秋といえば、いろいろある。色づく紅葉。山々は色鮮やかな美しい色に変わる。食用の秋。秋刀魚、松茸、サツマイモ。美味しいものがたくさんあり、旬のものが店先にも並ぶ。読書の秋。本を読むことが好きな人間にとっては季節は問わないだろうし、読むことが苦手な人間がこれを機会に手に取るかといえば、答えはノーだ。……そう考えると、どこが読書の秋なのか謎である。 さて、それ以外にも学校行事に関していえば。運動会や体育祭など身体を動かすことと、文化的な行事、発表会などが行われる。 そして、最たるものが文化祭である。 結論からいえば、新一と快斗の二人は互いに学校へ文化祭ー学園祭を見に行くことになった。 新一は蘭と園子から旦那を連れてこいと命令されていたし、快斗は是非連れてきてね、と青子からお願いされていた。 さすがに新婚家庭に頻繁にお邪魔する訳にはいかないから遠慮しているのよ、だから!私工藤君に会いたいだからーと強請られた。拒否できなかった理由は、実際遠慮なく幼なじみに襲撃されたら困ることだ。新一だって事件に呼ばれれば、予定通りにならないことなど当たり前だ。約束は、守られるとは言えない種類の人間だ。 仕方なく、互いに顔を出すことで合意した。 まあ、互いの通っている学校やその様子に興味もあったので、いいとした。 「よう」 「「こんにちは」」 新一と蘭と園子が江古田高校までやってきた。 快斗と青子が校門まで三人を出迎える。待ち合わせ場所など人知れない学校ではできないからだ。校門なら確実だから時間を指定して待ち合わせた。 だが、三人は当然制服ではなく私服姿である。快斗と青子が詰め襟の学生服とセーラー服とう制服であるのとは正反対だ。 まあ、他の学校の文化祭に制服姿で訪れる人は、希であろう。 だが。 その佇まいを見た瞬間、園子チョイスであることは明々白々だった。 快斗は思わず、心中で叫んだ。 新一が身にまとう衣装とシンプルだが素晴らしいアクセサリー。 その服はあの衣装部屋にあっただろうか、と疑いたい代物である。なんというか、『BIB』仕様だ。園子がモデルである新一をこれでもかと言わんばかりに飾り立てている。とはいえ、あくまでナチュラルにではあるが。 襟の形が少し変形している白いシャツ、黒くて細身のパンツ。上着はブルーグレーのコートだ。薄手で軽そうな素材である。銀糸が織り込んであるらしく、太陽の光に光沢が美しい。そして、耳元には銀色に輝くイヤーカフ。埋まっている琥珀の宝石が美しい。指にはリング。リングはなんと園子から贈られたマリッジだ。 新一にしては勇気のある行動である。例えマリッジらしいリングを新一がしていてもまだ高校生である彼が本気で結婚しているとは誰も疑わないだろう。シルバーアクセサリーは若者に人気だからその延長線上のものであると理解されるだろう。 本当に、園子の趣味と実益を兼ねているとしか思えない。 新一を装わせることは、楽しいことでもあり、仕事に直結し益にもなり得る。 いつでも仕事に手は抜かない、彼女の姿勢がよく見える。 また、蘭の身に付けているペンダントや髪飾りも『BIB』のものだ。若い女性でもできるシンプルで使われている宝石も小さめな代物だ。髪飾りだけ小粒なアメジストを並べて作られたもので、長く艶やかな黒髪の蘭が付けるととても可憐だ。花柄のワンピースにとても似合う。 一方、園子は茶色のブラウスに赤と黄色のチェックのスカートに茶色いブーツ。ショールに留められている薔薇のブローチはクリスマス商戦用に『BIB』で配るものではなかったか。それを本店の上にある事務所で見せられた快斗は、半分頭を押さえた。 目立つこと甚だしい。 元々その存在感だけでも目を引くのに、これでは人混みに紛れることもできない。 園子自身が紛れることなど考えてもいないのだろう。目立って当たり前の生活を送っているのだから。高校生社長の彼女は自身を使えるなら存分に広告に使うだろう。 それにしても、『BIB』の商品を一目見てわかるようになってしまった自分が怖い。本店や、仕事場、果ては撮影まで、関係者ではないと入れない場所まで知ってしまった快斗はすでに立派な関係者だった。本人が自覚しない間に。 「案内するよ」 快斗は気を取り直して、三人を案内することにした。 江古田高校は、公立高校らしく活気がある学校だ。男女比は半分ずつで一学年10クラスある。全校生徒をあわせると相当の人数になるため、同じクラスになるか部活やクラブが同じでないと顔をあわせることもない。 だが、快斗はそんな学校での人気者でもある。本格的なマジックができる生徒として有名で、江古田高校で知らない人間はいないだろう。 当然、学園祭……江古田祭と呼ばれる……では毎年それを披露する。その人気の高い公演は人集めにされるのだ。プロ並と評価の高いマジックは人づてに広まり、それだけを親子で見に来る観客もいるほどだ。固定客が付いている、ということはマジシャンとしてとても嬉しいことであるから、快斗も快く毎年行っている。 入場券、一人300円で多くの人が収容できる体育館で行われる。そのため収益は大きい。生徒会からは頼みの綱とされていて、その時期になると、よろしくお願いしますと頭を下げられるのだ。それを断ったことなど一度もないが。 「どこから行こうか?行ってみたいところとかある?あ、これパンフレットね」 快斗は学園祭用の冊子であるパンフレットを三人にそれぞれ渡した。表紙には江古田祭と書かれていて、背景に校舎が描かれていた。 「これに、どこで何がやっているか書いてあるし。体育館や講堂での催しも横に時間が書いてあるから、希望のものがったら言って」 「そうそう。うちのクラスは喫茶店なの。一応店名はカフェ・エコダなんだけど。紅茶とか珈琲とかは快斗がいれ方を伝授しているから、結構クオリティ高いよ。お菓子もあるし」 青子も横に並んで説明をする。 「そう。お菓子。俺も作ったし。青子も作ったし。お菓子作りが上手い奴が家で作って持ち寄ったんだ」 学校の調理室は、競争率が高く料理を作って振る舞うクラスが優先される。それと、料理クラブのメンバーだ。 おかげで、お菓子を作るだけなら家で作ってくるのがベストだ。誰かの家で集まって作るのもその家に迷惑がかかるだろうという理由で、それぞれが家庭でお菓子を作って持ち寄った。 「……あれか」 新一は合点がいった。 快斗が家で作ったとうことは新一は当然作業を見ている。ついでとばかりに手伝った。新一も以前に比べれば器用にお菓子や料理ができるようになったものだ。 「そう。あれです」 快斗もすまして笑う。 たくさん作ってオーブンで焼きまくった。クッキーとマドレーヌを大量に作り、少々歪になったものは味見だといって二人でお茶請けとして食べた。 「あれなら、美味しいな。……食べたいかも」 「味は変わらないけど?いいの?」 快斗が作るのだらら、普段家で食べている馴染んだ味である。代わり映えはしないだろう。 「いいって。快斗が作るお菓子は大好きだから。もちろん、料理もな」 にこりと二人は笑いあう。 夫婦であるから、二人にしかわからない会話が成立する。その、微笑ましいというかラブラブを見せつけられている周りは、明後日の方向を向いてやり過ごした。 園子だけが、新婚だもんねと呟き、さっさと行きましょうと青子を即した。青子も同意見だったらしく、こっちだよと先へ誘導した。 校舎の中に入り廊下を歩き、階段を上る。三階の真ん中当たりの教室の間には看板が立てかけてあった。「カフェ・エコダ」とポップな文字で書かれていて、呼び込みのために入り口にいる青年が、いらっしゃいと声を掛けてくる。青年はカフェの給仕らしい白いシャツに制服のズボン、腰に黒のエプロンを巻いている。手にはメニューらしい厚紙を持っていて、客として来た三人に手渡し五人が座れる席へ案内した。 クラスメイトであり、客を連れてきた青子と快斗にはついでに手伝っていけと軽口を叩いる。 「……いいのか?」 「ああ。いいの、いいの。ちゃんと交代するから。俺は担当が明日だしね」 「開催は二日間なのよね?青子ちゃん」 蘭が隣にいる青子に聞く。 「そうだよ。江古田は二日間やるの。お店は二日間とも営業するのよ。劇とか舞台を使うのは一回だけになるけど」 「青子ちゃんも、担当は明日?」 「そうだよ。だから、今日は存分に案内しちゃう」 青子は肘を付いて顎を乗せ、楽しそうに笑う。 「ねえ、じゃあ、青子ちゃんもあれを着るの?見てみたいわー」 園子が室内で動き回っているウエイトレス、給仕姿の少女を指さした。男性と違って女性は、自前のワンピースに白いエプロンだ。このエプロン、裾がひらひらとフリルが付いていて、とても可愛い。後ろで結ぶリボンも大きくて、かなりポイントが高い。 「あれ?そうだよ」 もちろん青子も明日はそのエプロンをする予定だ。 「青子ちゃん。携帯で写真撮って送って!」 園子は青子に詰め寄った。園子はこういうものに目がない。可愛いもの綺麗なものに敏感で貪欲だ。それが彼女の原動力となっているため、すでに帝丹側は誰も止めない。止めても無駄だからだ。 「いいけど。私のでいいの?」 首を傾げ戸惑う青子に園子は大きな声で断言する。 「青子ちゃんのがいいのよー。約束!」 園子は手をがしりと握り、問答無用で青子に約束を取り付けた。青子は勢いに押されて、こくこくと頷いていた。 「……園子。それくらいにしておけ。で、何にするんだ?メニュー決めないと注文できないぞ」 新一がひっそりと横から告げた。その声に園子も現実に戻り、姿勢を正す。 「あ、そうね。……なら紅茶にするわ。それから、この焼き菓子のセット」 決断力があるので、さっさと園子はメニューを見て決めた。横でメニューを覗き込んだ蘭も私も同じものにするわと付け加える。 「なら、俺は珈琲。で、快斗のお菓子な」 「はいはい。誰の作ったものが皿に乗ってくるかはわからないんだけど、ちょっと見てくるわ」 快斗は立ち上がり、準備などをする壁で仕切られた奥へと急ぐ。そして、しばらくして手にトレーを持って戻ってきた。 「はい。お待たせしました。どうぞ」 給仕らしいことを言いながら、注文の品を机を寄せてテーブルクロスをかけただけの見せかけの長いテーブルに並べる。 「ごゆっくり、どうぞ」 優雅に一礼して、笑みを浮かべると本物の給仕のようだ。 「ありがと。これ、快斗のだな」 見ただけで新一には快斗作だとわかる。半分くらい新一作でもあるからだ。 「あ、そうなんだ。美味しそうだねー」 目の前の皿に盛られたお菓子、クッキーとマドレーヌを眺めて、蘭が喜んで手を叩く。クッキーは胡麻が入ったもの、マドレーヌはプレーンだ。 「ほんと。いただきまーす」 園子も手をあわせる。園子のクッキーはチョコチップ。マドレーヌは蜂蜜入り。大量に作ったため、種類も豊富でどれに当たるかまでは快斗も責任が持てない。どれに当たっても美味しいことは間違いないけれど。 「私のも持ってきれくれたの?ありがとう。快斗」 注文を聞いてなくても長年の幼なじみのせいで、だいたい好みがわかる快斗は青子の前には適当に予想を立てたメニューを置いていた。 紅茶とお菓子。お菓子は快斗が作ったものではなく親しい友人の恵子が作ったものだ。その配慮に青子は嬉しくなる。 「ああ。お盆返してくるから、食べてて」 快斗はそれだけ言うと、奥へと引っ込んだ。そして、少し経ってから戻ってくる。 「遅かったね。ひょっとして手伝わされた?」 「ちょっと、な。裏は戦場みたいだぜ」 青子の突っ込みに、快斗は肩をひょいと竦めて苦笑する。 「お帰り。快斗も食べたら?」 「ああ」 快斗は新一の隣に座り、自分用の少し冷めた紅茶をごくりと飲む。 しばらく、お茶とお菓子を楽しんだ後、快斗が口を開く。 「で、どこか行きたいところは?」 皆の顔を見回して快斗が促すと、園子が片手を少し上げて質問する。 「プログラム見てたんだけど、お勧めはないの?ちょっと、お化け屋敷に心惹かれるけど。それから、占いの館?」 「……お化け屋敷は、隣のクラスだから近くだよ。中は、高校生がやってるって事で大目に見てやって。ああ、仮装に力が入っていて、笑いも取れるって言ってたよ。占いの館は、当たるって一応は評判だけど……」 快斗は言葉を濁す。その微妙な表情に、新一は不思議そうに首を傾げた。 「紅子ちゃんの占い、当たるよ。後で行く?」 「そうなの?行きたいわ」 青子の簡素で絶大な説明に、園子は即答した。なにを占ってもらのか一目瞭然である。一方、紅子という知った名前を聞いて新一は快斗の顔を覗き込んだ。 「紅子さん、占いやってるの?」 「あいつは、本職だから」 快斗の声音は苦々しい。 「本職?」 「……」 まさか、新一にあいつは赤魔女なんだとは快斗も言えなかった。 それに、言いたくない。魔女にターゲットにされていますだなんて。 「快斗?」 「……そういうの、得意なんだよ」 「へえ。そうなんだ」 面白そうに目を輝かせる新一に、快斗は頭が痛む。新一は紅子になぜか友好的だ。そして、紅子も新一を気に入ったらしい。先日家で紅子を見た瞬間、疑問符と猜疑心でいっぱいだった快斗は、後で新一に聞いた。どこで知り合ったのかと。何を話したのかとか。答えは簡潔で、帰り道に声を掛けられて家で話をすることにしたとらしい。もう少し、人を疑った方がいいと探偵である新一に対して思ってしまったほどだ。話の内容は教えてくれなかった。秘密だよと微笑されては、快斗も困る。第一、快斗も同日に宮野志保という人物に会い、一方的に喧嘩を売られたような形になった。それを新一にはまさか語っていない。語りたくなかった。 そんな微妙な快斗の気持ちを新一は当然の如く理解してはくれない。 「楽しみだな」 園子同様、行く気満々らしい。快斗は心中で大きなため息を付いた。 「後で、な。……それ以外は?新一どこか行きたいところないのか?」」 「俺?俺は快斗のマジックショー。やるって言ってじゃん」 事前に、それだけ新一は聞いていた。それが、実は今日来た新一のメインでもある。 「それは、午後からだよ。場所は、体育館。出番の1時間前までは案内できるからさ。俺がいない間は青子に聞いて」 「うん!」 にこりと頷く新一に、快斗も笑う。楽しみにしていてくれると思うと、がんばろうと思う。 「黒羽君、マジックするの?うわー、楽しみ。見たいわ」 「私も!絶対に、見るわ」 蘭と園子も横から話に加わった。 「時間になったら、私が連れていくから大丈夫だよ。蘭ちゃん、園子ちゃん」 「ありがとー、青子ちゃん」 「付いて行くねー」 蘭も園子も青子にがばりと抱き付く。女性は、なかなかボディコミュニケーションが豊かだ。 「じゃあ、隣のお化け屋敷に行って、途中で入りたいものがあったら入って占いの館まで行こうか」 快斗が促す。お金はすでに払っている。皆も立ち上がり、先頭に立つ快斗と横に並ぶ新一の後に付いて行く。 少し歩けばお化け屋敷だ。入り口は暗幕で覆われていて中は見えない。 全身黒尽くめにマントをまとった男子生徒が、入り口に机を置き椅子に座っている。ここでお金を払うらしい。入館料、200円とおどろおどろしく書かれている。 「入ってみる?」 「「「「うん」」」」 人間、怖いもの見たさは健在だ。それほど怖くないだろうという予想が出来ているせいで、とても気軽である。 「じゃあ、5人分ね」 「まいどありー」 その口元に尖った牙があった。どうやら吸血鬼の扮装だったらしい。 快斗が代表でお金を払い、暗幕を手で持ち上げて中に入るように皆を促した。 |