「星に願いを 3章 4」





 
「はい。は?……え?……そういえば、夏休みか。ああ?……ちょっと、それって?……待て、園子!」


 携帯が軽快なメロディを奏で誰からか確認して電話に出ると、新一は戸惑うような表情を浮かべるが話が進むに連れて、ついには叫んだ。一方的に通話が切れた携帯を一瞬見つめて、新一はおもむろに快斗に向き直る。
「どうした?」
 あまり見られない新一の表情に、快斗は不思議そうに問う。
 お茶でもしようかとソファに座り香りのいい紅茶を飲みながら、新一は読書を、快斗は手の中でトランプを遊ばせマジックの鍛錬をしていた。
 今日は、二人とも朝から特別用事もなくゆっくりと過ごしていた。その穏やかな空間に携帯の受信音が突如響いたのである。
「……園子がこれから来るって」
 新一は至極嫌そうに打ち明けた。
「へえ、園子ちゃんがねえ。蘭ちゃんは一緒じゃないの?」
「園子だけだ。……それに、遊びに来る訳じゃないし」
 新一にしては、歯切れが悪い。
「何か、理由がある訳?」
「ある。快斗も関わるかもしれない。園子が快斗も一緒にって言っていたから……」
「俺も一緒にって何?」
「……どう説明していいか。ああ、本当に。そういえば、夏休みだったんだよな、忘れてた。これで、もうまる二年だし。俺には拒否権なんてないし」
 わけがわからない。まるで説明になっていない。新一は一人で納得している。そして、はあとため息を付き視線を落とす。
「新一?」
「……。この間のカフス、覚えてるか?」
 思い切ったように新一は顔を上げて快斗を真っ直ぐに見た。
「あの、貸してくれたカフス?綺麗な蒼色で、ベネチアングラスで出来てるって言っていたね」
 マジックをする時の衣装、白いシャツに付けるカフスを新一は快斗に貸した。高価そうで気が引けたが新一は使ってほしいと快斗に熱く語った。箪笥の肥やしは勿体ないだろと言って、もらってくれてもいいのにとまで言い出した。もちろん、それは丁重に辞退して快斗はありがたく借りた。
「あれなんだけど。あれを、俺が持っている理由なんだ。園子が来たら本人から説明させた方が早いし、わかりやすいと思うけど。俺はあのシリーズのジュエリーのモデルをしているんだ」
「モデル?……でも、見たことないな」
 快斗の知る限り、そんな姿を見た記憶はない。ジュエリーだから関係ないと思って目に入っていないと言われればそれまでだが。
「うん。日本には出店していないから。ニューヨークにオープンして、まだアメリカに三店舗しかない。宣伝もアメリカだけだし。日本では宣伝しないって約束してもらってる。俺、日本で顔出すと拙いし、わかる人にはわかるから。探偵なんてしているから、顔売るのも困るし」
 新一がジュエリーのモデル。想像するだけで、似合いそうである。
「それで、園子ちゃんが関わる理由は?」
 そう、モデルの件は初めて聞いたがそれがこれから園子が訪れる理由には直接関係がないだろうと快斗は思った。
「……園子が企画立案して作ったブランドだから。あいつ、社長」
「は?」
 だが、聞いてびっくり仰天だ。女子高校生なのに、社長って何だろう……。
 この間初めて会った園子の容姿を頭に思い描いて、彼女が社長とは嘘みたいな話だと思った。そんな風にはついぞ見えなかった。
「高校生になって、あいつは会社を立ち上げた。前からジュエリーデザインとか興味があったみたいで。デザイナーやらバイヤーやら広報、営業やら人材を集めて会社を設立して、ニューヨークに店をオープンさせた。その時、モデルをやって欲しいって言われてさ。園子の本気に柄にもなく感服して受けた。で、契約を交わしているから俺には拒否権がない」
 それは、能ある鷹は爪を隠し過ぎだ。驚愕に快斗は目を見開く。
「事情はうっすらとわかるけど、何のためにこれから来るのさ?」
「夏休みは園子にとっても仕事するにもってこいの時期だから、打ち合わせやデザインや新商品開発や宣伝なんかをまとめてやるんだよ。それで、この時期にまとめてCMを撮る。ポスターやテレビ用に、季節商戦用のバージョンをあわせて、撮り貯める。俺の場合は夏休みと春にちょっとしか協力できないから、仕方ない」
 新一は困ったように微笑んだ。
 確かに日本で探偵をしている高校生の新一では、いつもそういった活動に参加できる訳ではないだろう。新一の優先順位は、何と比べても探偵が一番なのだから。
「へえ。で、俺も関わるって?何が?」
「それは、……CM撮影、ニューヨークであるんだ。毎回俺は行くけど、今年は快斗も一緒にどうだって……」
「俺も?」
「ああ。新婚でしょって。旦那を置いて行かせる訳にはいかないわとか言ってた」
「……」
 快斗は絶句した。
 先日会った園子の性格そのままの問題発言である。自分があの時認識した性格は間違いではなかったらしい。
「そう。まあ、いいや。園子ちゃんが来たら聞くさ」
 快斗は片手を上げて了解すると、微苦笑を新一に返した。
 
 
 
「こんにちはー」
「……いらっしゃい」
 高らかに挨拶して入ってきた園子に新一は疲れた声で出迎えた。相変わらずテンションが高い。それが、園子らしいといえばらしいので、いいことにするしかないだろう。
「いやあねえ、そんな顔しないでよ」
 園子は、遠慮なくばんばんと新一の背中を叩く。その力の入った手に顔をしかめて新一は疲れたように息を吐く。
「いらっしゃい、園子ちゃん」
 新一の隣で快斗がにこやかに挨拶した。
「こんにちは、黒羽君。お元気そうでなによりね」
 ふふふと笑いながら、園子が手を差し出すので握手した。すでに、仕事モードに切り替わっている園子は普段の騒々しさがない。服装はかっちりとしたスーツだ。爽やかな水色のパンツスーツに、インナーは濃い色のシャツ。襟元にピンブローチ、左中指にリング。髪も整えられ随分大人びて見える。もしこの姿で出会ったら到底高校生とは思わなかっただろう。
「まあ、座れ」
「ありがとう」
 園子をソファに促して、新一はお茶を入れるためにキッチンへと向かう。前回と随分違う園子を観察するようにじっと見ている快斗に、園子はお話を聞いてもらえるかしらと首を傾げた。
「もちろん」
 なんとなく、商談の雰囲気が漂ってきて快斗は向かいのソファに座ると真剣な目で園子を見やった。
「新一君から、聞いた?」
「大まかには。でも、詳しくは園子ちゃんに聞けって」
「そう。まず、宝飾品を販売している「Luire Company」(リュイール カンパニー)の代表取締役の鈴木園子です。こちらでは、はじめまして」
 そう言って快斗へ名刺を渡す。快斗もそれを両手で受け取り視線をやると英文で書かれている。白いカードに青いインクの英字で社名、肩書き、名前が印刷されている。ロゴが中央に浮き彫りになっていることから、名刺代だけでも高いことが伺える。
「へえ。それで、どういう事なのかな。俺も一緒にって聞いたけど」
 率直に疑問をぶつける快斗に園子は笑った。
「まず、先に少し説明を聞いてもらえるかしら?そうでないと、事情がわからないと思うから。それから、質問があったら、合間にどうぞ」
 園子はそう言いながら鞄からパンフレットを取り出した。そして、快斗に向かって差し出す。
 その表紙にはモノクロの新一が映っていた。顔にそっと触れている手にはリング。リングに付いて宝石だけ蒼い。そのせいで、やけに浮き上がって見えた。
「これが、うちのパンフレットなの。見ながら聞いて。まず、このジュエリーのシリーズの名前は『BLUE IN BLUE』略して『BIB』、通称『ビビ』と呼ばれているわ。目指すものはユニセックス。女性でも男性でも身につけられるジュエリー。そして、大人のために上質なジュエリーがテーマ。甘過ぎない、繊細過ぎない、斬新で、どこか定番の香りがする。そうすれば、必然的に性差なんて関係がないでしょ?本当に素晴らしいものは性別なんて選ばないものよ」
 園子は目を細めて口元に笑みを刻む。
「価格帯は、最上級よ。ちょっと買うなんてできないわ。一番下で、ボーナスなどつぎ込めば買える金額なの。働く大人の女性に買って欲しいわ。上は、上限なしで、富裕層がターゲットよ。誰でもが持てるものではなく、いつか身につけたいと思えるようなジュエリーにしたいの。シリーズ名の通り、深い蒼、様々な青。紺。碧。または黒とか主に落ち着いた色合を使ってジュエリーを作るのよ。目指すものは高いけど。でも、お店に入ってもらわないと意味がないから、少し出せば買えるジュエリーもあるわ。そこから初めてうちの顧客になってもらえれば、嬉しいし。……パンフめくってくれればわかるけど、現時点の商品構成は、ペンダント、リング、バングル、ブレスレット、ピアス、イヤーカフ、カフス、ピンなどなど」
 快斗はページをめくる。
 そこには、蒼いペンダントをした新一の姿があった。
「これが、ポスターになって売り出されている商品よ。鎖ではなく、捻った細いプラチナをワイヤーのようにした先に付いているのはベネチアングラスで出来た円形のトップなの。大きめで、美しい蒼がまるで月のようでしょ。存在感があって、麗しいペンダントなの」
「へえ……。でも、随分高価だね」
 パンフに明記されている金額はゼロの数が二つくらい違った。
 快斗がやや眉を寄せて問うように視線を園子にあわせると、園子は心得ていたように不敵に笑った。
「宝石でもないのに、高価だって思う?まあ、普通の意見だわ。ベネチアングラスだけど……元々古代ローマのグラスの流れをくむけど、ベネチア共和国で本格的な発展を遂げるの。政府は保護を目的としてムラノ島にガラス製造に関わる人を強制的に移住させて優秀な技術を開発させたわ。そこで花開いた新しい技法は世界中にもてはやされた。現在でも、技術と芸術性で高い評価を得ているけど、粗悪なコピー品と区別してムラノ島で作られてガラスをムラノガラスと呼ぶの。その高品質のムラノガラスで、特注してもらったのよ。比類ない蒼を出すことに苦労したの。それにアクセサリで使うためのものはもっと小さいサイズが主なのよ。これみたいに、大きさと程度の均一な厚みがある正しくジュエリーと呼ばれるものはなかったわ。だからこそ、私が作りたかった」
「クオリティの値段ってことかな?」
「そうね。その一言に尽きるわ。他のジュエリーも品質は最高のものばかりを使っているから、値段も高いわ」
 園子は社長の顔で目を楽しそうに細めた。快斗はその園子の顔に浮かぶ表情を見逃さず、ふむと相づちを打つ。
「他の商品は、ページをめくってもらうとあるけど。リングとピアスとイヤーカフね」
 園子は快斗の開いたパンフレットを指さして写真の新一が指にしているリングの上をとんとんと叩く。
「リングはいくつか種類があって。一つは、蒼いベネチアングラスが多面的にカットされたものが、プラチナ台にはめ込まれているリング。フォルムはころんとした感じね。また一つは、漆黒が美しいオニキスで同様にスクエアカットされたリング。スクエアのホワイトゴールド台の中央にオニキスがはめ込んであるの。きりっとしたデザインで印象を引き締めるわ。それから、海の色のアクアマリンをカボションカットしたものをゴールドの台に納めたもの。ホワイトゴールド台にダイヤモンドとブラックダイヤモンドを細密にパヴェしたもの。ピアスは、シンプルにブルーダイヤモンドだけのもの。ダイヤモンドとサファイアを正方形に形作ったもの。それ以外にも数種類。イヤーカフのお勧めは、ホワイトゴールド台にブルーダイヤモンドが二粒光るものね」
 園子は続ける。
「バングルは細くなさ過ぎない幅のプラチナ。ころんとしたフォルムのサファイアが三つ埋め込まれていて、その合間には小さなダイヤモンドが入っている。もう一つはややボリュームのある幅で、ホワイトゴールド。表側が太く裏側が細いというフォルムね。太い表側半分にサファイアが隙間なく埋め込まれているの」
「はいはい、乗ってるな」
 そこへ新一がお茶を運んでやってきた。園子の前に紅茶と快斗が作ったプリンをお茶請けに出してやる。すると園子は相好を崩して笑顔になった。
「うわー、プリンだ。好き好き。ありがとう!」
 途端に社長の顔から女子高校生の顔になり、快斗はなんとなく安心した。
「お前、本当にジュエリーのこと語っていると顔が違うな。性格も。天晴れだ。……だから、ついつい絆されてモデルなんてやることになったんだけどなー」
 新一が肩をすくめ、それでも目は笑いながら園子を暖かく見る。
「だって、仕方ないじゃない?夢っていうかやってみたかったのよ。高校生が経営するなんて本気にしてもらえないことはわかっていたわ。普通だったらできないことも知っていた。でも自分にはそれを実現できる生まれがあったわ。だから、パパに頼んで、うちの子会社として宝飾品を扱った店を出させてもらったの。元々、そういった方面にも本格的に進出しようかって話が出ていて、どうしても私やりたかったから名乗り出たって訳。パパにしてみればとんでもない冒険であり、娘の我が儘だったかもしれないけど、私は本気だったし。生前贈与でも何でもいいから、融資してってお願いしたわ」
 園子はふと天井に視線を向け過去を思い出すように懐かしい声で語る。
「自分で作りたかったのよ。素敵なジュエリー。女は宝石が好きよ。そして綺麗なものが好き。身につけることが大好き。あこがれのものを身につけることが出来た時って幸せだし、それに見合う人間になろうと思うわ。好きなブランドがあって素敵なジュエリーが欲しいと思うわ。でも、流行があるから好きなブランドがいつも同じデザインだとは限らない。変わっていくのよ、当然。でもね、とっても好きだったデザインがもう製造されなくて悲しかった時、それなら自分で作ればいいと思ったのよ。了承が出てから急ピッチで進めたわ。今後絶対に英語が必要になるから駅前留学したわ。そして、とにかくヒヤリングができるようにして、簡単でも話せるようにしたわ。書くのは後でいいし。デザイナー、バイヤー、研磨職人、宣伝広報、営業、店長、とにかく人材が必要だったから集めるのに苦労したわ」
 夢を語る園子はとても綺麗な目をしていた。
 強い意志と信念を持っている彼女の情熱に新一は折れたのだ。
「だから、俺は契約したんだって。お前の根性は本物だから」
 新一の友人である園子が、なぜ幼なじみと同列に並んでいるか快斗は理解した。幼なじみにばれて、この家に招待する時新一は蘭だけでなく園子の名前を出した。快斗の幼なじみの青子が友人である恵子を呼ぼうとはしなかったのに。つまり、蘭の親友であるだけでなく、園子は新一にとってとても近しい友人なのであろう。
「なるどね、よーくわかったよ。園子ちゃんの本気もよーくね」
 快斗は両手を上げて降参と言ってにっと笑う。
「あら、ありがとう。まあ、先に端折ると、新一君にニューヨ−クへ来てもらうから、それなら黒羽君も一緒にどうかと思ったのよ。新婚なのに旦那様を家に一人残して行くのも憚れるし」
「否、それは気にしてもらわなくてもいいけど」
「え、そう?二人はまだ新婚旅行に行ってないでしょ?それならいい機会だからニューヨークに行ったついでに観光でもすればいいじゃない」
 それは、心配してくれなくてもいいことだ、と新一も快斗も思った。
 新婚旅行へ行けと誘われるとは思わなかった。ふと頭の端を掠めるが、あの爺共はそれに関して何も言わないけれど今後何かアプローチがあるのだろうか。不安になる。
「ね、私ホテル取っておくよ、二人のさ。特別ボーナスだと思って遊んでおいでよ」
 園子はなぜが乗り気で勧める。
 どうしてこんなに親身になるのかが、新一にはわからなかった。園子が本当は人の気遣いができて優しいことを知っている。だからなのか。それとも他に理由があるのか。彼女は存外茶目っ気があって、企むことが大好きだ。
「なんでそんなに勧めるんだ?」
「おかしい?友達だからは理由にならないかな。うーん、じゃあ二人が並んでいるのを見たいだけなのよ。私の心の潤いになって。いい男が見たいのは女の本音よ」
 うふふと園子が口の端をあげる。
「……そうか?」
「そうよ」
「…………それなら、遠慮なく行かせてもらうよ、園子ちゃん」
 快斗が結論を出した。
「いいのか、快斗」
「いいって、新一」
 快斗が新一を安心させるように笑う。
「じゃあ、そうしましょう。そう決まったなら先にチケット渡しておくわ。はい、どうぞ」
 園子は鞄から封筒を出してそこから航空チケットを抜き取り二人にそれぞれ渡した。
「は?もう決まっていたのか?」
「あのね、話が決まる前に取っておかないと、予定する便は取れないの。断られても予め用意しておくのは当たり前」
 社長らしい発言と行動力に新一は脱力する。
(やっぱり、企業家の園子には勝てない……)
「適当に荷物は用意しておいてね。スーツケースとかも私が当日迎えに来て一緒に羽田まで車で行くから心配しなくていいわ」
 全く持って、至れり尽くせりである。
「じゃあ、任せるな。迎えに来る時間は後でメールしておいてくれ」
「うん」
 園子は新一の返事に素直に頷いた。そして、上機嫌になって弾むような声で告げた。
「そうそう、今回はマリッジに挑戦したのよ!新一君も結婚したことだし、ちょうどいいでしょ?」
 マリッジリング。結婚指輪である。絶えず身につけているためか、割にシンプルなデザインのものがほとんどだ。
 日本ではプラチナが人気だが、海外ではゴールドもホワイトゴールドも多い。
「プラチナとホワイトゴールドを使って、デザインは斬新かつ安定感のあるものを目指すのよ。石はブルーダイヤモンドとサファイアを使うの。メレで普通のダイヤも使うけどね。ただ、見せ物としてエンゲージを一つだけ飾るのよ。1CTのブルーダイヤモンドよ。もう入手して研磨してできあがっているの。素晴らしいんだから。『77面ロイヤルエクセレント』というカットで一瞬でその美しさがわかる代物よ。一目でこれは普通と違うって輝きなの。これは他社が特許を持つカット技術だから特許料を払って作ってもらったのよ。そこから考えて、やっぱり超一流の研磨職人は必要だなって感じたから今回いい機会として熟練した研磨職人を招くことにしたのーーーーーーー」
 含み笑いをしながら、目はにこにこと見る者までその余波を受けそうな情熱をまき散らして園子の暴走は続く。
「本当に、一度目にすれば、絶対忘れられない輝きなの。じっと見つめると8つのハートが浮かびあがっているし、キューレットの中心に輝くクロスが鮮明に現れるのが特徴なの。それを、奇跡的なブルーダイヤモンドで作ったのよ。誰もが話を聞けば見てみたいって思うはずなの。ブルーダイヤモンドもバイヤーに無理言って探してもらったし。オークションにはなかなか出ないし。素晴らしいものは他の有名店に持っていかれるから。その甲斐あって、蒼が美しいダイヤモンドが手に入ったの。アイスブルーじゃないのよ。正に曇りのないブルーよ。うちの目玉に相応しいから。新一君も、びっくりするわよ」
 うふふふと園子は高笑う。
 どこへ突っ込めばいいのか新一にも快斗にもわからない。新一はこんな園子に多少は慣れていた。ことジュエリーに対する彼女の情熱は誰にも負けない。こういったものを持つ人間に新一は敬意を払うから、少しだけ腰が引けるが概ね好意的に認めていた。
 一方、快斗は初めての体験だった。先日お宅訪問よ、と叫んでいた園子と今の園子は重ならない。先ほど園子という人間を改めて認識し直したところだが、それに更に好きなことに関しては妥協しないし、堅い信念と熱情を持っているという要素が加わった。
 快斗の周りには、こんな女性は存在していないため、面白い人間だなと胸中で思っていた。新一と縁が深い友人である園子なら、これから快斗との関わり合いも続くのだろう。上手に付き合うべき人間だなと快斗は感じた。興味もある。
「そっか。今度はマリッジか……」
「今回ってことは、そんなに新作って出すものなのか?」
 新一の呟きに快斗は素朴な質問をする。それに答えたのは当然ながら園子だった。
「そうよ。年に二回秋と春にコレクションを発表するの。秋なら冬にかけて、クリスマスの商戦を戦えるようなものね。春から夏にかけての肌を出すファッションに適したものを多く出すわ。それに、マリッジだけじゃなくて今回は時計も出すのよ」
「時計?」
「うん、そう。男女どちらでもいけるようなものを作るの大変だったんだから。オフィシャルで仕えるようなものと、プライベート用のもの二つね」
「へえ、いいな。俺でも普段使えそう?」
 もらっても普段使えないものがほとんどである新一は期待を持って聞いた。
「うん、プライベート用は使える。オフィシャルでも新一君なら使う場所あるでしょ?」
「……使えるならいいさ。デザインはもうあがっているのか?」
「今はプライベート用なら持ってるよ。見る?」
「ああ」
 園子はこれまた鞄から小さな小箱を取り出し、蓋を開けて時計を取り出した。そして、はいと新一の手の中に落とした。
 それを新一はじっくりと興味深く観察して、大きく息を吐いた。感心したのだ。
「いいな、これ」
「ほんと?新一君に誉められるなんて嬉しいわ」
 園子の方が嬉しそうに笑顔を作る。そして、ガラスはサファイヤガラスで日常生活防水よと付け加えた。
 その時計の外見は、文字盤は青で、針は白。クロノグラフ、日時表示、ムーンフェイス。至ってシンプルな作りでごてごてしていない。宝石の一つもなく機能的であるが余計な機能はないタイプだ。
「随分シンプルなんだな」
 新一の感想に園子はしてやったりと笑む。
「時計は、やっぱり時計として素晴らしいものがいいと思ったのよ。ロレックスみたいに宝石なんていらないわ。うちはジェリーショップだけど、なんでも高価な宝石を付けて高く売ればいいなんて思っていないわ。うちの商品を付けて、かつこの時計を自然に付けられるようにしたいの。過剰な装飾は美しくないわ。時には引かないとね」
 いい顔をすると新一は思った。
 彼女が作る商品が売れることがよくわかる。
「快斗にも似合うよ、ほら」
 隣に座る快斗の腕にほらと、新一は時計を当てた。そして、似合うなと快斗を見上げて笑った。
「ありがとう。いいデザインだね。うん、園子ちゃんてすごいや」
 快斗も園子を誉めた。
 誰かを認めた時、素直に賞賛できることは人間として大事なことである。
「嬉しいわね。なんだか絶対売れる気になってきたわ」
 本心からお礼を言って、園子はウインクした。
「まだまだやりたいことはるんだけど、少しずつしか進まないの。本当は香水だって出したいのよ。今はまだ無理だけど次回か、次次回には!印象的なボトルと香りと名前が必要なの。いい加減には出せないの。試作品はいろいろあがってきているんだけどねー」
 苦笑しながらそんなことを園子はいう。
 夢は大きく果てしないようだ。
「順番にやればいいだろ?お前まだ高校三年生なんだからさ」
「そうかしら?なんだか、まだまだだって思っちゃうんだな、これが。大学に行けばもっと時間が取れるからいいか。今もどうしてもって時は授業も休むけど、パパの手前学業が疎かになる訳にもいかなくって。大学は絶対経済学を学ぶわ!私基礎がないから!」
 十分に商才があるように見えても、園子は本格的に学んだ訳ではない。いきなり実践から入った強者だ。素晴らしい人材がそろっているからとはいえ、彼女の意見が社の意見なのだ。決定しなくてはならないことが多々ある。間違いなくトップに立てる貴重な人材であろう。彼女が経済学を学んだ後、どんな風に運営していくのか想像すると楽しい。
「大丈夫だろ、おまえ一人じゃないし。味方がたくさんいるだろ?」
「いるわ、たーくさんいるわ」
「だったら、平気だ。支えてくれる人がいるんだから、園子は立っていられる」
「……」
 新一の言葉に園子はなんとも言えない表情を作ると、うんと頷いてくすぐったそうに微笑んだ。
「友達って大事だね。いいよな、こういうのって」
 二人の関係が、誰にも比べられない特別なものに快斗には見えた。こんな風に真剣に対応してくれる友達はそういない。快斗は友人も多いが、己の中に踏み込ませるほど親しい親友はいなかった。新一が唯一、深く踏み込んでいる人間である。一緒に暮らして長所も短所も知った。考え方も感じ方も理解できるようになった。こうして得た人間は貴重だ。
「快斗もだろ。俺達もう切っても切れないからさ!多分園子も切る気ないぞ。嫌でも付き合いは一生ものだぞ?」
 笑いを含みながら新一は快斗の心情を見透かしたように声をかける。
「もちろん!覚悟をよろしくね、黒羽君」
 片手を頬に添えながら、笑みを作り園子が愛想を振った。
 言葉を惜しげもなくくれる二人に、快斗は嬉しくなった。自分はどちらかというと達観しているタイプだけれど、こういった人間関係が欲しくなるくらいは心が飢えていたのだろうか。新一を知って、新一伝で他の人を知る。世界が広がる鍵をくれる新一に感謝した気分だった。
「園子、プリン食えば?」
 忘れていただろ、と新一が指摘すると園子は思い出したようにプリンをスプーンですくって食べた。美味しいわと頬を手で包み込み、落ちそうと宣いながらまた食べた。
 快斗と自分の分も持ってきていたため、二人もお茶を飲み一心地付く。
 プリンを食べ終えてお茶を飲み満足すると、園子は徐に新一に告げた。
「それで、新一君はこれから私と一緒よ。半日もらうわ」
「え?」
「え、じゃないわ。磨くわよ。撮影には最高の状態で望んでもらわないといけないの。モデルなら当然のことでしょ?最高級のクオリティを提供するのよ。契約に乗っ取って、今日は磨いてもらいます。髪、顔、身体。手、指、爪の全部!」
「……」
 園子の勢いに新一は黙った。
「最近は栄養状態良さそうだから、まだいいけど。目の下にクマなんて作らないでよ?怪我なんてもってのほか!」
「わかってる……」
「絶対よ。いい、探偵するものいいけど、怪我は御法度。特に見える部分!」
 園子の迫力に、こくこくと新一は頷く。
「貴方の身体には保険が掛けてあるんですからね?」
「保険?」
 新一はあまりの言葉に理解できなくて繰り返した。
「当たり前でしょ。うちの専属モデルとして登録してあるんだから。貴方の身体全部で、一億だから」
 きっぱりと園子は告げた。
「「は……?」」
 二人の気持ちは同じだった。一億って何だよ……。
 新一の身体に一億の保険。
 凄まじいことを聞いてしまった。ああ、聞きたくなかった。無闇に怪我もできない。否、するつもりもないが、不可抗力というものが世の中には存在するのだ。
「もう、ちゃんと契約しているでしょ?忘れたの?」
「忘れてないって」
 もう、二年前だが新一は園子の会社と契約を交わした。本当は、モデルは一度きりのつもりだったし報酬ももらうつもりはなかった。会社とはいえ友人からそういったものはもらうのに抵抗があったのだ。だが園子は違った。きっぱりとした意見でもって新一を説き伏せた。
『しっかりと報酬はもらってもらうわよ。新一君の好意にすがってお願いしてるけど、これはお遊びじゃないもの。次は知らないなんて言われたら意味がないの。しっかり契約書を交わして、プロの仕事をしたいのよ。CMに使う金額は決まっていて、モデルに対する報酬も当然割り当てられているの。企業として、モデルに報酬も払わないなんておかしいでしょ?監査が入ったらおしまいよ』
 と園子は新一をまっすぐに見て説得した。新一はまったく歯が立たなかった。完敗であった。
 そんな経緯で、新一は専属モデル料としてまとまった金額をもっている。年間二度、銀行口座に驚くような金額が入金されている。
 そして、発売された商品も一式渡される。それが箪笥の肥やしになっているのが現実であるが、新一はあまり気にしていなかった。
「だったら、いいけど。本当に気を付けてね。それから黒羽君も新一君の身体をよろしく。家族と一緒に住んでいても今まで自己管理が不安だったのよ。黒羽君がいるならいいでしょう。新一君の体調管理は黒羽君の手にかかっているわ。怪我なんてさせないでね、お願いよ」
 切実さを込めた瞳で快斗を見つめる園子に快斗は是の返事しか返せなかった。
「じゃあ、善は急げというし、行きましょうか?新一君」
 園子は新一の腕を掴んで絶対に離さないわという意志表示をした。新一は諦めたように大きなため息を漏らし準備してくるから待っていろと言い置き二階へとあがっていった。
「……」
 新一を見送りながら無言になってしまった快斗である。その快斗を園子が楽しそうに見ているのだが、快斗は気づいていても軽く流した。





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