ったように微笑む。 「ほとんど?あいつが加わってないものなんてない」 「……」 「今の生徒会長が、園子の信者なんだ。女子生徒なんだけど、やり手で秀才と評価も高い。なのに、園子を崇拝しているんだ。だから、企画の段階で園子に助言を求めて、園子はアドバイザーとして陰から支配している」 「どうしよう、想像以上だ」 驚愕に快斗は目を瞬かせる。青子はぽかんと口を開けたままだ。 「それでも、深く加わっているところはあるから、そこは案内するよ。食べ物関係は、どんなのがいい?お茶なら、紅茶とフランス系生ケーキの店と、珈琲の店があるよ。珈琲屋は珈琲も旨いけど、実は珈琲ゼリーが人気だ。お昼はイタリアンとか?パスタとジェラードの店だ。茶道部の野点もある。きちんとした作法のと茶屋と二つあるから気軽には飲めるな。野球部のジュースもコアな人気だ。果物をその場でミキサーにかけて作ってくれるんだけど、変なリクエストにも答えてくれるらしくって。並んでいる果物を適当に自分で注文して飲むと、すっごく微妙な味のものができるらしい。病みつきだってさ」 「興味あるなー、ジュース」 「快斗、悪趣味だよー。私は珈琲ゼリーと茶屋がいいな」 「了解。そのかわりお腹空けておいて。食べるものたくさんあるから」 うんと青子は笑いながら縦に首を振る。 「さて。蘭が空手部の模範演技をやってる。これから向かえば、ちょうどいいだろう。園子は今頃は、クラスかな?それが終わると別のところに見回りに行くだろうけど。俺は、クラスと有志の参加。後で案内するよ。よし、じゃあ行こうか」 新一は立ち上がった。そして、片手を挙げる。気付いた女性店員が側に寄ってきたので新一はポケットからチケットを取り出して渡す。そして、出口を示して去ろうとした後ろ姿に声がかかる。先ほどの店員だ。 「工藤先輩。これ、鈴木先輩と毛利先輩に」 新一に包みを渡す。 「わかった。喜ぶよ」 「いいえ。それでは、また」 ああ、と新一は頷き手を振った。 三人の背後から、ありがとうございました、と声がかかる。 完璧だ。高校の文化祭のレベルじゃない。快斗はしみじみと思った。きっと、協賛したという華僑の子弟が自分のプライドをかけて店を完成させたのだろう。 「蘭がいるのは武道館なんだ。そこで空手の模範演技をしている」 「空手?」 「そう。あいつ、空手部の主将だから。都大会でも優勝するくらいだから、その道では有名。だから、見に来る人間も空手やっている人間が多い。まあ、実際は型とかキレがあって見ていて気持ちいいから、初心者でも楽しいよ」 だから、青子ちゃんも大丈夫だよと新一は安心させるように笑う。 「そっか。蘭ちゃんて、すごいね」 「……それは本人に言ってやって。喜ぶから」 「うん!」 ほら、ここから入るんだと新一は武道館の玄関の扉を開ける。そして客席へと案内した。高い位置からだと下の武道場がよく見渡せる。 一番前の席を探していると、「工藤先輩」と声がかかり「毛利先輩見に来たんですよね?どうぞ」と席を譲られた。 「ごめん。ありがとう。蘭見たらどくから」 「いいえ。ごゆっくり」 愛想のいい少年が席を立って、どうぞと三人を席に勧めた。 「座って。折角だから」 「ああ」 腰を下ろして下を見れば蘭が中央で型を取り始めた。胴着を着て黒帯を締めている蘭は普段の優しさが嘘のように消えていて、凛とした強さがある。 はあ、とかけ声をかけて出すキレのある動きが、人目を引きつける。 「すごい」 青子が、真剣に蘭の勇姿に見惚れている。 しばらくすると、模範試合に入った。相手は蘭よりも大柄な男性である。そんな相手にも、果敢に技を仕掛ける。相手も、大柄な身体を生かし力強く技を出し攻める。見ていると、手に汗握ってはらはらどきどきする。 はーっ、かけ声と共に蘭の蹴りが決まる。相手の男は体を曲げるが、素早く後退する。そして息を整えつつ、反撃に出る。その蹴りを腕を交差して受け止めて蘭は回し蹴りを繰り出す。 本当に、強い。 身体では絶対に敵わないのに、素早さで技を続けてかけていく。防御の反応も早い。 そして、ブザーが鳴り試合は終了した。模範演技を兼ねた模範試合だから、勝ち負けに重点を置いていない。 蘭はは一礼してイスが置いてある端に移動する。そして、タオルで汗を拭く。 「らーん」 新一はちょうど目の下あたりにいる蘭を上から呼んだ。顔を上げた蘭は新一を認めて笑った。新一の隣にいる快斗と青子も視界に入れて、なぜ自分を呼んだか瞬時に理解した。 「なにー?新一」 「おまえ、あと少しで終わりだろ?終わったらクラスに顔出せ。二人を連れていっているから!」 口元に手を当てて、新一はよく響く声で叫んだ。 「わかったー。後でね!」 蘭は快斗と青子に手を振る。二人も手を振り返した。 その、周りを無視したやり取りを、誰も咎めなかった。なぜなら、蘭と新一が幼なじみで仲がいいことは有名だからだ。新一は新一で校内で知らない人間がいないほどの有名人であるし、蘭も女性で空手部主将、都大会優勝という成績を上げている猛者だ。女性の憧れの人でもあるため、皆好意的だ。 「じゃあ、行こう。……ああ、ありがとうな」 「いいえ。気にしないで下さい」 前半は二人を促し、後半は席を譲ってくれた少年に新一はお礼を言った。少年は照れくさそうに笑う。 快斗も青子も、ありがとうと返して、新一について武道館を出た。 「さて、次はクラスの出し物。教室でやっているから、行こう」 武道館から出て外を歩き、再び校舎に入り階段を上って四階まで行く。その間に、なにをしているの?と聞かれた新一は、意味深に笑い「見てのお楽しみだって」と言った。 「ほら、入って」 新一は二人の背中を押し出す。 二人が見たものは、予想とはかなり違った。否、予想ができていなかったので、想像の範疇外というべきか。 教室には、マネキンがすごい衣装を着ていた。実際にそれを着て写真を撮っている女性もいる。 「ここ、なに?」 「あの、十二単すごーい」 ため息を漏らす青子に快斗は、「それより驚くのは奈良時代の礼服だろ」と呟く。 「ここは、『衣装で学ぶ、日本史』だ。またのタイトルは、ターイム・スリップ!大変身だ。もちろん園子命名だ」 馬鹿さ加減は割り切って新一は別タイトルまで教えた。 生徒会には提出資料として、その時代の衣装で日本史を振り返る。実際に着てみれば気持ちがわかる。体験型、模擬店とされている。生徒会長が却下する訳はないし、間違ってもいない。ただ、それによって女性の夢を叶えたかっただけだった。変身願望は女性の方が高い。 「……。へえー。ふーん」 快斗は意味不明な相づちを打つ。 「ねえ、あれって着れるの?私も、着てみたいなー」 「もちろん、できるよ。園子!」 女性客相手に、説明をしている園子を新一は大きな声で呼んだ。聞き覚えのありすぎる声に園子が振り返る。と、笑顔になった。 「いらっしゃーい。待ってたのよ。ああ、青子ちゃん。着てみる?着てみるよね?」 園子は青子に笑顔で迫る。ターゲットは青子に決定したらしい。 「う、うん。着てみたいな」 青子も女性なので、やはり一度くらい十二単を着てみたいと思う。 「OK。着ましょう。何がいい?お勧めはね、十二単のお姫様、平安の女官姿と、白拍子姿と、江戸時代のお姫様、かな」 そう、ここにあるものは、日本史を紐解けば絶対に出てくる衣装ばかりだ。 奈良時代から始まり、平安時代、鎌倉時代、室町時代、江戸時代、明治まで、その時代の主に女性の衣装を展示している。男性もあるが、やはり女性の方が華やかであるので、重きを置かれている。 それぞれの衣装をマネキンに着せて、説明文が付いている。だが、担当者が口頭で説明した方がわかりやすいし、自分で着てみることもできる。記念に写真を撮ることも可能だ。 「あのね、十二単がいいな」 「いいわよー。じゃあ、レッツ・トライ」 園子が青子の手を引いて着替えの部屋に引きずっていった。その後ろ姿を見送って快斗は、少し疲れたように息を吐く。 あれだ。園子は、人浚いの才能がある。絶対。 「あのさ、新一」 「なんだ?」 「この衣装の数々って、すごくこってるよね。普通ないよね。博物館くらいにしか」 快斗の疑問に新一はさらっと答える。 「ああ。このどこにあるんだ、こんな希有な衣装っていうのは、鈴木財閥の提供だ。アパレル会社で作ったらしい。子会社も手足にように使い、博物館の資料の取り寄せなどして、作った」 「……」 「ちなみに、クラスだけじゃなくて、あいつは他の喫茶系の店の制服にも一枚噛んでいる。デザインとかさ」 「……へえー」 「企画だけ相談に乗ったところもあって、衣装はデザインしなかった。音楽関係ともなると園子も門外漢だから。四重奏をやる女性のドレスなんだけどな。あれは、白木楽器のところが協賛だ」 「なに、その協賛の嵐は?」 協賛の規模が大き過ぎる。高校の協賛のレベルじゃない。 「親のツテ?否、意地?プライド?何だろうな。まあ、真剣に取り組んでいることだけは確かだ」 そう、どんな方法を使おうとも、至って本気でなのである。その真摯さを汲んで親も手を貸す。そうでなくて、子供が簡単に親の会社を使えはしない。 「なるほどね。了解!」 快斗は降参と手を挙げて、苦笑した。 いい加減驚くのが馬鹿らしい気分である。それに、あのクソ爺達の暴挙に比べたら何でも可愛いものだ。 「そうだ。なあ、快斗も着てみないか?男性なら俺も着付けを習ったから、できるけど」 女性用の衣装は複雑だ。着込む枚数も多い。男性の新一が女性の着替えを手伝うことはないが、男性の衣装は任せても大丈夫なように園子から扱かれた。もちろん、新一が常にいる訳ではないので、他の男子生徒も着付けはできるし、女性は男女すべての衣装を根性で覚えた。 「俺?」 「そう。そうだなー、うーん。……あれなんて、どうだ?」 新一はマネキンが着ている衣装の間をくるくると周り快斗に似合うものを探し、一つを指さす。 「これ?狩衣?」 「さすが、快斗。その通り。狩衣装束。平安時代の公家の常用服な。立烏帽子なんて面白いと思うけど。色合いも黄色とくちば色で渋いと思うんだけど。……あれ、反応ないな。気に入らない?それなら、これかなー。直垂姿。鎌倉・室町時代の武士の平常服。直垂が爽やかなあさぎ色で格好いいと思うし。動くと揺れる袖に通されている『つゆ』も優雅だし。どうだ?」 「……直垂姿で、お願い」 さすがに、ちょっと立烏帽子は遠慮したい。直垂の侍烏帽子の方がましだ。それに、基本は着物だからそれほど違和感もないだろう、と快斗は思う。 それに、武士姿だから腰には刀を持つし、貴族の装束のように飾り立てる訳ではない。 「OKじゃあ、着替え!」 嬉しそうに新一は顔をほころばせると、こっちだと快斗の腕を引っ張った。女性とは反対側に着替え用の部屋が作ってある。布で区切った簡単なものだが、ちゃんと外からは見えないようになっているし、衣装が衣装なだけに中は広く取ってある。 「快斗、服脱いで。そしたら、まず下着から付けるからさ〜」 一緒に住んでいる夫婦なだけあって、そこに遠慮はない。てきぱきと新一は指示を飛ばす。快斗も、躊躇なく服を脱いで新一が着付けてくれるままに身体を動かす。 そして、思ったより随分早く完成した。 「できたー。さあ、お披露目だ」 意気揚々と新一は布をあげて、快斗を外へ押し出す。快斗は足袋のまま展示室へと歩みを進めると、悲鳴が聞こえた。 「きゃー、素敵。黒羽君、似合うわねー。記念に写真を一枚」 ぱしゃりと、携帯を構えて園子は写真を撮る。快斗が身構える暇もない。 「いいじゃない。黒羽君」 にこりと園子の横で蘭が笑う。着替えている間に来たらしい。 「快斗。私も見て?いいでしょ」 上機嫌で青子が主張する。青子は色鮮やかで実際は重い十二単姿だ。手には扇を持っている。 「ああ。可愛いじゃん。孫にも衣装だな」 「快斗のバカ!ほめるんなら、ちゃんとほめなさいよ。余計なこと言わないでっ」 掛け合いは漫才夫婦のようだ。その微笑ましいやりとりを眺めて、帝丹側は目を細める。 「一緒に写真撮ってもらえば?記念に」 「そうそう。ちょっと時代は違うけど。お姫様と護衛ってことでいいんじゃない」 「そうだよー。撮ってもらいなよ」 三者三様のお誘いに、快斗も青子も頷く以外に道はなかった。結局、並んで携帯で写真を撮ってもらい、皆とも撮りたいという青子の可愛らしい我が儘に散々写真を撮りまくることになった。それからまた着替えた頃には、時間が経っていてちょうど昼頃だった。 「お昼、どうする?」 「昼らしいものっていうと、イタリアンカフェ?」 新一の相談に蘭が答える。そして、園子が付け加えた。 「パスタでいいと思うけど。それとも適当にたこ焼きとか買い食いする?」 食べ物はいろいろあるが、甘いものが多いのが難点かもしれない。 イタリアンカフェは唯一、ご飯ものを扱っている。パスタならトマト味ベースに魚介類、きのこ、ベーコン、茄子などの具で変化を付けたり、ぴりっと辛いペペロンチーノもいい。クラブハウスサンドはパンが特に美味しい。サラダ盛り合わせは生ハムが使ってあって、実は豪勢だ。コーンスープもある上、隠れた人気メニューーはシチューだ。鍋一杯の量しか作れないから限定なのだ。 このイタリアンカフェは、お昼ご飯を皆が食べられるようにと、席数もかなり多い。そのように企画を申請して通ったため、大ホールを使っている。 ジェラードは多種で美味しいため、頼む人間が多い。入り口にアイス用の冷凍ショウケースを置いているため、その場で買い食いもできるようになっていて、ショウケースの中身を見ながら注文すると、かなり迷う。 「二人は、なにがいい?」 三人に見つめられて、青子が困ったように首を傾げた。 「私は、なんでもいいよ。パスタでもいいし。パンフレット見たけど、本当にどれがいいか目移りしちゃうから」 「俺も。パスタ好きだよ」 青子と快斗の同意に、三人はイタリアンカフェに行くことにした。デザートはジェラードで、と園子が笑って付け足した。 |