9月の末頃、やっと秋らしい季節になってきた。通学で涼しい風を受けるとそう実感する。そして、日も段々と短くなって来た。夏は19時でも明るかったのに18時には日が暮れ始める。 そんな秋が深まっていく時期。 屋敷の周りに出没する人影があった。 快斗はその人影に気づくと、まるで気が付かない振りをしながら注意を払ってた。 「快斗?」 「新一?どうした?」 「今、警視庁なんだけど。これから帰るよ」 新一から快斗の携帯に電話が入る。現在警視庁にいるらしい。探偵として事件の要請があったため、昼から学校を早退して警視庁に赴いていたのだ。 「これから?だったら、迎えに行くよ」 「え?なんで?いいよ、悪いし」 快斗の突然の申し出に、新一は戸惑いを含んだ声音で断る。 「車出すくらい、手間でもないだろ?」 「でも……」 「それなら、警察の人に送ってもらいなよ」 「でも、そんなに遠くない。電車使えば、すぐだぞ?」 送ってもらう方が悪いよと新一が言うので、快斗は少しきつめに言う。 「いいから。送ってもらっておいで。最近は日も短くなってきたんだから」 「……わかった」 新一は電話口の向こうでしぶしぶ了承した。 だが、警視庁から車で送ってもらうと、快斗は門まで新一を迎えに出ていた。車窓から快斗の姿を認めた新一は驚く。 「快斗!」 運転してくれた警官に頭を下げお礼を言ってから、車を降り新一は慌てて快斗に駆け寄った。 「どうしたんだ?」 わざわざ門まで迎えなんて、どうしてだ?と新一は疑問を露にして快斗を見上げた。 その視線を快斗は受け取って小さく笑う。 「話は中でするよ。早く入ろう」 「うん」 背中を快斗に押されて新一は玄関をくぐった。 「快斗。どうしたんだ?」 リビングのソファに座りながら、快斗にいれてもらった珈琲を飲んでから新一は疑問を口にした。 隣に腰を下ろしている快斗は、一度手に持っているカップの中に視線を落としてから、真剣な顔で話し出す。 「最近、ちょっと家の周りに出没している不審者がいる。まだ、どんな奴が突き止められていないけど、俺の、黒羽家関係かもしれないし。新一の、工藤家関係かもしれないから注意して」 快斗はあの黒羽重三郎の孫として誘拐などの危険がある。それ以外にも祖父に対する嫌がらせも考えられる。 黒羽重三郎といえば政界の重鎮だ。 本人に手が出せないからという理由で、身内になにが起こっても不思議ではない。その上、重三郎の口から、儂の跡継ぎは孫息子だと漏れたことがあるせいで、快斗は後がまを狙う人間から敵視されている。早いうちに取り込もうと浅はかに考える欲深い人間もいるせいで、快斗の身柄は利用価値があると思われている。快斗の気持ちは全く無視をして。 新一も同様に、営利目的の誘拐が考えられる。嫌がらせだってあるだろう。祖父である一成は財政界のトップに君臨しているし、どんな世界にも顔が効く御大だ。 加えて、世界的に著名な推理作家の父親に元世界的美人女優の母親。どれを取っても狙われる危険性がある。 そして、探偵として新一は、犯人に逆恨みされる可能性もある。 また、個人的興味、恨み様々とある。なんといっても、母親から受け継いだあの美貌だ。それだけで、狙われる。 『BLUE IN BLUE』通称『BIB』のモデルであることがばれれば、マスコミに狙われることは必至だ。 週刊誌、テレビ局、雑誌、どこでもの『BIB』のモデルの正体は知りたい。日本では紹介されないし、発売されていないがアメリカでは最近名前が売れてきている。 その正体不明のモデルが日本人であり、工藤新一とばれたら新一は普通の生活は送れなくなる。 「不審者?」 新一は眉をひそめて問い返した。 「そう。怪しい奴がうろついているんだ」 夕方や夜に。目的は未だ不明で。快斗は自分が気づいたことを簡潔に述べる。 「そっか。わかった」 新一はこくりと頷く。 そういった事は初めではない。実家である工藤邸であっても、あることだ。あの家には有名人が住んでいるのだから。 「しばらく様子を見るしかないと思うんだ。なるべく一人にはならないで、一人で行動する場合は、極力気を付けて」 「うん」 二人ならいいが一人の場合は何か起こった時に対処に困る。どんなに注意してもし過ぎることはない。 しばらくの間、二人は極力一人にならないように決めた。 帰宅する時は、メールのやりとりで待ち合わせて二人揃ってから帰途に付く。そうでなかったら、途中まで友人と共にいること。 なるべく明るいうちに帰ること。 いくつかの決めごとをして二人は普段通りの生活をすることにした。 それから5日ほど経った後。 夜中、二人が寝室で大きな大きなキングサイズのベッドで寝ていると。 ふと、今まで寝ていたのに何かに呼ばれたように新一が目を開け起き上がった。そして立ち上がろうとすると、それを快斗が腕をつかんで引き留め、首を振る。 快斗も目覚めていたのだ。 「でも」 「いいから」 新一をベッドに残し快斗は自室へ行きノートパソコンをもってくる。そしてベッドに座り膝にパソコンを乗せ、電源を入れてからキーを叩き操作してある画面を立ち上げた。 そこには監視カメラからの映像が映し出されていた。 屋敷には至る所にカメラがある。見える場所にあるものと隠されていてそこにあるとは気がつかないものまでと数多い。 それが、一つの場所に集められていて、……そういった小さな部屋がある……そこから遠隔操作でパソコン上でも見ることができるようになっているのだ。 「ほら」 快斗はいくつかの画面から一つを選び、指を示す。その画面には黒い服を着た男がいる。その男は門を乗り越えたらしく屋敷の壁に沿って歩いている。そして、リビングの窓から進入を試みるつもりだったのだろう、窓ガラスに触れた男はいきなりびくりと身体を震わせてひっくり返った。 何かがバチンと音と立てて白く光ったようだ。 「何?」 新一が不思議そうに画面を見つめている。快斗はその横で意味深に笑う。 屋敷の窓はどれも防弾ガラスでできている。そして、壁の上には一見わからないが電流が流れている。 どこのドアでも、外からこじ開けようとすると、これまたとんでもない高圧の電流が流れるようになっている。これは、どういう風にでも変更可能だ。玄関のドアが一番強固で、元から作りが重厚な上、無理矢理開けようものなら半死するほどの電流がドアノブから流れる。もちろん、通常は夜サーモグラフィーで動物を判断し明かりが灯るし、カメラも日夜作動している。 不用意に外から屋敷に触れると、今男がひっくり返ったように電流が流れる。 夜、一定の時間になると屋敷に設置してある装置が作動するように設定がしてあり、もちろん何かあった時外すこともできる。 それは、全て快斗の管轄だ。 この屋敷に住み始めた時から、その役目を担っている。 快斗が自分のマジックの研究のために使っている工房には実は防犯カメラの映像が壁一面に集められた部屋が存在する。だだっ広い部屋の奥、隠し部屋のようになった場所には、様々な装置が取り付けられている。 新一には、マジックのタネでも人が触ると危険なものがあるから、それを置くのにいいだろうと一番最初に説明した、あの部屋だ。 爺から快斗に鍵を渡されていた唯一の場所。 誰にも気付かれないように作られた、秘密の部屋だ。快斗の工房の奥に作ったのも、爺だろう。そこには屋敷の設計図もある。配線がわかれば、細かな部分も快斗自身が触ることができ改良することも可能だ。 まだ発揮されていないが、快斗は喧嘩も強い。空手や護身術や剣道など習ってきた。それはやはり資産家の血筋にある子供なら当然のことだ。自分の身は自分で守らなければならない。 子供時代から励んだせいで、今ではかなりの腕前である。 その上、実はナイフ投げもうまい。 快斗の工房の壁に無造作に飾ってあるダーツが、実はその的にもなっているとは新一は知らない。仕事部屋は、いろんなものが取り付けてあるこの屋敷の頭脳の役割も果たしている。 「ああ。たぶん、気を失っただけだと思うよ」 新一の疑問に快斗は答える。 「……どうするんだ?」 恐らく泥棒だろう男。気を失っているだけとはいえ、縛っておく必要はあるのではないだろうか。それに、どう対応するのか。新一は快斗の考えを聞きたかった。 「連絡する」 「連絡?」 「そう。警察に突き出してもいいけど、証言するのも困るだろ?過剰防衛だって言われも困る。でも、こうやって屋敷のセキュリティをあげておかないと、どんな人間が忍び込むかわからないから」 「どこに連絡するんだ?」 「爺のトコ。どうにかしてくれるってさ」 快斗がにっと口の端を上げて笑った。とても意味深な笑みだ。 「そっか」 「そう。不審者がこいつだけとは限らないし。しばらくまだ注意が必要だ」 新一は思った。自分が知らないことが、ある。 パソコンで見たカメラの映像からしても、快斗が監視カメラを把握していることは明らかだ。こういった時どうするかも爺と話しが付いているようであるし。 そして、新一しか知らないこともある。 新一が快斗に言っていないこと。それは新一がこよなく愛する書斎の地下に秘密の部屋と抜け道が存在することだ。また、秘密の部屋は二つあり一つはなんとシェルターにもなる優れものだ。 もし、爆破されたら、そこに逃げ込めと言われている。屋敷に爆弾が仕掛けられることを前提とした保険だ。核だって凌げるとジジイから太鼓判を押されている。 そして、抜け道を通って逃げろとも。 抜け道は、細く長く続いていて、この屋敷から離れた平屋の一軒家まで繋がっている。そこは現在無人だが、様々なものが置いてある。長期保存できる食料や武器弾薬。いざという時のための資金。 なぜ、そんなものが用意してあるのか。 それだけ分、二人は危険な立場だからだ。資産家の息子は何かと狙われる。この広い屋敷に高校生が二人しか住んでいない。警備の人間もいない。狙ってくれと言っているようなものだ。 できるなら、使わないでいる方が幸せであるが、備えあれば憂いなし、との格言の元この屋敷は準備された。 新一は、一成がこの屋敷にやってきた時にそれを聞いた。楽しそうに屋敷中を見て回りご飯を食べて遊んでいった一成だが、ふと真剣な顔で書斎に連れていって秘密を語った。 聞いた時は唖然とした。だが、それが必要でないとは決して言えない。 実際、実家である工藤邸もかなりのものだ。ある意味、要塞である。 「そうだな。しばらくは気を付けないと」 「ああ。新一も十分に気を配ってくれよ」 「快斗もな」 二人は、顔を見合わせて頷きあった。 そうして。しばらく様子を見ようと決めた。今回捕まった男だけが不審者とは限らない。いつ、どんな人間が忍んでやって来るかわからないのだ。 二人の内どちらが目的なのか、どんな理由からなのかによって対処が変わってくる。それぞれの爺や両親にも最近変わったことはなか確認しておくべきだろう。 不審者を捕まえるだけでいいのか。警察につき出すのか。それとも別の爺関係に引き取ってもらう方がいいか。何か、証拠は必要だろうか? 疑問は尽きない。 こそ泥ならいいのだ。 だが、そうでないなら、問題である。 二人の裁量ではどうにもできないことが、ある。 二人は、当初の予定通り極力一人にならないようにした。できるだけ明るいうちに帰ってくる。事件があって要請されても絶対に新一は送ってもらうこと。決めごとを守って日常生活を営んだ。 その数日後。 爺から、捕まったのはただの泥棒だと報告が入った。 ひとまず、ほっとする。 だが、また。その深夜。侵入者が現れた。 ノートパソコンに分割して監視カメラの映像が流れている。その一つに侵入者が微かに写った。今度は気配もしないし、カメラにもほとんど写っていない。プロだ。 電流の流れている塀を軽々と飛び越えたらしく……あれ以来電流を強くしているのに……手薄そうなドアを狙っているようだ。 どうやら車庫から屋敷へと入るドアをターゲットにしたようだ。そこにあるカメラは隠れていて侵入者もわかっていない。だから、侵入者の姿をしっかりとカメラは捉えている。 カチカチと道具を使ってドアをあけようとしている。ドアを触れば流れる電流は彼に影響を与えない。着ている黒い服装や手袋が、電流を流さないものなのだろう。 赤外線スコープも付けている。暗闇でも作業は躊躇ない。 「快斗?」 思わず、パソコンの画面を食い入るようにして見ていた新一は快斗を呼んだ。 プロは、かなり不味いのではないだろうか。 「大丈夫。そうそう破られるような装備じゃない」 快斗は自信ありげにウインクする。 「それにね、たとえば、このドアを攻略したとしても次のドアがあるからね」 「次って、どこ?」 快斗は小さく笑う。 「防犯シャッターが降りるんだ。分厚いやつ。このドアの1メートル先にある」 新一はその事実に驚いた。 「……知らなかった」 どんなに天井を見上げても、そんなものは見当たらなかった。欠片さえも、感じたことはない。 「簡単にはわからないように作ってあるから」 快斗は画面から視線を外さず、新一と会話する。 防犯カメラに写し出されている侵入者は、黒尽くめで顔もわからない。身体付きから、多分男性だろうとは予想は付くが。 「この手口はプロだけど。どっちのプロだろうな」 快斗は呟く。 「どっちって?」 「誘拐のプロ。殺しのプロ。……これで、物取りってのは、ないだろう」 「……」 新一は黙った。 確実に、自分達は危険に晒されている。それは間違いない。思わず、新一は快斗の顔をじっと見つめた。 「ここにいるのが一番安全だから。安心していいって」 そんな顔しないで、と快斗は新一の頬を指で撫でる。 二人の寝室に中央には大きなベッドがある。窓は強固な防弾ガラス。カーテンも簡単には燃えない素材でできている。 ドアもぶ厚い。ついでに、外見は木目だが中に合板が入っている。だから、簡単には壊れない。 壁も、相当に厚い。防音も優れている。 それでも、侵入者の気配をわかるのは、二人の勘がすこぶる鋭いからだ。 そして。ここが安全であるという確固たる秘密を新一は知っている。 ベッドの下にある抜け穴。一人が這うようにしてやっと通れる大きさの穴は、一階の書斎天井部分へと繋がっていて、そこから地下にある秘密の通路へと抜けられる。 本当に、要塞のような屋敷だ。 屋敷の設計図を持っている快斗でも知らないことがある。 それが、新一のみに知らされている抜け道等のことだ。それは設計図に書かれていないのだ。二人だから逃げることができる。二人でないと逃げられない。 爺達のどういった意図か定かではないが、二人がそれぞれが秘密の鍵を持っているようなものだ。 「やっぱり、やるな」 快斗は口笛を吹く。 ドアは突破された。 快斗はパソコンのスイッチを押す。すると、すぐにシャッターが侵入者の前で降りる。突破したドアの前にもシャッターが降りて侵入者は狭い空間の中閉じこめらた。そして、何かが天井から吹き出し狭い空間に充満する。 どう見てもガスだ。催涙ガスだろうか。それとも? 「これ、なに?」 新一は、出てきた装備に首をひねる。 「象でも一瞬で意識がなくなる強力なガス。まあ、眠るだけだよ」 侵入者は懐から何かを取り出し、顔に付けた。マスクのようだ。用意がいいことだ。 「敵も慣れているな。じゃあ、これでどうだ」 次は、なんと天井部分が下に向かって降りてきた。侵入者は狭い空間の中上からも圧迫されている。 やがて、立っていることができなくなった。 潰す手前で止まる天井板。もちろん合板でてきているから、簡単には割れない。 「すごい」 新一は驚嘆した。 屋敷が要塞だとわかっていても、やはり目で見ると違う。 また、その設備が必要な侵入者が現れることが、一番の問題であるのだが。 「じゃあ、締めな」 再び、パソコンの画面で何かを快斗は操作する。すると、侵入者は耳を押さえてうなり始め、やがて倒れた。 「……な、に?」 見た目にはなにをしたのか、さっぱりとわからない。 「超音波」 「……」 快斗の答えに新一は絶句する。 要塞だ。紛れもない要塞だ。それも鉄壁の。 しみじみと新一は思った。 「よし。これで爺に連絡して回収してもらおう。このプロは警察に出すような奴じゃないみたいだしな」 「……うん」 警察に連絡をしない。それは警察に協力している新一としてはしてはいけないことだ。だが、何事も例外は存在する。 これは、自分達の裁量で決めていことではない。 どちらかの家が狙われているのなら、その裏を突き止めないとならない。それは警察ではできないことだ。 快斗は、それに躊躇がない。 実際にところ。人情に厚いくせに情にだけに流されないところと、危機管理能力とある条件下なら冷酷になり切れるところを重三郎は買っていた。だから、後継者にと望んだのだ。血が繋がっているという甘い理由で重三郎が後継者を決める訳がないのだ。 冷静に分析して、マジシャンなどよりも政治家に向いていると重三郎は思っている。 快斗の望むことではないけれど。それが事実だ。 「よし、と。これでいい。……新一、寝よう」 キーボードを叩き、指示をした快斗はパソコンを閉じる。そして、新一に安心させるような笑顔を向けた。 「……そうだな。明日も学校あるし。寝ようか」 「ああ」 二人は横になり、眠ることにした。 どんな非日常的なことがあったとしても、彼らは日常に生きているのだ。 明日、朝起きれば、普通に学校に行く。そして、友達と笑い会う。家に帰って来てご飯を作り、二人で食べる。 そんな日常を愛している。 |