中は真っ暗だ。 ぼんやりと蝋燭の明かりがぽつんとある。道は細くて、一人、引っ付いていて二人が限度だ。迷路のように暗幕で細かく仕切ってあるようで、一番端まで行くと墓地が作ってある。墓地には、十字架があってどこからか悲鳴が聞こえる。少し進むと、上から何かが落ちてきた。 「きゃー、なに?」 銀色に鈍く光るナイフのようなものだ。紐が付いていて、ぶらんぶらんと揺れている。それに、ほっとする間を狙ったように横から包帯を巻いた男が、わっと出て来た。 「……っ!」 「ぎゃー」 驚き声を上げる女性陣に反して、 「……フランケンシュタイン?それともミイラ男?透明人間とか?」 冷静な突っ込みが新一から入る。 「ミイラ男です」 律儀に答えが返ってきた。 「いいなー。うん。暗闇で白が目立っていてさ」 「ありがとうございます」 新一の誉め言葉に、自称ミイラ男は頭を下げた。 女性陣の心は、ミイラ男がそんな礼儀正しくてどうする?自分達の驚きを返せ!である。 「うん。がんばってね」 しかし、新一は励ましの言葉さえも伝えた。隣で快斗が笑いを堪えるのに必死だ。 「じゃあ、次行こうか、次!」 暗闇の中、快斗は前へと促した。そうだねと相づちを打って後ろも続く。ちなみに新一は可愛らしく、ミイラ男にバイバイと手を振っていた。ミイラ男も気をよくして振り返す様が滑稽で、快斗は手を口元に当ててどうにか笑いを噛み殺した。 次は、日本風のセットが作ってある。 墓石に、火の玉が浮いている。ひゅー、ひゅーとどこからか風のような音が響き、太鼓の音と共に白い着物を着た女性の幽霊が姿を現した。頭にお約束の三角の布を付けている。手はだらりと前で垂らしていて、いかにものポーズだ。 「……」 皆、沈黙した。 怖いとか、そういう次元にない。 「ぎゃっ、冷たい……」 青子が叫ぶ。 「なに、……こんにゃく?」 自分の頬に当たった柔らかい触感のものは、天井からぶら下がっているこんにゃくだった。 「……お約束だね」 蘭が呆然と揺れるこんにゃくを見ながら呟く。 「うらめしーいーーーー」 ビブラートを絶妙にかけて園子が青子に背後から抱きついた。端から見ればおんぶお化けのような体勢だ。 「いやー、園子ちゃん。やめてー。耳元に囁かないで。怖いー」 妙に震える青子に、園子が気をよくした。 「私の方が才能ある?……蘭も、うーらーめーしーいーーー」 青子から蘭の背中に移り、背後から抱きつくようにおどろおどろしく囁く。 「……そーのーこ。わかっていても、結構来るよ。なんでだろう?園子なのに」 蘭が不思議がりながらも、背中を丸めて嫌がる。 「おまえら、ついに、自作か?」 快斗が呆れたように突っ込んだ。 「……それだと、幽霊の立つ瀬がないだろ?」 幽霊には足がないから立つ瀬なんてないわ、と園子はギャグのような事を考えたが口にはしなかった。一応、理性はあった。 「だって、怖くないんですもの。私の方が幽霊や化け物を驚かしたいくらいよ」 園子は腰に手を当てて、女王様のように宣った。 こいつにお化け屋敷なんて、全く向いていない、と新一と快斗は思った。 それに、こんな状態の自分達にお化け役の人間が脅かしに来れるかと聞かれたら、答えは否だ。ここで、現れたら、ギャグにしかならない。 「……行くぞ」 快斗は疲れたように肩を少し落として、次へと歩みを進める。 蝋燭の明かりに照らされた、先には。 狼男がいた。ワオーンという遠吠えの声がする。頭が狼で身体は服を着ているが、お尻からふさふさの尻尾が伸びている。 そして、頭にボルト、顔や身体は継ぎ接ぎだらけのフランケンシュタインが後ろから迫って来る。 少し、雰囲気が出てきたなと冷静な五人は思ってしまった。 そこから逃げるには狼男のいる横の道を通らなければならない。そこを通過すると、足下がふにゃふにゃした。どうやらクッションのようなものが敷いてあるらしい。 そして、次に出たところには、看板が立てかけてあった。丸い石のようなものを動かすして、出口まで持って来るように指示されている。その看板の数歩先に、岩のようなももに、丸い石が填っている。 「じゃあ、俺が代表で」 快斗が進み出てその丸い石をゆっくりと持ち上げる。すると、そこからドライアイスのようなものが吹き出し、岩が光り、轟音が響いた。 「……」 まさか、インディ? 最後はこれか。なんとなく、疲れを覚えて快斗はそのまま出口へと向かう。後ろに四人も続いて、やがて暗幕を開けてると廊下に出た。入り口の反対のドアである。丸い石を立っている男子生徒に渡すと、お疲れさまでしたと声がかけられる。そして人数分のキャンディが手に落とされた。 快斗はそれを皆に一つずつ配る。ありがとうというお礼の言葉を受けながら、 「……じゃあ、光の世界を歩くとしますか」 快斗は、今の出来事をきれいさっぱり忘れたように清々しい顔で先を示した。 途中には、食べ物系なら、駄菓子屋、甘味所。 模擬店には、当てものゲーム店が人を集めていた。的当て。射的、ダーツ。ソフトボールの球で九分割当て。すべて当てるゲームばかりだ。腕試しと、人がチャレンジしている。一回、どれも百円と安いためついつい再戦してしまう。 商品は残念賞がチロルチョコ一つ。得点によって、商品がレベルアップする。中には他の模擬店のチケットまである。一番人気は、ゲームソフト。その次は、お菓子詰め合わせ。ジュース6缶に、ノートとシャーペンの文具セット。商品も、楽しいものがそろえてある。 階段を下りて、渡り廊下を歩き隣の校舎の二階部分までやってきた一行は、教室の入り口前に一列に並んで待っている女性客を見つけた。 「盛況だなー」 「すごいわよねー、紅子ちゃん」 「それだけ、当たるのね?」 「楽しそうね」 「……」 上から新一、青子、園子、蘭、快斗である。予想通りの反応だ。 五人はその列に並んだ。 暗幕で入り口は隠されている。そして、入り口の前に机が一つ置いてあってその上に見料は心の値段で、と書かれた札があった。心の値段とは、ある意味高い。 少しずつ列は進み、やがて彼らの番が来た。 ちりん、と鈴の音がする。 それが、次の人が入ってもいいという合図で、前の人が占いが終わったという印だ。 快斗と新一は特別悩みもなかったので、女性陣を先に行かせた。友人同士、悩みを相手に聞かれてもいい場合は一緒に入ることになっている。一人じっくり占っていたら、時間がいくらあっても足りない。 しばらく待つとてちりんと鈴が鳴った。 二人は顔をみあわせて、一緒に入る。 「やあ」 「あら、いらっしゃい。工藤君」 新一が気軽に挨拶すると、紅子も友好的に笑みを浮かべた。二人の仲がいいと、快斗としては複雑な心境だ。 「折角だから、会いに来たんだ。元気そうだね。紅子さん」 「ええ。工藤君もお変わりなさそうでなによりだわ」 「その衣装、似合うね。紅子さんの魅力にぴったりだ」 「ありがとう」 新一の誉め言葉に、紅子も嬉しそうだ。 今の紅子は黒いワンピースの上に黒いローブを着ている。首飾りは、赤い宝石だ。 彼女は床にいくつものクッションを引いてその上に座り、目の前には大きな透明の水晶玉がある。お客はその前に座って占ってもらうようだ。 「占いましょうか?」 「いいの?」 「ええ。喜んで」 「じゃあ、よろしく」 二人の間でぽんぽんと話が弾む。 「……新一。止めておいたら、どうだ?」 今まで無言を貫きそっぽを向いていた快斗が、止めに入る。 「なんで?」 「……胡散臭いだろ」 首を傾げる新一に、快斗はかなり本心に近い理由を告げた。魔女の占いなんて、胡散臭い以外の何者でもない。 「失礼ね、黒羽君。私の占いは外れないわよ」 つんと横を向いて、紅子は新一に笑顔を向けた。 「私の占いはこれでも当たるって有名なのよ」 「へえ、そうなんだ。すごい特技だね」 新一は感心して、大きく納得した。 「ええ、特技なの」 ころころと声を立てて紅子は笑った。 魔女の占いを特技という新一がとても可愛かったのだ。 「全体的な運でいいかしらね。座って、工藤君」 「うん、お願いします」 素直に頷いて紅子の前に新一は座った。それを心配そうに快斗は見つめる。 探偵なんてしているせいで、占いなんてさして興味がない新一だが紅子が占いをすると聞いては、やってもらいたくなるのが人情である。それに、心の安寧が人間には必要なのも事実である。それが占いなら、否定する謂れはない。 紅子は手を水晶玉に当てて、占いを始めた。 「興味深かかったな。快斗もやってもらわなくて、よかったのか?」 「いいよ。俺は」 乾いた笑いを快斗は唇に乗せる。 「そうか?ああ、クラスメイトならいつでもやってもらえるもんな」 新一が勝手に納得する。その納得の仕方は快斗的には全く嬉しくないのだが、それが新一に理由として通用はしないので快斗は苦く笑った。 「いきなり、今日はよくない事が起こるだろうって言われたら人間嬉しくないって」 だから、快斗は当たり障りのない不満をこぼした。 本当は、私の虜になりなさい、とかなぜ虜にならないの?とか言われた過去がある。今日の運勢も勝手に知らせて来る。余計なお世話だと快斗が常々思っていると、多分紅子は知っている。知っていて、趣味と嫌がらせも兼ねるのが紅子の性格の悪いところだ。 「……それは、ご愁傷様っていえばいいのかな?」 新一も目を細めて笑った。 その笑みをうっかりと目にしてしまった通行人の男が、何かにぶつかった姿が目の端に入る。 現在、占いを終えて二人は適当に廊下を歩いている。女性陣は先に行っているらしい。そうメールが入っていた。 「そろそろお昼だから、ご飯みたいなものを食べよう。青子達は、パスタの店に行っているらしいし。合流しよう」 「そうだな。パスタ?」 「ご飯っぽいものは、料理クラブがやっているパスタが一番旨いだろうな。それ以外だと屋台でやっているお好み焼きと焼きそば。それから、ホットドックとサンドウィッチを扱っている軽食の店」 上げていくと、やはり高校生が学園祭でできる事は限りがあるとわかる。 「ふーん、パスタね。それに行こう。皆がいるし」 新一は気軽に頷く。快斗が旨いと認めたものに否やがあるはずがないのだ。 「わかった」 快斗は了承すると、調理室へと進路を取る。料理クラブは優先的に調理室を使えるため、その向かいの教室で食べることができるようになっているのだ。 「部長が料理が上手くて、ソースがいい出来だって前評判も上々なんだよ。これは味見した人間からの噂」 「へー、それは楽しみ。美味しかったら俺も作ってみたいな。ソースにバリエーションができれば、パスタも楽しみ方が倍増するし」 トマト味のパスタはよく作る。それから、しょうゆ味で和風、スープパスタに冷製パスタ。新一は快斗に習っていろいろチャレンジしている最中である。つい、おいしいものを食べると自分で作れるだろうかと考えてしまう癖が付いていた。 「舌にあうかどうかだな。……新一の」 それがわかって、快斗もくすくす笑う。 「快斗があうなら、俺にもあうって」 新一の味の好みの基本は現在快斗が作っていると言っていい。 「そりゃ、夫婦だからな」 快斗も納得して、ウインクをした。 そんなある意味ラブラブの二人を、通行人がぼんやりと見ていたことを二人は知らない。 「これが終わったら、快斗の番だよ」 体育館で午後からいろいろな公演が行われる。今はブラスバンドの演奏だ。軽快な音が体育館いっぱいに響いている。 現在、客席はほぼ満席。 四人は、早いうちに体育館に向かいよく見える席を確保した。快斗のマジックは人気だから、親子連れも前の方の席に陣取っている。 「楽しみだわ」 「私も」 蘭と園子が、小声で期待に胸膨らませている。 「なんか、こっちがドキドキするな」 いつも見せてもらっているマジックなのに、新一はそう思う自分が不思議だった。 老人ホームなどを訪問してマジックを披露している姿だって見ているのに、何でだろう。こんな大勢の前で快斗が期待されていると肌で感じるからだろうか。 「私なんて毎回ドキドキするよ。大丈夫かなって。信じているけど、それとは別なんだよねー」 「確かに」 青子の心情に、激しく新一は同感した。 どんなに大丈夫だってわかっていても心配しないなんて、ないのだ。 その時、ブラスバンドの演奏が終わり、拍手が贈られる。いよいよ次だ。一度幕が下りて、準備に入った。たぶん、ブラスバンドで使った椅子を撤去しているのだろう。 放送がかかり、幕が上がる。 拍手が巻き起こり、舞台に快斗の姿が見えた。先ほどの制服ではなく、黒のスーツを着ている。あれは、クローゼットという衣装部屋にあったものだ。新一も見たことがある。あまり、改まり過ぎない時に着るものだ。 快斗は優雅に腰を折り一礼して、微笑を浮かべる。そして、片手を上げてそこからカードを取り出した。そのカードをシャッフルする。流れるように、手から手へと移動するカードはまるで生きているかのようだ。それだけで、観客が快斗の手元に引き寄せされる。目を奪われる。 舞台には可動式の机が一つある。 そこにカードを扇形に並べて、一枚を抜き出し観客に見せる。そして、破る。破った破片をシルクハットの中に入れてハンカチで上を覆う。 残ったカードを再びシャッフルして箱に仕舞って机の上に置く。 今度は、シルクハットの上に手のひらを翳し、一度指を鳴らす。そして、ハンカチを取り外しシルクハットを逆さに降るとカードの破片はどこにもない。それどころか、なんと鳩が出てきた。 鳩を指の先に留まらせて頭上に高く掲げ、鳩を空へと放った。体育館の天井を旋回して鳩は飛ぶ。 ぱちりと、指を鳴らすと鳩は快斗の指に戻ってきた。だが、その鳩は嘴に何かを咥えている。折り畳んだ紙を広げると、破れたはずのカードだった。 会場から、拍手が沸き起こる。 それに、一礼してから今度は舞台の端にある階段を使って客席に降りてきて、側にいる子供を舞台に連れていく。子供は嬉しそうに笑っている。 その子供を助手に使ってマジックの始まりだ。 子供に持ってもらったシルクハットから兎をが出てきて、その兎をシルクハットの代わりに子供に抱いていてもらう。 その後は、ボールをいくつも取り出すマジックだ。子供の上着のポケットや帽子の中からも赤いボールが飛び出してくる。やがて、いくつものボールが舞台に転がった。 だが、快斗はそれを一瞬にして消した。 子供にはお礼として、お菓子を渡す。そのお菓子も、あっという間に手の中に現れたものだ。 不思議ばかりで、子供は大喜びだ。 観客も子供と一緒になって、驚き喜び、笑った。 それから、いくつかのマジックを披露して、やがて快斗はショーを終えた。 割れんばかりの拍手が会場中から起こり、快斗は何度も優雅に礼をした。 新一も嬉しくて拍手を繰り返す。隣で青子も拍手している。その隣の蘭と園子も驚きを語りあいながら、たくさんの拍手を贈っている。 舞台の上、快斗の嬉しそうな満足そうな顔が新一は誇らしい。 自分のことのように、感動する。 今日、帰ったら。快斗をめいっぱい誉めよう。素晴らしかったと。そして、新一が作ったご飯を食べてもらうのだ。 それが今から、とても楽しみでならない。 |